僕らは屍の上を歩いている 

 ミキが主に出会ったのは主がこの仕事をし始める前のことである。才能があるとしてそういう組織に引き抜かれた主は、その言葉通り才能を発揮してすぐにミキを式にした。人間からしたら結構長い付き合いなのだろうけれども、ミキからしたら一生のうちの少しの時間でしかないので長いとは言えない。でもきっと、それなりの付き合い、と言えるのだろう。
 そんなことをふと思い出したのはこの現場を見たからだった。本丸という空間は現世とは別位相に構築されたフォルダのようなものなのだけれど、その空間に人が住めるようにライフラインを通し、刀剣男士が馴染めるように霊的粒子を調節し、遡行軍に探知されないよう結界を張って…といろいろなことをした結果、転じに転じた元の意味、清場(さやにわ)と書いて字の如くの疑似神域のようになっている。
 のが普通なのであるが、ミキが主の仕事についてやって来た此処は、お世辞にも斎み清めた場所とは言い難い。
「ミキ、大丈夫か」
「主様! それはミキの台詞ですよう! 主様は人間じゃあありませんか!」
「まあ長居するような場所じゃあねえな」
「ですよね! ミキも大丈夫ではありますが、長居したいとは思いません! ぶっちゃけ嫌いですよう、こういう場所」
「お前がそう言える奴で良かったよ」
この本丸の審神者・檳榔子(びんろうじ)は先程取締局によって逮捕されたばかりだった。取締局に直接逮捕されたことでその緊急性は理解してもらいたい。
 さて、何故取締局が直接出て来てしまうような事態にミキの主が招集されたのかと言うと、どうしても人手が足りないからだった。取締局というのはどうにも人数がいないのか、それとも補充しても片端から死んでいくのか、秘密の多い職場であるのでどちらなのか分からなかったけれども兎に角人手が足りないのだ。だから、すぐに相談課にお鉢が回ってくる。人間とは儚いものだなあ、いっぱいいるくせに、とミキは思うけれどもミキの主がそれを良しとしているので何も言わない。
 今回の仕事は言ってしまえば後片付けだった。檳榔子の残した本丸は普通では考えられないほどだめになっているし、あちこちから殺気とも呼べない覚束ないものが飛んでくるし、空気は悪いし。
「早く済ませて帰りましょう!」
「お前な…やるのオレだろ」
「言うて主様、出来ないことないでしょう」
「あるわ」
「今のは軽口なんで、『さっすがオレの相棒分かってるう〜!』とか言ってくれても良いんですよ!」
「絶対言わねえ」
主がさくさく進んでいくのをミキは追う。少し後ろからついていく方が、ミキにはやりやすい。先鋒はいつだって主だった、それは出来ることを活かした陣形なので、何も言わない。
 奥に進んでいくと、覚束ない殺気の塊がひとまとまりになっている部屋があった。ミキの主は一息ついてからその部屋の障子を開ける。
「もう聞いたと思うが、この檳榔子は逮捕された」
どろどろとしたものがそこにはあった。それらは元々刀剣男士と呼ばれていたものであることを、ミキは理解している。というか姿形はちゃんとしている。でも、中身が。ああこれはもうだめかもしれない、とミキは一瞬だけ思った。でもミキの主が諦めの悪いタイプだと理解しているのですぐに打ち払う。
 ミキが人間ではないからだろうか、ミキには見えてしまう。ミキの主には見えていなかったようだけれど、何となくミキの反応で予想はしているだろう。
「今更」
誰かが言った。誰だか分かっているけれどもミキにしてみたら、その名前を呼んでやることすらもったいないと思った。今更、なんて言われてもこっちだって仕事が忙しかったのだし、人手はいつだって不足しているし。まあ被害を受け続けていた側からしたらなんでもっと早く、という感情が湧くのも理解出来なくはない。出来なくはないということにしておけと、ミキは主に言われている。
 ミキの主は慣れたようにその言葉に対応すると、そのままこれから先、政府として出来る対応を並べていく。多くのものはその冷たいとも言える対応を見て、冷静になったようだった。一つひとつ出る質問に、ミキの主は丁寧に答えていく。推奨されない場合はちゃんと、理由も一緒に。ミキの主は嫌いなものがあるはずなのに、仕事中、それを決して出さない。
 そうして大方が大人しくなって、この場の空気も来た時よりはマシになって、本当に後片付けだけになり、この部屋に用はなくなった。だからミキの主は部屋を出て行こうとして、ミキもそれについて行こうとした。
 ら、引き止められた。
「君は…主の真名を知ろうと思わないのかい」
その言葉に、ミキは思い切り鼻で笑ってしまった。
「真名って! まさか少なくとも神寄りの存在である貴方たちからそんな言葉を聞くなんて!」
前振りもない問いだったから、ということもある。
 確かにミキは彼らの前で主のことを主様≠ニしか呼んでいない。
「妖寄りの私なら兎も角! めちゃくちゃウケる!」
でも、本当に名前を知らないなんて、誰にも分からないじゃないか。そんなことは、絶対に言ってなどやらないけれど。だって彼らは知りたかったのだ。どういう理由であれ、自分たちの主である檳榔子の、本当の名前を。
「それとも」
ミキはこてん、と首を傾げる。ミキの主が大嫌いなものは、ミキも大嫌いなのだ。
「貴方たちはもう、妖寄りなんですかね?」
 ミキに言葉を掛けた刀剣男士は怒りを呈した。自分で聞いたくせに、反撃されることを考えていないなんて、ああ、本当に。
「なら、人間! 何故お前たちは本名を隠す!!」
ミキでは話にならないと思ったのか、矛先はミキの主へと変わる。でも、主の方がこの手の話には慣れているのだ。
 ただ。
 ミキが侮辱されたと感じてしまっただけで。
「オレたち術師はさておき、審神者及び職員が全て登録名を持つのは、敵も人間だからだよ」
ミキの主は何でもないことのように言った。情報統制は必要だ、その人間の生命を守るために。この戦いに勝つために。
「そんなことも分からないのか」
「分からなくなっちゃったのかもしれませんね」
「お前がそんな優しいことを言うなんて珍しい」
「わー! 流石ミキの主様! ミキが優しいこともすぐに分かってくれるんですねー!」
「うるさい」
「もうっ! そんなつれないこと言わないでくださいよお〜」
そういうことなので、とミキの主は言い残して此処での最後の仕事へと向かった。
 ミキとミキの主のあとを、誰も追って来なかった。
「彼らは戻れるでしょうかねえ」
「そんなのは当人次第だろ」
「心があるから?」
「ああ」
やっぱりきっと、心なんてものはとってもとってもめんどくさいものなのだと、ミキは思った。
 思っただけで、言わなかった。

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20180323