![]() 暫くして出された食事はやたらと豪勢だった。ついでにそのままこの本丸の台所事情を聞いて、今後キッチン用品の導入やら何やらを検討することを約束する。あれだけ心配していた加州清光だったが、出された食事に感動しているようだった。一人と二振りでいただきます、と手を合わせると持ってきてくれた歌仙兼定がどうぞ、と言ってくれる。 そうして雲上よりも先に! と食事を口に含んだ加州清光は。 「………おいしい」 「だろうね」 雲上と薬研藤四郎もそれに続く。別に毒味をさせた訳ではなく、加州清光が毒味をしたがるだろうことを尊重しての動きである。悪しからず。 「あとすごい…! ちゃんと知識の中にあるご飯だ…!! そうだよね、ご飯ってこういうものだよね!!」 「待って加州、それだと私がちゃんとご飯あげなかったみたいじゃん」 「主が悪いんじゃないのは分かってるよ」 加州清光はそれでもだめだよ、と言う。 「でも俺はよおく分かった。相談課のみんなもだけど、主はちゃんとしたご飯じゃないご飯に慣れすぎ! 薬研も!」 「おいおい、俺もか?」 「そうだよ! ご飯っていうのはこういうのを指すんだって! 決してあんなゼリーみたいなもののことじゃないよ!!」 加州清光の言葉に歌仙兼定は眉を顰めた。 「…君はどういう食事をしてきたんだい?」 「私が食べてたのはゼリー飲料だけど、他の面々は固形の人もいたし、ドリンク系オンリーの人もいたかな。興味あるならあとで資料出すけど」 「だめ、それはだめだよ、主。此処で流行らせたってだめだし確実に歌仙はお気に召さないって。俺は歌仙のことを信じてるから」 「そうかなあ」 「俺だって分かるもん。あれは雅じゃないって」 本当に加州清光は資料をちゃんと読み込んできたらしい。雅じゃない、との言葉に歌仙兼定が更に眉を顰める。怖い顔になっている。歌仙兼定の興味を引きつつ反応を伺うのがここまで華麗に出来るとは。いや、ただの天然かもしれないが。それにしたって優秀だ。 そんなことを考えていたら雲上も薬研藤四郎も加州清光もすべてを完食していた。ごちそうさま、と手を合わせる。 「歌仙兼定」 「…なんだい」 結局最後まで食事を見張っていた歌仙兼定は、急に話し掛けられたことにびっくりしたようだった。 「とても美味しかった。ありがとう」 「おう。久々に良い飯が食えたぜ」 「此処の料理番はどうなっているんだろう? もし一定の刀剣男士で回しているのであれば改善した方が良いかと思うんだが」 「………先程の三振りが実質料理番のようなものではあるが、それはあくまでもリーダー≠ニいう役割でのことだ。大体の刀剣男士が自分の手伝う日を決めているし、献立だって考える。君が気にすることじゃあない」 「いや、気にすることだろう。私は此処の審神者になるんだから。それに、その手伝う枠組みには私たちだって入る方が効率が良いだろう?」 効率が本当に良くなるかは兎も角、後から来たからと言って日常の家事をサボるのは良くないだろう。印象としても。勿論、食べ物に何か仕込まれるのではないかと思うのも、まあ仕方のないことなのですぐには入れるとは思っていないが。 それでも雲上はそういう意志があるのだと伝えておくことに意味があると思った。例え歌仙兼定がこの言葉を誰にも言わずとも、雲上はきっと会った刀剣男士会った刀剣男士に言って回る。それが審神者の役割だと思うから。 「………そう、かもしれないね」 歌仙兼定は言葉を濁すことに決めたようだった。それも正しい判断だ、と思う。 「まあ、すぐにとは言わないさ。君たちだって知らないものがやってきて戸惑っていることの方が多いだろう。少しずつ、互いに変われば良い」 「………君が、変わると?」 「かもね」 相談課職員と審神者とではどうしても仕事の範囲が違う。それに、相談課だった頃は完全に他人のものだった刀剣男士は今や、雲上の管轄する区域に入ってきているのだ。それを無視することは出来ない。