無限ほど意味のないものはない 

 歴史修正主義者対策本部審神者相談窓口、通称・相談課に勤める東雲はその日、休みのはずだった。ああそうだ有給を取ったはずだった。それでこの仕事に就く前からの友人で今は審神者をやっている青磁(せいじ)と青磁の護衛としてついてきた堀川国広と、楽しく休日を謳歌していたはずなのだ。
 だと言うのに。
「………正直に言って良いか?」
「どうぞ」
「お前、なんか憑いてない? 現場で呪われたとか…」
「いやこういうの初めてだし前の現場もそういうのなかったはずだから普通に何か運が悪かったんだと思う…」
「東雲さん…」
堀川国広までちょっと可哀想なものを見る目で見るのはやめてほしい。
「俺さ…今だから言うけど、お前に相談課って向いてないと思うんだよな…。ほらお前、なんていうか、術師としては優しすぎるじゃん。ていうか俺らの組織、別に術師専門みたいな強いとこじゃないんだしさ。何で審神者の方来なかったの?」
「それ今する話? 普通に審神者の方定員だったんだよ」
「それで諦めて相談課行く? ないわー…」
「本当それ、今する話じゃないよな?」
「普通に次の募集待てば良かったじゃん…」
「早く就職したかった」
「うわ真面目」
「真面目なんじゃなくて動いてないと落ち着かないんだよ」
堀川国広は生暖かい目線をくれた。泣いてない。
 青磁の言う通り、実のところ東雲は自分が相談課に向いていないと分かっていた。自覚していた。それでも続けるのは、相談課というのがやはり人助けに一番近いところにいるからなのかもしれない。
 自身の出自を言うことは基本的にはタブーであるので誰にも言ったことはないし、青磁も知らないことだったが、東雲は組織に引き抜かれるまでは世界中を飛び回る仕事をしていた。援助に、人を助けることに、国境はないと、そういう活動をしていた。だからなのだろう、審神者の方は既に定員だと言われて政府職員の方ならまだ空きがあると言われた時、この部署を真っ先に選んだのだ。審神者の補佐をする担当、情報を管理する情報課、各本丸の位置情報を管理する入り口部署、刀剣男士の本体とも言えるものと交渉する、本霊交渉課など―――凡そが俗称であるが、政府職員にも多くの役割がある。その中でも相談課なんて一、二を争う血なまぐさい部署だろうし、あまり進んで選ぶものではないだろう。事実、周りはしっかりと術を学んだ術師の方が
多いのだから。そういうしっかりした組織から送り込まれてくる強者揃いの部署なのだ。それはきっと、本人たちがやりたいと思っているとか、そういう問題ではない。自分たちに力があるから、それを生かすのだ。そう言わんばかりの先輩たちの背中は、いつも見ていて眩しい。
 と、大分ズレたが話は東雲と青磁と堀川国広がショッピングモールにやって来た時まで遡る。一通り見回って少し小腹も空いたので何か食べようと、甘いもの好きの青磁のリクエストでパンケーキを待っていた時のことだった。
「主さん」
「青磁」
東雲と堀川国広が同時に反応して、
「伏せろ!」
「伏せて!」
青磁は反射のように重なった言葉に従った。
 一瞬あとに轟音。
 堀川国広がすぐに青磁を庇って下がる。東雲だけが喧騒の中、襲撃者と向き合う。周りでは一般人が何!? と悲鳴を上げているが今は知ったこっちゃない。あとで掃除係さんたち―――これも俗称だが、歴史修正の余波などのこぼれを拾ったり一般人の目から刀剣男士の記憶を薄れさせたりとまあいろいろ大変な部署である―――が悲鳴を上げること間違いなしだが今は審神者の生命の方が優先だ。勿論、一般人を巻き込むのはいただけないが、どうやら襲撃者はこちらを狙っているだけらしい。
「…ッ!」
一旦距離を取ると、東雲の持っていた術式をかけた警棒がずるり、と嫌な音を立てた。
―――確実に、脳髄は叩き割った感覚があった。
―――けれど。
手応えはあったが死んだとも倒せたとも思わなかった。まずい、と思って緊急回線を開く。
