![]() 夢を見た。 夢の中で私はとても小さな女の子で、泣いていた。 ―――お姉ちゃん。 女の子はすすり泣きの間に喘ぐようにして言う。 ―――お姉ちゃん、行かないで。 私は、彼女を慰めることも出来ない。 そんな夢を見たものだから寝覚めはあまり良いものとは言えなかった。こんのすけに大丈夫ですか? と問われながらまあ体調には問題はないと思う、と答える。変な夢を見たというのは一応言っておいた。呪いや付喪神なんて非科学的なものが横行しているのだ。ならば夢だって、何か意味を持つのかもしれない。こんのすけは今は判断はつかないとは言いながらも、そういう報告はこれからもお願いします、と言った。 私たちは少しでも手掛かりが欲しいのだ。何でも。兎に角何でも。だから気になることは何でも伝え合おうと決めた。私とこんのすけの間、だけでも。 伸びをして多少身なりを整えて洗面台のあるお風呂場に行こうと障子を開けたら、目の前に今剣くんが立っていてびっくりした。 「よくねむれましたか」 「…うん、まあ、それなりに」 悪いな、とその後ろには鶯丸さんが立っていている。 「どうしても朝一番に顔を見ると聞かなくてな」 「はあ…」 何だろう。私は今剣くんを見るが、今剣くんは最早用事は済ませたとばかりにそっぽを向いていた。 「そうですか」 今剣くんは小さく呟く。 「それならよかったです」 嘘を言っているようには聞こえなかったが、どうにも突き放した言い方をするなあ、というのが感想だった。 さて。 顔を洗って着替えて朝ごはんも食べて。すっきりしっかり頭が起きたところで私は青江さんに今日は何か予定とかあるんですか、と聞いた。青江さんにはどうにもプランがあるような気がしたので、当分の間はそれに従っておくのが良いだろうと思ったのだ。こんのすけとも相談済みである。 「おや。僕の考えで良いのかい?」 「だって青江さん、いろいろ考えてくれたんでしょう? 新しい審神者を受け入れるために。なら私がその考えを聞くのは悪いことではないと思いました」 「こんのすけはどうなんだい?」 「私(わたくし)も貴方が可笑しなことを言い出さない限り。暫くは貴方の方針に従うのが良いと判断しました」 「ふふ、怖いね。噛み付かれそうだ」 青江さんはにやりと笑ってこんのすけを撫でるふりをした。こんのすけはそれに牙を剥く真似をする。茶番だった。それだけ彼らが一定の信頼を互いに置いているのだと、私に見せてくれるようだ。 そしてふかふか布団のおかげか、こんのすけのおかげか青江さんのおかげか、私はこんな状況なのにそれなりに冷静でいられる。前だけを見ていられる。青江さんとこんのすけの茶番が茶番なのだと分かる。スタートして直ぐの状態としては、なかなかに良いものだと私は思っている。 「じゃあそうだなあ…鶯丸と今剣、山伏くんと山姥切くんも呼ぼうか。他の子は…まあ、今回は我慢してもらう形で」 食料はあるしね、と青江さんは言った。 「あの、何をするつもりなんです?」 全く話が見えなかったので素直に聞いたら、青江さんはそれはそれは楽しそうに笑った。 「親睦会だよ」 * 青江さんは何を言っているのだろう、親睦会とは何か私の知らない隠語なのだろうか、と思ったが違った。普通に親睦会だった。広い台所を六人とこんのすけで占拠して簡単な料理を作る。私が料理が出来ないことを知っても誰も笑わなかった。 「これから覚えていけば良い」 「山姥切くんも最初、包丁を握るくらいなら本体で大根切るとか言ってたもんねえ」 「それは料理とは関係ないだろう」 「大いにあるよ」 そんな会話を聞きながら私は彼らを手伝ったり、簡単な調理を教えてもらったりした。こうして広い台所で協力プレイみたいにして料理をするのはなかなかに楽しい。学校の家庭科の授業を思い出す。 「此度のこんのすけは黒いのだな」 猫の手はうまくいっているな、と私の手元を覗き込んで来た山伏さんが思い出したように呟く。 「此度…っていうと、前任の人もこんのすけ持ってたんですか?」 