「簡単に言うと、この本丸には派閥があるんだよね」
「派閥」
詳しい話をするために、一度部屋で腰を落ち着けたい。
 ということで私たちは絶賛青江さんについて歩いている最中である。どうやらこれから行くのは青江さんの部屋ではないらしいが、まあこんのすけがゴーサインを出したので大丈夫なのだろう。
「うん、派閥。大まかに分けると四つあって、もっと大まかに分けると君派と君じゃない派」
「うん? 前任の方が良い、みたいな? そういう感じですか?」
「そういう感じなのとそういう感じじゃないのと、かな」
そもそも前任は何かしらやらかしたからこんなことになってしまったのではないのだろうか。私の表情を読み取った青江さんはそうだねえ、と少し考え込む。
「前任は…あくまで僕から見た印象だけどね、甘ったれで物言いはいちいち刺々しくて、お気に入りとそうじゃないのの扱いにひどい差があって、戦術もいつまでたってもおぼつかないし、それどころか学ぼうともしないし、お飾りとしても将に据えるには、って思ってたよ。でもね、それでもこっちが真面目に…っていうか怒った顔で進言すれば、それなりに意見を聞き入れはしたし、聞き入れたことに文句は言っても制裁はなかったし。だから僕たちは今まで一振りも折れずに来ているのはある。あの前任で、それはよく出来ていた方だと思うよ」
「折れる…っていうのは」
「そのまま、かな。僕たちはこんな人間みたいな見てくれをしてはいるけれど、本体はこの刀剣の方だからね。人間で言う死で良いと思うよ。…別にね、僕たちだって折れることが悪だと思っている訳ではないさ。戦っているんだから、そういうこともある。でもやっぱり、そうであるなら納得の上でありたいと思うんだよね。例えば、この主のためなら死んでも構わない、とか」
「………青江さんにとっては、前任は死んでまで守るに値しなかった?」
「かもしれないね。実際、前任は死んでしまった訳だし」
「だから私を脅すんですか?」
 青江さんは一瞬言い淀んだ。その隙に私は次の言葉を言う。
「いつか、私のために死ねるように」
「………死ぬ、つもりはないよ」
そう言ってから青江さんは話に戻るけどね、と何事もなかったかのような顔をした。
「前任以外は認めない派。こっちは正直可愛いものだし、付き合い方を考えるだけでとりあえずは何とかなると思う」
「何とかならないのがいるみたいな言い方するんですね」
「うん。もう一つは、もう人間の主なんて要らないから殺しちゃおう派」
「二十三世紀! 二十三世紀どうした!?」
「どうしたもこうしたもこれが現実だからね」
心なしか青江さんの私の扱いが雑になってきた気がする。短時間だが、一応それなりに信頼関係は築けているらしい。
「だからね、君には自衛をして欲しい」
 青江さんの顔は真剣そのものだった。
「二十一世紀は争いごとが少ない時代なんだろう? 此処は、少なくとも今君が審神者として連れて来られたこの本丸は、違う。君が何をしていなくても君を殺そうとしているものがいるということを、覚えておいて欲しい」
「それだと、私は真っ先に貴方のことを疑わないといけないんですが」
一瞬前に信頼関係が築けているとか言っておいてなんだが。だって、こんな一番最初に接触した刀剣男士がこちらに友好的かつがっつり助言をしてくれるなんてあまりにも罠っぽい。道場とかで『人を信じることは大事だけど自分の立場も考えようね!』とか言われそうだ。
 と、まあなかなかに失礼なことを言ったのに青江さんはふんわりと笑った。
「うん、それで良いよ。君が信じてくれなくても、少なくとも僕はちゃんと君を守るから」
「…素直に嬉しいと言うべきなんでしょうが、少なくとも僕は≠チてところにめちゃくちゃ不安を感じます」
「まあほら、僕たちとしては君がどんな人間かまったく知らないし、また前任みたいな人間が来るかもしれないって不安はある訳じゃない。だから、結構様子見で浮いてる層も多いよ」
「青江さん的にはその浮いてる層を取り込みたい感じですか?」
「うん、そうだね。僕は君を主って呼ぶことに決めたから」
「………それ、強制ですか?」
