![]() 祈りは天に、高く秋は来(きた)る 山姥切国広は顕現されたばかりの刀剣男士だった。しかしながら事故―――これは本当にただ単純なる事故によって主である北郭(ほっかく)は亡くなってしまい、後に残されたのは少しばかりの特例で本丸に行くより前に顕現されていた山姥切国広だった。正直、悲しみよりも驚き、置いてけぼり感の方がずっと強い。それでもその事故が目の前で起こってしまったこと、今後を判断するには時間も知識も足りないだろう、ということで政府のカウンセリング施設に通いながら施設で暮らしている。三ヶ月の間に今後の方針を決めてくれ、と言われ、絶賛悩み中、と言ったところだった。仮契約も交わしたため、刀剣男士としての身体が保てなくなることもない。 山姥切国広には幾つかの選択肢が示されていた。山姥切国広という刀剣男士が初期刀枠であることもあって、このまま顕現を続け、誰か新人の審神者が初期刀として山姥切国広を望んだ際、所謂訳あり物件であることを説明して新しく初期刀しとして契約を結ぶのが一つ。他の審神者の、山姥切国広がいない本丸へと受け入れてもらって、その本丸の審神者と新たに契約を結ぶのが一つ。刀解を希望するのが一つ。そしておすすめはされなかったが、政府の職員として何処かの部署で働くことが一つ。どれを選ぶにしても決まったらカウンセリング担当か仮契約主に言ってくれ、と言われていた。 もう一ヶ月が経つが、まだ何も決まってはいない。正直、自分が何をしたいのか、分からない。自分の主に、北郭に忠誠を誓うにしても山姥切国広は彼のことを知らなすぎたし、事故もまた自分がどうにか動けていたら何か変わったかと言われるとそんなこともないだろう。だから、本当にどうしたら良いのか分からなかった。それをカウンセリング担当に告げると、彼女は少し考えてから、気晴らしに外に出るとかはどう? と言った。 「外、とは」 「そのままの意味。現世に外出。…って言っても、君の場合所属も今はないから、政府直轄のモールに行くくらいしか出来ないんだけどさ」 「モール…?」 「ショッピングモール。お店がいっぱい入ってるところだよ。刀剣男士も出入りしてるところだし、政府直轄だから箱庭みたいなもんだから、現世って言っても外出用の術も要らないんだよね。店員さんはちゃと視える人採用してるし」 「はあ…」 実感は湧かなかったが、そのショッピングモールとやらに興味が沸いたのも事実で、それが主を失ってから初めて抱いた興味であったので、その言葉に従って行ってみることにした。 ショッピングモールには人間も刀剣男士もたくさんいた。同じ山姥切国広がファストフード店で布を被らずに接客しているのはとても不思議だったが。いろいろなものがいるのだな、と知れたことは良かった。此処も政府組織のようなものだと担当は言っていたし、恐らく山姥切国広が此処で働きたいと言ったとしても文句は言われないだろう。別に、働きたいと思った訳ではないが。そういう選択肢もあると、そう思ったけだった。 自分の目の前には可能性が広がっている。ぼんやりとそんな希望のようなものを見つけて、この外出はそれだけで意義があったように思う。だから良かった、と息を吐いて、トイレに寄ってあともう一周程度したらそれで帰ろうと、そう思ってその階のトイレへと向かった。 トイレもとても綺麗で、きっと此処を掃除しているものだっているんだろうな、と思う。何にだって理由を付けることは簡単だ、とも。きっとやろうと思えば、山姥切国広の主の事故にだって。けれども山姥切国広はそれが無意味であることを知っていた。理由を付けたからと言って、何が変わる訳でもないと。変わらなければならないのは、決断しなければならないのは、残された山姥切国広なのだと。 帰ったらこの少しだけ進んだ思考を、担当医に言おう。そう思って手を洗って外へと出た瞬間、嫌な音が鳴った。咄嗟に本体に手を掛ける。が、此処に来るのに軽い封印をして来たし、そもそも山姥切国広は戦場に出たこともないのだ。戦い方は知っていても、何かが出来るのか。じわり、と目の前の空間がよじれる。その隙間から時間素行軍が現れる。どうしたら―――そう思っていた山姥切国広の目の前に、一閃。 ひらめいて。 「休暇中の穂波です! 敵襲です!」 割り込んで来たのは男だった。叫ぶと通信機だろう、すぐさま場所は、と冷静な声が返ってくる。 「アテタスの六階北の男子トイレです。結界に綻びがあってそこから侵入されたと推測しますがおれの推測なので当てにしないでください。今は綻びを中心に全方位結界張ってみてますが、ちょっと久々すぎて全然…ッ器用に、出来ません…!」 『器用に出来なくて良い。四階南のショートカットゲートから蓬莱柿と見砂(みさご)を送るから、それまで耐えるんだ。君なら出来る』 「はい! 課長! 頑張ります!」 手に持っているのは警棒だった。術式が幾らかのっているのは分かるが、それは対時間遡行軍用のものではない、とも思う。山姥切国広にはそれでも知識がある、本能のように刻まれたものが、あれは人間が幾ら術を積んだところで倒せるものではないのだと。あれを倒せるのは刀剣男士だけなのだと。 けれども山姥切国広は動けなかった。 男だけではどうにもならない、分かっているのに。 浮かんで来るのは、主が死んでいく様。 「山姥切国広ッ!!」 男が跳躍する。それは人間の範疇だった、この男は強くない。結界術はそれなりに出来るようだが、それでもそれはそれなりの範囲内だ。そして、その身を戦場に投じたことはないのだろう。 なのに、男は山姥切国広の方へと来た。動けないままの山姥切国広の前に術を展開させ、助ける。 何が起こっているのか分からなかった。どうしてこの人間は初めて会ったはずの山姥切国広を守ろうとするのだろう。 「次はおれが守る番なんだ」 山姥切国広の疑問を感じ取ったのだろう、男は笑う。 「君は何も知らないだろうけれど、どうか、おれの気持ちを今だけは受け取って」 ギャン! と嫌な音がする。男の貼った結界が破られそうになる音。罅が入った音。山姥切国広は本体に再び手を掛けて―――敵が吹っ飛んで行くのを見た。 「穂波! よく耐えた!!」 「蓬莱さん! 見砂さん!」 「あとはおねえさんたちに任せな」 どうやら援軍が来たらしい。男と女、刀剣男士も一緒だ。 女の方が今剣と飛び出して行くのを見送ってから、男が振り返る。こちらは鳴狐と一緒だ。 「見ない山姥切国広だな」 「あー…そういえば…?」 「どこの山姥切国広かは知らないが、悪いけど運が悪かったと思って穂波についててやってくれ。多分そいつ、オレたちが来るまでギリギリまで力振り絞って疲れてるはずだから」 「…はは、蓬莱さんには敵いませんね…」 そういうなりふっと力を抜いた男を山姥切国広は慌てて支える。 「じゃあオレたちは加勢してくるから」 「…よろしく」 「よろしくお願いいたします!」 そう言って飛び出していった背中に、預けられた背中に、山姥切国広が思うのはただ一つ、だった。 *** 20180323 |