![]() こちら、お悩み相談課! 歴史修正主義者対策本部審神者相談窓口、通称・相談課というものが防衛省には存在する。此処で既に驚いた人もいるかと思うが審神者の所属する歴史修正主義者対策本部というのは防衛省に所属する組織なのである。勿論過去改変を目論む輩との戦争が認知されていないこの時代、その中で尽力する審神者という存在が一般に知れ渡っていることはないのだけれども。 その中で相談課というのはその名の通り、審神者からの相談を受け付ける課である。基本的に審神者というのは各本丸に一人であり、一人きりで刀剣男士を顕現し何振りも従えて 戦わねばならない。そもそも二二〇五年を起点としても此処三百年近く平和だったのだし、そんな兵法に優れた人間などいないし科学の進歩により凄まじい怪我を見ることも少なかっただろうし、まあ要するに突然戦争なんて言われても無茶だろう、という話である。上は上でサーバーを越えた会議や勉強会、演練での情報交換など出来る限りに場を作ってはいるがそれでも追いつかない部分はあるもので。 今日も今日とて相談課の電話は鳴りっぱなしである。 「はい、こちら審神者相談窓口オペレーターの穂波でございます。本丸の、畑についてのお問い合わせでよろしかったでしょうか。はい、はい、ええ、なるほど。今の景趣と畑の広さ、何をお植えになったのかをお聞きしてもよろしいですか?」 「はい、こちら審神者相談窓口オペレーターの吹降(ふきぶり)でございます。こんのすけに関するお問い合わせでお間違いありませんか? はい、はい…ああ、ええ。こんのすけはロボットですが、食べ物を消化する機能も備わっております。油揚げを食べさせるのは機能的には何も問題はありません。はい、審神者様の本丸の食糧事情に余裕があるのでしたら…ええ、そうですね。こんのすけもロボットではありますが、個別の性格があります故…ええ、」 「はい、こちら審神者相談窓口オペレーターの山颪でございます。万屋の、お守りに関するお問い合わせでよろしかったでしょうか。はい、…はい。そうですね、お守りは通常のものと極がありまして、通常のものは一度だけ破壊を防ぐ機能があります。極の方は通常の機能にプラスして、生存が全回復します。はい、ええ、はい」 相談課のオペレーターたちはとても優秀だ。勿論口頭だけの説明では分かりにくい・覚えきれないこともあるだろうから、審神者共有データベースからファイルをダウンロードさせることも忘れない。どれほど大変だろうがこれは国を支える仕事だし、多くはこの仕事に誇りを持っている。審神者は隔離空間に軟禁されていると言っても過言ではないし、こうして相談でも弱音でも吐き出せる所があるのは良いことだ。人間、一人になるとどうして良いか分からなくなることだって多い。 「はい、こちら審神者相談窓口オペレーターの野分(のわき)でございます。その他のご選択でしたが…はい、はい。ええ、はい」 野分の手がじり、と動いた。 「はい、はい。では上にお繋ぎしますので、今の状況と分かっていること、推測出来ることなど何でも良いので言ってください。本丸番号と審神者名はこちらで出しますので省略してもらって構いません」 瞬間、課内に警報が鳴り響く。 オペレーター職員の押す、手動警報。相談された内容に緊急性及び武力行使が必要と思われた際に鳴らすものである。 「五番緊急回線に繋ぎました。刀剣男士に襲われ執務室に立て籠もっている模様!」 回線を繋いだ野分が叫ぶ。ちなみに他の電話口に聞こえないのかと心配になるだろうが、此処の設備は隣同士であろうと会話が混じったりしないよう、取った本人とオペレーターにしか聞こえない仕様しなっているから安心して欲しい。そもそも電話とは言っているがこの時代ではいろんなものが発達しているため、イメージ的にはスカイプが近い。課長が視線を投げてきたので立ち上がる。 「蓬莱柿(ほうらいし)、準備は出来ています」 書類は終わっていないがまあ仕方がない。緊急だ。通信用具を身に着け、課内に設置された簡易ゲートから出て行く。既に本丸番号と審神者名は野分が出して設定してくれていた。