元・歴史修正主義者対策本部審神者相談窓口、通称・相談課勤務、俗称・現場職員だった登録名・雲上(うんじょう)はおどろおどろしい日本家屋の前でため息を吐いた。これが仕事だったなら、ため息なんて吐かないのに、と思うが一応これも仕事である。ただこの間と少し変わっただけで。
 そう、こんなふうになった本丸なんて何度も見てきた。それだけ人間は間違いを何度も何度も犯す学習しない生き物だと言ったらそれまでだが、正直なところ見るだけなら慣れているし入って何かしらするのも慣れている。
「たーいしょ、そんな浮かない顔するなよ」
「そうだよ、主。頑張ろ?」
薬研藤四郎と加州清光が両脇で雲上を元気づけるように笑った。
 これが原因である。
 いや別に、この二振りが嫌いな訳じゃない。そうじゃない。今までだって政府所属の刀剣男士についてきてもらうことだとか手伝ってもらうことだとか、そういうことがなかった訳じゃない。刀剣男士というものは見慣れているものだし、それなりに平均的な性格も分かってはいるし、それから外れていたからってふうんと思うだけで別にそれ以上はない。何が言いたいかと言うと雲上が特別刀剣男士を嫌っている訳ではない。ちなみに上司は嫌っているらしい。
 しかしながら彼らは既に雲上の刀剣男士となっているし、既に異動はなされた後だし、兎にも角にも進むしかあるまい。なので門を叩いて大きく息を吸って、まずは元気な挨拶から。
「たのもー!!!」
「ははっ、道場破りみたいだ」
「えっこんなんで良いの!? いやえっと違うよね!? こんにちは! はじめましてー!!」


花は宴と申します 

 そもそもの発端は相談課と折り合いの悪い上の一部から相談課に関する費用削減を言い渡されたことから始まる。課長は勿論いつもの柔和な笑みで上に意見を言ったものの、今回はどうにも手強かった。そんなに言うなら妥協案を(恐らくこの流れだったら普通妥協案を出すのはこちらなのだろうが課長にはそんなこと関係ないのだ)、となんとかもぎ取ってきたのが相談課から審神者を出して功績を上げろとかそういうことだった。課長曰く、手っ取り早く功績を上げたいのはあっちだろうねえ、そしてこの要求が本命だろうねえ、ということで誰を生贄にするかという会議が行われた。ちなみに生贄会議は本当に課長の口から飛び出した言葉であった。一応言っておくが課長は怖い人だがひどい人ではない。信用ならないが信頼はして良い人だ。何が言いたいかと言うと生贄とは言ったものの部下を斬って捨てるような真似はしない。
 相談課というのは大きく分けてオペレーターと現場職員がいて、現場職員というのは大体独学であれ何処かに師匠がいるのであれ、術等が使える。そのためには元々…ざっくり言うと視えないものを視る力というのが必要であり、それはこっちの世界では審神者適正と言うのであるが、つまるところそれがないと審神者なんて出来ない。オペレーターの方は視える・視えないよりも秘密を守れるだとか口が回るだとか土壇場の判断力が良いだとかストレスをためにくいとか呪術の影響を受けにくいだとかその他諸々、要求される分野が違うので今回候補からは外れていた。まあ審神者適正のあるオペレーターもいなくはないのだが、課長を始め現場職員の中には自分たちの癒やし・可愛いオペレーターたちを生贄にするなんていう考えはなかった。なんて美しき課内愛だろう。ちょっとカルトじみている。
 とは言え、そんな実力があるのに相談課にいるというのはそれなりに理由があるのであって。まずこの戦争が始まった頃からいる職員が候補から外された。これは権力とかだけの問題ではなく他の組織やらが関わってくるので、政府の意向だからと言ってこの人たちを異動させたら別の問題が起こる、というものだったので仕方ない。というかぶっちゃけると生贄とは言うがやることはいつもの仕事の延長線に審神者がついてくるだけだし、相談課に戻れないというだけだし、給料は上がるし、薄給だけれども生命の危険が倍増しな現場よりは審神者の方が実のところ良い。それでも現場に残るだとか残りたいだとか、正直蛮族かよと思う。いや蛮族だった、蛮族でなければ続けられない仕事だった。
 次に問題があって審神者になれない者が候補から外された。この問題のことを誰も聞かないが、問題は問題だ。昔審神者をやっていて審神者法(俗称である)に抵触することをやっただとか、何処かの現場に行った時に呪いを貰ってしまって本丸などの空間に定住出来ないとか。まあ問題は問題だ。やっぱりこの現場怖いなー。
 それでも決めあぐねていると上から催促が来た。まだ決まらないのかというお決まりの台詞だった。そしてあろうことか元審神者がいるのだからそいつにやらせれば良いだろうと言って来た。あ? こいつ意味分かってんのか? というのがその場にいた現場職員の心の声だろう。とは言いましても、と課長が丁寧に断ろうとしたその時、例えば―――と続けられたのはオペレーターの名前だった。