「うん? 主って呼ばれるの嫌?」
「嫌とかそういう前に、なんて言いますかほら、私ってそういう呼び方のないところから唐突に誘拐されてきた訳なので。青江さんがそうやって認めてくれるのは、多分私にとっても良いことなんでしょうけど、普通に慣れないです」
「じゃあ当分は机右って呼ぶことにするよ。まあ、咄嗟に主って呼ぶかもしれないけど、その辺りは妥協してね」
「咄嗟に呼ぶような事態が起こらない方が嬉しいんですが、そういうのはあんまり期待しない方が良いんでしょうね…」
何度目かも分からないため息に、青江さんは本当に君は何も知らないんだね、と言った。もしかして私が青江さんを油断させるために何も知らないふりをしているとでも思っていたのだろうか。いや、まあ、知っていたら知っていたでそういう戦略も思いつかない訳でもないので何も言えない。
「仕事用の端末が何処かにあると思うんだけど。それがあればマニュアルとかも読めるんだけど…」
「マニュアル」
「うん。マニュアル。審神者の仕事とか使える権利とか。まあ、どうしても必要な事柄は刀剣男士が知ってるから困らないと言ったら困らないんだけどさ。一台しかなかったし、多分大切なものなんだと思うんだけど、見当たらなくて」
もしかして端末から連絡が取れるから取り上げられたとか。ありえなくもなさそうで苦笑いすら出てこなかった。
「…っていうか、何で私がこんなとこ来ることになったんでしょうね…。誰でも良かった的な感じじゃなかったですし。いやもしかして罠か? 実は誰でも良かったのにお前じゃなきゃだめだ効果みたいなの狙ってる?」
「うーん、僕はそういうの得意な訳じゃないけど、多分君じゃないとだめだったと思うよ」
「青江さんには何か分かるんですか?」
「ちょっとね。そういうの得意な刀剣男士が軒並み受け入れ派にいないのが痛いなあ。山伏くんなら何か分かるかなあ」
「山伏くん?」
「山伏国広という太刀の刀剣男士ですね。堀川国広という刀工が山伏鍛冶であった頃に打った刀と言われております。刀剣男士として人の身を持ってからも修行に勤しむ、とても真面目な刀剣男士と政府の方では聞いております」
「まあ、導入としてはこんのすけの言った通りかな」
 その真面目くんは話の流れ的にはこちらの味方なのだろうか。
「ま、山伏くんに会いに行く前に、他の面子と顔合わせして欲しいんだけどね」
「まあ、その辺りはお任せしますよ。その山伏さんが何か分かったとしてもすぐに脱出とか出来そうにないですし」
「…うん、まあ、うん。そうだよね」
「………青江さんは、私に出て行って欲しくない感じですか」
「…うん、君にはひどいとは思うけどね。君が帰りたいって言うのも、まあ、分からなくはないんだよ。でも、それ以上に僕の刀剣男士としての本能が、主を求めてる」
「それは、真面な人間なら誰でも良いのでは?」
青江さんは否定も肯定もしなかった。
 足が止まる。目的の部屋についたらしい。
「僕の前にいるのは君だけだから」



 通された部屋の中には二人いた。きっとこの人たちも刀剣男士とやらなんだろう。
「彼は鶯丸。僕と同じに、君を受け入れる方向で動いてる」
「鶯丸だ。名前の由来は良くわからんがよろしく頼む」
「あ、はい。よろしくお願いします。机右と申します」
「聞こうと思ってたんだが、それは思い過ごしの方か?」
「机の傍の方だそうです」
立っているのも辛いだろう、と鶯丸さんは座布団を勧めてくれた。お言葉に甘えて座る。座布団からは干したての香りがした。それに結構ふかふかだ。良い座布団なのかもしれない。
 青江さんも私の隣に座って、話が始まる体勢が整った。青江さんも鶯丸さんも準備万端という感じだったが、この部屋にはもう一人いるのに。
「…あの、彼は?」
「ああ、ええとね、彼は今剣。…僕は君に警戒心をちゃんと持って欲しいから言うけれどね、今剣は君が来るまで殺害派だったんだ」
「えっ」
「まあなんとなく…今剣がこっちに来た理由は分かるけど…。僕としてはまだ信用に足らなくてね。鶯丸と行動を共にしてもらっている」
