一気に仮残留組が増えたが、特に私の方に何か動きがあった訳ではなかった。蓬莱柿さんの方の調査も難航しているようだし、私はまだ暫く此処にお世話になることになりそうだ。そもそも調査って何をするんだろう。普通に指紋とかで照合するのだろうか。それとも戸籍? まあ調べる方法はたくさんあるだろうしあんまり突っ込んだこと聞くと怖いので聞かないでおく。相も変わらず三日月さんはぬっと出て来るし、御手杵さんともよく会うが、それ以外は大きく変わったことはなかった。
 彼とこんのすけとのんびり暮らす。まるで何処か別荘にでも来たような気がしていたが、私は此処へ来たその日、明日も普通に学校があるとかそういう日だった。戻るにしても此処で過ごした時間というのは加算されてしまうのか、それなら私はもう二週間近く行方不明となっていることになる。流石にあの両親でも一人娘である私を心配するだろう。警察とかに行くのだろう。そうなったら私は戻った時どういう説明をすれば良いのだろうか。素直に言ったら頭がおかしくなったと思われるに違いない。それを考えると嫌だな、と思う。面倒だな、と。
 しかし私と言葉を交わした刀剣男士以外はあまり部屋の外に出ていないようだった。光忠さんに大丈夫なのかと訊ねてみると、まあ、食べなくても大丈夫っていうのもあるよ…という非常に微妙な言葉が返ってきた。
「いや、それでもね、僕が簡単なおにぎり持っていくこともあるし、お味噌汁とか作っておくと減ってたり、お礼の手紙とか何かしら置いてあったりするし、食べてない訳じゃないと思うんだけど………うん、まあ、そうだよ。流石にこれは君の心配することじゃないかな」
「お節介ですか」
「お節介っていうより、なんて言ったら良いんだろうね。君、ほら、迷子だって言ってたでしょう。それに則るなら、此処は君にとってはよその家でしょ」
「まあ、はい。そうですね」
「よその家にはよその家のルールがあるってこと。これに関しては僕から忠告。大人しくしてなさい」
「それは…別に、良いんですけど。本当に大丈夫なんですか?」
「うん。これでも僕たちは刀剣男士だからね。付喪神だから。今は…前任の残した霊力でこうして顕現している状態なんだけど、前任、そういうのだけはすごかったから。僕たちは食べなくても顕現を保っていられるんだよね」
「うん? んんん?」
「これは流石にこんのすけに聞いた方が良いと思うぞ」
 彼がそう言ってこんのすけを突けば、こんのすけはふわっと声を上げて起きた。どうやら私の腕の中でうたた寝をしていたらしい。
「そ、そうですね…刀剣男士というのはそもそもが霊的な存在ですから、基本的には霊力のみですべてを補うことが出来ます。しかしながらそれほどの才覚を持つ人間がそう多くいるかと言うと、そういう訳でもなく。足りない分を補うために政府が設置したものが畑になります」
「畑。そういえばあったね」
「なかなか良い野菜が育つんだよ」
「あの畑ですが、現世にあるものとは違います。一種の霊力循環装置として成り立つようになっており、人間が食べれば霊力の栄養剤のように、刀剣男士が食べれば一種の供物のようになる仕組みになっております」
「よく分からないけど、畑がブースターみたいなことをしてるってこと?」
「そんな感じです」
なるほどと言って良いのか分からないがなるほど。一応仕事に差し支えが出ないようには配慮されているらしいというのは伺えた。
「あとは…今はほら、春の景趣になっているから」
「そういえば、貴方もそんなこと言っていたね」
「境界の話だろう? 此処には審神者―――まあ正確に言うなら審神者じゃなくても良いんだろうが、楔になる者がいないからな」
「楔?」
「刀剣男士っていうのは付喪神だろう。元は刀剣で現世のものだが、だからと言ってそこから励起された心がつくったその身体が、現世のものかと言うとそうじゃあない。だから、繋ぎとめておくための楔が必要なんだ。けれども此処にはそれがない。蓬莱柿が言っていた冷却期間っていうのは、野良でもやっていける最低値なんだろうと思うぜ」
「野良って。ひどいなあ」
「でもその通りだろ」
「そうと言うなら君だって似たようなものじゃないか」
「まあ否定はしない」
 笑い合う彼と光忠さんはまるで長いこと知り合いだったような空気だった。私はそれがちょっと羨ましくなった。

