嫌われたくないから僕は 

 何回目かのコールは無視することにした。仕事用の端末に掛けて来られるそれは個人の手を離れた案件であるし、そもそも小粒が彼を手放すかと言うとそんなつもりもないのだから。数度端末が震えて、今度は研究室内の端末が鳴る。その表示される相手の名前に盛大にため息を吐いて、出ようとした部下に僕宛てだよ、と断って取った。上司たちはにこにこ笑っている。仲が良いんだな、と言った方の上司には謝罪を求める。
「………雪人」
相談課に出向中の同僚の名前を呼ぶと、僕だよ小粒、と少々高い声がした。
 彼の要求はこの間から変わらない。僕の任された浦島虎徹を引き取りたいと、そんなことを言うのだ。出来ないと分かっていて、彼は何度も何度も我が侭を言う。
「分かっているだろう、無理だ」
『そこを何とか!』
「ぼくに任された仕事だし、そもそも君、出向中だろう。相談課の回線をこんな私用に使うんじゃない」
『だって〜。小粒ちゃん、個人番号出てくれないし』
「出なくもなるよ…」
こちらにだって仕事があるのだ。それをお喋りで潰せるほど暇じゃない。それは向こうも同じだと思うが。
「楽しんでない?」
『そうかも』
「何故」
『だって小粒ちゃんがこんなに頑なになるなんて、久しぶりだから』
 頑な。
「頑な?」
『あれ、自覚なかった?』
不思議そうな顔をしているのがありありと浮かぶようだった。
『浦島虎徹のこと、そんなに気に入った?』
 次の瞬間、がしゃん! と大きな音がして僕は自分が回線をシャットダウンしたことに気付いた。上司以外がびっくりしてこちらを見ている。それは隣にいた浦島虎徹も例外ではなかったらしい。彼に、先程の会話は聞こえていないけれど。
「今の、なんか…」
目を丸くしたまま浦島虎徹が呟く。
「先生らしくないね」
 何があったの? という問いは耳に入ってこなかった。
「ぼくらしいって、」
思わず笑ってしまう。動かない僕の代わりに上司が回線を立ち上げ直す。個人端末にごめんね、というメッセージが入っている。
 甘えてるんだよ、と上司は言った。それなら早く大人になって欲しいと、そんなことを思った。



image song「ハイライト」LUNKHEAD

***




砂場の中の硝子片 

 研究員だからと言って、浦島虎徹が仮契約を経て本契約を結んだ男が年がら年中研究棟にこもっている訳ではない。仕事の一環として出張にも行くし、現場にだって出る。個人の自由として外に出るとひどく重い制約が課されるので、それはまた違う話として置いておくけれど。
「せんせー」
いつもの間延びした呼び方で彼を呼べば、浦島虎徹の声が呆れの色をしていたことに気付いたのだろう、彼は振り返ってまずかったかな? と首を傾げた。
「まずいも何も…すみません、秋扇さん。せんせーのことは人間じゃないとでも思ってください」
「ええ、ひどいこと言うなあ」
「ひどいこと言わせてんの先生だからね。ほら、これ以上失礼なことする前にさっさと仕事して帰るよ」
「…君、お節介になったんじゃないかい?」
「誰の所為なの、誰の」
最早定番となった遣り取りに、サンプルデータである審神者は苦笑していた。
「オレの方がずっと、人間みたいだ」
 その言葉はずっと、喉の奥に隠したまま。



