屍の王 

 目覚めてなるほど、と思った。夢みたいなものだ、それもとびっきりの悪夢みたいなものだ。美しいものに手を出した代償がこれとは! もしこれが彼の思い描いた通りの世界であるならば、彼はどれほどに夢見がちなのだろう。思わず笑って笑って笑って―――腹が痛くなるまで笑って、自分の立場と役割を確認して、やはりもう一度笑った。
 人間の共犯者を作るべきだろう。彼の世界の人間がどれほど夢見がちなのか確かめるために。
「ああ、君はこれを罰とでも言うのかな」



無音 @nothing_glass

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何処にも行けない君のため 

  優しい人間だった、馬鹿馬鹿しい人間だった。彼は君の夢見る人間そのもので、君の結晶だった。だから君にしなかったように彼にかまって、そうして日々を過ごしていく。
「人間というのは大変だねえ」
その言葉を僕は吐く。自分も人間であったことがあるのに、今だってこんなことをしているけれども人間だと言うのに。
 彼はこちらをチラリと見て、そうして嫌な顔をしてからまた自分の仕事に戻っていった。



蝋燭のように溶け合うわたくしの額ときみの顔のひとひら / 加藤治郎

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最低の男 

 君は結婚しないのかい、と言ってみたのは彼の人間への認識が何処までのものなのか確かめたかったからである。僕は未だこの世界が彼の作ったものだと思っていた。美しさの権化のような彼は刀で付喪神で神様で、つまり大体何でも出来そうだったから僕はそう思っていた。
 けれど。
「さあ、どうだろうな。家のためにはした方が良いとは思うけれど」
家のため≠ネんて、きっと彼からは出て来ない言葉だった。
 かからその時、僕は此処が彼の世界でないことに気付いたのだ。それと同時に、目の前の彼もまた、彼とは何も関係のない人間なのだと。
「ねえ、君」
僕は目の前の人間を呼ぶ。
 「僕のことを抱いてみない?」
彼が思わずと言ったように振り返るのを、僕は大笑いしながら見ていた。



薄氷に雨降るよわが排卵日 / 池田澄子

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そんなこと思ってもいないくせに 

 会いたい人がいるんだ、と僕は言う。本当のところ人ではないのだけれども彼に言ったところで通じないだろうからそのまま言う。彼はそんな感情があるのかと驚いたような間を持って、そうか、とだけ返して来た。
「会えると良いな」
その声にやたらと実感がこもっていたものだから、笑いすぎて涙が出た。



ご無事で。もし、これが永遠の別れなら、永遠に、ご無事で。/太宰治「斜陽」

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嘘はいつかばれるものだから 

 あ、と思ったのは恐らくそれが自分をこの世界に繋ぎ止めるへその緒のようなものだったのからだろう。勿論それがなくなったからと言って自分がこの世界から消えてなくなるような、そんな脆弱な関係性ではなかったけれど。いや脆弱じゃあないからと言って濃厚な訳でもなかったけれど。
「そうか」
呟く。
「そうなんだ」
 そうしてふと目線を反らした先にいたのは当然と言うか彼で、彼とは似ても似つかない彼は自分を見て、それからなんだよ、と嫌そうに言った。その様子を見ていたら、自分はせめて最期まで彼についていなければと思ったのだ。



ひとりきりの秋のからだをやわらかく すべりこませるカーディガンの袖 / 林あまり

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いつまでも僕を縛っていてよ 

 まるでずっと繋がっているような感覚だった。粘膜の感触も温度もすべて思い出せて、未だに僕の心を高揚させている。だから僕は此処にいるようなものだし、僕は人間ではないものになったのだろうけれど。
 これが彼なりの愛だった。
 と、思うことにした。
 別段彼の中に愛なんてものがあったとも思わないけれど、そう思う方がきっと世界は美しいから。