 その夜。
 お風呂も済ませてあとは寝るだけとなった頃。
「あのー」
部屋の外で幼い声がした。
「人間さん、起きてる?」
「蛍、その人間さんってのどうなん…」
「でも審神者じゃないって言ってたって言うし、名前知らないし」
「起きてますよ」
私も人間さんというのはどうかと思ったが、そういえば全体に周知するように名乗ってもいないので、仕方ないと思う。
 彼の方を確認すると頷いたので、眠そうなこんのすけを突っついて起こす。初見ではあんなに心強そうに見えたこんのすけだったが、どうにもぐうたら寝ているような気がする。まあ、別にそれで困ることはないのだが。起こせば起きるし。
 襖を開けてどうぞ、と招き入れる。二人だった。背の高い方と低い方。座布団を出して座ってもらって、それから私は頭を下げた。
「ええと、南天と名乗っています」
「南天」
「はい」
あの玄関によくあるやつですね、と背の高い方が言った。私と同じこと思ってるな、と思ったけれども言わない。
「蛍丸です」
「明石国行です」
蛍丸くんの名前は以前平野くんと前田くんから聞いていた。刀帳でも見ていたが、どう見ても短刀たちと同じくらいに見えるのに、大太刀なのか。人間のイメージとはよく分からない。
「俺たち、話し合って決めたんだ」
蛍丸くんが切り出す。
「刀解、してください」
 そうして二人、頭を下げた。
「ええと…」
「あ、大丈夫だよ。理由もあるし、それは南天が悪いとかじゃないから」
「ああ、いえ、別にそういうのを心配している訳じゃあないですけど」
「刀派って知ってる?」
「作った人が一緒だとか、同じ集団だとか、そういうふうに聞いています」
「まあ、うん、それで良いや」
大体そんな感じだし、と蛍丸くんは続ける。どうやら蛍丸くん主体のようだ。明石さんは横で大人しく座っている。
「俺たちはね、俺と国行と、もう一振りいて、来派っていう括りなんだ」
今のところはだけどね、と蛍丸くんは笑う。
「国俊っていうんだけど。明るくて良い奴でね、真面目で正義感が強くて…ってもう此処まで言ったらなんとなく分かってもらえるかな」
「前任にも、向かっていった?」
「そ。その通り」
 でも正しくはあったんだよね、と落とされた言葉に温度はない。
「俺も国行も所謂レアって括りでさ、でも国俊はそうじゃなかったから、見せしめ、かな。そういうふうになっちゃって」
「自分らは、刀剣男士がどういうものか分かってます」
そういえば蓬莱さんからレア度の話は知らないままで、と言われたんだったな、と思い出す。まあレアだからどうのとかそういうことにならなければ良いだけか。
「一振り目が折れても、二振り目を顕現すれば良いというのも、分かってます。でも、それは自分らの知ってる国俊とは違うんやなあ、って思ったら、もう、だめで………。普通に戦っとったなら、また違ったかもしれんです、けど」
何回も繰り返してると、もう次にどんな顔して国俊に会えば良いんか分からないんですよ。
 明石さんの言葉はひどく痛くて、辛くて、悲しかった。それでも私は何を言うことも出来なくて、ただ分かりました、と頷いた。蛍丸くんも明石さんも私には何も言わないで、ただ満足したように微笑んで、それから目を閉じた。私は目の前に置かれた二振りの刀剣を手に取る。
―――もしも彼らに次があるのであれば、
―――今度は、仲間と笑い合えるように。

 明石国行、刀解。
 蛍丸、刀解。



 この本丸での居候生活はそれなりに悪くないものだったが、それでもやはり、人の家に居候している上に食い扶持だけ持っていくというのは気分が悪いものだった。それに、気になることもあったことだし。
「初期刀」
「そうだ。一番最初に、審神者が就任した時に貰う一振りだな。最初の相棒だ。ええとそうだな、ポケモンで言う御三家」
「大体分かった」
というか分かりやすすぎる。前から思っていたが彼の知識の元は完全に私からになっているのではないだろうか。レプリカ先生のこともあるし。それなら私にとって分かりやすい例を出しやすいだろうし私は助かるが、それはそれで知識が偏ってそうでなんだか申し訳ない。
「会いに行って大丈夫だと思う?」
「会いに行きたいのか?」
「行きたいというより、まだ一回も話していないから気になるというか」
君が危ないと言うならやめるよ、と言う。私は自ら危険に飛び込むような真似はしたくない。此処では静かにしていれば何事もないだろうし、任された刀解の仕事だって精力的にこなさないといけないこともない。
 ただ、蓬莱柿さんが言っていたことだけが気にかかっていた。いや実際は蓬莱柿さんが言っていたことなのではないけれど。三日月さんは所謂ボスというやつではないということだ。ならばボスというのは誰なんだろう、と私が気になるのも仕方ないだろう。もう会っているのか、それともまったく顔合わせせず監視されているのか。どちらの場合にせよ、私は警戒をした方が良いのか知らないままでいた方が良いのか。
 私も何も分からないなりに自分で考えてみたのだ。そして、安直な考えであろうがやはりここは一番の古株がボスであるのではないかと思った。私は刀剣男士の来歴や性格を知らないし、もしそっち方面だったら思いっきりハズレであるだろうが、彼のこの反応からして間違っているとは思わない。
 彼も私が反応を窺っていることを分かっているのだ、少し悩んでから、小さく呟いた。
「今はまだ時期じゃないと思う」
「そっか」
「でもまあ、顔を見るくらいは良いんじゃないか」
別にこっちに敵意を持っている訳でもないさ、と彼は言う。あっちも万が一のために距離を置いているだけで、どうしても交流したくない訳じゃないさ、と。君なら地雷を踏みに行ったりはしないだろう、と。なんだか怖い言葉が付け足された。
「君は小夜と交流があっただろう」
「うん? なんか小夜くんと関係がある刀剣男士?」
「関係というか、ゆかりがあるんだ。この本丸の初期刀は―――」