そこから検索を掛ければすぐに本人のデータが表示される。 本丸番号巽の二八六番、審神者名・百雷。本人とは直接の知り合いではないが父親が政府関係者なため一方的に知っている人間は多いだろう。 『すみませんっ一期一振が…突然、斬りかかっって来て…。今は、執務室に結界を張って、閉じこもっております。山姥切国広も、一緒です…』 「審神者相談窓口の蓬莱柿と申します。今本丸の前に着きました。山姥切国広は初期刀ですか?」 『はい、そうです!! とても頼りになる子で、今回だってすぐに私を執務室まで避難させてくれたのは、切国なんです!』 「そうでしたか。ちなみに他の刀剣男士は今どのように?」 『大半を遠征に出したところで…、残っている子たちは、一期を引きつけて執務室から離れたところにやっていると思います。私が…咄嗟に、破壊しないようにと叫んだので、それで、苦戦を強いられていなければ良いのですが…』 高練度の一期一振なのだろうか。思ったが交戦音が聞こえてきた。連れてきた式神にそちらへ一旦行くように合図し、自分はそのまま執務室へと走る。 基本的に本丸の構造というの決まっており、魔改造さえしていなければ執務室の場所は一緒だ。この本丸のデータを見る限り魔改造した記録は見つからなかった。 「本丸番号巽の二八六番、百雷様でいらっしゃいますか。ああ、結界はそのままで結構。こちらが初期刀の山姥切国広ですね?」 いざとなれば結界をぶち破ることくらい出来そうだが、まあそれは黙っておく。相談者の信頼を得てこその相談課だ。 「襲ってきたのは一期一振と聞いておりますが、高練度なのでしょうか」 「いえ…最近、顕現したばかりです…」 「おや。ちなみに鍛刀でしたか? ドロップでしたか?」 「ドロップでした」 「場所は覚えていますでしょうか」 「ええと、ちょっと待ってくださいね」 そう言って百雷は自らの戦績をめくる。そしてマップを見てから、 「椿寺です。検非違使の出ていない地域でレベリングを、と思い、ここ最近は隊を組んでおりましたので…」 「………検非違使が出ていない地域、となると、つまり、ボス達はしていない、と」 「はい」 それにふむ、と考え込む素振りを見せる。マップ情報は頭に叩き込まれているから、本来ならばそんな素振りはいらないのだが、ここは場繋ぎのために必要な動作だった。 そうして作った空間に、一際明るい声が響き渡った。 「たっだいまー主様! 一期一振と交戦してきましたよー! ログ取ります?」 「いる、というかどうせまとめてあんだろ。出せ」 「やーん横暴! そういうところが好き!!」 「ありがとう。………ああ、これはオレの式神なので、あまり気にしないでください」 式神・ミキが戻ってきたのを確認して結界を貼り直す。これが入れなくなるので結界はそのままにしておいて貰ったのだった。結界術の使用をやめた百雷は疲れているように見える。基本的に審神者というのは日常的に結界など使わない。本丸に元々組み込まれている結界機能で大体が事足りるからだ。日常的に結界術を使っている審神者はそういう趣味か、もしくはのっぴきならない事情がありそうなので正直さっさと相談課に連絡して欲しい。 そんなことを考えながらミキから受け取ったログを確認して、百雷に向き直る。 「すみません。手を失礼」 「主様、何か分かりました?」 「あー…ちょっと待って、ちょっとどう説明するか考えてる…」 「正直に吐いちゃうのが良いですよう!」 「それじゃあオレが悪いことしたみたいだろ!?」 百雷と山姥切国広はこの遣り取りに少し驚いたようだったが大体いつもこんな感じなのでほっとけである。 こほん、と喉を慣らしてから、本題をぶち込むことにした。 「あの一期一振ですが、恐らく他の審神者のものが盗まれてきた可能性があります」 「あら」 「なんだと…!」 ミキの能天気な声とは真逆の声がした。百雷の初期刀、山姥切国広である。 「貴様、主が盗みを働いたとでも言うのか!」 「いやそうとは言ってないだろ。ちょっと落ち着けよ」 今にも抜刀しそうなその勢いにどうどう、としてから話を続ける。 