雲上は刀剣男士を刀剣男士としてしか扱わないだろうが、それでも相談課にいた時のようにずっと扱っているのではいけないと、それは分かっている。 「さて、後片付けはどうしよう」 「…食洗機があるから入れておくよ」 「そういえばそうだったね。よろしく頼むよ」 そうして、雲上一行は食堂を後にした。 * 審神者の部屋に戻ると、仕事部屋はそのまま通過して奥の寝室に入っていった。加州清光は何かしら仕事をするものだと思っていたようで、寝室? という顔をしている。 「ほら、そこに座れ」 薬研藤四郎が雲上を座らせる。ついでに頭を思い切り押されたのは恐らく嫌味だ。 「これ普通に嘔吐系の薬だよ。前に十四連勤した時のテンションで口にぶち込んだ時と似てる」 その言葉に、加州清光がえっと叫んだ。 「やっぱり毒入ってたの!? っていうか主は一体何してるの!?」 「加州は知らなくて良いんだけど、連勤っていうのは人を狂わせるんだよ」 「知りたくないけど馬鹿じゃないのおおお!?」 ごもっともである。連勤は人を狂わせるので早急になんとかして欲しいがしかし、人手が足りないのも事実である。自分で言うのも何だが正直そこそこ仕事の出来る部類の雲上がこうして抜けたことで職員の負担はまた増えたのではないだろうか。特に上司とか寝ていられるのだろうか。口の中が酸っぱくなって堪らないので喋り続ける。 「あと加州は今後覚えておいた方が役に立つかもなんだけど、本丸ってそれなりに安定した環境を提供するにあたって、安定した場所のサンプルを元にしているから生えている植物って大体一緒なんだよね。それで、この毒なんだけど植物由来で、名前は忘れたけど大体日陰になってるけどじめじめしてないところに生えるから、なんかこう、毒が必要になったら探してみると良いよ」 「探さないよ!?」 知っていることが多い方が良いと思ったのと、何か和む話題をと思ったのだがどうやら選択を間違えたらしい。加州清光の顔は真っ青だ。 「私のだけ、だね」 「ああ。俺は特に不調はない。加州はどうだ」 「…俺が、食べれば良かった」 「いやあ、多分向こうはそういうのも含めて試してるんだろうね」 「試してる…?」 加州清光の疑問に、一般論だけど、と前置きしてから続ける。 「例えばさ、後任の審神者がやってきて、刀剣男士を連れていた場合。まず、その審神者が連れてきた刀剣男士をどう扱うのか、見極めようとすることが多い」 「…うん。理屈は分かるよ? でもそれと毒を入れることは違うよね?」 「まあそんなに急がないでってば」 雲上の説明の間に薬研藤四郎は薬を調合して渡して来た。いつもながら惚れ惚れするほどに早い。一般的な薬研藤四郎は此処まで医者の真似事は出来ないと聞くので、やはりこの薬研藤四郎が特殊なのだろう。 「最初から連れているってことはさ、少なくとも此処に既にいた刀剣男士と後任よりかは…そうだな、仲が良いって訳じゃん」 「主と薬研みたいに?」 「薬研さんと私が仲が良いかは置いといて、加州は私のことを心配してくれるでしょう? それって、加州から見たら私に対する一定の信頼とか、そういうものがあるからだと思うんだよ」 「…うん。まあ、主の誤魔化しには気を付けるって決めたけどね」 「それはそれ、これはこれね」 早く飲めと急かされたので薬を飲む。すごくまずい。本当にまずい。この調合を考えた人は本当に性格が悪いのだと思う―――と出向扱いの上司を思い浮かべてから打ち消した。 「例えば加州が私の誤魔化しに騙されないで、私の膳を食べようとしたとするでしょう?」 「うん」 「そういう時でも、歌仙兼定は私の反応を見たと思うんだよ」 「反応を、見る」 「うん。毒の話したばっかりだったしね。私の膳にだけ毒が盛られている可能性は高かった。だから加州が私の膳に手を付けたいと言った時に私がなんて言うかも、全部、観察するつもりだったと思うよ」 「…ちなみに、俺が気付いてたらどうするつもりだった?」 