翌朝台所に行くと初めて見る刀剣男士がいた。とは言え、刀帳では見ていたのだが。大倶利伽羅。彼曰く、光忠さんとは同じ家で所有されていたことがあるのだとかないのだとか。ごちゃごちゃしすぎて忘れた、と彼は言っていたが本当に忘れているのか怪しいものである。
 大倶利伽羅さんは私と彼をじろ、と見遣ると、それから小さく呟いた。
「光忠は往ったんだな」
その言い方に、私はあ、と思う。
「…もしかして、光忠さんの刀解には反対でしたか?」
「いや」
大倶利伽羅さんは小さく首を振った。
「アイツが望んだことだろう。アンタはそれを叶えただけだ」
「………ですが、」
「前々から刀解の話は聞いていた」
 大倶利伽羅さんがお茶を淹れて座ったので、私も正面に座ってみる。何だこいつ図々しいな、というような間があったがそれでも大倶利伽羅さんは私の分のお茶も淹れてくれた。親切な人である。
「光忠が願うなら、その方が良いんだろうと思っていた」
その言葉は何処かぶっきらぼうだが、芯がある。燭台切さんの希望を、本当の意味で尊重しているのだと感じた。
「仲の良かった奴が折れて、それからアイツは少しずつ壊れていった。その中で、恐らく長谷部のことだけが希望だったんだろう。アンタは…どうせ言われただろうが、結果的にアイツの願いを叶えた。憂いを拭った。だから良いんだ」
「そう、なんですか」
「前任のしたことは許されないが、それを他人にぶつけるほど俺たちは落ちぶれていない」
「それは、分かっています」
 暫く、沈黙が落ちた。大倶利伽羅さんの淹れてくれたお茶は美味しい。これも光忠さんが残していったものなんだろうな、と思うと胸が詰まった。痛い訳じゃあないけれど。
「俺は残る」
すべて飲み干した後で、大倶利伽羅さんはそう言った。
「え、良いんですか」
返ってくるのは簡素な頷き。
「気になることもあるしな」
「気になること?」
「ああ」
 何となく、今は教えてくれなんだろうな、と思った。まあ私もそう今すぐに聞きたい訳でもないと思ったし、大倶利伽羅さんの態度に緊急性は見当たらなかったのでそれ以上聞かなかった。
「そうですか。じゃあ、あの、報告しておきます」
「そうしてくれ」
湯呑みを食洗機に入れて、それから大倶利伽羅さんは台所を出て行く。
 その時に、どうにも彼と目が合ったようだったが、彼も大倶利伽羅さんも会話はしなかった。