「一期一振は長い間来ていなかった、と見てよろしいですか」 「ええ、はい…」 「その話を誰かにしたことは」 「演練場で少しお話をしたことはあります…」 「ちなみにレベリングの話は」 「それも…したことは、あります」 なるほど。 そもそも演練システムというのは審神者の情報交換の場を日常的に作るためにと導入されたものだと聞いている。それがまさか、こんなふうに利用されるとは、恐らくシステムを考えた人間は泣いていることだろう。多分こういったことをはじめとする多くのトラブルが予想されていただろうが、それでも泣いているだろう。 「勿論例外というのは存在するでしょうし、絶対とは言えませんが、椿寺での一期一振のドロップは確認されていません。百雷様がその辺りに行くという話を聞いて、置いたものと見て間違いないでしょう」 その言葉に百雷はさっと顔を青ざめた。どうやら心当たりがあるようだ。 「この騒動が収まりましたら、事情聴取にご協力いただけますか?」 「勿論です! ………私は、恨まれていたのでしょうか」 「分かりません。貴方を慕っていて、自分のところに一期一振がいないから他から奪ってきたということも考えられます。ですが、最悪の事態を想定することは悪いことではありません」 此処で笑顔。相談課は相談者に安心を与えることが第一である。 「貴方には頼もしい相棒がいるでしょう」 「………! そう、ですね」 百雷の頬には弱々しくも笑顔が戻った。ほっと一安心だ。これでこちらの山は超えたと思っても良いだろう。 「主、一期一振を返そう」 山姥切国広が静かに言う。 「勿論、それが可能なら、だが…。俺だって、アンタと離されると考えたら………」 「そうね」 それに返す百雷は早かった。 「一期一振がもし望まぬ別離を強いられたのであれば、私は全面協力致します」 「ならば、百雷様には手放す意志があるとして、一期一振の説得をしてきます」 立ち上がる。 「あ、あのッ、私の刀剣男士たちは…」 「大丈夫だったよ! 突然のことに驚いてはいたけど、対処もなかなかのものだったし、お姉さん良い仕事してるね!」 ぐっと親指を立てたミキにあとでこっそり聞いたら、リップサービスに決まってんじゃん、というとてもじゃないけれども相談者には言えない言葉が返って来た。 * 本丸の廊下を走っていく。基本的にショートカットが存在しないこの空間は、こういった仕事をしていると不便だと思うが敵に攻め入られた時のことを考えるとそうも言っていられないので文句を言ったことはない。壁を壊してショートカット(物理)を行うこともまあ緊急時ならば許されるがそう切迫している状態でもないので報告書を増やすようなことは避けたい。既に二、三報告書が増えた気配がしているのだ。これ以上睡眠を削られてたまるか。 「でもまあ、大丈夫なんです? あの人、言っちゃ悪いけど箱入りでしょう」 「大丈夫、大丈夫、情報としては理解している。感情はそのうち追いつくだろ!」 「主様本当にテキトーですねー。まっそこが良いんですけど!」 「…まあ、ほら。あの人は賢い人だ」 「そーですね」 音が近付いていくる。どうやら本命の登場らしい。 「審神者相談窓口の蓬莱柿と申します。百雷様の刀剣男士は下がれ」 別段身分を証明するようなものを相談課は実働部隊であろうと持っていないので特に何をするでもない。信頼は実力で勝ち取れ、が裏モットーということは外部には漏らしてはいけないという暗黙の了解が出来ている。相談課ではないが他の部署に歴史修正主義者が入り込み、そこの職員になりすますという詐欺紛いの手口が露見してからというもの、相談課や取締局などその他なりすましがいると大事どころじゃない部署は徹底して身分証を持たなくなったのだ。まあ、実のところ身分証に替わるものはあるにはあるのだが、それを翳して飛び込んだりしない。他の部署には身分証は当たり前のように存在するので、該当部署にも身分証はあるものと思い込まれているようだったが。 一瞬戸惑っていた百雷の刀剣男士たちだったが、その一瞬で敵か味方か―――までは判断出来ずとも、そちらに害をなさないものとして判断したらしい。道を開けてくれる。