 現場職員は激怒した。
 本当にそのオペレーターが元審神者だったのか、それはどうでも良い。ただ相談課の癒やしにして頑張って対応をしてくれるオペレーターのことを現場職員は大層大事にしており、嘘だろうが本当だろうがこの場でその名を出したことが琴線に触れたのだろうと思う。やっぱりこの現場怖い。とは言え雲上もその一人である。そもそも本当に元審神者だったのなら、と考える。審神者をやっていられなくなって、けれどもどうにか刀剣男士と関わる現場に居たいから相談課に入る―――それがよく聞くルートである。勿論例外はいるだろうが。そういったものがメインストリームな時点で、オペレーターにいるということは何かあったんだろうな、と勘ぐることが出来る。なのに、上はそう勘ぐることもしなかった。
 激おこである。
 更には彼は最近やっと彼女が出来たのだと言っていて、それを壊してなるものか! というのもあった。課長が通信を切って、それから個人情報流出の方向でやるからこっちは気にしなくて良いよ、と言った。それは事実上の処刑宣告だった。現場職員は燃えに燃えた。話の分からない上を黙らせるしかないと、水面下で策を練り始めた。それに参加したくない人間はいなかった。でも、誰かが生贄にならなければならない。
 候補絞りの続きに戻った。まだ一人前と認められていないとか、まだ入ってすぐという者が外された。残るは所謂中級の職員だった。大体同期だ。同期たちは互いに顔を見合わせて、それぞれが復讐に走りたいと思っていることを確認すると、最終手段に出ることにした。
「じゃんけんぽん!」
 十人ほどの声が合わさって、それが何度も続くと思われたその瞬間。
 パーの中に一人だけグーを出した手があり、その手に視線が集まった。
 何を隠そう、それが雲上の出したグーだった。



 そういう訳でじゃんけんに負けて弔い合戦(死んだ訳じゃあない)に参加出来なくなった雲上は、正式に異動して、審神者としてこの本丸に訪れたのであった。
 この本丸は前任の審神者が特定法令違反をして―――ええいめんどくさい、此処は所謂ブラック本丸だった。一応前任の自供はとってあるので大体何があったかは分かっている。前任がこんのすけのアップデートやらプログラム修復を意図的に阻害しており、それがやたらめったらアナログな手順だったために発覚が遅れてしまった案件である。発覚してから取締局も開発局も眠れない日々だったらしいし、相談課も連動しているカウンセリング施設もあれやこれや忙しかったので今後はないだろう。自分たちの仕事ぶりには自信がある。
 刀剣男士が人間ではないとは言え、虐げられれば悲しく思ったり傷付いたりする心は存在する。いつもはそれが落ち着くまで相談課が間に入り、待機審神者(いろいろあって長く審神者を続けられないが審神者適正のある人)が場繋ぎをしてそのまま引き継ぎであれば新しい審神者と面談をしてもらい…という流れであるが、今回は即時功績を上げろとのお達しだ。いやこれは守らなくても良いお達しだが、兎に角今までは間に入るだけだったところを待機審神者の役目と引き継ぎ審神者としてのあれこれを一人でしなければならないと言う…あれ、行ける気がしてきたぞ? そんなことを考えていたら門が空いた。あの挨拶で出てきてくれるとはなかなかに良心的な対応である。まあ無視されても乗り込むからという予告は前々からしておいたのでその所為かもしれないが。
 出て来たのはへし切長谷部だった。こんのすけの口頭証言(記録は残らないようにされていた)と前任の自白、話の出来る刀剣男士からの聞き取り調査のすり合わせによって、大体誰が何をされたのかなどの情報は持っている。へし切長谷部は前任の本丸運営における補佐役だった。と言うと少し良く聞こえるかもしれないが、言ってしまえばただの雑務担当である。おおよそのへし切長谷部がそうであるように彼もまた事務仕事において優秀だったらしく、審神者の事務仕事は半分以上彼が受け持っていたと聞いている。故にあまり戦場に出ることはなかったらしいが、必然的に部屋にこもることが多く、また、前任が自らの趣味≠フ時は必ず遠ざけていたため、直接的なダメージの少ない刀剣男士と思われる―――というのは一緒に資料を読んでいたカウンセリング施設の職員だったけれども(多分一応上司に当たる)。来客(と言っても本丸における来客など担当くらいしかいないのだが)の対応も毎回へし切長谷部が行っていたようだし、まあ出迎えとしては妥当だろう。薬研藤四郎がへし切長谷部からは見えないようにドヤ顔をして来た。此処へ来る前に誰が出迎えで来るかでおやつを賭けていたのだ。ちなみに雲上は誰も出て来ない方に賭けていた。悔しい。