「こちら東雲、休暇中ですが敵勢力と思しきものに遭遇」
『おやおや。折角の休みだったのに勿体ない。どんな状況?』
「ざっくり言うと自分では倒せません。一緒に審神者の友人もいるので応援を要請したいです。座標は今送りましたので辺り一帯の凍結と人払いをお願いします」
『もうやったよ。援軍がつくまで出来るだけ逃げていなさい。君も、君の友人もね。護衛は誰かな?』
「堀川国広です」
『なら大丈夫かな。君の判断で堀川国広を誘導してね』
「はい」
対象から目を離さずに彼らのところまで下がる。対象はまだ動かない。回復でもしているのだろうか。もしも何も知らなかったらこの隙に追撃をしたのだろうが、これは確実によくないやつだった。原理は分からないけれども経験上よくないと分かっているやつだった。
 青磁と堀川国広にも予備の通信機器を渡す。飲み込むタイプなので飲み込んでもらった。水なし一錠、本人の意志で体外に排出出来る代物だ。消化されるようなことはないし体内に残留することもない。
「課長と繋がった」
「前から思ってたけどお前んとこの課長、いつ休んでるの?」
「恐ろしいことに何処かで休んでるみたいなんだよな…分裂出来るんじゃないかって専らの噂」
『東雲、聞こえてるからね』
青磁のことについては触れないのが課長である。
 課長の言葉のあとで、対象はあー…とぼやきながら立ち上がった。何で立ち上がれるんだろう。完全に脳味噌ぐちゃぐちゃだ。ゾンビだろうか。
「課長、とりあえず見たままに言いますが自分には対象が再生しているように見えます」
「青磁です。俺もそう見えます。ゾンビかな? 堀川は?」
「堀川です。僕もそう見えます。気配も遡行軍とは違うように見受けます。これは僕の所感なので流してくれても大丈夫ですが、敵意や悪意というよりも好奇心めいたものを感じます」
『なるほどなあ。堀川国広の所感の通りだと大分苦労しそうだね。東雲頑張るんだよ』
「頑張ります………」
堀川国広の所感の通りなら、対話で時間を稼ぐのも難しい可能性が出て来た。恨みつらみその他諸々悪意それぞれであれば煽ったり訊ねたり、まあ会話を長引かせる方法は幾らでもあるのだが、好奇心一辺倒でやって来ているものは扱いが難しい。なんたって戦ってみたいからやって来ているのだ、まず目的を果たそうとするだろう。いろいろな因果の末に襲撃してくる輩とは扱いが変わる。
 辺りは静かになっていた。人払いは済んだらしい。対象が現れた際に机ワンセットが一つだめになったが、まあ経費で落ちるだろう。
「ゾンビではねえよ〜」
のんびりした声で、まず発されたのがそれだった。
「………そうなのか」
東雲が答える。まあ確かにゾンビというのは死体が動いている状態であって、大抵が頭を吹き飛ばすなり何なりすれば動きは止まる。再生はしない。けれどもこの対象は叩き割られた頭をじわじわと再生していたのだ。今では傷一つない。あれやこれや、飛び出しているものはあるが。
「なら、何なのか、聞いても?」
「オレは死なねえの、不死者? ってやつ? ちょっといろいろいじっちゃったから、よく覚えてないけど〜」
いじっちゃったとはまた、不穏な言葉だ。何なのだろう。
 ごきっ、と最後に首の調子を整えてから対象はこちらをちゃんと見た。見た目は普通の人間と大差ない。珍しくもない黒髪黒目、あまり高くない背丈。顔は幼さ抜け切らぬと言ったような様子で、若干目つきの悪い少年と見える。まあ、見えるだけだが。
「オレの名前は中黄(ちゅうき)。お前は?」
「………東雲」
「オレは青磁」
名前を教えるのはご法度と言われているが、まあそのための仮名だ。
「へえ、東雲か。なかなかやるな、お前。オレ、そっちの可愛い顔した兄ちゃん目当てで来たのにさ」
「ちょっと物騒な職場にいるもんで」
刀剣男士のことは知らないのだろうか、とは思ったが刀剣男士と名を出して教えてやることもない。人間でないことに気付いているかどうかもよく分からないのだ。堀川国広は察したのか、ただ本体を構え直しただけで何も言わなかった。青磁の方は心配していない。
