![]() 君の戦う世界について 世の中には非道な行いをする人間というものが少なからず存在する。それは知っているけれどもだからと言って仮にも戦争中に、味方の中にそういうものがいるのだと知ると本気で士気が下がるからやめて欲しい、とそんなことを思う私はきっとお気楽な方の脳みそをしているのだろう。 すべての原因は担当さんである。おしゃべりな担当さんである。いろいろあっておしゃべりな担当さんが私の方でも他の課にいる友人の方でもたくさん喋ってくれた所為で何の関係もなかった私と担当さんの友人の間にパイプが生まれ、結果こんなところに正装でやってくる羽目になっている。正装と言うか、めちゃくちゃに張り切った私の初期刀・清光がばっちりドレスアップさせてくれた。鏡に向かってこれが…私…!? とかうっかりやってしまったレベルで凄かった。現実逃避。 百人あまり、と言ったところだろうか。いかにも秘密の取引の会場ですよ、と言わんばかりの手順を踏んで入ったところには、思っていたよりも人がたくさんいた。出品数は五十に満たないはずだから、この中の半分は何の成果も得られないまま帰るのだと思うと、入り口で払った金額を思い出して胃もたれしそうだった。それとも大金を払って野次馬、とか金持ちの遊びみたいなことをする人間もいたりするのだろうか。いや流石にそれはないと思う。思いたい。 気を取り直して、上品な仮面パーティーといった様子のその会場では、本日、刀剣男士のオークションが行われる。参加者は身分もすべて隠した人間で、顔も術で隠しているので誰が誰だか分からない。正直此処に敵がいたら一網打尽にされる気がする。さっきも言ったように目玉が飛び出る額の口止め料、もしくは共犯ですよ料を払って入るのだが、いやはや本当によくこんなオークションをやろうという気になったものだ。 事の発端はとある特別法令違反本丸、通称・ブラック本丸が摘発されたことによる。悪逆の限りを尽くしていた審神者はお縄になり、本丸にいた刀剣男士たちには今後どうしたいかという問いが投げられる―――のが恐らく普通の流れだ。それが今回どうしたことか、審神者が逮捕されて残された刀剣男士たちは、刀解や引き継ぎなどの選択肢も与えられず、オークションの商品として出品されることになったのである。ちなみに刀剣男士の売買は勿論禁止であり、オークションなんて言うまでもない。 言うまでもない場所にどうして私がいるのかはさておき、司会が壇に上がった。セットを見て分かっていたが、絵画等のオークションと同じ感じでやるらしい。そういうオークションにも行ったことはないけれど。あの決まったらカンカン、と叩くやつだ。ハンドサインは事前に叩き込んできたから大丈夫、となるべく余裕に見えるようにしていようと背筋を伸ばしたが、周りの人々はこれから出てくる刀剣男士に興奮が収まらない様子だった。 今夜のオークションは刀帳順だと事前に言われていた。ならば、最初に出てくるのは。 「これが目当てのお客様も多いのではないでしょうか―――三日月宗近です!」 そうして壇上に出て来た三日月宗近は自身に手を掛けると、そのまま振り抜いた。 審神者かそれに類するだろう客があ、と身構えるのと、何も知らない客が歓声を上げるのは同時だった。凄まじい音がして、壇上がめちゃくちゃになる。まあそうなるよな、と思いながら私は咄嗟に張った結界の後ろから壇上を伺った。どうやら司会は生きているらしい。何だ、悪運強いなあの人。 しかし、まあオークション運営側もよく刀剣に封もしないで壇に上げたな、と思う。こんな大惨事は予測出来ただろうに。あまりに普通に出て来たものだから白痴系なのかと思ったら完全にバーサーカーだ。責任者を出せ。 バーサーカー・三日月は会場をぐるりと見渡すと、うむ、と頷いた。目が合う。え、目が合う? 「お前がいい」 会場がしん、と静まり返る。 「聞こえなかったか? 二十四番と言えば良いか、お前がいいと言った」 二十四番とは私の番号だ。というか太刀のくせにこの暗がりで番号見えるのか、すごいな。現実逃避に拍車が掛かる。 「遠慮する」 この大惨事を見て引き取る人間がいるのならそれは大分物好きだ、と思ったので素直にそう返した。三日月狙いだったらしい他の客から安堵の息が漏れる。この惨状を見ても欲しいと思うとはあまりに命知らずだとは思うが所詮他人事だ。 だが、それで止まるならバーサーカー呼ばわりなんかしていない。 「では、此処にいる人間をお前以外殺してしまえば俺はお前のところに行くしかなくなるなあ?」 いや流石に何を言い出すんだ、と思った。