ロドイビ @dorakujocho

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veri 

 先に前置きをしておくと、浦島虎徹は自らの仮契約主である男のことを好きとも嫌いとも思ったことはなかった。ただ変な人間だと、そういうことは思うけれど。だから監視の意味も込めてだろう、彼と暮らすことになってやることがなくて、いっそのこと男を逆に観察してみようと思った時に、疑問が湧いてきたのだ。
 この男は一体全体、人間社会の中でどう思われているのだろう、と。
 この施設内を普通の人間社会としてはいけないような気もしたが、基本的に浦島虎徹はこの施設と男の部屋以外行けるところもない。普通の刀剣男士としての経験も浅い。だからとりあえず、目の前のことから手をつけてみようと思ったのだ。
「おや、浦島くん。今日は小粒さんは一緒じゃないんですか」
「うん。先生は報告? って言ってた。本当は俺も一緒に行く予定だったんだけど、何だか俺の外出許可が降りなかったんだって。だから俺は今日は留守番」
「なるほど、だからいつもより厳重なんですね」
浦島虎徹の両手首には腕輪が嵌っていた。これは遠隔操作で爆破出来るという代物らしい。浦島虎徹の権利とかその他諸々どうなんだと思ったけれど男が意味もなく爆破したりするような人間には見えなかったので了承した。勿論浦島虎徹にそういった拒否権はないのだったが。
 男の部下である研究員は微笑みながらいつもより厳重だとは言ったが、そもそもいつもは浦島虎徹が知覚しているような拘束具はついていないのだ。本体に封すらされていない。いつもこんな軽いもので良いのかと思っていたが、一応防犯対策はあるにはあるのだと分かって今回安心した。勿論言ったことはないが。言ったら言ったで暴れる予定でもあるの、と真顔で返されるだろう。馬鹿馬鹿しい。
「そうみたい」
「あまり厳重だと思ってはいませんか?」
「まあ、うん。爆発しちゃったらそりゃあ痛いと思うけど、腕が取れるくらいだって言ってたし。まあ痛いのは嫌だから、先生が間違って押さないことを願うしか出来ないけど」
「浦島くんは、此処に慣れましたか?」
「慣れたっていうか、先生がああだから、慣れざるを得なかった、って感じかな。俺には結構強烈だった」
「そうなんですか」
「魚子(ぎょし)さんはどうなの」
浦島虎徹に水を向けられて、彼は驚いたようだった。
「貴方は先生のことどう思ってるの」
「子供のような人、ですかね」
まさか浦島虎徹がそんなことを聞いてくるとは思っていなかった、そんな顔に見える。
「貴方も知ってる通り彼はとても賢い。しかし、その心はまだ子供のまま凍り付いている」
それが悪い訳ではありません、と彼は言った。
「でも凍り付いているものを見ると、いつ溶けるのだろうと思ってしまうのが人間なのかもしれませんね」
「氷、かあ」
「意外でしたか?」
「ううん。思ったことなかったけど、言われてみるとなるほどな〜って思う」
「そうですか」
 それは良かった、とは彼は言わなかった。



カタルーニャ語「毒」

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あんたにやるよ、俺の未来。 

 何もない部屋。殺風景な部屋。それが浦島虎徹の契約主の寮の部屋だ。必要最低限のものしか置いてないのは彼の人間性の表れでもあり、何かが必要になるほどこの家に帰って来ていないことの証明でもあった。その部屋においてある私物をまとめてから、浦島虎徹はこれでいつでも旅立てるね、と言った。男は少しだけ考えて、まるで死ににいくみたいだ、と言った。悩んだ末に選んだ言葉がそれだなんて、この男は今までどうやって生きてきたんだろう。そんなことを思ってしまう。こんなだからこそ、この研究室で浦島虎徹と出会うなんてことになったのかもしれないけれど。
 死なないよ、と浦島虎徹は言った。ただ、気持ちの整理をしてから行きたかったんだ、と。
「それが死ににいくみたいだって言ってるんだよ」
「先生がそう思うのならそうかもね」
「…君、本当に可愛くなくなったよね」
「先生が俺のこと可愛いって思ってたなんて初耳だなあ」
思ったことなんてないことを知っていて、浦島虎徹はそう笑うことが出来た。
 男が浦島虎徹について、大したことを思っていないことが、情なんてものを持っていないことが、こんなにも心地好い。浦島虎徹は、刀剣男士なのに。その本質は刀剣で、モノ、なのに。人間に興味を持たれこそすれ大切にされないことを、こんなに心地好いと思うなんて。
 何処か壊れているのかもしれなかった。
 でも、それでも良かった。
「せんせーが俺を殺してくれるんでしょう?」
それはきっと、男に課された最低限の使命だった。男が嘘を吐いたとは思わない。だって、男が浦島虎徹に嘘を吐く必要など何処にもないのだから。
「あの言葉を、先生は嘘にしないから。それを、俺は分かってるから」
「一応言うけれど、すすんで殺したい訳じゃないからね」
「でも先生は間違えないでしょう」
「そりゃあ、僕は賢いからね」
「でしょ」
なら良いんだ、と浦島虎徹は笑った。
 心の底から笑うことが出来た。



