流星の彼方で角砂糖を五つ 

 兄と呼んでいる刀剣男士がどうやら主である男のことを警戒しているらしいことに気付いたのはいつのことだっただろうか。この本丸において膝丸は髭切よりも早く来ており、彼よりもずっと主のことを知っているという自負があった。だからこそ髭切が主のことを警戒する理由が分からなくて困っているのだったが。
 とは言え、別段仲が悪い訳ではないらしい。この本丸の近侍は基本的に大倶利伽羅で固定されていたけれど、髭切は時折彼と替わって近侍の仕事をこなしていたから。嫌っていたのであればそもそもその原因には近付かないだろう。他の髭切のことは知らないが、少なくともこの本丸に顕現した膝丸の兄はそういう刀剣男士だった。良くも悪くも素直な、刀剣男士。だからこそ、膝丸にも彼の警戒が分かったのだろうが。
「その、主」
迷った末に膝丸が問うてみることにしたのは主の方だった。
 髭切は刀剣男士だ。人間よりもずっと戦うことに長けている。それは日常生活にも表れる。刀剣男士として心が明確になっているのはさておき、警戒をここまで分かりやすくしてみせるというのは理解しかねる行為なのであった。ここまで分かりやすいときっと主の方も気付いているのだと思う。
「どうした、膝丸」
「主は兄者と何かあったのか?」
「はは、アイツ分かりやすくしてくれてるよなあ」
そういう主の顔はいつもの笑みで、屈託のない子供のようなこの表情を膝丸は好ましく思っていた。だからこそ、彼がいつもと同じ表情で答えてくれたことに安心する。
「そうだな…お前が心配するのも分かるけど、あれは髭切の自己満足みたいなモンなんだよな。まあ俺がそう思ってるだけだけど、髭切の方も別に邪魔するつもりはないとは言ってきてるしな」
どういうことだろう、と膝丸が思ったのが分かっただろう、これ以上は秘密だ、と言われた。
「秘密なのか」
「ああ。気になるか?」
「そりゃあ、まあ…」
素直に伝えると主は笑った。
「兄弟だもんな。気になるのも仕方ないか」
「そう、なんだろうな。俺はやはり、主と兄者には、その…なんと言ったら良いのだろうな。良き関係を築いていて欲しいのだ」
「お前、前に審神者と刀剣男士は必ずしも仲良くしなくちゃいけない訳じゃねえみたいなこと言ってなかった?」
「そう思っているのは事実だ」
以前主とそういった話になったのを思い出す。その意見は変わっていない。そう、変わっていないのだが、例外とでも言えば良いのか。
「それを踏まえても、俺は…そう思うんだ。矛盾…なのかもしれないが。…何故だろうな。主と兄者が今だって何か問題がある訳ではないのは分かっているが…」
「まあ確かにな」
 今度は苦笑だった。
「分かっているが、俺はそれでも、兄者の態度を見る度に、焦燥のようなものを抱くのだ」
「焦燥」
「一番近いのは、それ、だと思う…。俺もどうしてなのか、分からんのだ。だから、兄者にも主にも、こうして欲しいと要望を出すことが出来ないし、よしんば出来たとしても心の関係だから上手く行くとは限らないことは一応、分かっている」
もどかしい。何か手が届きそうなのに、空を掴んでいるような心地になる。答えがそこにあるのに、ずっと目測を誤り続けているような。
「これは何と言うのだろう」
「名前を付けることは誰にだって出来るさ」
いつもよりも早いテンポで答えが返ってくる。
「それこそ詐欺師でも敵でもな」
 その答えに、主は答えが分かっているのだ、と思った。なのに答えを秘匿するのはどうしてなのだろう。
「その名前はお前自身が決めろ」
「俺が」
「答え合わせはしてやれねえけど、お前が出した答えに、俺はちゃんと向き合うから」
時間が掛かっても良いが、戦争が終わる前までに出来たらよろしくな、と言われて、膝丸は改めて今この状況が特殊なものであること、そして人間には明確に死というものが存在することを思い出したのだ。