「ええー…っと、いろいろ聞きたいことはあるんですけど、そんな派閥間移動ってカジュアルに出来るものなんですか」
「普通はないだろうね。だから君に敵対する派閥は君か君を受け入れると決めている刀剣男士による説得が必要になるよ」
君、説得は得意かい? と聞かれて思わず喧嘩を売ったり買ったりする方が得意です、と答えてしまった。そういう面接みたいなのは苦手だ。
「…でも、今剣くん…? は、特にそういうのなく、なんですよね」
「うん」
聞いてみるかい? と青江さんが言うやいなや、今剣くんは顔を上げた。
「ぼくはあなたのことはしりませんが、あなたをあるじとすることにいぞんはありません。むしろほかのはばつにとられるよりはやく青江がかくほしてくれてたすかりました」
何ともまあ、取り付く島もない感じである。
「…と、こういう調子で君を受け入れることにした理由を教えてはくれないんだよね。派閥にいる刀剣男士によっては拷問でもされていただろうけどね」
「二十三世紀…」
「君、リアクション面倒になってないかい?」
「面倒にもなりますよ。さっきから驚きっぱなしで疲れてるんですから」
「そう。でももう少し付き合ってね」
青江さんは早くも私の扱いに慣れてきたらしい。
「とりあえず、そういうことだから僕とそうだね、鶯丸は君のことを守るよ。とは言っても、暫く鶯丸は今剣の監視につくことになるだろうから、僕が基本的に君について回ることになると思うけど」
「はあ…よろしくお願いします」
「ついでに鶯丸とも仮契約でもしておくかい」
「こんのすけもそれには賛成でございます。勿論、机右様がよろしければ、ですが。体調などはこちらで常時スキャンしていますが、机右様、具合が悪いなどありませんか? 大丈夫ですか?」
「え、特にはないけど…。仮契約って具合悪くなったりするの」
「あまりないことですが、仮であれ仮でなかれ、契約というのは力を使うことですから」
「あー…」
なるほど、それなら突然に連れて来られてこんなことに巻き込まれた私が、具合が悪くなるかもしれないと考えるのも無理はない。そういえば私の審神者の力に関してのあれやこれやは青江さんには言ってないと思うけれども、それは放っておいて良いのだろうか。まあ、必要ならこんのすけが話すだろう。私には腹芸が出来ないのでその辺りは後で話し合おう。さっき青江さんは分かっているようなことを言っていたけれど。
「うん、えっと、私は大丈夫ですけど、鶯丸さんは良いんですか」
「ああ。よろしく頼む」
「こちらこそ。右も左も分かりませんが」
 さっきも思ったけれども仮契約と言っても、これと言って何かが分かる訳でもないらしい。こんのすけが完了しました、と言ったけれども私はやっぱり何も分からないのだ。それは私に才能がないからかもしれないが。
「今剣も仮契約はしなくとも、自己紹介くらいはしたらどうだ」
「べつに、ぼくはいまかりけいやくをしてもいいんですよ」
「それだと僕たちに不利益があるって分かって言ってるんだよね?」
不利益とは何だろう。
 私の表情に気付いた青江さんが、君と仮契約を結んでいるとなると、出るとこ出られないだろう、と言ってくれた。流石にデフォルメが過ぎる表現だったが私に分かった。今剣くんが何かやらかした場合に、青江さんたちが率先して制裁を加えるのに影響がある、という話なのだろう。同じ立場のはずなのにその中で格差があるのはよくない。それなら、疑念があるうちはずっと同じ立場にいない方が良い。その方が分かりやすいから。
 今剣くんもそれは分かっているようで、じょうだんですよ、と言った。しかし笑わない子だ。子供の姿をしているのに、付喪神だからだろうか。
「ぼくは今剣。よしつねこうのまもりがたななんですよ」
「…あ、なんかやっと知ってる名前が出て来た」
「………君、素直だねえ」
「流石にそこで見栄張っても…」
「まあそうだけど」
「机右は、よしつねこうをしっているのですか?」
「絵本で読んだくらいですが」
「えほん」
「確かに源義経の逸話はインパクトもありますし、二十三世紀においても未だ人気を誇っておりますね」
こんのすけのフォローに、少しだけ今剣くんが笑ったような気がした。