 廊下を静かに進んでいく。早朝のことだ。外は春の様相ではあるが、それでも空気はひんやりとしている。蓬莱柿さんの話では此処は異空間とのことだったが、確かにこれは何処か違う場所に迷い込んでしまったような、そんな心地になる。
「いたよ」
前方を歩く小夜くんが立ち止まって、私と彼もまた足を止めた。
 外廊下の角から小夜くんに指差されて向こうを覗くと、庭で人影が動いているのが見えた。どうやら花を愛でているらしい。その様子は絵になりそうなほど穏やかで美しくて、そして近寄りがたかった。
 この本丸の初期刀。
 名前を、歌仙兼定。
 この本丸の、本当のボスである。

 昨晩小夜くんに歌仙さんに会ってみたいと言ってみたら、すぐさま良いよ、と言ってくれた。もしかしたら小夜くんは反対するかもしれないし、そうなったら潔くやめておこうと思っていたのだが拍子抜けだった。
「貴方なら大丈夫だと思うし」
その信頼は少し痛い。
 どうやら小夜くんと歌仙さんは同じ家で所有されていたことがあるらしく、その関係でよく交流していたようだった。だからこそ、今回場を取り持ってくれることになったのだと。
「でももしも、歌仙を怒らせたら、ちゃんと逃げてね」
「え」
「ちょっと僕では、太刀打ち出来ないと思うから」
「ええ…」
物騒な話になってきたが、私は普通に挨拶がてら様子を探りたいだけである。
 第一印象はきれいな人、だった。朝露に濡れる早朝の庭に立って花を愛でている、それがこんなにも美しく様になるのはこの人だからだろうか、それとも彼が刀剣男士だからだろうか。
「歌仙」
小夜くんが声を掛ける。
「お小夜。どうしたんだい? ………なんて、聞くまでもなかったね」
 歌仙さんの視線が私を捉える。あ、逃げられない、と思った。別に逃げるつもりもなかったはずなのに。私は話をしに来ただけのはずなのに。
「お小夜を使おうとは大胆だな侵入者。どちらの差し金だ?」
「バレてんじゃん。あと怒ってるように見えるんだけど」
「あれは怒ってないさ。怒ってる顔をしてるだけだ」
「人に地雷踏むなって言っておいてよくやるよね君も…」
「ははは」
彼はそう笑うが確実に怒っていると思う。あれを怒っていないとか嘘に決まっている。流石本当のボス。
「それで?」
 それでもこちらを見て笑む姿はやっぱり絵になる。怖い。
「僕に何の用だ」
「ええと、これと言った用は残留か刀解かを聞きに来たくらいです」
「確かに君はそう言うしかないな」
「あはは…」
興味本位で、なんて言ったらいけない気がしたので素直に用事を言う。
「あの、いえ、でも、決めていなければ決めてないで、それでも良いんですけど。ただ何かもう、何もしないのも落ち着かなくて」
「言い訳は見苦しいよ」
ぐうの音も出ない。完全に言い訳である訳ではないのだけれど。
「君は、」
 すっと声が落ちた。
「今後此処に残ることになったらどうする?」
「それ、は―――」
―――考えたくない。
私は一瞬のうちにして湧き上がってきたものを打ち消す。
「…そんなこと、考えてないです」
「考えておくことだな」
その言い方には少し引っかかりを覚える。でも聞き返す前に、歌仙さんが口を開いた。
「僕は残留を選ぶよ」
お小夜も残ると言っていることだしね、と歌仙さんは言う。
「狸に化かされてやろう」
「…む、狸とは失礼な。もうちょっと愛嬌のある顔をしていますよ」
「はは、冗談を」
笑ってはいるが笑っていない。この人は怖い人だ、と分かる。でも笑う。笑わない方が怖いので。