順番に積み上げたならできあがり嘘と怠惰とメイプルシロップ / きたぱろ

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すきすきだーいすき 

 恋ではなかった愛でもなかったその他諸々あの感情を説明するのに興味やら好奇心だとかそういったものにしか分類出来ないことをきっと他人は訝しむだろう。遺して来てしまった本丸はどうなっただろう、と思うことはある。しかしながらあまり良い主であったような気はしないので、きっと審神者の不在がバレればすぐに本丸は解体になるだろうし、そこで自分を待つという選択をする刀剣男士は恐らくいないだろう。燭台切光忠との距離を見誤ったように―――自分は見誤ったとは思わないが、きっとそう思う者がいるだろうと想像出来るくらいには客観視が出来ていた―――刀剣男士全体との距離を見誤っていたような気がしていた。推奨されている関係は基本的に部下と上司、適度に距離のある関係ではあったが、それにしたって自分の本丸は主である自分と刀剣男士の間には深い溝があったのだと思う。
 それが、きっと自分なりの人間と人間ではないものの距離、だったのだろうけれども。
 だから、もしも彼が飽きてあの本丸がもうなくなったとしても戻る日が来てしまうのであったら。その時は嘘でも恋だった愛だった興味や好奇心もあったにはあったけれどもそれを凌駕するものが確かにあったのだと嘘を吐こうと、そう決めていた。



午後二時の道路に並んだ水風船 全部轢かれて今からが夏 / ロボもうふ1ごう

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まるで私のようですね 

 死神、と僕を呼んだのは一体誰だったか。少し大倶利伽羅に似た空気を持っていたな、と思い出す。他の本丸では馴れ合わないと噂の彼だけれども(そして本人もそう言っているには言っているのだけれども)、僕のいた本丸の大倶利伽羅は結構な世話焼きで、よく僕の周りをついて回っていたな、と思い出した。
 思い出したものだから、きっと彼が嫌うであろう言葉もついでに、思い出した。まだ審神者になったばかりの頃だ。彼は歴史を守るということがどういうことなのか分かっているのかと、そう問うてきた。分かってはいなかったけれども理解はしていたから、僕は答えた。守れるかもしれない生命を見捨てることだろう? と。そしてそのあと、僕は何でもないことのように続けたのだ。
「殺す人間を選んでも良いよ」
そして今、目の前の彼にもまた、同じようなことを言う。彼は大倶利伽羅のようではなかった。どちらかと言うと燭台切光忠の理想とする人間のようだった。
 笑ってみせると彼はとても嫌そうな顔で僕のことを追い払った。



幸せな奴は全員死ねばいい 君は不幸に生きてて欲しい / ねり

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電車が参りますご注意ください 

 繋がりが分かるとは言ってもそれはただの繋がりだった。彼がもしかしたら僕に飽きただけだったのかもしれない。僕はきっと彼が死んだ―――彼は刀剣男士だから折れたと言うのだろうけれども―――のだろうと思っていたが、そういう可能性だってあるのだ。がたんごとん、乗る必要もないものの音がする。さて、と立ち上がる。
「君はまだ生きているのかな?」
元々強制力なんてなかった、いつでもこの世界から抜け出せたはずなのにそれをしなかったのは興味がなかったからだ。ゆるりと絡みつくような、彼を抱いた時の恍惚が永遠に続くのなら良いのに。



白線の内側だけで愛し合うことに飽きたら背中を押して / 黒木うめ

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うつくしい心臓 

 知っている、と思った。ああこれは僕と同じ顔だ、と。鏡のような人間を選んでしまったなあと僕は自虐すると同時に彼を見つけることを望んだかのような彼を思い出して、笑った。
「僕のことが好きなんだろう?」
どちらでも良いけれど、言葉遊びの容量で笑って見せる。
 そう、きっと彼は僕のことが好きだった。彼が望む望まざるに関わらず。けれども僕の答えは最初から決まっている。僕はもし帰るのであれば今世紀最大の嘘を吐くことを決めている。
 だから。
「そういうことは、ちゃんと人間同士でやりなよ」
僕がまた笑うと、彼は何を言っているんだこいつは、と言いたげな顔をした。



あの人は神様じゃない じゃないけどきれいな心臓持っている人 / 黒木うめ

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20180223