 審神者としての仕事をとりあえず一通り教えておくよ、とのことで、青江さんとまた部屋を出て歩いていた。鶯丸さんと今剣くんはついて来ないとのことで、私の殺害を望む派閥が存在するのだと言われている現状、少々不安はあったが、そう初日から刀を振り回したりはしないだろう、とのことだった。
「青江に策敵で敵うものは殆どいないからな」
「策敵?」
「かくれんぼの鬼役ではほぼ負け無しってことだよ」
「青江さんも大分雑になってません? わかりやすいから良いですけど」
「それに、他の短刀もついているようですし」
「えっ」
「僕らの仲間だから大丈夫だよ。君と顔合わせするのは時間を別に取るから、また紹介はそのうちね」
「はあ…」
まあ、初日から大量に紹介されても困るので、それはそれで助かるのだが。
 刀には種類があって、それは大体長さで決まるらしい。
「僕は脇差だね。大きい方だから大脇差だなんて呼ばれることもあるけど。鶯丸は太刀で、今剣は短刀だよ」
「あっ、もしかして刀身の長さで身長っていうか、外見年齢みたいなのが決まる感じですか?」
鶯丸さんは割りと大人びて見えたし、背も高かった。対して今剣くんは子供のように見えた。
「一部例外はあるけど、大体そうだよ」
「はあー…なんで外見年齢に差があるんですかね」
「そこまでは…。こんのすけは何かしらないのかい」
「その辺りも研究中ですが、人間のイメージが影響しているという説が一般的です」
「あー…そういう」
人間のイメージとは。こんなに人間みたいなのに、付喪神だとか、人間じゃないみたいな話をされるのは少し、混乱する。
 そんなことを思っているうちに目的地に着いたらしい。青江さんが足を止めて、私も一緒に止まる。
「此処が…審神者の仕事部屋なんだけど」
「何ですか、なんか乗り気じゃないみたいな声ですね」
「乗り気じゃないんだよ」
でも仕方ないか、と言って青江さんはちょっと腕まくりをする振りをした。机右、君は僕の後ろにいてね、と言われて素直に下がる。
 青江さんは一呼吸置くと、スパーンと襖を開けた。
「君たち、何で此処にいるの?」
中には人がいた。何人いたかは咄嗟には数えられなかったが、確かに人がいた。そのうちの一人がぱっと弾かれたように立ち上がって駆け出し、そのまま青江さんの横を通り過ぎて何処かへ行ってしまった。残った人のうち何人かが慌ててそれを追い掛ける。
「い、今のは?」
「今の、というか、さっき此処にいたのが君を主と認めない派の…そうだね、前任派、かな。…今此処に残ってる子たち含めてね」
青江さんの背中越しに覗いて見ると、こちらを睨み付けてくる黄色い人と、泣きそうな顔でこちらを見つめてくる赤い人が残っていた。逃げそびれたのだろうか、それにしても、両極端な反応をする二人だ。
 赤い方の人がふらり、と立ち上がった。泣きそうな顔で、口をはく、と動かす。それが何とも堪らない表情だったので、居ても立ってもいられなくなり、思わず青江さんの後ろから出た。
「机右、」
「どうして、」
赤い人は縋って来る。
 強い力。
 それを感じた瞬間に、私は私が失敗したことを知った。
「どうして、なんで…主………」
これ痣になるんじゃないかと思わず現実逃避するほどに掴まれている腕が痛い。
「左沢(あてらざわ)…」
私は知らないが、恐らく左沢というのが前任の審神者名なのだろう。
「………私は、」
 自分の声が震えていないことを願っていた。
「私は、左沢ではありませんよ」



 青江さんがあっと声を上げたのと頬に痛みが走ったのはほぼ同時だった。
「ッ、」
青江さんが慌てて私を支えて、それから何か言おうとして(多分お叱りの言葉だ)私はそれを遮ってあ? と呟いた。無意識だった。めちゃくちゃ低い声が出た。此処へ来てから大分大人しくしていた方だったが私は元より大人しく質ではないのだ。痛い目に合わされて私は黙って泣き寝入りしてやるほど大人しくは―――大人では、ない。
「そ、そんなこと分かってるよ!」
じんじんと痛みが増してきて、ついでに黄色い方もぐっと近付いてきていたことに気付いた。その手の形的に便乗して殴ったなこいつ。