孤独な愛の育て方 @kimi_ha_dekiru

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いつもいつも僕らは何かを探している 

 優秀、という看板に嘘偽りはなかっただろう、と思う。実際結果は出しているのだし、文句を言われる筋合いもなければ言われたところで何を思うこともない。けれどもどうやら金子厘(かねこりん)には人間の常識とやらが備わっていなかったらしかった。上にも述べたように優秀だったので学ぶことは出来たし原理と理由を並べることも出来た。
 けれどもいつだって、どうして? というのがつきまとった。正しい答えなんてないのが分かっているのに、それでも探してしまうような。愚かしい、どうしようもない、そんな中で真面な振りをするのはとても、難しくて。
「でも結局、僕が一番になっちゃったんだよねえ」
それだけしか出来ないと言われても、彼らはどうやったって厘には届かなかった、それだけが事実だった、そうだと思おうとした。



image song「僕らのうた」LUNKHEAD

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罪と罪と罪 

 死んでしまいそうだ、と思った。眠っている男は死体のようで、しかしじっと見つめていれば呼吸の音も上下する背中も分かる。
 男にある審神者適正が本当に少しのものであり、大して取り沙汰されるほどのものでないことを浦島虎徹は知っている。だからきっと、これは男があの施設の研究員であることに関係しているのだろう。
「俺は先生を守るって決めたからね」
そう呟いて浦島虎徹は緊急コールを鳴らした。ワンコール以内で繋がった先に、現状報告をしていく。
 現在の場所と時間、外出届を出した窓口と大凡の時間、男の名前と所属、自分の名前、提出した書類に書いた長々しい会合の名称―――今把握出来ている敵の数。
 男に期待は出来ない。元々危機に瀕して動けるような人間ではないし、今は施設の外にいるため、逃亡防止用の術で具合がよくないのだ。無理はさせられない。素直に援軍を待ちながら凌いだ方が賢い。
 コールの音で男は起きたらしかった。
「先生は寝ててよ」
「そういう訳にはいかないでしょ」
「別に起きてても変わらないし。どうせ先生は俺に守られるんだからさ」
その言葉に男は少し笑って、ためらわなくなったね、と言った。それが何を意味するのかすぐに分かったけれども、きっと浦島虎徹を誂う意図はなくても外から見たらそのようなものだったのだろうが、浦島虎徹はただそれを流す。
「先生が俺のことどう思おうと関係ない。先生は俺を今まで通り、俺を観察しててよ」
 挑戦的な目線を、男は受けただろうか。この暗がりで、男の目が何処まで捉えているのか浦島虎徹には分からない。
「俺は好きに動くよ」
本体を握る手に力を入れる。通信が五分保たせろと言う。浦島虎徹は返事をして、そうして息を潜める。
「心って、そういうものだと思ったから」
 蹴破られた扉の向こうに、希望も絶望もないのを知っていて。



右を見ても左を見ても整然と一億五千万のギルティ / 北原未明

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どうか愛して僕らの神様 

 人間というのは浦島虎徹が思っているよりもずっと難解な生き物なのだな、とこの男と一緒にいて一番多く思ったことがそれだった。恐らくこの男は人間の中でも充分に特殊な分類に属するのだろうけれど、それでもしかし浦島虎徹の生活の中で一番に近く時間を占有しているものであるからして、浦島虎徹の人間の基準が徐々に男に焦点を合わせてしまうのも致し方ないことだと思った。
「先生」
腕を引いて止めると、男は少しだけつんのめって手に持っていた資料をばらばらと落とした。相も変わらず何を書いてあるのか分からない資料だけれども、男曰くこれは暗号なのだと言う。浦島虎徹には長い時間を掛けてもやはり酔っぱらいの落書きにしか見えないのだったが。
「どうしたんだい、浦島虎徹」
「何でもないよ」
「何でもないのにぼくを引き止めたのかい? 何か用事があって忘れてしまったとかではなくて?」
「そうじゃないよ」
浦島虎徹は笑う。
「強いて言うなら、先生の邪魔をしてみたかっただけなんだ」
「へえ?」
「先生はきっと怒らないだろうなって思ったから」
「確かに怒らないけどね」
「資料拾うの手伝うよ」
「ありがとう」
 そういえばどうしてこの時代に紙の資料なのだろう、と聞いたら、アナログの方が盗みにくいんだよ、と言われた。



