私の男 

 喜ぶべきは彼が私の肚から出て来たのではないことだっただろうか。もしそうであったならば私はきっと彼の半分であるはずの男をすぐにでも殺していただろう。私は彼のすべてにおいてはじめてでなくてはいけなかったし、私も私のはじめてを彼に捧げなくてはならなかった。否、捧げられないのであれば死んだ方がマシだった。私は私の敬虔な処女性に感服した。誰にも触れられていない唇の皮膚を剥ぎ取って、更なる新品さを醸し出そうとした。
 彼にとって、持ちうるべきすべては新しいものでなくてはならなかった。古きを壊す正当な破壊者でなくてはいけなかった。高度文明を惜しげもなく破壊するゴジラのように。
 私は。
 彼を神にしたかった。
 私だけの男のまま、彼を神の座まで押し上げたかった。



葉脈を陽に透かすたび唇を尖らせた はつなつのおとうと / ひぐらしひなつ

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今さら鈍さを増して行く浄化 

 私の所業を知った両親はすぐさま私たちを引き離した。弟は言葉もなく、為す術もなく。けれども遅い、と私は思う。弟が生まれて十二年と少し。その時間はすべて私のものだった。だから私はもう充分だとさえ言える。勿論、もっと弟に、私の男に触れていたかったとは思うがそれはまた別の問題だ。
 私はなすべきことをした。
 私は私のためのすべてを、終えた。
 だから私は笑ったのだ。家を出、親戚へと預けられたその日、未だ怒りと悲しみの綯い交ぜになった表情しか出来ない両親に向かって、私は高らかに勝利の声を上げたのだ。



image song「茨の海」鬼束ちひろ

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世界から、僕と君だけを切り取って 

 まるで運命みたいだな、と膝丸は言った。違うのよ、と私は言った。だって既に引き離された後だったから、誰も私を止めることはしない。
 既に終わったことは止められない。
「違う、とは」
「〝まるで〟じゃあないの。私たちは運命なのよ」
例え世界が滅びても。
「だから今度からは間違えないでね、膝丸」
 貴方の兄は間違えなかったわよ、とは言わなかった。



喉元にカッター
http://nodokiri.xria.biz/?guid=on

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最初から僕は失くして初めて有り難さに気付くような奴だった 

 一緒に行く? と聞いてきたのはきっと慈悲だったのだろう。どうしたって事件を起こした刀剣男士の、刀剣男士であるから血縁関係はないものの普段から兄弟を自称している膝丸の、処遇がよくはならないことを彼は分かっていた。そして、膝丸もまたそれは分かっていた。はずだった。けれども首を振ったのは。
「俺までいなくなれば誰も兄者の代わりに責任を負えないだろう」
「別に、そういうことはしなくて良いと思うけどなあ」
だって主は同意してくれたんだから、と言う兄にきっと膝丸の気持ちは伝わらない。それが分かっていたから。例え兄弟と言ってもそれは人間が名付けた関係で、今のこの身体に確かに血は流れているけれど、だからと言って絶対的な関係がある訳でもない。
「俺は必要だと思うのだ」
「そう」
「だから兄者は兄者が正しいと思ったことをすれば良い」
「止めないの?」
「止めたところで止まってくれるのか?」
兄は目を細めただけで、何も返さなかった。
 それが、彼の姿を見た最後。

 その選択が間違っていたのだと、気付いたのはすべてが終わってからのことだった。



image song「おまえさん」back number

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人生に意味をください 

 何をしてもつまらなかった。勉強も出来た、造形もそう悪くはなかった、コミュニケーション能力だって。癖と呼べるようなものも一つもなくて、私は私が知る限りでは一番に平凡を模したような女だった。
 何をしてもつまらなかった。こんな人生に意味はないと思っていた。

 こんな人生に意味はないと思っていた。
 私は受け身だった。



@ODAIbot_K

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手に入れた宝物は鈍く光を失っていく 

 そんなことをして楽しいのかしら、というのは純粋なる疑問だった。髭切がそこまで私のことを好きであろうと、私は弟のことが好きであるのだし、それは世界に決められたことなので変わらないのだ。
「貴方の好きにしたら良いわ」
私は言った。私は既に何年も弟に会っていなかった。今弟が何をしているのかも知れない。両親に私が審神者になったことは伝えられているだろうけれど、きっと弟には知らされていないだろうから。
 私と弟は隔てられていた。
 それでも、私は既に勝利したあとにあの場を去ったのだ。神隠しなんてものをされれば流石に弟に話が行くかもしれない。そうしたら、彼はどんな顔をするだろう。私のことを彼は忘れられないはずだった。私がそうしたのだから。
 もう本当の意味で二度と会えないかもしれないと、彼が私のことを想う時は。