「じゃあなんですか」
口の中で血の味がする。これは早く冷やさないといけないと思う。こんのすけも冷やしましょう! と言っている気がするが、今はちょっと置いておいて欲しい。冷やすものは用意しておいて欲しいが。
「何ですかコミュニケーション断絶ですか。私馬鹿なんで分かりやすく言ってもらえますか。何で私唐突にキレられて叩かれたんです、痛いんですけど。めっちゃ痛いんですけど。血の味がするんですけど。あのですね、痛いんですよ。分かりますか、痛いんです。めちゃくちゃ痛いんです。私でも怒りますよ。ええ、怒るんですよ」
多分怒らないと思ってやったのではないだろうがそれは今問題ではない。私が怒っているということが問題なのだ。
 こんのすけは諦めたのか、何処からともなく濡れタオルを出して渡してくれた。有難く受け取る。冷たくて気持ちがいい。青江さんも諦めたのか、私と彼らの間に入ったまま、彼らの名前を教えてくれる。
「ちなみに黄色い方が小狐丸で赤い方が加州清光だよ」
「覚えました。絶対に忘れないと思います」
恨みの力というのはすごいのだ。絶対に私はこの二人の名前を忘れない。
「で、何でですか。何で私殴られたんです。暴力だって分かってます? ついうっかりじゃもっと怒りますからね」
「………別に、アンタに何か答えて欲しかった訳じゃないし、アンタが左沢じゃないことなんて見れば分かるし」
「私はただ苛立たしかったので殴った」
前半が加州さん、後半が小狐丸さんである。小狐丸さんに限っては完全に通り魔だ。何なんだ。とりあえず話は通じる方から行こう。
「何かしら応えないと殺されそうって思った私に謝ってくれます?」
「ご、ごめん…」
「私は謝りません」
お前に言ってないとは思ったが、答えてくれたならこっちも答えよう。
「分かりました。小狐丸さんは今後の課題と言うことで。加州清光さんは許します。私ももう理解したのでとりあえず私からは何もしませんし、そのなんだか分からないアピールも度が過ぎなければ放っておくことにします」
「あんまり放置プレイだと流石の俺もそれは悲しいんだけど」
「さっき自分がしたことを思い出してから言ってくれます?」
「う」
加州さんはちょっと悲しそうな顔をした。でも私を叩いたことがそれで帳消しされる訳じゃない。ていうかマジで痛かった。文句くらい許される。完全なる故意だったことだし。
「あと、掴まれたとこ痛いのでそれも謝って欲しいです」
「えっ!? そうなの? そんなに力入れてたつもりはないんだけど…」
「加州清光、大抵の人間は刀剣男士よりも脆い生き物なのですよ」
「………そっか」
ごめんなさい、と加州さんは言ってくれた。なので私もまあ、そこまで大人げない訳でもないので、この場は許すことにした。忘れないけれど。
 そうして加州さんと小狐丸さんを半ば蹴り出すように追い出して、青江さんは部屋を閉めた。こんのすけが簡易な結界を張ってくれたので、また入ってこられることはないだろうとのことだった。つくづく本当にファンタジーだ。
 しかし、せっかく仕事の説明をしてもらうために来たのに、どうにもそういう空気ではなくなってしまった。
「君ね、僕が言ったこと、本当に理解してるかい?」
「私を殺そうとしてる人がいるってことですか?」
「人じゃないけどね」
―――人じゃない。
散々最初から言われていたのに、私にとってはそれは初めて聞いた事実のように感じられた。だから素直に返す。
「…多分、言葉では理解しているけれど、実感としては全く」
「だろうね。君が変にかっこつける人じゃなくてよかったよ」
青江さんはため息を吐いた。
 私には、とても難しい話だ。
「だって、貴方たちは人間と同じ貌(かたち)をしているから」
目の前にいる青江さんだってそうだ。さっきの加州さんだって、力は強かったけれどもそれは人間でだって大抵の男性には言えることだし、何より、掴んできた手は暖かかった。生きているみたいな温度だった。きっとこれは、生きているとは違う言い方をするのかもしれないけれど。
「君、日本刀がどれくらい斬れるのか知ってるかい?」