 自分で決めろと言われてから、膝丸がそのことについて考えない日はなかった。相変わらず主と髭切の仲は微妙だった。とは言え悪いとも一概に言えないのがじれったい。悪影響を及ぼすものであれば膝丸として髭切に物申すことは出来ただろうに、別にそうでもないのに自分が気に入らないというだけで誰かの行動を制限しようとするのはあまり褒められたことではないように思えた。勿論、誰かの行動を制限すること自体が褒められたことではないとも思うが。
 ちなみに髭切にもダメ元で聞いてみたが主がそう言ったんなら自分で考えるのが良いと思うよ、とはぐらかされた。
「でも主も意気地のないことをするねえ」
「意気地がない?」
「狡いって言っているんだよ」
「何処がだ? 主は俺に猶予を与えたも同義だと思うが」
「いや? 僕はそうは思わないなあ」
髭切が何を言いたいのか分からずに眉を顰めると、いいかい、と髭切は声を潜めた。
「主がお前に答えを出せ、と言ったってことはだよ。主は絶対にお前が何か一つ答えを出すまで何も言わない。ついでに、お前が間違った答えを持って行っても、お前が言うならそうなんだろう、って言って終わらせるつもりだよ」
「なっ」
「狡いだろう? それくらいに、主にとってもこれは難しい問題なんだよ」
「ならば、俺は考えない方が良いのか?」
「うーん、どうだろうね。少なくとも主は考えるな、とは言わなかったでしょう? そこが人間のかわいいところだよね。主はお前が答えに辿り着いたら、っていう賭けをしているんだ。お前が奇跡を起こしたら、腹を括ろうって思っているのかもね」
「待ってくれ兄者、腹を括らないといけないような事態なのか?」
「人によるんじゃないかなあ。主は多分、そうだってだけで」
「余計に分からなくなったぞ!」
「まあ、僕もお前に教える気はないしねえ」
髭切は笑って、いいかい、膝丸、と呟く。名前をしっかり呼ばれたことも今は気にならないほどだった。いつもなら狂喜乱舞するのに。
「チャンスは一度だけだよ。間違えれば主はきっと答えを隠してしまう」
「うう、本当に俺は考えて良いのか? 主の迷惑にはならんだろうか」
「ふふ、馬鹿だね、お前は」
 頭を撫でられる。
「少しでも人間が願ったことなんだよ、お前が嫌じゃないなら、それに応えてあげたいとは思わないのかい?」
完全に誤魔化されたとは思ったが、ひとの、何よりも主の願いとあれば叶えたくない訳がない。
 大人しく頷いた膝丸に、髭切は主も困ったひとだねえ、とだけ言った。

 とは言っても考えたからと言って答えが出るとも限らない。世の中そんなにうまく出来ていないのだと、それこそ神だとかそういうものに言われた気分になった。戦いを繰り返す傍ら、主と他愛のない話をしたり、他の刀剣男士と交流したり。折角身体を持ったのだから楽しめば良いと主も言っていたし、きっと今考えても分からないということは膝丸の中にはその材料が足りていないのかもしれない。と思うようになった。主は人間であることだし、交流を通して人間のことをもう少し知れたら、と。
 主のことを、もっと、知れたら、と。
 そんなふうに思い始めてから、今まで気付いていなかった細かいことにも気付けるようになった。例えば好きな食べ物のことだとか。
「主、今日の夕飯はきんぴらだ」
「お、そうなのか」
「俺が配膳だから、主の分だけ少し、多く盛ろう」
「…あれ、俺、お前にきんぴら好きだって言ったっけ」
「そんなもの、」
膝丸は笑う。
「見ていれば分かる」
 その時の主の、まんまるに見開かれた目のことを。
 その後に少し照れたようにそんなに分かりやすかったか、と笑った顔のことを。
 ずっと覚えていたいと、膝丸はそんなことを思った。