孤独症候群 @s___syndrome

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アイデンティティ 

 親戚の家に預けられた後、家族は引っ越しをしたらしい。私に居場所を知られないようにの対策だろう。彼らからしてみれば私は虐待をした方なのだ。犯罪者。仮にも身内だから、そうは言わなかっただけで。
 そこまで分かっていても、やはり分からなかった。どうして私から彼を取り上げることが出来たのだろう? 私にとって、最早それは意味をなさないことだけれども、それでも一緒にいられるのであれば一緒にいたかった。彼らは、そんな純真な感情を踏みにじっていることに気付かないのだろうか。それとも、私が彼らと同じ人間であることに気付いていない?
―――すべてを失くしてみたら、何か分かるのだろうか。
そんなことを思った。
 もしも、私が姉でなくて、彼が弟でなくて―――そう考えて首を振った。それはあり得ない話だった。彼が私の弟だから私の男であるのだし、私は彼の姉だから彼の唯一の女足り得るのだから。

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それはわたし、(と貴方は云った) 

 夢を見ていた。ざっくん、ざっくん、と音がする。それに呼応するように悲鳴も。なんて悪趣味な夢なんだろう、とぼんやり思ったけれども、現実でもっと悲惨な現場を見ているからか、本当にぼんやり思うだけだった。医者の資格なんて持っているとあの職場では右から左へあっちこっちだ。勿論医者が本職ではないので一応考慮はされているけれども、人手不足なのは何処も同じで本来の仕事ではないところまで手伝っていると言ったところだ。まあ、その分給料が増えるので悪いことではないのだけれども。
 そんなふうに考えながら夢の中を歩いて行くと、どんどん音は近付いて来た。ああ、次の扉を開けたら―――そうして進んだ部屋では、殺戮が行われていた。仕事でよく見た光景。現場と違うのは、彼女が持っているものが切れ味の悪そうな鉈で、大体現場で見るのは切れ味の良い日本刀ですっぱり行ったもの、なところだろうか。現場の綺麗さが違う。どんな人間なんだろう、そう思って彼女をよく見ようとしたところで、先生、と声を掛けられた。
 目を開ける。
 預かった五虎退が心配そうにこちらを見ていた。
「ごめんなさい、うなされていたから…折角、お休みしていたのに」
「いや…。そっか、うなされてたかあ」
不思議な気持ちだった。顔を見る前に、その答えを知っていたような気がした。
 ―――泣き叫ぶピエロの首を切り落としたのは誰?

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首なし死体と貴方の偶像 

 人間というのは完璧な生き物なのではない。それが実感として分かったのは大学まで進んでからのことで、その時初めてあの姉もそういう人間の一人だったはずだと思い至ったのだ。いつの間にか姉のことを完璧な人間だと思っていたことにも、その時知ったのだ。
 きっと足りないものなんてたくさんあって、数えていたらキリがない。何が足りない? そんなの分からなかった。でも、完璧じゃあなかったからこそ、彼女も人間だったのだと、そう安心することが出来た。
 目の前には、首のない死体があった。今の時代、首がないからと言って死体の身元を割り出すのに時間が掛かるなんてそんなことはない。相手が審神者であるのであれば尚のこと。様々なデータが政府の手には渡っており、残っている部位だけでも個人を特定することが出来る。
「ああ、嫌な時代だねえ」
どれだけ時代が進歩しても、そうだった。誰にも自分の過去を話したことはなかったけれど、今の時代でも近しい血縁で関係を持つことは推奨されていないらしい。
 人間は一度禁止したことから逃れるには相当な力を必要とするらしい。そんなふうに思ったら、一気に生きているのが嫌になった。

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此岸の悪魔 

 このようなことになるのは三度目だった。実のところ膝丸は自分が政府役人の中では持て余され気味になってきていることを知っている。別に、膝丸自身が何かしでかしている訳ではない。それでも最初の主、次に引き継いでくれた主、そうして更にその次に引き継いでくれた主が三人立て続けに神隠しの被害にあったとなれば、何か関連性を見出したくなるのも分かる。最早、自分は主を持たない方が良いのではないか。そう思うことすらあるが、刀解されるにしても政府務めになるにしても、膝丸には戦場への念が強すぎた。
 これは、主を持ち戦場を駆け巡ることでしか満たされない欲なのだ。
 人の形を持って初めて明確に思うのがそのようなことで、自分はやはり刀剣なのだと感じる。他の刀剣男士はこのような意識はまちまちであった。戦場に出なければこうして人の身を持つ意味もないと言うもの、人の身を持ったのだから戦う以外のことをしても良いと思う、と楽しむもの、形は違えど人間の力になるのなら、と言うもの、様々で、膝丸は彼らの誰が間違っている訳でもないことを知っていた。
 けれども、やはり、膝丸の行く先々で一連の〝何か〟を起こす彼らのことだけは、膝丸には分からないのだ。
「何がしたかったのだろう、と今でも思う」
だから素直に言う。今回なんて特にそうだった。力が足りなかったのか、抜け殻が其処に置き去りにされて、問題の刀剣男士もこちら側に残って。
 それを審神者が望んだと言うのだから、余計に。
「愛も叫べない身体になって、それでもまだ何かを伝えるが如く、床の上にその醜態を横たえて」
何がしたかったのだろう、と膝丸は呟く。
「俺には分からないんだ」
果たしてそうやって示した愛に意味はあるのか、そもそも愛とは示さねばならないものなのか。
 膝丸には未だそれが理解出来ない。
 だから最初の兄は膝丸のことを連れて行かなかったのだろうけれども、未だそれが理解出来ないままなのだ。

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20180223