 歌仙兼定、仮残留決定。



 歌仙さんの残留が決まって、小夜くんはどうやら嬉しいようだった。私の部屋に遊びに来ることも多くなったし、今日歌仙さんが何をしていたかという話もしてくれる。春の花の名前もたくさん知ったし、苦手だった和歌やら何やらも、聞くだけなら楽しめるようになった。作れと言われたら別だが。
 とは言え小夜くんがこんなふうに話してくれるのは、交流という観点では嬉しいし私の癒やしにもなったが、歌仙さんからしたらあまり気持ちの良いものではないのではないだろうか。もしもスパイ疑惑みたいなことを小夜くんが掛けられたらどうしよう。なんて考えているのがお見通しだったのか、宗三さんが私の顔を見るなりはっと笑った。今のは完全に嘲笑だったと思うのだが、宗三さんの顔だとそれが許せてしまうというか、なんだか妙に似合うから困る。どんな反応をして良いのか困る。
「貴方に何が出来るなんて歌仙も思ってはいませんよ」
「あ、そうなんですか。それなら良かったです」
「…貴方、からかい甲斐が本当にないですよね。僕の今の行動とか、いろいろ気になったりはしないんですか」
「行動? というと…ああ、今鼻で笑われたことですか? いやなんか…普通なら腹立ったりするんでしょうけど、宗三さんの場合、あんまりに似合うっていうか…」
「そんなことを言うのはこの口ですか」
宗三さんの白い手が伸びて来て、私の頬をきゅっと抓っていった。あんまり痛くない。
「いひゃいれふ」
「へちゃむくれをへちゃむくれにしたらちょうど良いんじゃないかと思いましたが…そうでもないですね」
「そんな理由で引っ張られたんですか? ていうか、宗三さんと比べたら人間なんてみんなへちゃむくれだと思いますけど」
「屁理屈ですね」
「屁理屈じゃあなくないですか?」
「…宗三兄様」
「分かりましたよ、お小夜が言うならやめます」
こうして見ると宗三さんもなんだか同年代くらいの気持ちになってくるけれども、私は初日の小夜くんトラップのことを忘れてはいない。彼の言葉も。だからこれももしかしたら演技なのでは? と疑ってしまう。…まあ、疑ったからと言って何が変わる訳でもないけれど。
 そんなふうに時間を潰していたら、足音がした。
「燭台切ですね」
宗三さんが姿も見ずに言う。
「…宗三さん」
「何ですか? 僕たちが此処にいるとまずいのでしょうか」
「そういう訳じゃないけど…」
なんだか喧嘩を売っているようにも見える。
「どうかしましたか?」
なので割って入ることにした。珍しくこんのすけは起きていて、問題ですか? と聞いてくる。
「ううーん…問題ってほどでもないんだけど…」
 対する光忠さんは何やら歯切れが悪い。
「うーんとね、僕一人だとどうにも出来ないから、君の助けを借りに来たんだ」
「…手を貸せるのかどうか、分かりませんよ」
どうしても光忠さんに関しては慎重にならざるをえないなあ、と一人思う。別にそれを言ったら三日月さんもそうなのだが、三日月さんほどボス感を出していないので余計そう思うのかもしれない。そうやって考えるとあそこまできれいに分かりやすく敵ですよオーラを出してくれる三日月さんは親切なのだと思う。今度おまんじゅうでも奢ろう。



 小夜くんと宗三さんと別れて、光忠さんに連れられて行ったのは刀剣男士たちの自室があるゾーンだった。前任者がそれなりに私財を投じて魔改造に魔改造を重ね、広い本丸にしていたらしく、通常であれば何人かで一部屋にすることが多いらしいが、此処では一人一部屋が与えられていたらしい。私にはそれがどれくらいの費用になるのかは知らないが、それでも増築にはお金が掛かるものだと思っている。それをばんばんがんがんやっていたとなると、なんともなあという気分になるのだった。そこまで私財を投じたり何だり出来たのに、どうして追放されてしまったのかと。
 そうしてしばらく歩いて真ん中辺りまで来たところで、光忠さんが此処だよ、と指差した。そのまま光忠さんが襖を細く空け、見てみて、と言う。なんて怖いことをさせるんだ、とは思ったけれども彼が何も言わないので大人しく覗き込む。
 覗いた部屋の中では、誰かが正座をしていた。こちらには背中が向いているため、彼がどんな表情をしているのか分からないが、こういうパターンは大体覗き込みに行ってはいいけないのだ。
「彼をね、どうにかして欲しいんだ」
「ええ…なんですかそれ…ふわっとしすぎでは…」
こうして襖を細く開けてこそこそと話しているのにも関わらず、部屋の主はこちらを見ない。微動だにしないというのはこの状況のためにあるのだなあ、と思った。本当に動かない。生きているのか不安になるレベルだが、刀剣男士は人間のように死体で転がっているという事態にはならないようなので、その基準で言えば生きているのだろう。
 彼の名前は知っている。へし切長谷部。前任の所持リストの中で見たので、顔も一応頭には入っている。
「そもそも何故彼はあそこから動かないんですか」
「僕にもよく分からないんだよね。彼は前任にあまり好かれていなかったというのはあるけれど、それは苦手の範囲だったんだよね。だから前任は出来るだけ長谷部くんを遠くに置こうとしてて、自分に関わらせなかったけれど、逆に言えばひどいことをされたこともないはずなんだ」
「ええ…なんて言いますか、それはそれで…」
何とも言えない境遇だ。私は別にカウンセラーという訳ではないし、そういうのは多分政府の方に専門の人がいるんじゃないのだろうか。
「そもそも長谷部さんはそういうのをよしとするタイプなんですか?」
「よしとするって?」
「ええと、その、前任…審神者…うーん………ああもういいや、上司。上司にそうやって避けられてて、自分は気にしない、みたいな」
「君、前任がひどいことしたって聞いてない?」
「うっすら聞いてますけど、それを踏まえて聞いてます」
 人間でも、そういう話は聞く。何を正しいとするか、何を求めるか、そういうものは誰かが決めるよりも先に自分が決めてしまうのだ。そして、自分で決めたことは誰かの言葉ではなかなか変わらない。自分の、意識が変わらなければ。資料を見る限り長谷部さんは忠誠心が強いと言うか、主について行きたがるというか、そういう傾向にあるらしかった。ならば周りが前任を憎む中で一人、前任を愛していたとしてもおかしくはないのではないか、と思ったのだ。それが本当に愛―――面倒なのでざっくりと愛―――と定義出来るのかは置いておいて。
「………正直なところ、分からない」
光忠さんは殴られたような顔をしていた。申し訳ないことをしたな、とは思うがそもそもこれは光忠さんの持ち込み案件だ。毒喰らわば皿まで。意味が違うと思うが一蓮托生。
「長谷部くんは、そうだね…僕から見たら結構な愛されたがりで、寂しがり屋で、来歴の所為なのかちょっと、主―――この場合は前任のことじゃなくて、僕たちを顕現させたりする審神者のことね、主と離れたがらないところがあるように思う」
「来歴?」
「知らない? 彼、織田信長公に命名されたんだけど、その後直臣じゃなかった黒田孝高…君たちの時代だと黒田官兵衛の方が名前として知られているんだっけ? その人に下賜されたんだよ」
「戦国時代辺りのことはよく知らないんですけど、それは悪いことなんですか?」
「そうでもないと思うよ。正直刀剣の所有者なんてよく変わるものだったしね。でも、長谷部くん曰く、直臣でもない奴に下げ渡した≠だって。勿論、信長公にも考えあってのことだろうし、長谷部くん自身も黒田家で嫌な思い出がある訳でもないみたいなんだよね。でも、なんていうんだろうね…」
「納得?」
「うーん、ちょっと違うかも」
「じゃあ折り合い?」
「ああ、それが近いかも。そうだね、折り合いが未だにつかないのかもしれないね」
なんだか思っていた以上にいろいろな要素が積み重なっていそうだ。
「遠ざけられてたっていうのは」
「そのままの意味だよ」
「仕事を命じられなかったってことですか?」
「あ、そうじゃなくてね。近侍に指名されなかったってこと。でも、僕らの中では近侍っていうともう、何かされるんだろうって思ってたから」
「出陣とかは…」
「それは普通に出てたよ。特に最後の方なんて出ずっぱりだった。というより、前任は最初はともかく、最後の方は真面にものを考えられていなかったようだから、自分が長谷部くんを部隊に入れてるってことも分かってなかったんじゃないのかな」
「うわ…それはそれで…」
 前任のことはほとんど知らないので同情はしないが、それでも最初は普通の男だったと聞いている。最初は敬遠されていたところにやっと仕事が回ってくると思っていたら、彼はもう壊れてしまっていて自分のことを認識していない―――前任が何をしでかしたのであれ、普通にこの流れは傷付いてもおかしくない気がする。私は長谷部さんじゃないので分からないが。
 私の質問を光忠さんは違う意味で捉えたらしく、ふうむ、と思案顔をした。
「君を斬れば長谷部くんも元に戻るかなあ…」
「物騒禁止でお願いします」
なんでこう、すぐに人を斬るだの何だのに行くのだろう。刀剣だからか。

