勿論帰ってきた青江さんにはものすごい顔をされた。されたがこんのすけが保証したのもあってお説教だけは避けた。長々とため息を吐かれたが。まあ、それなりにトラブルメーカーという自覚はあるのでそのため息は甘受しておく。
「そういえば一期さんは兄弟、って言ってたんですけど、兄弟がいるんですか?」
「うーん…、何処から説明したものかな」
明確に血というものが繋がっている訳じゃないよ、と青江さんは前置きした。僕たちは人間のように見えるけど人間ではないからね、と。
 青江さんは昨日からこれを繰り返す。とても大事なことだとでも言うように。
「刀工のことは知っているだろう?」
「刀を作る人ですよね」
「うん。刀工っていうのは大体鍛刀地とか、鍛刀技術で集団になっていて、その集団のことを流派とか刀派って言うんだ。刀派って言う方が此処では主流みたいだからそっちで行くね。ちなみに僕だと青江派ってことになる」
「あー…なんとなく分かりました。私でも知ってるのだと一文字派みたいな、そういう」
「そうそう、そういう。一文字の刀剣はまだ誰も実装されてないけどね」
「なんだ、残念」
「まあそのうち来るかもしれないし。で、だ。今この本丸にいる―――というか、
まあ、普通に顕現することの出来る刀剣男士の中で、一番多い刀派が、粟田口派なんだよね」
青江さんのこの言い方だとその多い粟田口派がこっちの派閥に多いとかなのだろうか。
「また今度顔見せの機会を作るけど、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎、前田藤四郎、秋田藤四郎、あとさっき見たと思うけど五虎退は粟田口派。他にもいるけど、こっちの派閥にいるのは一期くん含めてこの六振りだよ」
六。五十三振りという前情報からしてみたら少なく感じるけれど、四派閥に分かれていることを考えれば多いような気もする。どうなのかは分からないが。
「で、この刀派が同じだと、兄弟、みたいな」
「はあ…」
あれだけ青江さんは刀剣男士は人じゃないと繰り返していたのに、此処で妙に人間くさい単語が出て来たので私は思わずどうでも良さげな声を出してしまった。青江さんはちょっとだけ私の方を見た。それがたいへん微妙な顔だったので私は慌てて言葉を繕う。
「じゃあ一番多いってことは、一期さんは大家族って感じなんですね」
「大家族ねえ…そんな可愛らしいものじゃない気がするけど、まあそんな感じで合ってるよ」
兄弟、というのに家族ではない、とはこれ如何に。
「ちなみに、粟田口派って何振りいるんですか」
「うちでは十四かな」
半分に満たない数だが、やはり四派閥に分かれているのを見ると多いように感じた。うん、多分多いのだ。よし。
「………兄弟でも、説得出来ないくらい、他の派閥にいる人の決意は固い、って感じなんですか?」
「…どうだろうね。いろいろ思惑はあるだろうさ。君が此処に来てまだ二日だし、様子見をしている層もまだまだいるよ。それに、兄弟だけが縁じゃないと思うしね」
「ええと…友人をほっとけない、とかもある、ってことですか?」
「まあそんなところ」
「私、何かした方が良いですか?」
「今は大人しくしてて」
「こんのすけもその方が良いと思います」
 こんのすけにまで追撃されては敵わない。私は頷く。ちょっと悔しい。
「…まあ、もう少ししたら君にも動いてもらうことは出てくると思う。でも、今はしっかり休んでほしいし、この空間に慣れてほしい」
「分かりました。頑張ります」
「よし、いい返事だ」
それで話は終わった。私はついでとばかりに青江さんが何処へ何をしに行っていたのか聞くのを封殺されたようなものだったと、気付いたのはあとになってからだった。
 その日は青江さんについて馬を見たり(本当に馬に見えたがどうやら普通の馬ではないらしい)(式神とか、そういう存在なのだと言う)(意味が分からない)、昨日途中になってしまった仕事の簡単な説明などを聞いた。どうやら審神者というのは現場指揮の最高責任者、みたいな感じ、らしい。主と言われているからには、きっと普通は確固たる主従関係とかそういうものがあるはずなのだろう。私は正直そういうのが苦手だと思うのだけれど、此処でやっていけるのか。
 私が悶々としているのが分かったのか、青江さんは話をいい感じに切り上げてくれた。夕飯をとってお風呂に入って、早めに布団に入る。
「こんのすけ」
「はい」
「私、本当に審神者になるのかな」