「なんかすっごく£度です」
「………分かった。実演しよう」
 口の中はまだ血の味がしていた。



 途中で口をゆすいで、私は青江さんと中庭に出た。さっきぶりである。私が落ちた池もある。けれども今回は池に用がある訳ではない。青江さんは真っ直ぐに掘っ立て小屋へ向かうと、何か藁の塊みたいなものを取り出した。テレビで見たことのあるやつだ。刀の試し切りとかをするやつ。
 それを立てた青江さんは離れててね、と私に距離を取らせてから、ずっと持ち歩いていた刀剣を抜いた。
 一瞬だった。
 音が遅れて来る。一呼吸したタイミングで、藁が落ちる。
「うわホントにすごく斬れる」
「人間を真っ二つってくらい斬れ味の良いのはそこそこ珍しいけど、まあいなくはないからね。気を付けてね。そもそもこっちは武器なんだから人間なんてすぐ殺せるんだからね」
「よく分かりました。とてもよく分かりました」
でも、先程の二人は青江さんのように武装しているようには見えなかったけれど。そんなことを思ったのもお見通しだったのだろう。青江さんのお説教は続く。
「刀剣男士はね、これは個体差があるって聞いているけど、帯刀していない時でも本体を呼び寄せることの出来る個体は当然存在するんだよ」
「はい。にっかり青江の言う通りです。これは刀剣男士個々の個体差というよりは意識の問題でしょう。戦いというのが戦装束で挑むものというイメージが強ければ、戦装束まで呼び寄せることが出来ますし、本体さえあれば、と思うものは本体のみ呼び寄せるものと聞いております。普段からそういったことは手間を掛けてやるものだと認識していれば出来ないものですし、とは言え、火事場の馬鹿力的に成功させる例もあります。また、目の前に敵が突然現れたのだとしても当の刀剣男士本人が素手で解決出来ると思えば、素養として出来てもやることは少ない、と言われています。まあ、帯刀していない状態で敵に襲われるというのは大体本丸に攻め込まれる事象での観測となりますので、あまりデータがないことをお忘れなく」
「素手」
「机右様、私の渾身の説明を聞いて最初に言うことがそれですか?」
「ごめん…だって普通にびっくりするでしょ…。素手でどうにかなるものなの」
「………僕は戦場に出たこともあるから言うけど、正直素手は嫌だなあ…」
というか敵って何なのだろう。戦っているというからには敵が存在するのだろうけれど、説明はされていない。
 聞いてみると、敵は歴史修正主義者と呼ばれているらしい。私が時々テレビなどで聞いていたような言葉は、今は物理的に(物理的に?)歴史を書き換える者たちの総称として使われているらしかった。なんてこった。そろそろ脳回路がパーンと行きそうだ。そうなったら骨は拾って欲しい。
「戦場の映像は養成所が持っているはずですが、サイトの方には載っていませんよね。ネットも閲覧でしたら大体生きているので、情報には困りませんが…。外部との連絡が遮断されているのが痛いですね。今後復旧に務めます」
「待って、こんのすけってそんなことも出来るの」
「はい。こんのすけというのは術式と人工知能を載せたロボットであり、こんのすけ特有の独自ネットワークもございます。そちらはこんのすけ独自の言語で構築されているため、説明をすることは非常に難しく…」
「あっごめん、私SF強くないから…」
だめだ、パーンてなる。
「そういえば黒いこんのすけというのは珍しいね。時々演練場で見かけてはいたけど」
 察したらしい青江さんが話題を変えてくれた。青江さんは気の利く人だったのかもしれない。
「そうですね、個人の審神者様に支給されるこんのすけは一般的なアイボリーカラーとなっております。正しくは機能的には差はありませんが、モノトーンカラーのこんのすけには一部ロックの掛かっていない部分があります。アイボリーカラーが許可申請を必要とする操作を、モノトーンカラーは申請なしで執行出来る、そういった差があります」
 少し、間が空いた。こういうい呼吸の撮り方とかが生き物のようで、私は未だにこんのすけがロボットだと信じられない、もふもふしているし。こんのすけがロボットだと言うのなら、これは人工の毛ということになる。信じられない。