「こんのすけというのは、審神者様のあらゆるサポートのために一人につき一体配布されるものなのです」 「そうなんだ? あれ、じゃあ前任の持ってたこんのすけって今どうしてるの?」 「机右様は知らない方が良いかと思います」 その答えでなんとなく察してしまった。丁度切り終わったキャベツを前にして、私は小さく手を合わせる。こんのすけはロボットだと言うがやはり私には生き物のように見えるのだ。手を合わせたってバチは当たらないと思う。あと何か私をいい感じで助けてほしい。もし可能なら。あんまりそういうことを信じてはいないけれど、どうやら此処ではそういうことが当たり前のようなので。 私の行動にキャベツを取りに来た今剣くんが不審な顔をして、それから似合いませんね、と呟いた。 「似合わないってどういうことです?」 「そのままのいみです。キャベツもらいます」 「どうぞ…」 「鶯丸、からあげはできあがりましたか」 「ああ。乗せるから皿をそこに並べてくれ」 「わかりました」 鶯丸の唐揚げは美味しいので好きです、と言う今剣くんはやっぱり普通に見えた。 こんな普通に見えるのに一昨日まで私を殺すつもりでいたのだと言うことは、私にとって傷付くよりもずっと近いところに信じられないという思いがあるのだった。 * みんなで作ったお昼は美味しかったし、どうでも良い話も結構はずんだ。それぞれの刀剣の由来やら逸話やら、面白おかしく話してくれたことも嬉しかった。どうしても緊張の糸は解れないけれど、それでも彼らの歩み寄りたいという全面的に押し出された姿勢に、安心することが出来た。 此処には協力しようという人たちがいる。勿論全員がそういう訳ではないけれど、それでもそれ自体は嬉しいことだ。私はこんのすけをぎゅっとして笑うと、こんのすけはやたらと慈愛に満ちた目を向けてきた。やっぱり生きているんじゃないか、と思う。 そうして一息ついたところで解散となり、台所には私とこんのすけと青江さんだけが残った。山伏さんと山姥切さんは用事があるとかで何処かへ行き、鶯丸さんは馬当番の手伝い当番(なんだろうそれは)らしく今剣くんに急き立てられて席を立った。 「馬がいるんですか?」 「ああ、うん。いるよ。馬と言っても普通の生き物ではないんだけれどね。式神…とかそういう感じが君には分かりやすいのかな」 「なんとなく、イメージは」 「でも世話は必要なんだよねえ、感情もあるみたいだし」 「はあ…」 青江さんにもよく分からない存在らしい。こんのすけに聞いてみても、その辺りは企業秘密に当たりますので、こんのすけでも閲覧不可能の資料です、と返された。資料は一応存在するらしい。何にも分かっていない訳ではないようだ。 会話をしながら皿を棚に戻す作業を終えた頃、台所の外からか細い声で青江さん、と呼ばれているのを聞いた。 「五虎退か。出て来て良いよ」 「す、すみません。新しい審神者様を緊張させるような真似を…」 「いや。君がいつもそれを守ってくれていることは分かっているから大丈夫だよ。机右、この子は五虎退。君には明日あたりに顔見せをしようかと考えていたんだ」 「あ、ええと、机右です。よろしくお願いします」 「五虎退です。よろしくお願いいたします」 「詳しいことはまたあとでね。五虎退、君が来たということは少しまずい事態なのかな?」 「は、はい。不穏な動きが…少々」 「僕が行けばどうにかなる話なんだね」 「そう思います」 「分かった。………と言いたいところ、だけど」 青江さんがそこで振り返る。どの派閥だか知らないが、敵陣に私を連れて行く訳にはいかないだろう。私は少し考えて、頷く。 「行っても大丈夫…だよね? こんのすけ」 「はい。大丈夫ですよ、にっかり青江」 なんなら貴方が帰ってくるまでこの台所には簡易結界を張りましょう、とこんのすけは言う。それは他の人も入ってこれなくなるのではないかと思ったが、生命には代えられないので黙っておく。 青江さんは顔を顰めて、それから呟くように言った。 