![]() 審神者の部屋へと移動し、一通り設備を確認し直して一息。資料で見るのと実際に見るのではやはり違う。踏み込んだのは雲上ではないので、初めて見る間取りだった。が、まあ、悪くはないだろう。 へし切長谷部は一通りの説明を終えて帰っていった。彼が此処の本丸の渉外担当に今後なってくるのかもしれないが、代表ということはないだろう。きっと戻ったら他の刀剣男士に最初の雲上と薬研藤四郎の会話を伝えるのだろうと思う。薬研藤四郎もきっと、それを狙ってやったのだろうし。薬研藤四郎は意地が悪いが無駄なことはしない、それが今までのスタイルだったし、これからも変わらないとは思う。だから一応考えがあってのことだったのだろう、雲上には意地悪にしか見えなかったが。 とは言え雲上よりも相談課勤務の長い薬研藤四郎なのだ。しかも素体は刀剣男士であり、そもそもの意識が人間である雲上よりも長い。ならば勝とうとするのは少し無謀な気がした。勝ちがすべてではないと雲上はよく分かっている。 そういう訳で薬研藤四郎のことは置いておいて、先に仕事を片付けることにした。 「ピーンポーンパーンポーン、こんにちは、本日よりこの本丸の審神者となりました雲上と言います。元・相談課の職員でいろいろあって審神者になりました。審神者になりましたと言っても諸々の話し合いはこれからするのでとりあえず今後の身の振り方を考えるのに二週間置きます。二週間の間に刀解か引き継ぎに応じるかで答えを出来るだけ出して欲しいと思います。二週間過ぎたあとでも本契約を結んだあとでも別に理由さえあれば刀解希望には応じる予定ですので焦らないで考えてもらえたらと思います。お試し期間的なものも相談によっては設けるので、気軽に話し掛けてください。出来るだけ審神者の部屋とかにいる予定です。私が移動する時にアナウンスが欲しい刀剣男士は悪いんですけど言いに来てください。話したくなかったら手紙でも可です。あとは…あ、引き継ぎ希望だけれども私じゃ嫌だというのも極力相談に乗るので一つの手として考えてみてください。政府所属以下略もありです。今回私の刀剣男士として一緒に来たのが加州清光と薬研藤四郎になります。加州清光は一昨日私が起こしたばかりなのでまだ練度が心もとないです。本人と相談しながらこの二週間でも練度上げをするつもりなので、もし協力してくれる刀剣男士がいたら協力してあげてください。協力イコール引き継ぎとかにはならないので安心してください。薬研藤四郎は元・政府所属の刀剣男士ですから、そういうのに興味のある刀剣男士は話を聞いてみるのも良いと思います。薬研さんは強いので頼み方によっては手合わせとかもしてくれると思います。忙しそうでない時を選んであげてください。とりあえずこんなものです。今後も追加事項があれば放送していこうと思います。この内容は台所前の廊下に掲示しておきますので、いつでも確認が出来ます。ではとりあえず二週間、よろしくお願いします」 どうやら館内放送は上手くいったらしい。ざわざわとした気配がする。よしよし、出だしは好調だ。これであとは同じ内容の掲示物と万が一手紙が来た場合のためにポストを作ろう。それにはまず、 「台所見てこようか」 雲上は立ち上がった。 「え、主、お腹すいた?」 「そういう訳じゃないんだけどね」 掲示物をどの程度の大きさで作れば良いのかとか、どの辺りならば見やすいのかとか、あとはポストの設置場所だとか。いろいろ下見をしたいのも勿論あったが、台所をまず下見場所に上げたのには理由がある。 「審神者部屋は確かに軟禁されても大丈夫なようになってるけど、もう私は審神者だからね。この本丸にいる全員の食生活のことを考えないといけないから」 「あっ、そうか、畑とかあるんだよね? 野菜がすごく早く育つってオペレーターさんたち言ってたよ」 「すごく早く育つけど、手入れは大変だよ」 「…俺、汚れる仕事は嫌だけど、これでも頑張ろうって思ってるんだからね」 「頼もしいなあ」 加州清光は頑張り屋で愛されたがりなところがあり、綺麗好きで畑仕事も嫌うことが多い―――そんな平均値を思い出しながら、当たり前だけれども本当に参考にしかならないんだな、と思った。