![]() 僕らは愛し愛され愛するものだから まるで愛を囁いているようじゃあないか。 そんな背筋の凍りそうなことを言ったのは石切丸だった。そんなに拗ねた声を出すのならば言わなければ良いのに、と思う。 「君なら元がなくとも同期くらい出来るんじゃないか?」 そう、そもそもの元はにっかり青江≠セ―――勿論、今此処にいるにっかり青江とは何の関係もないにっかり青江なのだろうけれども。やろうと思えばどの刀剣も、自分の同位体が一体どんなことを考えているのか、どういった世界を見てきたのか、そういったものを同期して感じ取ることが出来る。 出来る、けれども。 「………お断りするよ」 にっかり青江は静かに返す。主を主として愛していない訳ではない。彼は彼で精一杯やっているし、それはにっかり青江たち刀剣男士の目にも真摯に映っている。 それでも、これは管轄外だ、と思う。 「生憎、僕にも恋人がいるからね」 それは石切丸の発した言葉への皮肉のはずだったのに、ああ。 どうしてこんなに、胸の辺りが痛いのだろう。 *** ![]() 椿の花 ぱちん。 「………主」 不機嫌そうな声で顔を上げる。 「何、石切丸」 「君は迷信というものを知らないのかい」 「知ってるけど。夜爪切っちゃだめとかそういうのでしょ? 何、まさか石切丸、そんなおかーさんみたいなこと言う訳? 確かに石切丸はオレのこと月下さんから頼まれてるから主とはちょっと違うって思うのかもしれないけどさ、だからと言っておかーさんにならなくても」 「そういうことを言っているのではないよ」 立ち上がった石切丸から拳骨が降ってくるのかと思いきや、そんなことはなかった。 執務机で書類のチェックをしていた彼はそれをやめて、オレのすぐ隣に腰を下ろし直しただけだった。そのまま、手を伸ばしてくる。これは今に始まったことではないのでオレは抵抗もせずにその腕の中に収まる。 「そういえば石切丸ってスキンシップ好きだよな」 「…そうかもね」 「他んとこじゃあそうじゃないって聞いた。石切丸って亜種なの?」 「亜種…。そりゃあ顕現した人間が違うのだから少しばかり差異が出るのも仕方ないことだろう。神だって地方に広まる間に話が少しずつ変化するだろう?」 「えっ、そのレベルの話なの。刀剣男士の個体差って」 「例え話だよ」 人間みたいにあたたかいな、と思い出すのは幼馴染のことだった。刀剣男士は人間ではないと言われていたし、鍛刀だって何度もしたから彼らの原材料(石切丸に前これを言ったら依代だよと眉を顰められた)は知っているのに、それでも人間と何処が違うのかと思ってしまう。 ぱちん。 短い時間だった。またそんなような音がして、石切丸が息を吐く。今は石切丸がくっついてきているから爪を切っていないはずなのに、家鳴りだろうか。此処は中古物件と聞いていたからもしかしたらそういうこともあるのかもしれない。マンション住まいだったから家鳴りなんてものとはあまりご縁がなかったが、本丸が日本家屋の形を取っているのならばあっても可笑しくないのだろう。 「青江と長谷部に礼を言うんだね」 「え、何で? あの二人何かしたっけ」 「したんだよ。良いから、何でも良いから二人に礼を言うんだよ」 「んー。お礼だけで良いの? あの二人、よく縁側に座ってるし、良いお茶と茶菓子で喜ぶかなあ」 「喜ぶんじゃないかな」 爪切りの続きをしようとしたら、明日の朝にしなさい、と取り上げられた。 私がやってあげるから、という言葉は正直嬉しくなかったけれど、石切丸が割りとやりたそうな顔をしていたので頷いておくことにした。 *** ![]() おあいこ 演練場で主である少年が、所謂難癖というものをつけられるのは初めてのことではない。生来そういうものを引き寄せる質なのか、特に弱々しげにしている訳でもないのにあれこれ行く先々で面倒事に巻き込まれるのだ。それをいつも苦々しい顔で見ているのが石切丸である。しかしながら石切丸には面倒事真っ只中の人間の間に割って入るだけの気力はなかった。刀剣男士は顕現した主に影響を受けるというから、別に石切丸が今の主がよく言うコミュ障とやらの影響を受けている訳ではないと一応言っておく。何せ、石切丸は引き継ぎ刀剣なのもので、顕現したのは今の主ではないのだから。 お前が行けと部隊に編成されていたにっかり青江に目線を送ると、やれやれ、と言ったようなため息が返ってきた。 「そもそも、相手が人であるのならば僕たちにやるべきことはないだろう」 石切丸は過保護だ、とにっかり青江は言う。最初の頃はそれでも石切丸の意見を尊重してくれていた彼だったが、ある時から徐々に図太くなり始めた。いや、最初が繊細だったという訳でもないが。