「…この、結論を言うのは、机右様にとても失礼かと思いますが、机右様を誘拐した者たちは机右様を殺されたくはないのでしょう」
何だそれは、と思う。
「先程も言いましたようにこんのすけには術式が載せられております。その術式の多くは審神者様を守るためのものです。けれども、所謂攻撃系の術は申請を通さねば使うことは出来ません。机右様の場合、誘拐犯たちは外部への連絡を出来るだけ取っては欲しくないようですし、それならば最初から申請の要らないモノトーンカラーを支給する方が理に適っております」
思ったよりも考えられていたらしい。監禁状態ではあることには代わりないが、私の生命を最低限守るつもりはあるようだ。まあ、それに対してお礼を言ったりはしないけれど。
 青江さんは重苦しい空気を霧散させようとしてくれたのか、あ、と声を上げた。
「ねえ、机右。ちょっと僕疲れたし、無茶したからちょっと本体傷付いたし、今なら手入れ出来ると思うからしてくれないかな」
「………手入れ?」
「刀剣男士の怪我は手入れによって治るのです。手入れ部屋という専用の部屋がありますので、にっかり青江が協力してくれると言うのならばやり方を知っていて損はないでしょう」
「待って、私日本刀のお手入れの仕方なんて知らない」
「ああ、その辺りはちゃんと出来るようになってるから大丈夫だよ」
「手入れの仕方にも様々ありますが、前任が改造しており、この本丸は資材を必要数入れて装置に嵌めるだけで出来るようになっています。机右様が特別なことをする必要はありません」
そうは言うものの、審神者というのは思ったよりもやることがたくさんあって大変そうだと思った。



 次いで案内された手入れ部屋とやらで、言われたとおりに青江さんを手入れした。言っていた通りに簡単だったけれども、なんだかどっと疲れた。こんのすけ曰く、力の使い方に慣れていないかららしい。とは言ってもそれは私の力ではないし、外部循環器に身体が慣れていないことになるのだろうけれど。ファンタジーな力というだけでも大変なのに、それが私個人のものでないとなると余計に面倒だな、と思った。気になるし、これで何か私の寿命とかを削っていただとかあとで判明するのも嫌なのだが、まあ焦ったりしても何が変わる訳でもないのだろう。仕方ない。私は怒ったり不安になったりしても良いとは思うが、それらをぶつける先はこんのすけや青江さんではないと思った。あとで枕にでもぶつけておこうと思う。機会があったら原因となった誘拐犯たちにも。八つ当たりは良くない。
「まあ、うん。練習あるのみだよ。怪我なんてしない方が良いけど、これは戦争だから。君は納得いってないだろうけど、君は此処に審神者として連れて来られてるから、それくらいは出来ないといろいろまずいから」
「怪我…」
「本丸の中では普通はしないけどね。戦場に出ればするよ。敵がいるんだから」
「今は免除されていますが、そのうち任務は課されますから。意図的に任務を放棄して外からの通信を待つというのも手でしょうが、恐らくはその辺りの通信にも誘拐犯の手のものが配置されているでしょう。その頃までに通信が回復していなければ試してみる価値はありますが、だからと言って出来ないこととやらないことは違いますからね」
「いや、別に手入れしたくない訳じゃないよ。怪我するんだ…って思ってただけで」
慌てて訂正を入れる。
「怪我、するよ」
「するんですか」
「今のはちょっと疲れたくらい、だけど、戦場に出たらもっと怪我をするよ」
「…ちなみに、どれくらい」
「今までみた最高ではお腹の中身が抑えてないと出ちゃうから、みんなの上着とかで縛って零れないようにしながら帰ってきたことかなあ」
「それは最悪と言うのでは!?」
思っていたよりもヤバい話だった。先に聞いておいて良かった。
「その辺りの動画も探しておきますね。…養成所の極秘回線にアクセスしたら…良いのかとも思いますが…」
「ええと、それってだめなやつだよね」