まあ、雲上がまだ普通の審神者であったら違ったかもしれないが。 その辺りは少しだけ、申し訳ない気持ちもある。けれども雲上はこうして審神者になった訳だし、普通ではなくともそうであるのだし、喚び起こしたからには最後まで責任は持つつもりだけれど。 そんなことを考えながら歩いていると、ぬっと影が現れた。加州清光があからさまに戦闘態勢に入るのを、どうどう、と諌める。 影は燭台切光忠だった。じっとこちらを見つめている。 「………君が、新しい審神者?」 「一応上からの人事はそういうことになってるよ」 「出てってもらえる?」 「残念ながらこっちも仕事なんで」 出て行けと言われてはいそうします、と言えるほど簡単な話ではない。それは燭台切光忠も分かっているはずだが。彼は首を振ってため息を吐くと、それからこちらを睨み付けた。 「もううんざりなんだ。人間に振り回されるのは」 「そう。君はそう思ってるんだね」 「………何が言いたい」 何が言いたいも何も、そのままの意味だ。 「それは君の意見であって、この本丸にいるすべての刀剣男士の総意ではないよね?」 雲上の言葉に燭台切光忠は言葉を失い、加州清光は慌て始めた。この空間で何でもないような顔をしているのは薬研藤四郎だけだった。しかし雲上は知っている。これは別に歴戦だからではなく、ただ単に図太いだけなのだと。 「別に刀解を選ぶのも引き継ぎを選ぶのもある程度刀剣男士の自由だ。だから君が刀解を希望しても私は話を聞くし、君の言い分に納得できれば刀解もしよう。けれどもそれを他にも押し付けるな」 もう此処は雲上の仕事の場だった。心中ごっこなら他所でやって欲しい。 「自分で考えさせろ」 極めつけににっこり笑ってやれば、燭台切光忠はやりにくそうな顔をした。 「ところで台所ってこの先であってるかな」 「…あってるよ」 「そうか、良かった」 「燭台切は行かないのか?」 「僕は…」 薬研藤四郎が聞くと、燭台切光忠はまるで嘲るように笑った。 「料理なんて大嫌いだから」 * 珍しいこともあるものだな、と雲上は思う。燭台切光忠は基本的には料理が好きな刀剣男士だ。その上手い下手に少しばかりの差はあれど(中には不器用な燭台切光忠も存在するにはするのだ)、料理が嫌いだと言う個体は初めて見たし前例を聞いたことがない。否、正しくはあるのだが、それはいろいろあった挙句そこに落ち着いたというだけであって、つまるところ後天的なものだ。 「珍しいな」 燭台切光忠から離れて、先に口にしたのは薬研藤四郎だった。 「資料にはなかったよね?」 「ああ。あれが個体差ってやつなのかそれとも何かあってのことなのか、分からんな。しかし、別に情報を持っていなかった訳じゃあないだろうし、個体差が激しかったら認識してるもんじゃないのか?」 「私もそう思う。前任ならそれが原因で辛く当たるとかしそうだし。でも特に自白の中にも聞き取りの中にもなかったなあ」 話に少しついていけていないらしい加州清光がそうなの? と聞いてくる。 「うん。加州も資料見たよね」 「見たよ。燭台切光忠って大体料理が好きなんだよね」 「そうそう」 「個体差…っていうか性格の平均値? それから乖離すればするほど亜種って呼ばれるようになるんだっけ」 「まあ、俗語みたいなものだけどね。スラングだよスラング。本人たちにはそんな自覚ないだろうし」 「あー…そっか」 俺もそれ言ったらちょっと亜種っぽいかもしれないしね、と加州清光は呟いた。 「前任がいなくなったことで解放されて本音が言えた、って感じでもなかったし」 「そうだな」 あの言い方はどうも慣れているように見えた。何度か口にしたことがあるのだろう、と思う。勿論、これは勘なのでそこまでアテにはしていないが。 「報告書に書いとくかー」 「それが良いな」 どんなに細かいことでも、それこそ日記のようなものになってしまっても良いから報告する。報告することはこの仕事をすることで一番に大切なことだ。 現地に入ってしまった以上、異常に気付きにくくなることだってある。それを雲上は経験で知っている。