視界の端で司会が顔色を悪くするのが見える。あ、今のは別にギャグじゃない。 「…私は貴方目当てで来た訳ではない。三日月宗近」 概要は刀剣男士の方にだって説明されているはずだ。これがどんなに非合法な集いであれ、商品に真面に話も通していないようではたかが知れるというものだ。何にせよ、お偉いさんというのは品格を大事にする。もう少し大事にしてくれればこんなオークションはなかったはずではあるのだが。 このオークションでは、審神者一人につき買える刀剣男士は一振りまで。 流石にそのルールが、商品の方に知らされていない訳があるまい。 「ほう、誰が目当てだ?」 「―――」 これは言わなければ引いてはもらえないだろう。私は一度、息を整えてから呟くようにして言う。 「膝丸」 「…なかなか悪趣味だな」 「貴方に言われたくない」 本当に言われたくない。 「俺では不満か?」 「不満です」 「四肢を切り落せば良いか?」 「貴方の四肢を切り落としても意味はない」 「膝丸の何が好みなのだ?」 「顔、とでも言えば貴方は引き下がってくれるか」 「顔、か…。膝丸の顔を剥いで俺に貼り付ける訳にもいかんしなあ…」 どうしてそうぽんぽん物騒な言葉が出て来るのか。怖い。周りの客も引いている。ドン引きだ。まあ仕方ないとは思うが私の所為ではない。 しかし、やはり私の所為と思う者はいるもので。 「あの、その…」 司会が話し掛けて来る。 「話が進まないので、一旦別室で話し合ってもらえますか」 「はあ!?」 「いやっあのっ怒らないで…」 「話し合ってる間に膝丸の番が来たらどうしてくれるんですか」 「じゃあ膝丸の出品後に回しますから!」 そういう問題じゃない。此処で頷いたらこのまま三日月宗近を押し付けられ、事前に 告知した通りに一人一振りですからと押し通されるに決まっている。それは困るのだ、いろいろと。 私は何もタダで此処に来た訳ではない。私は兎にも角にも膝丸を手に入れなければならない理由があるのだ。私に正義感とやらは正直ないけれども、こういう場をよく思わないくらいの心はある、良心はある。 「お前が俺を連れて帰るのならこれ以上此処は荒らさないと約束しよう」 「………」 スタッフに見つめられる。効果音的にはひしっと、という感じだ。縋られている。この会場も防音だとか人避けの術とかわんさか掛かっているとは思うが、このバーサーカーが暴れたらいろいろだめになりそうだ、それは分かる。 でも、私の目的は三日月ではない。伝令だろう、黒服が走っているのが見える。司会の人が耳打ちされる。それを私はきっちり見届けてから、私は重々しく呟いた。 「…もう一声」 「膝丸もおつけします」 「分かりました」 オーケー話が早い。この司会が決めた訳ではないだろうが。お偉いさんも一応分かる頭は持っているらしい。本当に分かる頭を持っているのならこんなオークションは以下略。 私は折れた。折れざるを得なかった。 三日月と膝丸目当ての人間は勿論いたらしく、納得出来ないような顔をしていたけれど、それらはどうしてもどうにかしたいスタッフたちに丸め込まれていたようだった。 そんな光景を目にしながら、私は予定よりもずっと早くに会場を後にした。 * 事前に用意していたあれこれの手続きを踏んで、出来るだけ尾行を撒いてから本丸へと帰還する。 「ただいま、清光」 「おかえりー…ってあれ、」 出迎えてくれた清光は、私の後ろの三日月に気付いたらしい。ちなみに膝丸は一旦顕現を解いて連れて帰ってきたのだが、三日月は顕現を解くことをよしとはしなかった。ので徒歩でついてきてもらった。そりゃあもう目立つこと目立つこと。これなら目眩ましの術式でも組んで貰えば良かった、と思った。三日月宗近という個体は最早珍しくも何ともない―――と言ったら失礼だろうが、それなりに何処にでもいるものだ。護衛として連れている審神者がいてもおかしくはない。けれどもこの三日月、周りを威嚇することすること。その度に私が小声で諌めつつ、最終的に言うことを聞かないのであれば置いていくと脅して連れ帰ってきたのだった。疲れた。 「主、今回って膝丸だけの予定じゃなかったの」 「いろいろと狂って…その辺りも蓬莱さんとまた話しないと」 「連絡した?」 「これからだけど、まだ彼は向こうにいると思うから。メッセージだけ入れておく」 「分かった。終わったら来るかな?」 「かも。お茶請けの確認だけよろしく」 「はあい」 清光は玄関脇に設置してある伝声管を取った。 「アーこちら清光。加州清光。本日の台所番はお茶請けの確認、のちに清光まで直接報告か伝声管にて返信を要請する。