歯車、噛み合う 

 がちん。
 すさまじい音だったと思う、でもそれはそれ以外のなにものにも聞こえていないのだ。それの聖域を荒らしに来た人間、ニンゲン、にんげん。ああ、いつか遠い昔のように思える昨日だとか、きっと大切に思っていたのに。いとしくおもっていたのに。後ろにいるものと目が合って、先立ったのは納得だった。
―――そうか、そうなのか。
―――ならいいや。
それの言葉を誰も聞くことはなく、歯車の音も聞くことはなく、ただ静かに事件は幕を下ろしたのだ。



水玉ドット @dot_dot__bot

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君の終わりは此処に無い 

 これは呪いだ、と思った。僕が此処にいるのに、どうして君がそんなに人間みたいな顔をしているのだ、と。どうしたって何処にもいけないのに、どうして元凶の君が、と。
 それは完全なる八つ当たりだった。そうと分かる頭はもうなかった。
「礎になりなよ」
笑う口も頬もないのに、どうしてかにっかりと笑えているような心地になるのだ。



@kisasigu

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最期まであなたの傍にいた 

 彼には出来なかったことなのだろう、と思う。思うけれどもそれが当たり前だと思うし、だからこそ自分のようなものが出来たのだと思う。―――と並べてみても自分が一体何なのか、分かるはずもなかったのだけれど。
 ありもしない目の裏に、どうしようもないほどの紅がこびりついているような気がしてならなかった。



喉元にカッター
http://nodokiri.xria.biz/?guid=on

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昨日の明日のそのまた明日 

 すぐに笑うような子だった、と思う。いつも何が楽しいのか分からないくらいににこにこ、にこにことしていて、けれども時折それが人間のものでないような形になって、それでもその笑顔を守りたくて、守りたくて、守りたくて。
「どうしても、君のことが忘れられないんだ」
 覚えていると言えるほど、はっきりした感情でもないのに。



あなたにはずっと笑っていてほしい いつか会わなくなる未来でも / きたぱろ

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砕けた世界に星三つ 

 誰が悪いのかと問われればそれはきっと彼女だったのだと思う、とどうやらあるらしい良心が言っていた。それでもだからと言って愛せないことはないのだと、愛してはいけないという訳はないのだと、そんなふうに。つくり替えられる中で何が変わってしまったのか、どうして忘れてしまったのか、そもそも最初から何も持っていなかったのか。軋む、世界は軋む。どうにもならない併合の隙間で、思う。
―――ああ。
―――一緒に腐っていけたら良かったのに。



忘れるな二月ぼくらも鳥となりこの惑星をささえあうこと / 正岡豊

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秒速で変貌する世界へ 

 「やっと気付いたのだけれども僕は君を待っていたんだね」「此処にいれば君が帰って来ると思っていた」「でも違ったんだ」「君はもう君の居場所を見つけていた」「僕は残滓だ」「君が残滓なように」「君の隣に僕はいるのかな」「どっちでもいいかあ」「だって君が僕の目の前に現れた、だからきっとそれは気にしなくて良いことなんだ」「ああやっと休めるよ」「君の中に入れるなんて、ああ本当に素敵なことじゃないか」



とりもどすことのできない風船をああ遠いねえと最後まで見た / 東直子

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花片に愛の言葉を書きまして 

 記憶とも呼べない記憶の中で確かに自分は幸せだったのだと思う、それと同時に不幸だった、とも。もういられる場所は何処にもなくて、仲間も誰もいなくて、ただ自分だけで、彼女もいなくて。この気持ちが何なのかも思い出せなくて。
 彼女のために植えたはずの薔薇は何処にもなかった。
 彼女の身体も、もう何処にも。腐っていく彼女を見ていたはずなのに、もうそれさえ思い出せない。



電子メールの束はかなしい焼くこともできず画面の水槽のなか / 加藤治郎

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さよなら原罪 

 「君が好きなだけだったんだ、ほんとだよ」



透き通る殺意が降って湧くときに地の深みから湧き立つ光 / 早坂類

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可哀想自慢 

 そう、可哀想な人間だった、可哀想な女だった。自分の価値を誰かに愛されることでしか見出だせないような、そういった女だった。女自身はきっとそんなことを思っていた。それが分かった。確かに可哀想なのだと思う、その価値観というより、その価値観を持つ方が楽なのだと思ってしまった女の過去を。哀れに思う。そんな資格もないはずなのに。ずるい、そう思う。ずるいずるいずるい。誰も悪くないと言えばそうなのかもしれなかったけれど、既に正常な判断は出来なかった。代わりに不幸になれと言うのと同じことだと誰も指摘出来なかったしそれこそ同じ姿形をしていたものにだって視えなかっただろうから。
 ぱきんぱきんぱきん。
 音がする。
 あの子の苦しみはきっと、そんなものじゃなかった。



「君が幸せな子だっていうのは、階段の上から後ろ頭を見ただけでわかったよ。」

よしもとばなな「アナザー・ワールド」

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法悦 

 ふしだらな女だった。
 女の夢の中で何度も何度も男が出て来るのを知っていた。顔も分からない男に悦ばされることを思い出し、それに縋って生きている女がひどく憎らしくてたまらなかった。
「愛されていたの」
うっとりと彼女は言う。
「だから捨てたの」
 本当に可哀想な女だった。
 あの子はそんなことすら出来なかったのに、だから居場所を勝ち取るしか出来なかったのに。
―――お前の所為で。



縫いさしの人形の顔ほころんで夢に何度もパパを失う / 東直子

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20180323