「で? 東雲がオレの相手してくれるの?」
「出来れば遠慮したいんだが」
「そんなこと言って。容赦なくオレの頭蓋砕いてくれたじゃん。びっくりしたよ。おかげで一回死んじゃった」
「不死者なのに?」
「そういう揚げ足取るんだ? そっちに合わせて折角言葉を尽くしてるのにさ」
「それはどうも。悪かった」
「東雲って、友達いないの?」
うるせえ。
 心底そう思ったがここで声を荒げては会話をしている意味がないし、後ろにいる青磁は友人だがそれを言えばターゲットになる可能性がある。今折角ターゲットが東雲に移ったというのに、それでは意味がない。
「…想像にお任せする」
「それって、友達いない人の台詞だよね」
手の中で閃光弾を転がす。その動きに対象が気付くが、死なないからだろうか、特に何をしようという様子は見られない。何をするのだろう、とわくわくした顔をしている。勘弁して欲しい。
 東雲は生き残ることは出来ても満足のいく戦いが出来るかと言うと、そんなことはないのだから。
「ッ主さん!」
後ろで堀川国広が、東雲が何を持っているのか気付いたのだろう、青磁を庇う。それと同時に、東雲は手の中のものを投げた。
 轟音。
 閃光。
 対象の悲鳴。
 急いで青磁を庇った堀川国広のところまで下がると、堀川国広もまた悲鳴じみた声を上げていた。
「東雲さん!」
めっちゃ怒ってる。ちなみに投げたのは閃光弾みたいなものである。痛いし強いし影響力半端ない開発中の代物だ。今回の東雲はテスターである。これだけ堀川国広に怒られるのだから複数人いる時は使いにくいと報告するべきだろう。
「主さんは人間なんですよ!?」
「…おれも人間なんだが」
「あ」
これは完全に忘れてたな、と思って通信に意識を割く。
『動き止まった?』
「東雲! ふざけんな! こんなコスい手使いやがって! もっとお前ならオレを楽しませてくれるって思ったのにさあ!」
「ちょっと止まってはくれてますけど怒ってます」
『聞こえたよ』
ピンチだねえ、と課長はしみじみ呟いた。
『君がピンチだと言うので、』
あ、嫌な予感、と東雲は背筋を伸ばす。
『鋼(はがね)くんを送ったよ』
やっぱりー! と叫ばなかったのは賢かったと思う。
 鋼というのは相談課においても古株の結構ヤバい人であり、東雲が相談課に入ってすぐ教育係という名目で付けられた監視でもあった。元々相談課というのは浦機関が幅をきかせている課なので、その他の組織から上がってきた者には監視がつくのだと言う。まあ、これを知ったのはものすごく後になってからであって、東雲が監視されている最中に気付いたことではないのだが。別に監視というのは浦機関の人間でなくてはいけない訳ではないらしく、認められれば他の組織出身でも監視業務は回ってくる。東雲はどうにもその回数が多いような気がしている。
「どう? 好転しそう?」
「好転はするけどスプラッタになるかもしれない…おれは土下座の準備とかをするけどどうか青磁、おれと友達の縁を切らないでほしい…」
「いや別に切らないけどそんなお前が弱気になるほどヤバい人が来るの?」
「ヤバい人ではないぞ」
「ヒェッ!」
思わず変な声が出た。
「は、鋼さん、お早いお着きで…」
「そおりゃあ可愛い東雲のためだからな。ダッシュで来るさ」
「わあい…東雲うれしい…」
「もっと嬉しそうにしろ!」
無茶だ。これからスプラッタになるのが確定みたいな場所で呑気に喜べるほど東雲は耄碌していないし弱気になってもいない。
 そう、この上司、鋼はとても強くて頼りになるのだが、如何せん仕事が雑というか力で解決しがちというか、ああ、そうだ、脳筋なのだ。多分。鋼に連れ回された新人時代、あれこれ凄惨な現場は見慣れていたはずの東雲の心をこの人が何回折ったことか。それも悪気なく。数え切れない。挙げ句の果てには報告書を上げる監査室から鋼のターゲットが変わってるだの、早めにカウンセリングは受けるんだよだの温かい心配の声を頂いた。相談課と監査室は切っても切れない縁であるがそれにしたって少なくはない相談課職員の中で名前を覚えられているというのは何なのだろう。怖い。東雲が入る前に一体何をしでかしたのだろう、この上司。怖い。