「お腹減ってるしこれは大好物だからだめ、って言うつもりだったよ」 「………主、ずるいよ、それは」 ふう、と加州清光は息を吐いて、それからあーーー!! と大声を上げた。 「めんどくさい彼女みたい」 その加州清光の感想には思わず笑ってしまった。薬研藤四郎もまた、笑いが堪えきれていない。 「だ、だって、そうじゃん! つまるところ、刀剣男士に対する愛情を試してるんでしょ!? 確認したいのは分かるけど、それによってまず自分たちで壁を作ってるよね!? ひどいことされて前任のこと嫌ってるなら、ひどいことしたら嫌われるもんだって分かってそうなものだと思うけど」 「恐ろしいくらいの正論だな」 「加州、お願いだからそれは他の刀剣男士には言わないようにね」 「………主が言うんなら、言わないけど…」 いい子だ、と思う。他の加州清光とは何度も会っているはずなのに、他の加州清光はこうではなかった、と思う。自分で喚び起こしたからだろうか。 「正論っていうのはさ、時に心を傷付けるんだ」 頭を撫でてやると嬉しそうにする。こういうスキンシップはあまり得意ではないし好きでもないのだけれど、こうして加州清光にやってやるとなんだかこっちまで心地好くなる。 「だから、一回くらいじゃあ、まあ、様子見で良いと思うよ。向こうだってまずいことをしたという自覚くらいはあるだろうさ。悪い方向にそれが伸びるなら叩いてでも直すのが審神者だとは思うけど」 「………仏の顔も三度まで?」 「私は仏じゃないから一回目でリーチだよ」 それもどうなの、という顔で加州清光が見ていた。私は曖昧な顔で笑うしか出来なかった。 * 薬が効いてきて楽になってきたので、私は起き上がる。 「さて報告書書くかー…」 報告書は引き継ぎに当たってとても大事なものである。大体駐留する相談課職員、待機審神者、引き継ぎ審神者とそれぞれがちゃんと用意されていても全員が書くことになっている。問題は大事とは分かっているがそれなりに面倒な作業を、一人でやらねばならないことだろうか。一人でやるので上から設定された期間があまりに長いのだ。あまり報告書を書くのは好きではない。 とは言ってもやはり報告書は必須であるし、雲上にしか出来ない仕事でもあるのでちゃんとやる。そうして出来上がったものを薬研藤四郎に添削してもらって、加州清光にも勉強の意味で読ませ、報告書を送信するためにこんのすけを呼び出せば、やっと呼び出してくださいましたね!? と叫びながらこんのすけが現れた。普通の型にしたはずなのに術者の影響だろうか、どうにもこのこんのすけは世話焼きのように思う。 「こんのすけが最初からサポート致しますと言いましたのに! 薬研藤四郎様と加州清光様がいらっしゃるのは分かっておりますが、それでもこんのすけがいて困ることはないで…しょ…う………」 こんのすけの言葉が途切れて、あ、これはスキャンされたな、と分かった。 「雲上様! 毒物を飲まれましたね!?」 「いやあ事故事故。好奇心に殺された的な」 「死なないからと言って引き継ぎをしようとしている審神者様に毒を飲ませるなど! これはちゃんと報告書に書かれましたか!?」 「ちゃんと書いたってば、大丈夫だって。報告書に嘘偽りはない。漏れはあるかもだけどまあ薬研さんが監督してるし」 「雲上の間抜けっぷりは分かってるから安心しろって、監査室に伝えてくれ」 「え、いや、流石に監査室だって私と薬研さんのコンビがどうとか知らないでしょ」 「いや、結構知られてるぞ」 「えっ」 「雲上、思い出してみろ。お前の今まで書いた報告書と始末書の数を」 「ちょっとそれは思い出せないですね…」 加州清光の視線が痛い。 「………主って、俺を起こす前は何してたの…」 「何って、仕事だよ」 「まあ、仕事ではあるな」 「あとで薬研に聞くからね!?」 「それは勘弁して」 薬研藤四郎が語ると面白おかしく盛られるに決まっている。それが分かっているので、話せる時に自分で話そう、と雲上は決めた。 20171102 |