「どうもこんにちは。事前に連絡が行っていたと思うけれど、元・相談課の雲上と言います。約束の一週間が終わったのでこうして派遣されてきました。これまた連絡が行っていたと思いますが上の上の上の方が馬鹿やった関係で私が今後この本丸の審神者として勤務することになるので、その辺りの話も勿論するんですがとりあえず最初の二週間くらいは相談課職員のように動くのでその旨を全員に伝えたいので召集なり何なりしたいんですが何か質問は」
ツッコむ隙を与えないように言うと、少しへし切長谷部は目を白黒とさせた。
「あ…、集まらないと思いますが」
 それでもちゃんと返答したへし切長谷部に、雲上はそうか、と頷く。
「じゃあ館内放送の手配と掲示物作成でもするか」
「えっ主切り替え早っ」
「こういうのは慣れてるからね。こういうケースで人間の顔なんか見たくないというのは割りとあるし、そこはまあ時間を掛けてなんぼだと思うよ。今回全部私に任されてるんだし、私のペースで良いと思うし」
「大将、それじゃあオペレーターの敵討ちは出来ないんじゃないのか?」
「………薬研さん、君までそんなことを言うのか」
さあぱっぱと働こう! と言うはずだったのに、薬研藤四郎は雲上を笑って見上げていた。これを薬研藤四郎を―――特にこの薬研藤四郎≠よく知らない人間はあどけない子供のように、なんて言うのだが、雲上は知っている―――これがただ意地悪をする時のにやにや顔なのだと。
「だって腹が立ったんだろ?」
「立ったよ」
他の薬研藤四郎のことはさておき、この薬研藤四郎は本当に、本当に―――意地が悪いのだ。心底。元々とても(アクの)強い審神者に顕現されたらしい薬研藤四郎は、その性質を色濃く継いでいるのか何なのか、とてつもなく意地が悪いのだ―――本当に。と言っても殆どの人間は信じてくれないのだが、兎にも角にもこのタイミングで、目の前にへし切長谷部もいるというのにこの話を振るのは、意地が悪くなければ出来ない芸当である。賭けだってへし切長谷部が迎える方だったのだし、これはまだ相談課所属だった頃から考えていたシナリオなのだろう。
「でもそれはそれでこれはこれ。私は本丸運営で良い成績絶対に叩き出すっていうか叩き出せるけど、それを彼らに強要したら元も子もないでしょ」
「それで良いのかい?」
「それが仕事だからね」
 そう、これは仕事なのだ。相談課職員としてではなく、審神者としての。どれだけこの異動に異論があってもそれを無視してしまったら雲上のプライドは死んだも同然だ。
「それに、間に入る相談課も待機さんも引き継ぎも全部同じ人間にやれって言うような経費削減志向の上の思い通りになんてやってらんないし、此処であんまりうまいこと行かせると今度は相談課の極意を知らない人間が放り込まれるよ。それはそれで地獄だよ」
「ああ、そりゃ下手すりゃ死人が出るだろうな」
「私は初期刀として加州もぎ取って来たけどそれも相談課にいたから口が回ったってだけの話だし、何も知らない子だったら初期刀もぎ取ろうなんて考えも思いつかないでしょ。そもそも初期刀が貰えるっていうのを知らないまま放り込まれるかもなんだし」
「あれ、でもそれってあのマニュアルの最初に書いてあったやつだよね? マニュアルも読ませてもらえないようになるってこと?」
「そうだね、なるかも。まあ端末は運営に絶対必要なんだけど、マニュアルって端末内にデータがある訳じゃないからさー。それにそれが過去出身者とかだったらCNFのこととか分からないだろうし」
確か過去採用者の過去はUSBまで遡るはずだ。いやもしかしたらフロッピーディスクかもしれないけれど(あの上書き保存のマークが昔の外部保存媒体だと聞いて驚いたのは雲上だけではないはずだ)その辺りは詳しくないので以下略。
「それに…」
「それに?」
加州清光が目をぱちくりさせて雲上を見る。この純真さよ、にやにやしている薬研藤四郎とは大違いだ。
「上司から引き継ぎよりもずっと大変そうなこと頼まれちゃったし」
「えっ、そうなの? 俺手伝える?」
「手伝って貰えると思う。あとで説明するね」
「うん! 俺、頑張っちゃうから!」
「オイオイ、俺は無視か?」
「まさか。いやーほんと、薬研さんが来てくれて助かった助かったホントホント」
「本当にそう思ってるのか? ………ま、面白そうだったしな」
「そうやってツンデレみたいなことする!」
 やんややんやしている雲上一行を暫くぽかん、と見ていたへし切長谷部だったが、はっと我に返ると咳払いをした。
「…審神者の部屋はこちらです」
「あ、案内してくれるの。ありがとう」
まさかこんな遣り取りをして、立ち去られないだけ良かったと思った。



20170814