「現状では、私(わたくし)ははいと答えるしかございません」
「…そっか」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」



 「ということでちょっと早まったけど顔合わせだよ」
翌日朝食がてら本日のミーティングをしていて、昨日一期さんと知り合ったという話になった。鶯丸さんはなら顔合わせを早めても良いだろう、と言って今剣くんは変わらず黙々とご飯を食べていた。当たり前のようにおかわり、と私に茶碗を突き出してくるのは何なのだろう。私が下手くそに盛ると何とも言えない顔をして、きれいな盛り方を教えてくれた。多分私、審神者とかに関係のないスキルがどんどんアップしているように思う。
「いつもは自分でやるのになあ」
「にんげんをけいゆしたほうが、ぼくがかのじょにあくいをもっていないのだとわかるでしょう」
「涙ぐましい努力だね」
「それくらいします」
言葉はツンケンしているが、本当に仲が悪い訳ではないのだろうな、と思う。今剣くんがキャベツの芯の部分を鶯丸さんの皿に押し付けても何も言わないし。
 そういう訳で冒頭に戻る。
 案内された部屋は初日に訪れた大広間よりは小さいものの、広い部屋だった。丁寧にお菓子とお茶が用意されている。
「茶は俺が淹れた」
「鶯丸のお茶は美味しいんだよ」
ちょっと自慢げな鶯丸さんは、今まで見ていた大人っぽい姿からはちょっとだけかけ離れているように見えて、私ははあ、と生返事をするしか出来なかった。もしかしたらこういうちょっと抜けた感じが本来の鶯丸さんなのかもしれない。当たり前のように私はまだ、部外者だったから。
「お茶の前に、じゃあざっと紹介するね。彼女が新しい審神者として連れて来られた人間だよ。審神者名は机右。机の右と書いて机右だよ。意味は言うまでもないね」
青江さんの説明にはい、と返事がある。
 今こちらの派閥にいる粟田口派、ということで一番奥に一期さん、その隣に私と同じくらいに見える人が二人、今剣くんと同じように子供の姿をしている人が三人と並んで座っている。みんな姿勢が良い。私も見習わなければいけないかもしれない。一期さんの他にも、昨日見た五虎退くんもいた。五虎退くんはこの間見た時は連れていなかった虎…うん、あれは虎だと思う。何で虎がいるんだろう。こんのすけに漢字を教えてもらったが、名前に虎が入っているからなんだろうか。付喪神ってよく分からない。山姥切さんと山伏さんの例があったから、同じ刀派というのは名前に同じ部分があるのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「机右は此処に誘拐されて来たこともあって、正直審神者のことなんてなんにも分かってない。主って呼ばれるのもあんまり慣れないみたいだし、机右って呼んであげて。本当になんにも分かってないからね。僕たちが刀剣男士だってこともイマイチふんわりしてるくらいだ。だけど、馬鹿じゃないから、とりあえずの目標は外部と連絡が取れるまで彼女をちゃんと人間のまま生き残らせるという方向で行きたいと思う」
「青江さん青江さん、めちゃくちゃ不穏な言葉が聞こえましたが」
「君だって分かっているんだろう。現実逃避したいだろうけど、生き残るためには現実もほどほどに見てね」
「理屈は分かりますが突然千尋の谷に落とさないでもらえます?」
「君にとって此処にいる状況がまず千尋の谷だと思うんだけれど」
「誘拐なので愛があるとは思いません。ノーカンです」
「ほら、馬鹿ではないだろう? 多分」
「そこは! 最後まで! 頑張って欲しかったですね!! 褒めて伸ばして!!」
私たちの遣り取りに、ほぼ初顔合わせの面々はやっと緊張が解れたらしかった。
「じゃあ鯰尾くんから簡単に自己紹介でも」
「俺は鯰尾藤四郎です。ええと…昔、刀の時に、燃えたことがあるからその影響でちょっと記憶がないところあるけど、まあ、前向きに生きるのって大事ですよね!」
「俺は骨喰藤四郎。俺も刀の時に燃えたことがあって、その影響で記憶がない。…が、思い出を作るのは楽しいから、そういう事実があると覚えていてくれるだけで良い」
「前田藤四郎と申します。兄弟のように大きな武勲はありませんが、机右様のお力になれたらと思います」
「秋田藤四郎です。刀の時分はあまり戦に出たことはありませんでしたが、こうして人の身を持って少しずつですが戦うことを覚えました。よろしくお願いいたします」