「ですが、机右様の誘拐が露見するのであれば、私の責任で進めます。こんのすけは自己成長型AIを積んでいるので、こんのすけは自身の行動について自身で責任を持つことが出来ます。勿論、こんのすけ自体に改造や不正アクセスの痕跡が見られない場合のみ、ではありますが」
「はあ…」
やっぱりSFは苦手だ。
 そんな話をしていたら足音がした。青江、青江殿、と呼ばれて、青江さんがああ、と返事をする。
「新しい審神者殿は此方にいらっしゃったのか」
「さっき燭台切が走っていくのが見えた。…から、様子を見に来た」
だめだったか、と問う方は布を被っている。何故に布。もう一人は快活そうだ。お揃いの服を着ているように見えるが、仲が良いのだろうか。
「あー…うん。あとで説明するけど、ちょっとトラブルに巻き込まれて」
「巻き込まれたっていうか体当たりされたんですよ、あれは当たり屋ですよ、青江さん」
「君も相当頑固だね」
私と青江さんのやり取りを見て、その人たちは笑った。緊張していたんだな、とその時初めて分かる。確かに、私も知らない人の前に突然出る時は緊張するし、そんなものだろうか。
「山伏国広と申す」
「山姥切国広だ」
「机右です」
山伏さんはさっき名前の出ていた人だ、とすぐに思い出した。国広、と下の名前…と言っていいのだろうか、まあ下の名前が一緒なのは何でだろう。さっき堀川国広という人が作ったとかこんのすけが言っていたから、そういう意味なのだろうか。日本刀のことなんて微塵も知らないので、あとでその辺も含めてこんのすけに聞こう。講義してもらいたいくらいだ。出来たら面白おかしく。
 手入れしたあとの疲れも引いてきた辺りだったのでそのまま二人とも仮契約をして、その日はもう眠ることにした。部屋自体には結界が元々あるらしいし、隣の部屋には青江さん以下私の味方の人たちがいてくれるらしく、安心だと太鼓判を押された。よくわからないのであまり安心は出来ないが。
 でも、ふかふかの布団に寝転がることが出来るのは、幸せだと思うから。
「…そういえば、呪いの話なんだけど。あれって話した方が良いのかな。でも、青江さんは分かってるみたいなこと言ってたし、山伏さんも訳知り顔だったし、言わなくても良い?」
「その辺りは机右様にお任せします」
こんのすけも一緒に布団に転がりながら答える。
「こんのすけの知識としましては、そうですね、そういった事象に強い刀剣男士と、そうでない刀剣男士がいます」
「そうなの?」
「はい。にっかり青江などはそういった事象に強い代表のようなものですね。ですから、机右様が何を言わずとも察することは出来るでしょう」
「はあ…。そういうものかあ」
「そういうものです」
 なら言わなくても良いか、と思った。私も説明が出来る訳ではないし、よく分からないことを黙っているのは別に可笑しいことではないはずだし。
「呪いの件については、此方も分からないことだらけです。しかし、今は呪いのことを後回しにしなければなりません」
「…そうだね」
そんなことよりもまず今日の明日の生命の安全だ。机右様、とこんのすけが声を潜める。何だろう、内緒話かな。
「にっかり青江、鶯丸、今剣、山伏国広、山姥切国広。机右様を受け入れると言ったものたちですが、貴方様に盲目的になっている訳ではないことをお忘れなきよう」
「うん、分かってるよ。それこそ最初に青江さんが言ってくれたことだよね」
 私はまだ、何を信用したら良いのかすら分からないのだ。今目の前にいるこんのすけだって、本当に信用して良いのか分からない。それを、私は心の隅に絶対に置きながら、何かを信じなければならない。
「そもそも盲目的になって欲しい訳でもないし」
「そういう意味ではないのを分かっているでしょう」
「ごめんごめん。ただの揚げ足取りだよ」
 正直、キツい。でも、やらなければ死んでしまうかもしれないから。
「ちなみに」
眠りの淵で、こんのすけが言う。
「刀剣男士は基本、足音を立てません。足音がするのは机右様を思ってのことと、それは覚えておいて損はないでしょう」
私はそれを聞きながら、情報としては意味があるけれど、生かせるかと言うとそうでもなさそうだなあ、と思った。



20171010