「君は今いつ殺されてもおかしくない状況に置かれてるって分かってるでしょう」 「そうですね、青江さん怖かったですし」 でもこんのすけもいますし、と私はこんのすけを持ち上げる。私は別に死にたい訳じゃない。命知らずな訳でもない。 「こんのすけは恐らくにっかり青江が思っているよりは働きますよ」 「…そうは言ってもねえ」 「少なくとも、この距離で確実に隠蔽されるようなことにはさせませんし、こんのすけのみで対処出来ないことがあっても貴方が駆けつける時間を稼ぐことは可能です」 暫く青江さんは逡巡していたが、五虎退くんの青江さん、という縋るような声に分かった、と腰を上げた。 「良い? 此処から出ないように。此処には誰も入れないように。誰かがやって来て文句を言っても、にっかり青江と約束してしまったから出来ない≠ニ、そう言うんだよ」 「青江さんと約束したから出来ない?」 「してしまったから=v 「し、してしまったから…?」 「君はそう言えば良いだけだし、誰も来ないのが望ましいけれどね」 こんのすけ、信じているからね、と青江さんは念を押して出ていった。五虎退くんもすみません、審神者様すみません、と頭を下げてついて行った。そんなに謝らなくても良いのにな、と思ったので今度会う時には言おうと思う。青江さんの言い方だと近いうちに正式に紹介してくれると思うし。 そこではっと気付く。 ―――暇になってしまった。 * まあ暇になったからと言って此処は広い台所で大概のものはあるし、私はこんのすけと適度なお喋りをしながら棚を覗いたり冷蔵庫を覗いたり、まあ楽しく過ごしていた。 外の廊下で足音がするまでは。 こんのすけは昨日の夜、足音を立てるのはそれなりに私に配慮をするつもりがあるのだと言っていたけれど、青江さんは誰かが戻って来るようなことを言わなかった。というか、青江さんが誰かに頼んだとかだったら、きっとちょっと小走りとか、そういうことをしてくれるのだろうとそう思った。足音はゆっくりだった。一歩一歩、踏みしめているような。その速度が余計に怖い。 隠れた方が良いかな、と小声でこんのすけに聞いてみたが、無駄でしょう、と返ってきた。だよね、と思いつつ私は入り口から少し離れて、机を挟んで距離を取れる位置に立った。此処なら入り口のところに相手が立ってくれれば姿が見える。 ひた、と足音が止まった。私とこんのすけは息を潜める。あまり意味がないだろうことは何となく分かっているが、それでも。 「…もしや、そこにおられるのは新しい審神者様でしょうか」 真面目そうな声がした。 こんのすけと目配せをして、息を吸う。 「はい。そうです。机右と申します」 「青江殿は…如何されたのでしょう」 「少し、用事で」 素直に答えるのもどうかと思ったが嘘を吐いてボロが出るよかマシだ。こんのすけが口の中でだけ何か呟いたような気がした。 廊下の人はなかなか中に入ってこようとはしない。そこにいられると姿も見えないので落ち着かないのだが、私から入ってきたらどうですか、と言うのも違う気がする。 「私は一期一振。粟田口吉光唯一の太刀でございます」 「あっ? えっ、はい。机右です…ってさっき言いましたねこれ…」 突然自己紹介をされてテンパった。昨日の反応を見る限り、自己紹介してくれるのはそれなりに友好的な人が多い気がする。五十以上いる中で十にも満たない例ではあるので油断は禁物だが。 「はい。机右様」 笑った気配がした。 「そちらに、行っても?」 こんのすけは頷いた。だから私はどうぞ、と言う。 そうして現れたのは。 「うわツラが良い…」 「はい?」 「机右様、一期一振のような顔立ちがお好みですか?」 「好みとかじゃないんだけど今なんか美で殴られた」 「好みなんじゃないですか」 思わず心の声が出た。でもそう言えば、昨日から東西南北津々浦々の美を見ていた気がする。それに気付けなかったなんて、そんなに気が張っていたのだろうか。青江さんだってなんというか、美人の部類ではあると思うし。 そんなことを思っていたからだろう、本音が出た。 