 結局、その日は後ろで延々話していたものの長谷部さんは何も反応しなかった。やっぱり覗き込むのは怖かったのでやめておいた。部屋にも入っていない。光忠さんは別に大丈夫だよと言ったが私はどうしても怖いので遠慮しておいた。自分の勘は大切にするべきだ。光忠さんも強制するようなことは言わなかった。
 長谷部さんのことは完全に心の問題であると思うし、私みたいな素人がみだりに踏み込んだりすると余計悪化するかもしれないとは伝えておいた。あまり役に立てそうにない、と。光忠さんは心底残念な顔をしたが、それでも長谷部さんの状態が本当に専門的なものを必要とすると理解してくれたらしい。無理に何かしてこれ以上ひどくなっても嫌だしね、と最終的には理解してくれた。心が痛まない訳ではないが仕方ない。
「でも、君がいる間は僕も諦めないことにするよ」
光忠さんはそう笑った。
「君が此処を出て行く日がもしやって来て、それでも長谷部くんが何も変わらなかったら、僕は君に刀解をお願いするよ。でも、それまでは僕だけでも頑張ってみたいと思う」
「そうですか。…力になれず、申し訳ありません」
「ううん。君が一応ちゃんと考えてるんだって言うのは分かったし。君ならきっと―――」
その先、光忠さんが何を言おうとしていたのかなんとなく予想がついたけれども、光忠さんは最後まで言わずに首を振った。振ってくれて助かった。私はきっと、その言葉を否定しなければならなかったから。
 心というのは難しいものだ。それを、私は理解出来なくともぼんやり知っている。
 彼は最後まで何も言わなかった。けれども部屋に戻ろうと歩き出した私の背中を優しく一回だけ叩いて、私はそれだけですべて理解してもらえたような気がしたのだった。