「ご、五虎退です…。机右様、昨日はありがとうございました。そして、うちのいち兄、一期一振が本当に申し訳ありませんでした…」
「あっえっええと、別に一期さんの件は私がいいよって言ったので、本当、ええと、五虎退くんが気にするようなことでは」
「そうだよ、五虎退。一期くんの件は完全に机右の落ち度だからね」
「落ち度とまで言われますか」
「言うよ。今後、こんのすけがいても知らない刀剣男士と一対一になるのは禁止にしよう。これで顔合わせも済んだから、君の護衛に人数を割けるし」
「私、そんなに信用ないですか?」
「君を信用していないと言うより、他の刀剣男士の口がそれはもうよく回ると思って欲しいかな」
「ええ…」
「こら、そんなあからさまに引いたみたいな顔しない」
「しますよ、今しないでいつするんですか」
青江さんはそれもそうだね、と言ってじゃあ食べようか、と言った。話を逸らされたとは思ったが、お茶が冷めてしまうのもどうかと思ったので素直に従う。いただきます、と手を合わせると他の人もみんな合わせてくれた。
 お茶もお菓子も美味しかった。



 その後は他愛ない話をした。状況はあまりよくないが、だからと言って顔を合わせて名乗り合ってそれでハイ仲間です、というのは少々無理がある。だから青江さんはこういう場を設けてくれたのだろう。まだ私が此処へ来て三日目なのだし、一応余裕はあるのだろう。青江さんだって私が本当に何も出来ないことを分かっているだろうし。その辺りは信用している。まだ信頼、というには私は何も分からないのでそっちの話は後回しにする。
「彼らからこちら側だと聞いている刀剣男士もいるから、その辺りは各自が様子を見ながら紹介するだろう」
「丸投げ…」
「自主性を尊重していると言ってくれないかい?」
ちなみに前田くんが二振り、骨喰くんが一振り紹介する予定だよ、と青江さんは付け足す。
「彼らは子供の姿をしているけれど、別に子供という訳ではないからね」
「はあ…」
「だから自分で判断くらい出来るよ。そこまで僕も面倒見れないし」
「青江さん一応リーダーなんですよね!?」
「青江殿はとてもよくやってくれていますよ」
前田くんがフォローしていたので、こっちの派閥で青江さんが矢面に立っていることに異論のある人はいないのだろう。
 そんな遣り取りを見ながら、私は何となく、青江さんが粟田口派のことを家族と言わなかった理由が分かった気がした。彼らは見た目が年上のものを兄と呼ぶし、仲が良いのだろうけれどもそれは家族、という感じが確かにない。集団、という方がしっくり来る。部隊、とか。意志の統率が見られるというか、そんな、きっちりした感じの方が強い。
 その日は新しく顔合わせした五人と仮契約を結んで、その後は特に目新しいことは何もなかった。



 数日後、仕事部屋にいると机右様、と外から呼ばれた。一緒にいた鶯丸さんが頷いたので襖を開ける。
「はい、なんでしょう………ええと、前田くん」
「はい、前田です」
前田くんはにっこりと笑った。そう、そうだよこういうのだよ、とちょっとだけ思う。前田くんが付喪神できっと私なんかよりずっと長い時間を生きていることは自明の理だが、それでもやはり、見た目は少年。今剣くんの印象も相まって、このくらいの子は笑っているべきだよ…! という思考に若干偏り始めている。まあ、少年に限らず笑顔でいるのは良いことだ。一期さんなんて輝かんばかりの笑顔だし。まあ青江さんもよく苦笑はするけれど。こんなにも笑っているような顔の造形をしているのに、そうだと感じられないにも凄い。そこまで私は呆れられるような行動をしただろうか。
「机右様に紹介したい方々を連れてきました。お時間は大丈夫でしょうか」
「うん、大丈夫です。ちょうど読み物も一段落したので」
 私は何をしていたかと言うと、審神者用のマニュアル(まあ実際マニュアルを見るための端末事態は行方不明なのでそれっぽい手書きのもの)(こんのすけ監修)だとか戦術書だとか、今は任務を免除されてはいるらしいが、そのうちやらねばならないことについての勉強である。覚えることが結構あって大変だが、まあ、それなりに知らないことを知るのは面白い。青江さんも、時々顔を見せてくれる鶯丸さんや一期さんも、教えるのは上手かったし。私は残念なことに頭の良い方ではないけれど、まあ努力の仕方も分かっていたし、分からないことは分からないと言えばどうやったら伝わるのかとみんな考えてくれた。こんのすけも結構あれこれ教えてくれたし、私の分かる例えをいい感じに出してくる役をしてくれている。
