生命の鎖 

 その日、菊花中央国立大学研究棟八号館―――通称・カウンセリング施設、第八研究室所属の浦島虎徹は仮契約主である研究員の小粒について学会にやって来ていた。小粒が学会と言ったから浦島虎徹も学会と言っているだけで、本当に学会なのかも怪しいところだったが、そもそも人間による名付けなんて結構てきとうなところがあるのだと、浦島虎徹はこの短期間で知っていた。だから時間遡行軍についての研究結果を持ち寄ったと思しきこの集会も、学会でなくとも学会と呼ばれているのかもしれない、と思うだけに留めていた。どうせ詳しいことなんか聞かないのだ。今日だって浦島虎徹が外出することになったのは確かに浦島虎徹自身の希望だったけれども、この男が一人でふらふらと外に出るのを黙認するのは危険すぎる、と思ったからという方が大きい。
 この男は研究者としては優秀らしいが(あくまでらしい≠セ)(浦島虎徹にはそれを判断する頭脳はないのだから)、審神者としても術師としてもてんで見られたものではない才能で、浦島虎徹からしてみれば身を護る術など一つも持っていないに等しかった。そんな男と仮契約を結んでいる浦島虎徹は、この男に何かあったら現世に留められている楔が忽ちに解けて人の身を保っていられないだろうことを理解していた。普通であれば例え審神者が死んでも刀剣男士というのは暫くの間は顕現を保てるものだが、この男に関してはその予備電源のようなものも貯蓄させないほどにその方面の才能がないのだった。
 これは、浦島虎徹に課された枷である。
 何も考えてなさそうな男が行ってくるから、と言った時に浦島虎徹はため息を吐きながらいや、行ってくるからじゃないよ、俺も行くよ、と手を上げたのだった。書類も自分で用意するくらいにはこの対応にも慣れてしまった。
 男は不思議そうな顔をしていたが、浦島虎徹は改めて説明してやるほどこの男が好きな訳ではなかった。

 男の(何を言っているのか分からない)発表が終わり、浦島虎徹と共に席へと戻ってきた時。ぞわり、と肌に感じるものがあって浦島虎徹は本体へと手を掛けた。外出するに当たって本体には軽く術を掛けられているが、それは男の一存で解けるものである。
―――時間遡行軍。
浦島虎徹が男の傍へと距離を詰めると同時に会場内の警報が鳴った。会場内が一斉にざわめく。
「浦島虎徹」
「うん」
「あ、いや、違うんだ。別に行ってくれても構わないけど、そうじゃなくて、多分必要ないって言おうとしたんだ」
言われてからはっと気付く。そもそもこの男が浦島虎徹に命令などしたことはなかったのに、今、どうして浦島虎徹は彼が自分に命令を下すなどと思ったのだろう。
 でも一応解いておこうか、と男は浦島虎徹の封を解き、好きにしたら良いよ、と言った。椅子に座り直して傍観の構えである。他の研究者はあわあわとしているのに、この男だけ浮いている。
「どういうこと?」
邪魔にならないように、いざと言う時にすぐ動けるように、と男の傍から離れず警戒を続ければ、男は興味がないと言ったように手をひらひらと振った。次の発表楽しみにしてたのになあ、と。のんきすぎる。
「一応政府も考えなしって訳じゃないってことさ」
ほら、と男の指差した先では警備員が戦っていた。
 会場には警備員がいたが、入る時にもし遡行軍に狙われたらどうするつもりだろう、と思ったことを覚えている。遡行軍は刀剣男士にしか倒せない。様々な武器の開発は進んではいるものの、結局今はまだそうなのだと男は言っていた。なのに会場の警備は人間しかいないように見えて、大丈夫なのだろうかと思ったのだ。
 今は何処に潜んでいたのか、刀剣男士が会場を飛び回っている。それでもやはり人間の方が多いのだが。
「説明面倒だから端折るけど、臨時接続ゲートみたいなのの持ち歩き版を持っている、審神者適正者がいたから刀剣男士は呼び出せてる」
「はあ…」
「まあ後は普通に強い人を警備に当ててる」
SWATみたいなものかなあ、うちの、と呟く男にどんな反応をしたら良いのか正直なところよく分からない。
 その混乱の中で、一人、こちらに寄ってくる警備員がいた。浦島虎徹は警戒したものの、男がああ、と手を上げたので顔見知りなのだと一旦下がる。
「熊笹(くまざさ)さん」
「小粒か。小豆はどうした?」
「あっちで避難誘導してます」
「そうか」
浦島虎徹の記憶が正しければ小豆というのは男の上司の名前である。上司が避難誘導をしているのに男がここで油を売っていて良いのだろうか。
 浦島虎徹が疑問に思っていると、遡行軍のうちの一体がこちらへと向かってきた。飛び出そうとするのを、まあまあ、と止められているうちに熊笹が飛び出す。そして、一瞬のうちに敵は捕縛された。本当に一瞬だった。浦島虎徹が止められたからと言って本当に何もする暇もなかった。
「…すごい人もいるんだね」
「うん」
すごいよね、ぼくには何やってんのか分かんないけど、と言う男はまだのんきに配布された冊子を捲っている。
「ちなみに小豆さんの奥さんだよ」
「ええ!?」
 結局そのまま男のペースに巻き込まれてしまって、また一体向かってきた遡行軍を今度こそ浦島虎徹が片付けることになり、結果軽傷を負った。
 もう二度と男のペースに乗るものか、と思ったけれどもそれが実行出来るかは難しそうだな、と他人事のようにも思った。

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20180323