 光忠さんとはその日から、長谷部さんの様子の報告を貰うようになった。ただ話をしているのもなんなので、光忠さんは料理が得意らしいし、料理を教わりながら話を聞くことになった。彼とこんのすけは後ろで手伝いもせずにぶらぶらしているが、今に始まったことなので気にしない。時々味見をお願いすると嬉しそうにするので、まあいっか、というのが本音だ。そもそも彼に手伝って貰いたい訳でもないし。こんのすけに関しては危ないので火元には近付いてほしくない。
 そんなふうにして少々料理のレパートリーが増えた頃、私の部屋には来客があった。教わった内容のおさらいをしながら部屋に戻ると、部屋の前で待っている影。
「すみません、部屋を開けていました」
「いや…燭台切から話は聞いていたから、台所だろうと思っていた。そんなに待っていた訳でもないから」
「そう言ってもらえるとほっとします」
なんだかとても上品そうな人だ。
 どうぞ、と入室を促す。ちょうど昨日座布団を干しておいて良かった。いい感じにふっかふかだろう。その人は座布団の上にきれいに座って、それから頭を下げた。
「蜂須賀虎徹と言う」
「あ、ええ、はい。どうも。南天と名乗っています」
慌てて私も頭を下げる。こんのすけも下げる。彼だけが全く何も考慮しない様子で足を伸ばしていたが、まあ彼のことは空気だとでも思ってもらうしかない。
「刀解処分を希望する場合は君に言えば良いと三日月に聞いた」
「はい。蓬莱柿さん…役人さんからそういうお仕事をもらっています」
「あと割合君は頑固なので説得しなければならないと左文字たちにも聞いた」
「ええ…それは多分宗三さんが面白半分で言ったんじゃないですかね…」
私にそんな頑固なつもりはない。まあ、初っ端ということもあって江雪さんには犠牲を強いてしまった気がするけれども、まあ。
「あまり話したくないんですか」
「…そうだな」
「じゃあさわりをざっくりで良いです」
「話さないという選択肢はないんだね」
「一応私、これお仕事として言われてるので…報告書めいたもののあるので…。流石にでっち上げは」
「なるほど報告書か。そういえば仕事だものな」
そんなものもあったな―――そんなふうに言う蜂須賀さんは、一体前任の何を見てきたのだろうか。
「話さないつもりだったが―――そうだな、君には聞いてもらおう」
「え」
今の流れでどうしてそうなったんだろう。分からないけれども話してくれると言うのならそれはそれで。
「俺の刀派は名前の通り虎徹でね。虎徹というのはそうだな…君にも分かりやすく言うと、人気だったんだ」
「人気」
「ああ。だから、生計に困った刀工や刀剣を高く売りたい商人やらが、他の刀派の刀剣を虎徹と偽ることが増えた」
「ええ…」
それは詐欺なんじゃないのか。そう思ったのが分かったのか、蜂須賀さんは苦笑する。
「時代が時代だったと分かっているよ。でも、だからこそ虎徹の真作という誇りが俺にはあった。虎徹と偽られたものたちが名作ではないとは言わないが、それでも虎徹と虎徹でないもの、と俺は無意識のうちに区分していたんだ」
 なんだか目利きの話を思い出す。名人が作った作品はオーラを纏って見えるというもの。そんな中には贋作もあった。それは例え贋作でも想いを込めて作った人間がいたということだし、そのすべてが悪とも言えないということだと、私はそれを読んだ時に思ったのだ。
「刀剣男士の中にも、その偽物の虎徹というのがいてね。…この本丸にも、いた」
「………仲が、悪かったんですか?」
「悪いなんてものじゃなかった、んだろうね。俺には自分が虎徹の真作であるという誇りがあった。…こんなことを考えるのは嫌だが、あの人がそれこそ偽物であると言うような、刀だったら良かったのかもしれない。でも、あの人はそうではなかった。あの人は自分を虎徹と呼んだ、信じた、前の主のことを誇りに思っていて、そして、とても強かった」
「………羨ましかった?」
「かもしれないね」
 蜂須賀さんは苦々しく笑う。
「そんなものだから、ずっと溝が埋まることはなくて…でも、あの人は自分を兄だと名乗るから」
刀派が同じものを兄弟として扱っていることは何となく分かっていた。多くの刀剣男士が兄弟というものに対して思い入れのあることも。その虎徹じゃない方の虎徹さんも、もしかしたら兄弟が出来たのが嬉しかったのかもしれない。人間で言えば義理の兄弟、と言ったところだろうが。
「前任はそんな刀剣男士同士の機微を理解するような人ではなかったから、同じ部隊で何度も組まされてね。その度に俺は自分のことが嫌になった。弟…浦島を、いつか迎えるんだ、というその気持ちだけで出陣していたけれど、同じ部隊であれば会話もしなければならない。その度にぶつかってね、それでもあの人は兄だと譲らないし、俺を庇うものだから」
兄という認識がそうさせていたのか、はたまたそれは彼の美意識だったのだろうか。
「今思うと―――前任も疲れていたのだろうな。部隊の練度に相応しくない戦場に出陣させられ、そして、いつものようにあの人は俺を庇った」
練度とマップの関係はマニュアルを見たから知っている。
「お守りも持たされない、刀装も充分ではない。…いつ折れても、可笑しくなかったんだ」
新選組の連中がまた何も言ってこないのが、余計に辛かったくらいだ、と蜂須賀さんは言った。
 すべてを聞き終えても私は分からなかった。だから、呼吸を整えてから問う。
「どうして、私に話してくれたんですか」
「君は知っておくべきだと思ったからだ」
なのに、あまりに答えは簡単で、私の心に重くのしかかって来る。
「俺は既に刀解を決めた。君はそれを叶えるだろう。そうなればいつかきっと、君の元へ別の俺≠ェ来るだろう。その時には別のあの人≠煦齒盾ゥもしれない。そしてきっとその俺は、俺が最初そうだったように、あの人を受け入れることは出来ないだろう。それを、君は知っておくべきだと思った」
そう言って蜂須賀さんは本体を差し出してきた。私はそれを受け取る。
「もう俺には、道の先しかないのさ。だから君に何を言うことも出来る」
あまりにも蜂須賀さんが綺麗に笑うものだから、私は此処で審神者になる予定はないのだと重ねて言うことが出来なかった。まるで外堀を埋められている気分だ。いや、私は無理と言われるまで家に帰る気満々なのだが。
 蜂須賀さんが目を閉じる。私は彼の少し下げられた頭の、綺麗な旋毛に意識を集中する。
―――貴方の後悔はすべて受け取りました。
―――だから貴方の旅路は少しでも荷が軽いものでありますように。