それを防ぐためにも報告は事細かにしなくてはならない。 自分の生命を守るためにも、此処にいるすべての刀剣男士を守るためにも、この先引き継ぎなんてものをする人間を守るためにも―――結果的に、この戦争を戦い抜くためにも。雲上には守るものが今やたくさんあるのだ。一気に所帯持ちになった気分である。 台所を覗くと、先客がいた。歌仙兼定、堀川国広、明石国行。前二振りはともかく、明石国行がいるなんて珍しい。 「君は、引き継ぎの」 「どうも。雲上です。こっちは薬研さんと初期刀の加州」 「僕たちが君たちを歓迎していると思っているのか?」 「実のところ、あんまり」 どうやら三振りは食事の用意をしているらしい。 「君たちの分も用意しようか」 「そうしてくれると助かるなあ」 雲上の能天気な返しが気に入らなかったのか、歌仙兼定はにこりと笑った。 「毒でも入れてやろうか」 「その辺りは好きにしなよ」 こちらも負けじと笑ってやると歌仙兼定は分かりやすく顔を歪めた。此処の歌仙兼定は結構表情が顔に出るタイプらしい。もしかしたら演技かもしれないことも念頭に入れて向き合う。その横で堀川国広はいやににこにこしていた。こっちはこっちで困ったタイプだ。明石国行は興味なさそうにキャベツをわやわやしている。 「僕たちが審神者を殺せないと思って高をくくっているのか?」 「まさか。ていうか、君たちまだ私と仮契約すらしてないんだから、普通に殺せるでしょ」 言葉に詰まったらしい歌仙兼定に雲上は重ねた。 「刀剣は、基本的には人を殺すためのものなんだから」 そうだ。刀剣男士が何であるのかという議論は定期的に上の方でされているらしいが、雲上たち(雲上は既に審神者なのだけれども)相談課にとっては刀剣から励起された心、だった。神だとか妖だとか付喪神だとか、そういうことは関係なしに元が刀剣であった心のある存在だ。刀剣男士は刀剣男士であり、それ以上でもそれ以下でもない。特定の宗教などを持っている人間以外は、その理念で動いている。 歌仙兼定に近くの部屋―――食堂として使っているらしい―――で待っているようにと言われて、またぞろぞろと移動する。食堂はすべての刀剣男士が使う部屋らしく、壁も広く取られていたから此処に掲示物を置けば良いだろう。結構大きく作っても大丈夫そうだ。そんなことを考えていたら、加州清光が心配そうにあんなこと言って大丈夫だったの、と聞いてきた。 「大丈夫って…? ああ、毒とか殺せるとかの話?」 「それしかないでしょ!? …本当に、その通りなんだからさ、あんまり煽るようなこと言わないでよ」 その言葉に思わずうーん、と生返事をしてしまった。 「ねえ主! 俺は真剣に言ってるんだよ?」 「分かってるよ。でもねえ、これはね、毒が入っていても入っていなくても私が普通に食べたら勝ちなんだよ」 「………勝ち?」 うん、と頷く。 「こっちが何も悟らせずに食べきったら私の勝ちなの」 「毒耐性でもあるの」 「ないよ」 薬研藤四郎は雲上の言いたいことが分かっているようで、それ以上は何も言わなかった。けれども加州清光には分からないらしい。そりゃあ当たり前だ、彼はまだ顕現したばかりで、こういった案件には慣れていない。 「加州、辛いかもしれないけれどこれは策だから」 「で、でもっ」 毒なんて飲んだら、と加州清光は言う。その表情には心配の色がありありと浮かんでいて、なるほど刀剣男士とは元々こういうものなのだな、と思う。仕事では結局、言い方はどうかと思うが生まれたて≠フ刀剣男士に会うことは殆どなかったから。 その反面、思う。これだけ心を傾けられても、人間というものは裏切りを働くのだ、と。 「まあそれにほら、こっちには薬研さんもいるし」 「ああ、行く前に先生から薬箱も貰ってきたしな」 薬研藤四郎はやっぱりにやりと笑った。 「…仮契約でも、さっさとしたら主が傷付くことなんかないのに」 「うん、そうだね。でもそれはきっと、向こうにとったら心を踏みにじる行為なんだろうね。あと加州、それにね、」 雲上は真面目な顔で続ける。きっと、加州清光は忘れているだろうけれど。 「毒が入ってないかもしれないしね」 20171010 |