「貴方みたいな人が味方なら、私は安心出来るのになあ」 一期さんはにっこりと笑う。正統派王子様スマイルという感じだ。 「味方ですよ」 「そう言ってくれるのは嬉しいです。でも、私は此処に来たのが誘拐めいたものですし、散々脅されて来ましたから。素直に、信じられたら良かったのだけれど」 それでも私はその言葉を素直に受け取る訳にはいかないのだ。私の生命を守るために。一期さんもそれを予想していたのか、それもそうですね、と頷く。一期さんは入り口から一歩入ったところに立ったまま動かない。その辺りもなかなか気遣いが出来る、と思ったがそれでも私は警戒を解けない。生命の危険云々もあるが、青江さんからのお説教があると考えると解かない方が良いに決まっている。 「では、私は約束しましょう」 胸に手を置く仕草まで様になるのだから本当にすごい。 「貴方に危害は加えません」 「私だけじゃ困りますよ」 「では、貴方と貴方に味方するものすべてに、危害は加えません」 「それは…」 ぱちり、と自分の睫毛を下瞼を叩く音が聞こえたような気がした。 「机右様は刀剣男士を何だと聞いていますか?」 「え? …付喪神、だと」 「ええ、恐らくそれが一般的です。しかし、前任は私たちを神として扱いました。前任の持っていた本で読みましたが、刀剣男士というものは顕現させた人間の思うように性質が傾くのだそうです。ですから、この本丸にいる多くの刀剣男士は自らの性質が神寄りであると自覚しています」 腕の中のこんのすけを見遣ると、こくり、と頷かれる。 「性質が神寄りであると、何が変わるのでしょう」 「まあいろいろと。一番は神頼み、というのが自分の力で出来たりすることでしょうか」 「もうちょっと分かるように」 「破ったら罰が下る約束が出来ます」 「はあ…」 ちょっとよく分からないけれどもニュアンスは掴める。 「私はその約束を、自身に課します」 「って、ええ!?」 「顔も知らない神に頼むのではないので、罰の範囲も多少操作出来ますが。この身の剥奪、で良いでしょうか?」 「なんですかそれ!? ちょっと落ち着いてください一期さん! 待って」 「遠回しな言い方をしましたね。簡単に言うと、私が貴方と貴方の仲間を裏切り害した場合、私は折れる、ということでよろしいですか」 「いやいやいや!? 何でそこまでぶっ飛ぶんですか!? こんのすけ! こういう 場合の対処法!!」 「机右様は約束をすることには異存はないのですか?」 「とりあえず、私に不利じゃなければ。あと、後々悪いようにならなければ」 「ならば気になっているのは罰の内容ですか」 「…うん」 流石に約束を破るイコール死、みたいなのは流石に。 「では、破った場合の罰は、一時顕現を解かれる、で如何でしょうか。刀剣のまま眠るのであれば、何かあった際に机右様が考える時間がとれますから」 「うん、はい、じゃあ、一期さんがそれで良いならそれで…」 「はい、勿論」 一期さんはにっこりと笑って、それからもう一度約束の内容を呟いた。こんのすけが約束≠確認いたしました、と言って、一期さんは良かった、と言う。 「これからどうぞ、末永くよろしくお願いいたします。主様」 「あ、えっと…その主、っていうの…」 「お嫌でしたか?」 「その、嫌とかの前に慣れなくて…」 「ではお許しいただけるのであれば、机右様、と」 「あ、はい。それで良いです…」 なんだかもう眩しすぎて疲れる。 私が疲れ始めたのを察したのか、それでは本日はご挨拶のみで、と一期さんは頭を下げた。私も慌てて頭を下げる。 「また青江殿が機会を設けてくれるでしょうから、その時に。弟たちのことも紹介いたします」 「は、はあ…」 「では」 去り際まで完璧だった。 足音が離れていってようやく私は息が出来たような心地になる。 「とりあえず、完全に敵ではない刀剣男士が出来ましたね」 「…そうだね」 嬉しいことだったはずなのに、どうにも私は突然のことで受け入れられていないらしく、一期さんの味方入りは私の中にモヤモヤとしたものを残したのだった。 20171102 |