今後の段取りが変更されたため、夜にもう一度全体集会を緊急招集する。ヨナ、七夜、両名については方針が決まるまでの自室での蟄居を命ずる。これはこの本丸の審神者、我らが主、芍薬(しゃくやく)の意志によるものである」 三日月がそれに驚いているらしい横で、すぐに反応があった。 『こちら山伏。山伏国広。本日の台所番の二。茶請けの確認完了の報告。備蓄はこれにて終了のため今後の買い足しを提案する』 「こちら清光。加州清光。茶請けの件確認した」 『…こちらヨナチカ。三日月宗近。了解した』 『こちら七夜。三日月宗近。了解した。後に納得の行く説明を要求する』 「こちら清光。加州清光。ヨナ、七夜、両名の受諾感謝する」 三日月がおや、という顔をした。けれども無視をする。 「三日月が遠征中で良かったね」 「良かったのかどうなのか…。清光、あとで言い訳一緒に考えて」 「ありのまま伝えるのがいいと思うよ」 「………やっぱそう思う?」 「膝丸の件は納得してくれたんでしょ」 「そうだけど〜…」 「一緒に行ってはあげるから」 「うう」 私は今とてつもなく頭を抱えたいのだ。あるじさま! とやって来たのは今剣だった。 「あるじさま! 清光のほうそうでだいたいよそうはつきましたが…! やはりですか!!」 「待って、今剣、私悪くない」 「それはわかっています! わかっているからぼくはおこっているのです!」 「ええ…」 今剣の怒りも分かるが。私も怒っているのだから。…いや、もう怒ってはいないけれど。 「あー…ホントどうしよう」 「基本は膝丸受け入れ時と同じでよくない?」 「そうだよね。ヨナは最初言った通り遠ざけるとして…、こうなっちゃったら七夜も離した方がいいかな?」 「とりあえず説明先にした方がいいと思うよ。放送でも言ってたし、不満いっぱいだろうし。それに、七夜だって話が通じない訳じゃないしさ」 「分かった。もう三日月宗近個人面談をやろう。ローテ表持って来る」 「オッケー。茶室誰か使ってるかな」 清光は茶室を使っているものは五分以内に応答せよ、と放送をしたが音沙汰はない。ならば今は空いているのだろう。 「先に七夜かな。その次にヨナで…三日月とチカって同じくらいに帰ってくるよね。一緒にやったらだめかな」 「俺はおすすめしないかな」 「だよねー…。チカが先に帰ってくるはずだからチカで、ミカは手入れがあると思うし…ちょっとあとに回して…霽月(せいげつ)、秋中(あきなか)、三日月、ミカ、素月(そげつ)の順番にしよう。素月いつも後回しにしてごめん…!」 「はいはい、それは本人に言ってね」 で、と清光は続ける。 「膝丸はどうする?」 「最初の通りにとりあえず最初は私が持ち歩いて馴染ませる。まずは自分が刀剣男士で身体を持っているんだって思い出してもらうところからかな。とりあえず私に与えられた課題は五体満足まで戻すこと。それから半年。それでだめだったら刀解でも譲渡でも、その時にそれこそ蓬莱さんを交えて話す」 「オーケー。ちゃんと覚えてるね」 「ぼくもひざまるにたくさんそとのはなしをしますね」 「うん。お願い」 と、ここまで会話を聞いていればもう分かるだろう。オークション会場からついてきた三日月―――三日月宗近―――ややこしいので宗近と呼ぶことにしよう。ちょうどよく空いていることだし―――にもこの本丸の内訳は大体分かったようだった。おい、と肩を掴まれそうになったのを今剣がぺいっとはたく。それはそれでどうなのか。 「何故三日月宗近ばかりがいる」 「こればっかりは縁、としか…。私だって三振りくらいで留めとこうと思ってたのにそれ以降は資材にしようと思ってたのに…夢枕に立つんだもん…」 「あるじさま、しんでませんよ」 「そうだった」 夢枕は死んだ人が立つものだ。夢で毎晩毎晩顕現してくれないのかと泣かれても怒られてもいじけられても、顕現前なので死んでいる訳じゃない。 「貴方はこの本丸では九振り目の三日月宗近になる。貴方のことは宗近と呼ぶよう通達するので出来たらそれに従ってほしい。正直呼び分けるの面倒だし」 「それは良いが…」 「なら決定で」 私は忙しいのだ。無駄な時間を割いてはいられない。 「じゃあ今剣、宗近のことお願いして良い? くれぐれもヨナと七夜とブッキングしないように」 「おーけーりょうかいです!」 さあいきますよ! と連れて行かれた宗近を見送って、私は再度ため息を吐く。 「ほらほら主、幸せが逃げるよ」 「これ以上逃げたらどうなるの…」 本当に頭を抱えていたかった。 20171102 |