 蜂須賀虎徹、刀解。



 あまりに息が詰まるので娯楽は何かないかと呟いたら三日月さんが前任の部屋にプレイヤーがあったぞ、と教えてくれた。プレイヤーって何のだよ、と思ったけれども見つけてみれば早い話、何でも見れるタブレットみたいなものだった。音楽、映像、どちらもイケるらしい。中身は課金制らしかったが、前任が幾らか使っていたようで音楽も映像もそこそこ入っていた。
 その中で、見付けたのは。
「前任のこれだけは褒めて良いと思う…!」
「ただ君の好きなものがメジャーなだけだろう」
「…そうかな」
「そうだろう」
彼は呆れたような顔をしたが、それでもやっぱり私は娯楽に飢えていた。
 どうやらプレイヤーはその場に画面を出すことが出来て、その大きさも自由自在らしい。ならば出来るだけ大画面にしてやろうと、大広間に行くことにした。刀剣男士は未だ部屋に閉じこもっている者が多いから、どうせ空いているだろうと思ってのことだった。もしかしたら誰かいるかもしれないが、その時は映画鑑賞に誘ってみれば良い。断られるかもしれないが。

 大広間で用意していると三日月さんが顔を出した。相変わらず監視業は継続中らしい。
「あ、今から映画見るんですけど三日月さんも見ます?」
「…何を見るのだ」
「狸の話です。人間相手に戦争を仕掛けるもので、ちょっと後味悪い系」
「…何のために見る」
「えっ、私の好きな作品だからですかね…?」
私はかえるも好きだが狸も好きなのだ。
 しばらく三日月さんはマジかよこいつ、みたいな目でこちらを見ていたが、私の後ろを見遣ってからはあ、とため息を吐いた。振り返ると小さな影が覗いている。小夜くんに、この間来た双子のような子たち(平野くんと前田くんだ)(刀帳で確認した)が確認出来る。三日月さんとは逆側から来たらしい。
「…俺も見る」
「えっ、あっ、はい」
三日月さんの参加はそれなりに想定内だったが、此処まで増えるとは思わなかった。更に後ろから光忠さんが覗いている。
「映画見るって聞いてね。映画館にはポップコーンがつきものなんでしょう?」
つきものと言ったらそうだがすぐさま用意出来るその行動力と技術には舌を巻いた。でも有難くいただくことにする。
 座布団を出してきて敷いたりなんだりして即席映画館を作っていたら、いつの間にか宗三さんや御手杵さんまで増えていた。本当に予想外だがまあ楽しいことはみんなで共有しても楽しいので。
 そうして映画鑑賞は始まった。



 これもまた予想していたことだが、全部見終わったあと全員に微妙な顔をされた。それでも此処は面白かった、と言ってくれる小夜くん、平野くん、前田くん、御手杵さんはさておき、まあ悪くはなかったですよ、と言ってくれる宗三さんもさておき。三日月さんと光忠さんはうわあ、みたいな顔をもう少し隠して欲しい。確かにラストはラストだったけれど。
「君、なんでこれが好きなの?」
「なんで、と聞かれても…」
見たのは幼い頃で、それから好きだというだけなのだし、このラストの方のやるせなさというのは幼い頃は理解出来なかったし。
「そうですねえ、普通にかっこよかったからじゃないですか。いろんなものに変化したり、パレードをしたり、でもそれって全部カメラに映ってなかったり。信じないおじさんの後ろでドクロががしゃがしゃ言うのとか。小さい頃は、そうやって楽しんでたと思うんですよね。でも、少しずつ成長して行って、『あれっ? これって…』って思うことがあって…。そういうところがあるから、何度も見てしまうのかなあ、と思います」
「…ふうん」
光忠さんは納得したような声は出したけど、まったく納得していないような顔だった。結構素直に感情が出る方なのかもしれない。
 そんなやり取りを見ていた三日月さんは大きなため息を吐いて、それから他の様子を見てくる、と立ち上がった。そして部屋を出て行く際に遠くを見て少し、本当に少しだけ目を細めて、おお、と小さく呟いた。
 あれは何だったのだろう、と彼と話していると、一度は三日月さんが閉めた襖が音もなく開いた。
「えっ…?」
ふらり、と入ってきた影は黄金と紫をしていた。長谷部さんである。近くにいた光忠さんが目を丸くする。
「長谷部くん…どうして?」
 立ち上がって目の前にやって来た光忠さんに、長谷部さんはああお前か、みたいな顔をした。今まで動きも喋りもしなかったというのが嘘みたいだ。まるで今までずっと普通に暮らして来たみたいな様子である。
 長谷部さんは少し悩んだあとに、呟いた。
「………楽しそうな声が聞こえたから」
まさかの天の岩戸。
 私と光忠さんは思わず顔を見合わせて、それからやっぱり思わずと言ったように二人して笑ってしまった。それから私は立ち上がって、彼と一緒に長谷部さんの前に行く。
「ええと、私は迷子の通りすがりの人間で、ちょっとした事故のために此処に身を置く代わりにお仕事を任されてる? みたいな」
「…話は聞いている」
あれ、と思う。
 長谷部さんは私の顔を見て、隣の彼を見て、それから光忠さんを見た。
「燭台切の声は、よく通るからな」
その言葉に光忠さんが、顔を覆ってしまったのは仕方ないと思う。