「楽観的な悲観主義者」「悲観的な楽観主義者」 / @jitter_bot

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悲しいのは幽かな香り 

 何度目かになる外出に付き合わされた日のことだった。店に入った瞬間に香ったものが何なのか、すぐに分かった。今まで記憶の底に埋もれていたのに。
 あとから、あれは完全なる彼の趣味ではないのだと知った。それを浦島虎徹が知り得たのはこの目の前にいる男の気まぐれで、それがなかったら今でも彼はあの香りが好きだったのだと、あの選択は彼の趣味なのだと、そう思っていただろうに。
 男は本当のことを知っていて、でもそれが浦島虎徹にどのような作用をもたらすのか知らないはずだった。なのに、足を止めた浦島虎徹のために、男もまた、足を止める。
「買うかい?」
男が問うたのに、浦島虎徹は何を言うことも出来なかった。男の手がそれを目の前で取り上げて、そして代金を支払うのを、ただ黙って見ていた。

***




混迷極めてセピア色 

 浦島虎徹を引き取ったことは実験の一環であったし、それ以上のことはない。彼はこちらを主だとは思っていないだろうし、もしかしたら人間とも思っていないかもしれない。悪逆非道の限りを尽くしたような記録を読み終わって置くと、浦島虎徹がそれを持ち上げた。
「…何が、いけなかったんだろう」
「さあね」
少し読んでからそう呟いた彼に、短く返す。
 記録は所謂ブラック本丸のものだった。此処でも刀剣男士が審神者を殺している。殺した張本人は部隊が踏み込む前に勝手に自壊してしまったらしく、研究室で保護することは叶わなかった。勿体ないことをしたものだ。浦島虎徹は記録の彼らのことを自分と重ね合わせているのか、真剣な表情だった。
「人間なんて大体間違ってるものさ。大きな目で見ればね」
だから独り言のように続ける。
「生活のためと、破壊してきたものの多さなど数え切れないさ。それでもまだ人間は反省しない。反省出来ないのさ。それを認めると自分たちが存在しているのがいけないこと、となるかもしれないからね」
「そういうものなの」
「逆に、そういうものじゃないと思っているの」
そこで浦島虎徹は顔を上げて目を見開いた。まるで初めて何かに気付いたかのように。大方そう思っているということに、なのだろうけれども流石にそこまでは興味がない。それからそう、と呟くとまた記録に戻った。最後まで読み終わって、元の場所に戻してからこちらを見る。
「ねえ、先生」
 浦島虎徹はよく笑うようになった。
「俺は、人間が好きだよ」
それは観察をしている上では喜ばしい結果だった。

***




スケッチブックを閉じた夜 

 どうして先生はこの仕事を選んだの。
 預かった刀剣男士は人間ではないはずなのに、余程人間のようなことを言う。
「どうしてって、ねえ…別に、そんな大層な理由はないけれど。元々此処の学生で、研究室を選ぶ時にそのまま就職出来るような研究室に、推薦状書いてやるけどどうする? って聞かれたからかなあ」
「コネってこと?」
「違うよ。優秀だったんだよ」
「自分で言う?」
「試験ではずっといちばんだったからね」
「ふうん」
 それだけ? と彼は首を傾げる。元々少年のような顔をした彼に、その仕草はとてもよく似合う。
「それだけだろうねえ」
「他人事みたい」
「他人事だからね」
「自分のことなのに?」
そうだよ、と答える。
 幼い頃、黒いクレヨンを使い果たした日のことはもう忘れていた、忘れていることになっていた。



image song「恐竜の描き方」元ちとせ

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20180323