勿論石切丸とてせっかく生まれた自我や人格を圧迫してでも、なんて考えを持っている訳でもないのだから、それはそれでにっかり青江がこの本丸のにっかり青江になったのだと喜ぶべきだと理解はしていた、が。 「………青江」 「なんだい、石切丸」 返すにっかり青江はどこ吹く風だ。勿論、彼だって主である少年をどうも思っていない訳ではない、それは分かっている。分かっているし、にっかり青江とて主の特性については理解をしているはずだ。 その上で、石切丸に過保護だ、と言うのだ。 「主に向かって同じことが言えるかい?」 「その台詞はそっくりそのままお返しするよ」 にっかり青江の目は主には向けられていない。 きっとこの場所の、石切丸とにっかり青江以外には視えていないソレに向けられている。 「君はアレに殺させたくなくて、いろいろと動き回っているんだろう?」 このにっかり青江は賢い。他のにっかり青江とそう深く関わったことがないからどうとも言えなかったが、それでも石切丸にとってこの本丸にこのにっかり青江が降りて来たことはこの上ない幸運だった。 ―――主に無礼を働くものなど、殺してしまえば良いのに。 口に出さなかった石切丸の本音を余すことなく拾っている。 「君が愛する人のためとは言え、殺してしまえば良いなんて言うはずないものね」 「…それは買い被りだよ」 「そうかもしれない」 痺れを切らしたのか人間の間には鶴丸国永が割って入っていた。そもそも元は相手方によるどうしてお前みたいな若造が鶴丸国永を持っているんだ、という内容だった気がする。所謂難民というやつだったのだろう。 「あれは、人間であれば何でも良いんだよ」 「分かってる」 「僕らは人間じゃないから良いとしても、」 「青江」 間に鶴丸国永が入ったことでソレは興味を失ったようにまた静かに主の後ろへと戻っていく。 「それ以上は言わないでくれ」 自分の声がどれだけ掠れているかなんて、考えたくもなかった。 *** ![]() 何処にも行けない(何処にも行くつもりはないけれど) 夢だった。 夢の中で小舟に乗っていた。そういえば寝る前に李白の話を聞いていたような気がするからその所為だろうか。明晰夢だな、と思う。こういった夢を見るのは珍しくない。以前から何処か俯瞰したような心持ちでいたのだ。だからこそあまり友達がいなかったのかもしれない。 じっと見下ろすと、湖だと思っていたものはどうやら蠢いているらしかった。何か言っているけれども、聞こえない。聞ける耳を持たないのだ。だから、彼らのことを信じてやれない。聞くことはおろか、視ることも触れることすら不可能なのだから、そもそもその存在を信じるまで脳が働かないのだ。それを頭が固いと人は言うけれども、そういえば師匠はそれを否定することはしなかったな、と思い出す。 オールはなかった。見回すと周りにも小舟があるようだった。それらに乗った人々はよく見えなかったけれども、彼らはオールを持っていた。自分だけが持っていなかった。 なのにどうしてか、焦る心すら置いてきてしまったようだった。 そしてきっとこれからも、ずっとそうなのだとそんな予感がした。 * 眠れない夜の真ん中 ひとりだけオールがなくて舟がこげない / 笛芽 *** ![]() 青い春を孕む 君は経験があるんだね、とにっかり青江が言ったのに詰まることはしなかった。いつもは大抵誂うように付け足される言葉がないから、そのままの意味なのだろう。 「はい」 だめでしたっけ、と一応問うてみればそんなことはないよ、と返される。師匠にも聞かれなかったから言っていなかったことだけに、もしもだめだと言われたらどうしようかと一抹の不安が過ぎったのだった。その不安を読み取ったようににっかり青江はだめじゃないよ、と首を振る。ただ、そう思ったから言っただけだよ、と。どうして分かったのか、なんて今更なので聞くことはしないけれど。 「別にあれは恋ではないんです」 聞かれてもいないのにオレの唇は言葉を紡ぐ。 「恋ではないし、恋でもなかった」 「そう」 「青江は信じてくれますか」 「信じるも何も、それが君の真実なんだろう」 「そう、なら良かった。石切丸にとってはきっと、嘘にしかならないだろうから」 そこで石切丸を出すんだね、とにっかり青江は笑ったけれど、オレもどうして石切丸の名前を出したのか、よく分からなかった。 * 夢見月 http://aoineko.soragoto.net/title/top.html *** ![]() 貴方が私を愛すから 石切丸の今の主というのは嫌に明るく嫌に優しい、と思う。別にそれを悪いと言う訳ではない。好ましいことだと思う。思うが、しかし。主のそれは妙に出来すぎているように思うのだ。 ―――まるで、その方が人間らしいとでも言うように。 