 そしてその夜、思っていた通り光忠さんは審神者部屋に来た。元々そういう話だったのだから私も覚悟はしていた。光忠さんはずっとそう言っていたとは言え、結構会話もした仲なので、寂しさのようなものがないと言えば嘘になる。
「本当に良いんですか」
「うん」
光忠さんは晴れやかな顔で微笑んだ。
「実はと言うとね、君が勘違いしているのを知っていて黙っていたんだけど、僕と長谷部くんは喋ったこともなかったんだ。仲が悪いとかじゃなくてね、普通に前任の采配の所為で。だから、お互いに相手のことなんてそういう奴がいる≠チてくらいの認識だったんだよ。僕は長谷部くんとは仲良くなれそうだなあって思ってたから、一回話してみたかったんだけど、長谷部くんはそう思ってたかどうか」
 私は驚く。隣の彼はだろうと思った、とばかりに肘をついた。前から思っていたが彼は刀剣男士のことにあまり興味がないらしい。あれこれ調べたり関わりに行ったりするのは、それがこちらの利になるから、ただそれだけの理由のようで。
「前任が追い出されて、僕が一番最初に思ったのは、長谷部くんと話せるかなってことだったんだよ。でもね、でも、長谷部くんは部屋にこもったまま出て来なくて、行ってみたらあんな状態で、その時初めて、長谷部くんは僕とは違ったんだ、って、そう、思ったんだ…」
そしてね、と光忠さんは続ける。
「多分、これから分かり合えないことも、なんとなく分かってしまったんだよね」
 それが分かってしまった時、光忠さんは一体どんな気持ちだったのだろう。ともだちになれると思っていた人が、そうではないのかもしれないと知ってしまった時。そして、無為に時間が流れているように感じた時。私は辛いと思う。寂しいと思う。なのに、光忠さんはそういうことを言わない。
「正直なところ、僕の唯一の楽しみ…ううん、希望、かな。長谷部くんでなくとも良かったと思うけど、僕にとってちょうど該当するのが長谷部くんだけだったから。そういう、長谷部くんと話すことが出来ないのなら、別にもう良いかなって思ってた。でもね、やっぱり、あのまま長谷部くんを放っておくのもなんだか違うなって思ったんだよ」
「光忠さんは、」
迷って、迷って、私は素直に感想を言うことにした。私の感傷は光忠さんにも、長谷部さんにも関係がないものだから。
 彼らは、ちゃんと出会えたともだちなのだから。
「優しいですね」
「そうかな」
「少なくとも私にはそう見えます」
「長谷部くんは思ってないよね」
「どうでしょうね」
「そんなこと思われてたら、ほら、なんとなく気恥ずかしいし」
それでも彼らがあの後言葉を交わしたのを私は知っていた。私は純粋に彼らが羨ましかった。
「南天」
光忠さんが私を真っ直ぐに見据える。
「ありがとう」
「………そんな、私は何もしてません」
「うん、そうだね。でも、結果的には君のおかげで長谷部くんは動いたから」
「そう、でしょうか」
「結果論だけどね。そういうことがあったんだって、君は誇って良いと思うよ。君の何になるでもないけれど、長谷部くんが君を切欠として出てきてくれたのは事実なんだから。救ったとか、そういう大仰なものじゃなくて良い。ただの偶然だったと僕も思う。それでも、君は確かに何かをしたんだよ」
「………はい。覚えておきます」
それはきっと悪い方にも転がるかもしれないことだった。何の気なしにした行動が何かの分かれ目になるかもしれない。そういうことだった。
 光忠さんが手を出してくる。私はそれに応じる。
 そういえば刀剣男士の、人の身の方に触れるのはこれが初めてだった。人間と同じようにあたたかい。
「君と出会えてよかった」
「…私も、です」
「刀剣男士として喚ばれたのも悪くなかった、って思えるから」
「…はい」
「僕は君とともだちになれたかな」
「なれたと思います」
「なら良かった。…君も、」
手が離されて、代わりに本体が差し出される。
「早くともだちと逢えると良いね」
 光忠さんには何も言っていないのに、どうして分かったのだろう。
 私の手のひらにはまだ光忠さんの温度が残っていた。だからか、同じように刀剣もあたたかいように感じた。
―――さよなら、
―――私の、新しいともだち。

 燭台切光忠、刀解。



20171102