春の拠(よりどころ) 

 浦島虎徹にはいろいろと考えることがあった。いろいろと考えることがあって、その一つひとつに丁寧とは言えずとも答えを出すことが出来たので、よし、と思って自らの仮契約主である男に向き直ったのだった。
「ねえ、先生」
「なあに」
「俺と本契約、してくれない?」
言われた男は目をぱちくりとさせて、馬鹿を見るようにな目付きになった。こういうところは本当に分かりやすいと思う。
「君も分かってると思ってたんだけど、僕の審神者適正はギリギリで、刀剣男士を見ることが出来るのがやっとなくらいなんだよ」
「分かってるよ。先生は本丸持てないよね。そんなにキャパがない。鍛刀出来るかもちょっと怪しいし、そもそも励起そのものも途中で力尽きそうなくらいだよね」
「分かってるじゃないか」
「でも、」
言いたいことはそんなことではないので遮る。
「でも、俺は違う」
そもそも、改めて浦島虎徹が説明しなくても男は分かっているはずなのだ。けれども男が分からないふりをするなら、浦島虎徹は一つひとつ詰めていくしかない。
「俺は前のあるじさん…篝火に励起されたし、もう顕現もしてる。審神者として一番大変なとこがもう終わってる。仮契約とは言え今までだって困ったことはないし、霊力供給だって上手くいってる」
「それは、」
「俺一振りだけだからだと思うっていうのも、分かってる」
 本当にこの男には審神者としてのキャパシティがなかった。恐らく、それは浦島虎徹に課せられた枷だった。男が死ねば浦島虎徹はすぐにこの身体を保っていられなくなるだろう。審神者というのは最低でも三日は契約が破棄されても残留する霊力で身体を保つことが出来るらしいが、浦島虎徹にはその予備電源のようなものもない。男の死はそのまま浦島虎徹自身の顕現状態にも直結する。
「先生、」
浦島虎徹はそれをすべて理解した上で、男に言う。本契約によって供給される霊力の量などに変化がないであろうことも調べた。心配なら契約時からずっとバイタルチェック入れるよ、ついでにサンプルになって、と別班の研究員に言われたのはつい最近のことだ。此処の研究員たちは男ほどではないけれど、大抵が一癖も二癖もある者たちばかりで、浦島虎徹が何故男の元へ来たかなど気にする者はいなかった。
「俺は、先生をあるじさんにしたい訳じゃないんだ」
 それを、許されていると思うほど、浦島虎徹は馬鹿ではなかったけれど。
「俺は、強くなりたい」
可笑しな空間に毒されたのだと、そう言えば収まりは良いのかもしれなかった。けれどもそうと言うには、恐らく浦島虎徹は男のことを知りすぎてしまった。男を構成する要素、例えば過去だとかは勿論知らなかったけれど、それでも充分だと感じるほど浦島虎徹は男と共にいた。それはやはり主従関係ではなく、研究者と研究対象、という間柄だからこそ得られたものなのだと思う。
「強くなって、先生を守りたい」
浦島虎徹が刀剣男士として、まっとうな主従関係を築けないということはないだろう。なかっただろう。それでも過去が過去なだけ、それは浦島虎徹を阻害する。その奇妙な凹凸にぴったりと合わさったのが、自由気ままな男だった、というだけの話だ。そして、それが心地好いと思ってしまった。これが勝負なら浦島虎徹の敗けだ。
「…極の修行に行きたいってことなら、」
「本契約が必要でしょ? 俺、これでもいろいろ考えたんだよ。それでね、結論を出した。俺が今何をしたいのか、俺が誰を守りたいのか、俺が何処へ帰りたいのか」
 男に分からせるためには言葉を尽くすしかないと分かっていた。男よりもきっと人間らしい感情動線を獲得した浦島虎徹が、言葉を尽くして、それらしい形に落とし込むしかない。
「あのね、先生。俺は先生を守るために強くなりたくて、帰るのもあの、先生の何にもないような部屋なんだよ」
「…何もなくて悪かったね」
「先生らしいと思うよ」
 何にも縛られない男の性をそのまま表したような部屋は、男の隣を心地好いと思う浦島虎徹にとって、言うまでもない場所だ。
「さっきも言ったけどね、俺、先生にあるじさんになってほしい訳じゃないんだ。俺、あるじさんを…篝火を、殺してる訳だし。思い出せないけど。それでも俺が殺したんだし。でもね、でも…俺は、先生を守りたいって、ずっとそう思ってた」
「…知ってたけどね」
「うん、だろうと思ってた」
男は本当に頭が良い。ただ、それを観測し推測するまでしか使えないだけで。
「先生、俺より俺のこと分かってる時あるよね。まあ分かってない時も勿論あるけど。どうせ俺が先生を守ろうって思ってるのは知ってても、何で、とか理由分かってないんだろ?」
「推測はつくよ」
「でも理解してない」
「…君、小憎たらしい言い方を覚えたね」
「先生の真似だよ」
 男が一体どれほどのものを浦島虎徹に与えたのか!
それを男が観測することは出来ても、理解する日は一生来ないのだろう。それが分かっていた。それで良かった。
「俺が変わったのは、先生の所為だよ」
「…責任を取れって?」
いつかしたような会話。
「そうだね、責任取ってもらおうかな」
 笑う。もう勝ち筋は見えていた。
「良いじゃん、どうせもしも途中で先生が死んだら、俺の観察研究も終わるんだろ? それなら俺は、先生をちゃんと自分で守る方が良い」
己を顕現した審神者を殺した過去を持つ浦島虎徹は、観察研究が終わったら何処にも行くところがないのだ。それは怖くはなかったけれども、終わりが訪れるということはこの男は死んでいるのだろうと思うと、胸が痛んだ。
「先生、」
 手を取る必要はない。
「俺に先生を守らせて?」
既にその手は取られているのだから。
 男は暫く黙っていてから首を振った。
「…いつも勝手にするくせに、なんで今回だけは聞いてくるかな」
「なんでだろうね。先生にいってらっしゃいって言われたかったからかな」
「そもそも修行とかして、君、どうするの。錬結資材とかも貰ってこないといけないんじゃないのかい」
「出稼ぎ行こうか?」
「研究対象に出稼ぎ行かせる研究施設が何処にあるの…」
 やっと男はいつものようになんとも言えないふにゃりとした笑みを浮かべると、良いよ、書類用意しておくから、と言ったのだった。

***



20180323