 膝丸が髭切と縁側で話していた時のことである。畑の様子を見に行っていた主が戻って来て、膝丸は思わずと言ったように主、と声を掛けた。
 主と目が合う。
 それから主は嬉しそうに微笑んで、膝丸の隣の髭切を見て、同じように――ー否、多分同じように微笑もうとして、失敗した。それを見た髭切はあーあ、とため息を吐く。
「主」
「あー、今のナシ、マジでナシ」
「バッチリ見ちゃったからナシには出来ないねえ」
「うわー! お前、何も手出ししないって言ってたじゃねえかよお」
「手出しはしてないよ、口出しだよ」
「妙な言い回しばっかり覚えやがって…」
まずった、と呟く主を眺めながら髭切はかわいらしいねえ、と言った。膝丸は全く話について行けない。ねえ主、と髭切は苦笑しながら続ける。
「君のことは主とは認めているよ。けれどもねえ、僕にだってううーんと、そうだなあ…堪忍袋の緒? というものはあるんだよ」
「あーっ、お前」
「ふふ、これくらいは許されるよねえ」
「お前立ち位置はっきりして、マジで」
「こんなにはっきりしてるじゃないか」
「あー、もう…膝丸がわけわからんって顔してるから俺は逃げるからな。質問攻めはお前だけで耐えてくれ」
「逃げるの? 主」
「逃げるよ。書類もまだ残ってるしな」
「それ、来週の提出分でしょう? 大倶利伽羅が言ってたよ」
「来週突然書類が舞い込むかもしれないだろ。片付けられる時に片付けるんだよ」
「主は本当に意気地がないねえ」
「はいはい意気地なしで結構〜」
じゃあな、と仕事部屋へと戻っていく背中を見送ってから、さっきの会話は何だったのかと考える。多分、あれはとても大きなヒントだったのだ。だから主は仕事に逃げた。このまま此処にいたらボロを出すと踏んだのだろう。
 髭切の堪忍袋の緒が切れそうな時とは、どんな時だろうか。なかなかにマイペースなこの兄が怒るところを、未だ膝丸は見たことがない。戦場の姿は怒りとはまた違うので換算には入れない。そもそも、その発端となったのは主の行動だ。何故主は髭切を見て、膝丸に向けたのと同じ笑みを向けることに失敗したのだろう。膝丸を見た時は、あんなに嬉しそうだったのに。その隣にいる髭切には―――と、少しずつ線が繋がっていくような気がして。
 ピン、と。
―――もしかして、
もしかして。
「主ッ!」
駆け出す。
 後ろで髭切はありゃりゃ、と呟いたのが聞こえた。それが妙に嬉しそうに聞こえたのは、一体どうしてだったのだろう。

 少し先の廊下で主の背中に追い付いた。主、と呼ぶと足を止める。しかし、振り返ることはしない。
「主は、その、さっき、」
背中に話し掛けるのは少々寂しいものがあったが、恐らく主は振り返りはしないだろう。回り込むのも何か違った。それなら、振り返らせるしかない。
「兄者に…嫉妬していた、のでは、ないか」
 正しい答えをもってして。
「だったらどうする?」
ゆるゆると振り返った顔は初めて見る、この上なく困ったような、それでいてとても嬉しそうな、綯い交ぜになった複雑なものだった。
「髭切に斬られたくはねえんだけど」
 それは肯定も同義だ。
「主」
一歩、踏み出す。主との距離はあと一歩に縮まる。
「俺は答えを出したぞ」
「そうだな」
「今度は主が俺に答えを出す番だ」
「俺が?」
「ああ、主がだ。あるだろう。俺に言うことが」
 もう一歩、踏み出す。
「主」
手を伸ばさなくても触れられるだろう距離。視線を少し落とした先に主がいる。
「主の言葉で、教えてくれ」
「俺の、言葉」
「主は、俺に、何を思う」
 迷ったように手が浮いて、それから何をするでもなく戻っていった。何度か言葉を探すように唇を軽く噛む仕草も、一つひとつ眺めていると、あー…、と実質降参宣言のような声と共に頭を掻かれた。
「膝丸、」
腹を括ったのだろう、と思う。主が何で悩んでいたのか、それはこれから聞いていこうと思った。そこは想像でどうにかする部分ではないと思った。これからはきっと、答え合わせをしてくれるだろうから。
「俺は、お前のことが、」
 ―――好きだよ。

 ああ、とやっとのことで頷いてから、笑みが溢れる。
「主」
「何だよ」
「俺は今それをやっと聞けたのに、どうしてかずっと知っていたような気がするんだ」
 主がそれ以上何かを言う前に、膝丸は返答を伝えるべく、そしてその前に兎に角この喜びを伝えたくて、手始めに目の前の主を思い切り抱き締めたのだった。



まなじりに映るは淡き尾を引きて議事堂にとどかざる弾頭 / 中澤系

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20180323