がきぃん! と大きな音がして、一期一振をミキが受け止める。 「何故…何故、相談課が!」 どうやら一期一振の方は相談課の存在を知っているらしい。 「何故です!! 私の主はあの女ではない! あの女が、私を主の元から盗み出した!!」 「あー、一応向こうの言い分は違うってよ。一回話してみないか? ちなみにお前を顕現させた主の名前は?」 「思い出せない…ッ! あの女が封じたのだ! 私の記憶を…ッ主の名が、主の名が思い出せない………」 「んー、なんか掛けられてんのかなこれ」 「でも解呪するとしても触らせてもらえますかね?」 「無理だろ。首持ってかれそう」 素直に言えば首を差し出していただけますかな!? という声が。刀剣男士は顕現した審神者の気質に引っ張られることがあるとの説があるが、そうであるならこの一期一振を顕現させた審神者は一体どんな蛮族なのだろう。というかノリが良いな、この一期一振。 「あー…首は無理な。で、うん。とりあえずあの人な、白雷様ってんだけど、お前を元の主のもとに返すのに協力はしてくれるって」 「協…力…?」 「そうそう。後ろ暗いことがあるなら相談課に協力とか出来ないと思わねえ? 事情聴取も協力するって言って貰えたし、まー所感としては悪くねーかなって思うんだけど」 「………あの女が、貴方様を騙していないという確証など、何処にもないでしょう」 「ああ、ない。だから所感って言ったろ。オレの勘みたいなモン」 「それを、どうやって信じろと」 「別に信じなくても良いぜ」 何を言っているんだと一期一振は眉を顰めるが、そもそもこちらは一期一振が信用しても良いと思えるほどの情報を持ってはいないのだ。それでも話を聞いて信じる・信じないのところまで勝手に持っていってくれるのは、やはり元が人間に長く使われてきた道具であるからか。 「そもそも一期一振失踪の相談って来てねえからな。相談出来ない状態か、諦めてるか、………まあそういうのも想定しとかねえとなあ」 「主様、傷口に塩塗り込んでどうするんですかあ」 「嘘言ったって仕方ねーだろ」 「それもそうですけどお」 一応は人間より刀剣男士の気持ちが分かるらしいミキは、こちらの対応に不満げだ。勿論ミキにだってこの対応が一番良いと分かっているのだが、まあ、感情論なのだろう。リップサービスはするくせに、よくわからないものである。 一期一振は既に自身を下ろしていた。 「お前はそれでも、もしかしたらお前を顕現させた主の元に戻れなくても、それでも戻ることに挑戦するか? その先に待つのが絶望だとしても」 一期一振の目は苛烈だった。 「当たり前です」 * 「とか何とか脅したくせに、結局すんなり見つかったじゃないですか!」 「そこは良かったですね、で終わるところだろ!?」 この遣り取りに一期一振は驚いたようだったが、こちとらミキを使役してからこの方ずっとこうなのだから放っておいて欲しい。 「………あの、」 「ん? 何だ?」 「貴方が言った絶望は…どれくらい、あるのでしょうか」 聞きにくそうに一期一振が問うた。 「本気で、聞きたいか?」 「………いいえ」 「それが賢明だ」 一期一振に掛けられていた術も解けた。術を掛けた者も見つかった、捕まえた。一期一振を盗んだ者も見つかったし捕まえたし、元の持ち主もなんだかんだで見つけることが出来たし、五体満足精神安定で返却にこぎつけることが出来た。 「あー! 聴取も取締局の方に回ったし、オレの仕事ちょっと減って良かったー」 「捕まえるまでも早かったですしね! さっすが主様、スピード解決!」 最近の案件の中ではなかなかのハッピーエンドである。 相談課併設の個別面談窓口のベルが鳴る。一期一振の主が、本丸番号と審神者名を名乗る。 幾つかの決められた遣り取りをしてから本丸へと帰っていく審神者と護衛刀、そして一期一振の背中を見ながら、いつもこれくらいスムーズなら良いのに、とため息を吐いた。 歴史修正主義者対策本部審神者相談窓口、通称・相談課。日常の相談事から恋愛沙汰、果ては切った張ったまで。前線兵扱いである審神者を少しでも支えようと作られたこの部署は、今日も今日とて忙しい。 20170131 |