 大倶利伽羅、仮残留決定。



 いつものように台所から戻ると部屋の前でまた誰かが待っていた。オレンジ色の服。刀帳で見た。
「おんしが新しい審神者か」
「あ、はい。南天と申します」
「わしは陸奥守吉行。…おんしはじってなようながで、知っちゅうかもしれんけれど」
「じって…?」
「ああ、真面目っちゅう意味じゃ」
刀帳で方言で喋る人なのは分かっていたが、こうして改めて聞いてみるとなかなか難しい。それでもすっと標準語が出て来るのだから、きっと歩み寄るのが得意なんだろうなあ、と思った。今だって、嫌そうな顔を一切しなかったし。つい出ちゃった、というような照れた顔はしたけれども。
 彼の方を一度確認すると頷かれたので、私は陸奥守さんを部屋へと招き入れた。座布団を出してくる。陸奥守さんはええと、と頬を掻いて、何から話したら、と呟いた。
「蜂須賀から何か聞いちゅうか?」
「刀解を希望した理由、でしたら。少し」
「なら話は早い」
報告書にはようまとめて書いてくれると嬉しいやか、と付け足して、陸奥守さんは続ける。
「長曽祢が折れた時の隊長はわしじゃったがやか」
 蜂須賀さんの話を聞いたあと、もう一度刀帳で確認してあった。長曽祢さんと言うのは蜂須賀さんと同じ虎徹派で、蜂須賀さんがついぞ和解することの出来なかったお兄さん(仮)だ。
「長曽祢が折れたんは、わしの責任やか」
それは、と口を開こうとした瞬間。
「違う!!」
スパーン! と襖が開けられて、私は思わずびくっと肩を震わせた。彼はやっぱりあくびをしていて、この接近を知っていたのに黙っていたことが伺える。私は普通にびっくりするのでやめて欲しい。
 開けられた襖の向こうには三人分の影が見えた。和泉守兼定、堀川国広、大和守安定。刀帳で見た彼らの名前を私は思い出す。
 そうして暫く彼らは其処に立ったままだった。入れば良いのに、と不思議そうに彼らを見上げた私に、陸奥守さんが招いてやらんと入れんぜよ、とこっそり教えてくれた。そういえばそんな機能があったのだった。私は急いでどうぞ、と言う。というか襖は開けられるのに入るのは無理なのか。
 座布団はそんなにないので畳に直に座って貰った。謝ると堀川さんが気にしなくても大丈夫ですよ、と笑う。全員が座ったのを見届けてから、代表して大和守さんが話しだした。
「突然来てごめんね。でも、陸奥守が審神者部屋に向かったって聞いたから」
その言葉に陸奥守さんが止めてもいかんちや、と言った。堀川さんがそれにそうじゃないですよ、と補足を入れる。
「刀解を、止める理由は本当のところ、ないんです。僕たちは元々そういうものだと割り切っている…訳ではないんですが、なんでしょうね、意識に組み込まれていると言いますか。刀解が悪いものではないんだって、分かっているんです」
「ええと、還る、みたいなイメージだって聞きました」
「基本的にはそうでしょうね。だから同意刀解については悪いこととは思いませんし、陸奥守さんのことも、止めようとは思っていません」
そこで和泉守さんが口を開いた。
「でも、誤解させたままってのは違えって思ったんだよ」
「誤解」
「そ、誤解だ」
 和泉守さんは一つ強く頷くと、そのまま続ける。
「長曽祢さんが折れたのは陸奥守の所為じゃねえ」
また陸奥守さんが驚いたように目を見開いた。のも一瞬で、すぐに首を振る。嘘は要らない、と言っているようにも見えた。和泉守さんはその様子を一瞥して、ため息を吐く。
「陸奥守は確かにその時隊長で、そうだな…アンタにも分かるように言うと…責任者?
 だったんだよ」
「責任者」
「そうだ。けど、基本的に進軍・撤退の指示をするのは審神者…この場合は前任だな。アンタ、最後の頃の前任がどんな様子だったかってのは聞いてるのか」
「…少し。自分が何をしているのかも、よく分かっていない様子だったということを聞きました」
「まあ、大体それで間違いはねえな。そんな様子だったからな。陸奥守が撤退した方が良いって言っても前任は聞きゃあしなかった。何で、って言ってな。自分の言うことには従えないのか、って。陸奥守は破壊の可能性とか、刀剣男士が換えのきく存在だとしても、再育成にはええと…なんて言ったんだっけか」
「………再育成はコスパが悪い言いおったよ」
「そうそう、コスパ」
「コスパ」
まあ言いたいことは分からなくもない。
「陸奥守はちゃんと状況判断が出来てた。でもな、それでも上が話を聞かなきゃどうしようもないんだ」
「…前任を説得出来なかったがやきぶっちゅうことやか」
「なのにこいつはずっと同じことを言って、俺たちが話し掛けようとしても逃げるばっかでな」
 気まずそうに陸奥守さんが俯いたのでどうやら逃げていたのは本当のことらしい。本人にも自覚はあるようだ。
「どうしようもなかったってのはただの事実だ。お前が背負うことはない」
「そもそも前任が悪いんだしね、その辺」
「長曽祢さんも蜂須賀さんのことをずっと気にしていたから、仕方ないと言えば仕方ないですよ。勿論、納得はしていませんけど、それとこれとは別です」
俯いたままそちらを見ない陸奥守さんに、三人はそれぞれ言葉を掛ける。でも、と陸奥守さんが吐き出すように言うと、でもじゃない、と大和守さんが止めた。
「お前は、頑張ってたよ」
大和守さんが言う。
「それだけは、僕たちが知ってるよ」
 陸奥守さんは俯いたままだったが、拳を握り締めて噛み締めるように一度だけ頷いた。それを言いたかっただけだから、と三人が退出して行って、暫くしてからやっと陸奥守さんは顔を上げた。
「情けないところを見せてしまっちゅうね」
「いえ」
「わしが視界にちらついちょったらきっと、思い出させてしまうがやき…あいつらはきっと許そうとしてしまう。だから、逃げてたっていうに、………ままならんやき」
「陸奥守さんは、許されたくなかったんですか」
「らぁてゆうたら良いんか…許されたくなかった、ちゅうのは違う。許されたいと…、そういうことを思ったらいけないと思っちょったが…という方が近いと思う。ほがなことを願う資格すら、わしにゃないと思っちょったがから」
何となく、言いたいことは分かった。分かったから何も言えなかった。
「…でも、多分、これで良かったがだ」
「良かった…」
「そうじゃ。わしはわし一人で許されん方がええと思っちょったがけれど、ほりゃあきっと、あいつらも踏み躙る行為じゃったから」
それから陸奥守さんは笑って、最後に話せて良かったと言った。本体が差し出される。
―――私はその感情を否定も肯定も出来ないけれど。
―――貴方の選択が、この先の道標になりますように。

 陸奥守吉行、刀解。



20180223