 前田くんにどうぞ、と言うと、前田くんは大丈夫だそうですよ、と廊下の向こうに声を掛けた。紹介したい人とやらの姿が見えないと思っていたが、どうやら離れていてもらったらしい。もしかしてすごく気遣いの出来る子なのではないだろうか、前田くんは。足音がして、否、きっと足音をわざとさせながら現れたのは、前田くんよりもずっと背の高い人だった。
「…大典太光世だ」
「ソハヤノツルキだ」
「オオデンタミツヨさんと、ソハヤノツルキさん…?」
ちょっとばかり暗い表情をしていて名前を言うなり下を向いてしまった人と、名前を言ってからにぱっと笑ってみせた人と。なんていうか、対照的だ。
「大典太さんの名前はこうやって書きます。これでおおでんたみつよ、と読みます。ソハヤノツルキさんは全部カタカナですよ」
「なんかすごい強そうな名前ですね」
私が変換出来ていないことに気付いたのだろう、前田くんは鶯丸さんから紙をもらって名前を書いて教えてくれた。鶯丸さんは何も言わない。交流は私に任せるつもりでもないだろうに、あまり仲が良くないのだろうか。
 その答えは私の言葉に少し笑ったソハヤさんが教えてくれた。
「ったく、鶯丸、相変わらずのマイペースだな。嬢ちゃん困ってるだろ」
「あ、えっと、その、困っては…ないですけど…」
どうやら仲が悪い訳ではないらしい。
「前田がいるから良いかと思ったんだが…この本がなかなかに面白くてな。続きが気になる」
「鶯丸さん、今は貴方が机右様の近侍なのでしょう」
「きんじ?」
「こう書きます。まあ、大体は審神者の仕事を補佐するもの、ですね。今はこうして勉強を教えていますが、審神者の仕事というものはとても多いのです。上手く回すには補佐が必要なのですよ」
「確かに、一人で全部こなすとなると結構きつそうですもんね」
習っている内容はまあ訳が分からないというほどでもないが、だからと言ってこれを五十以上の大所帯でやるのはまた大変だろうと思う。私でも思う。だからそれを補佐する人がいるというのは、なるほどという感じだった。
「お二人は三池派と言って、そうですね、僕たちのように兄弟とされています」
「みいけは」
「こう書きます」
「ありがとうございます」
前田くんの字はとても綺麗だなあ、と思いながら私は頭を下げた。
「僕は大典太さんとは同じ…そうですね、同じ家に所有されていたことがあって、その関係でこの本丸に顕現する前からの顔見知りというような感じです」
「はあ。やっぱり昔の記憶ってみんな持ってるものなんですね」
「はい。それなりには。鯰尾兄さんや骨喰兄さんは記憶がなかったりしますが、基本的には今まで自分たちの置かれていた時のことは、特に理由がなければ覚えているものです」
「やっぱりみんなずっと先輩なんですね…」
「そうなりますね。でも、そんなに気にしなくても良いんですよ」
 前田くんはにこっと笑う。
「僕たちは刀剣男士。貴方たちの世界と未来を守るために、協力すると決めてやって来ているのです。だから、日常そこまでそのことを気にすることはありませんよ」
前田くんが意識して戦う≠ニいう言葉を使わなかったのは恐らく私への配慮なのだろう。気を使わせてしまったな、と思うけれども私はこれをありがたく受け取っておくべきだと思った。
「大変なところに連れて来られちまったらしいけど、俺たちも出来るだけ協力すっから」
「机右様は女性ですから、我々には言いづらいこともあるでしょう。ですが、短刀は女性の懐刀として使われたことも多いものです。気にせずお申し付けください」
「え、ああ…助かります…」
「俺たちは結構前田から教え込まれてるけど、他の、特に太刀連中なんかは全然気が利かねえから。その辺はまあ…あんまり期待しないでやってくれな」
「はあ…」
ソハヤさんと前田くんは交互に話している間中、大典太さんはずっとそっぽを向いていたが、まあ嫌われている感じはない。人見知りなのかもしれない、と思って流す。まあそのうち話していけたら良いだろう。
 そんな感じで前田くん一行との顔合わせは終わった。
 前田くんがそうだからか、全体的にこちらを慮ってくれるのがすごくよく分かって、私はやっと少しずつ、この人たちは信用しても良いのかもしれないな、なんて思ったのだ。



20180223