 と、東雲の戦慄などまるきり無視の鋼はふうむ、と叫ぶ対象を眺めていた。
「話は聞いていたが、なるほどな」
何がなるほどなのだろう。
「死なない癖に痛みはあるんだな」
「あれが演技じゃなければ」
「演技に見えんのか?」
「見えません」
「じゃあ方向性は分かってるだろ」
鋼は当然のように言う。当然のように東雲はそれを理解したくはないのでどうするんですか、と問う。
「馬鹿。死なないなら死ぬまで殺すか再生が間に合わなくなったところで生け捕りが定石だろう」
「ああー…やっぱりそっち行くんですね…やだ…」
「やだとか言うな、若造。行くぞ」
「鋼さん一人で充分じゃないですか…」
とは言え上司の言葉に従わないのもどうかと思うので。
「鋼さん、青磁だけでも逃したいんですけど。向こうの狙い元々青磁というか堀川国広ですし」
「ああ、それは迎えが…ええと、誰が来るんだっけかな。ああ、そうだ、晩風(ばんぷう)が来るって言ってたから。晩風待ってからお前は追ってこい」
「え、晩風さんってオペなんじゃ…」
「オペだが六角塔出身の強い術師だぞ。本人が争い事を好まないモンで、相談課の壁役としてオペやってるだけだ」
「何ですかそれ…初めて知りましたけど…」
「そりゃあ言ってないからな!」
そりゃあオペレーターだから弱いなんてことはないが、それでもそんな話は聞いていない。
 喜ぶべきか悲しむべきか、晩風は鋼が飛び出して対象と交戦し始めてからすぐにやって来た。青磁と堀川国広が保護されたことは嬉しいが、護衛の仕事が終わってしまったので泣く泣く鋼に合流する。そこには既にめためたのぼこぼこにされた対象がいた。東雲が攻撃を加えた時にはあれだけ怒っていたのに、今では怒る暇なく再生させられている。ここまで来ると可哀想だ。心の中でだけ合掌する。
「東雲、なんか縛るモン持ってないか」
「一通り捕縛道具は持ってますけど有効かどうかは知りません」
「課で支給されてるやつか?」
「はい」
「何番?」
「百三十二番です」
「じゃあ術式載せれば行けるだろうな」
既にあれこれの術式を載せまくった捕縛道具のはずなのに、鋼はこれに更に他の術式を載せると言うのか。術式のどんちゃん騒ぎで機能しなくなりそうだ。
「大丈夫なんですか?」
無意味だとは思うが一応聞いておく。
「大丈夫だ。百三十番台は開発局に私が出張して協力したやつだから構造は知ってる」
「うわすごい…」
いつの間にそんなことをしていたのだろう。百三十番台が配布されたのは先週のことだった気がするのだが、最近鋼が課内にいなかった日がないように感じる。けれども聞いてはいけないと思って東雲はそのまま捕縛道具を渡した。
 何か呟いた鋼の手から捕縛道具が生き物のように飛び出していく。ちなみに一応言うが、捕縛道具はそのような動きをするものではない。
「無限ってのも大変だなあ。本当に無限かどうかは知らねえが」
まだ肉が削げたままの対象は目玉だけで鋼を見上げていた。線路にまだ人間が立ち入れた頃にあった怪談って多分こんな感じだったんだろうな、と思っているうちに捕縛は終了し、対象は再生する自分の肉で更にぎちぎちになっていた。過去出身者が持ち込んだらしい漫画にこういうシーンあったな、と思い出す。
「はー…結局鋼さん一人で片付けちゃったじゃないですか」
「悪いな。若造の仕事を取っちまった。だからこれ持って帰るのはお前がやれ」
「嫌です!!!」



孤独な愛の育て方 @kimi_ha_dekiru

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20180223