浮かんできたそんな考えは、なかったことにした。 * おまえはさ、全然、俺のものじゃない、全然、俺は、傷つかないよ / 哉村哉子 *** ![]() 運命とも呼べない 自分のいた時代のことを思うことがある。 今いるこの不思議な城、オレらが呼ぶところの本丸は月下さんに言われた通り現代に合わせてあるため勝手に天気も季節も変わる。とは言えその現代≠ニいうのは自分のいた時代ではなく、恐らくこの戦争がオレの生きているうちに終結しようとも、オレがオレの時代に帰れる保証というのは正直なところあまりないのだ。 幼馴染から貰った手紙に目をやる。 彼女もどうやら秘密の多い職場で働いているらしく、詳しい近況は話せないらしい。それはオレも同じだから、そこまで気にならなかったけれど。 別に、もう戻れないことを悔やんでいる訳ではない。 面倒な申請し、箝口令等の契約をすればオレだってオレの時代に帰ることは出来る。審神者にはその権利が認められている。月下さんが言うところには彼女たち初期勢が頑張った結果らしいから、感謝しかない。 けれども感謝すれども、それを活用するかはまた別の問題なのだ。 彼女の隣は、もうオレの居場所ではない。それを寂しいとは思わないけれども、そうでないのならばあの時代にオレが帰る理由など、恐らくもう、何処にもないのだ。 * 全国のお天気見れば君のいる地域は晴れでこちらは雨で / @jitter_bot *** ![]() 薄れてゆく未来を取り戻せ 結婚したいのよ、と様子を見に来たという名目でその実愚痴を零しに来た師匠、月下さんは盛大にため息を吐いた。 「結婚ですか」 「そ、結婚。人間と」 「俺にはまだよくわかんないんですけど、女性ってやっぱり結婚したいものなんですか。それとも月下さんの個人的な要望?」 「半々ってところじゃないの。女性全員がそうとは言わないけど結婚を夢見てる割合って結構占めそうだし」 「半々」 「残りの半分は反抗期みたいなもんよ。昔っから人間じゃないものに好かれまくって求婚されまくってみなさいよ。絶対人間と結婚してやるって思うわよ。それに、私、小さい頃に家族と引き離されてるし、家族ってものにきっと憧れがあるんだわ」 「はあ…」 「貴方ね、もうちょっとノリなさいよ」 「だって、結婚とかよくわかんないですもん」 でも、と続ける。 「月下さんがいい人見つけられたらいいなって言うのは思います」 「ありがと。盛大に願っといて欲しいわ」 「願うだけなら任せてください」 月下さんの髭切がどうして唇を噛み締めたさそうな顔をしているのか、オレにはよく分からなかった。 * image song「反撃の世代」THE BACK HORN *** ![]() かなしいことなんかなにもない 実家から郵便が転送されてきた。両親がそんな細かいことをするなんて珍しいと思って開ける。そしてたった一枚だけの葉書に手が震えた。 「大丈夫かい」 「…はい」 一枚障子を隔てた向こうからにっかり青江が問うてくる。 細かいことをする訳だ。これは、きっと知らなければあとで幼馴染の方から文句が行くはずだから。彼女はとても強かった。光り輝いて見えるくらい。自分の子供と同い年でも、彼女に何か言われたらオレの両親は何を返すことも出来なくなる。 「いい報告だったんだ」 「そうなの」 「幼馴染が結婚するって」 「そう」 にっかり青江は静かに聞いていてくれた。 オレはそれ以上何も言わずに黙って結婚式には出席出来ない旨の返事を書き始めた。 * 十六の夏を思い出してしまう泣きたいほどに雲は白くて / 小箱 *** ![]() 金木犀の傍で微睡む夢はとても甘く 幼馴染の顔なんてすぐに忘れるものだと思っていた。幼馴染のことがどうでも良くなった訳ではないし、いつだって彼女のことはとても大事に思っていたけれども、やはりずっと離れているし、互いに秘密の多い職場のようだし、このまま疎遠になって、彼女のことも、きっと彼女が自分から離れていく原因となった年上の彼氏のことも忘れるのだと、そう思っていた。けれどもどうにも記憶力が良いのか、それとも忘れるとかそういった段階をとうに過ぎたのか、彼女の顔も、ついでに彼女の彼氏の顔も結局忘れることなんかなくて。 だからこんな夢を見るのだ、と思う。二人が手を繋いで歩いているのを、オレはじっと見ている。幾度か振り返って二人はオレのことを呼んだりするけれども、オレはまったく反応しない。動けない訳じゃない、動かないのだ。二人は何処へ行くのだろう。海か、それとももっと先か。二人は笑っている、とても幸せそうだ。事実二人は幸せなのだろうし、けれども。 違うよ、と言った。 「あいつはそんな顔で笑わないんだ」 * 青色狂気 @odai_mzekaki 20170814 |