![]() 物語の外側へ 中学生の時のことだった。 学校から帰る途中に知らないお姉さんに突然掻っ攫われて、その後どうしてあんなのを放っておくのとお説教され、やり方知らないにしても塩を持つとかあるでしょうと散々言われ、いや何のことだかわかんないですとやっとのことで言ったらひどく驚いた顔をされた。月下香(げっかこう)と名乗ったそのお姉さん(どうも本名ではないらしい)は人に視えないものが視えるらしく、彼女曰くその時のオレはとんでもないものを連れていたようだった。しかしながらそんなことを突然現れた不審者に言われてもまったくピンと来ないもので、宗教勧誘なら他所でやってください、と逃げて来てしまった。 とは言え出会ったのが学校からの帰り道であり翌日も道を変えることなく下校したものだから、すぐにまた捕まってしまったのだが。中学生にもなって防犯ブザーを持ち歩くような質ではなかったため、いっそのこと大声を出してやろうかとまで思ったが、思いの外お姉さんの表情が真剣だったものだからついつい言葉を交わしてしまった。お姉さんは何かしら唱えたあと、これで少しは大丈夫ね、と笑ってから、秘密結社に所属していて秘密の仕事をしていてとても偉いのだと言うことをもう少し長々とした難しい言葉で説明してくれた。曲がりなりにも秘密と言っているのにこんなに堂々としていて良いものなのだろうか。それはさておき当時は偉いという単語に引き寄せられてしまったもので、 「えっお姉さん幾つなんですか」 「君の二倍行ってる気がするからそれ以上聞かないで」 そんな会話があったことも追記しておく。 恐らくだけれどもオレとお姉さんは結構気が合う方だったのだと思う。だからそのまま会話は弾んだし、このままでは本当に危ない、死ぬかもしれない、という話までされたし、それを頭から否定する気にはなれなかった。危機感は特に抱かなかったけれど。今まで困ったことはなかったのかと問われたからなかったと正直に答えた。本当になかったからだ。するとお姉さんはとても驚いた顔をした。あれだけ連れていたのに視えないなんて可笑しい、と言っていたが今でもそれが本当に可笑しいことなのか自覚はない。感じるくらいはあったでしょう、とも言われたが特にこれと言って変わった感覚もなかったので首を振っておいた。ついでのように最近変わったことがなかったかとも聞かれたが、今までずっと一緒に行動していた幼馴染に恋人が出来たくらいで、本当に何もなかった。 「はあ、仕方ないわね」 お姉さんは盛大にため息を吐く。 「こうなったら乗りかかった舟よ。貴方のことは私が保護してあげる」 断ろうかとも思ったけれど、いつの間にか現れた柔和な顔の白いお兄さんがうん、それが良いよと笑っていたため、なんとなく断るチャンスを逃した。 というのが五年ほど前のこと。 月下香さん―――オレは月下さんと呼んでいるので月下さんに保護されて、あの白いお兄さんともそれなりに仲良くなって、なんてやっていたらお兄さんが視えることで審神者適正とやらがあると分かって。後から受けた講習によると刀剣男士というのは審神者適正のある者にしか見えないらしい。勿論、一般人に見えるようにすることも出来ないことはないらしいが。月下さんは強いので出来るそうだがあまり意味のないことはしない主義で、しかも彼女の出身時代、つまりオレの住んでいる時代が過去に当たるため、刀剣男士の可視化なんてことはやっていなかった。 そういうことでオレの審神者適正は確認され、未来まで引っ張って行かれて正式に検査を受けたのである。ちなみにお兄さんは髭切と言うらしかった。刀剣男士の中でも仲間にするのが割りと難しい部類らしく、あまりその辺りを知らなかったオレは当時月下さんは本当にすごいんだなあ、くらいの感想しか抱けなかった。 審神者適正を見出されてからと言うもの、月下さんの保護は厳しくなった。いつ仕事してんだと言いたくなるくらい毎日迎えに来てくれたりしていたものだから、あいつまで年上と付き合い始めたぞとヒソヒソされた。あまり気にしていなかったけれど。後から聞いたらあの月下さんは式神だったらしい。話していたのは本人だけれども、本体の方はちゃんと未来で仕事をしていたそうだ。なんとなくそれを聞いた時ホッとした。保護が厳しくなったのはその審神者の力とやらが月下さんたちの戦っている敵に狙われるかもしれないから、だそうだ。オレにはよく分からなかったけれども、月下さんが嘘を吐かないというか吐けない人なのはもう分かっていたので、そうですか、で済ませてしまった。 そんなこんなで月下さんとおしゃべりをしつつ、時々月下さんのはからいで(というか仕事があまりに忙しい時)未来へ行って機密に触れないくらいの仕事のお手伝い(という名のなかなか高給なバイト)をしていたら、結局審神者という職業に興味が湧いてしまったのである。 「結局、審神者になるの」 「それ以外にやることもないですから」 高校を卒業したら審神者になりたいと言ったら月下さんには猛反対された。そんなことのために保護したのではないと言われたが、一応国の危機が掛かっていることをそんなこと呼ばわりするのはどうなのだろう。死ぬかもしれないと、月下さんは言った。それでも食い下がったオレに、月下さんはせめて大学まで出てから、と言った。でもオレには本当にやりたいことがなかった。やりたいことを探しに大学へ行くのも勿論一つの手だとは思ったが、幼馴染の住み込みでの就職も決まってしまったし、あの世界に居残ることが果たして本当に楽しいのかと思うようになってしまったのだ。それならば、お世話になった月下さんの役に少しでも立ちたいと思うのが人間的な心情な訳で。それに。 何よりもバイトの合間に見る月下さんはたいへんかっこよかったので。 * 月下さんの推薦という形で審神者としての登録はすいすいと進んだ。未成年であったので親の許可を取らなければならかったが、そこは月下さんがどうにかしてくれたらしい。詳しいことは聞かない方が良いかもね、と月下さんの髭切が言っていたので素直に従っておくことにした。藪をつついて蛇を出すなかれ。この五年で耳にタコが出来る程に教え込まれたことの一つだ。 どうにも未来でのオレは月下さんの弟子扱いになっているらしく、審神者講習にもすんなりねじ込んで貰えた。いろいろな項目で可もなく不可もなし≠羅列してしまったのは少し、申し訳ない気持ちになったけれども。月下さんお手製の分かりやすい資料のおかげもあって無事に講習修了証明書をもらったオレは月下さんに最後の挨拶をしようとこうして彼女を訪れたのだった。 「今までお世話になりました」 別に、審神者になったからと言って会えなくなる訳ではないだろうし、月下さんならいつでも式神を飛ばしてくるくらいして来そうだけれど。これからは彼女と同じ―――というのは烏滸がましいだろうが、同じところで戦うのだ。そう頼ってばかりもいられないだろう。保護されていることが嫌だった訳ではない、月下さんと過ごすのは楽しかったし、保護されている感覚は正直薄かった。ついでに月下さんが言うように本当にそういうものが周りにいるのかも未だ信じていなかった。結局月下さんに会う前も会った後も、人でないもので見えたのは刀剣男士だけだったのだから。 そうして頭を下げてからやっと、オレはおや、と思った。月下さんの隣にいるのは髭切ではなかった。髭切は月下さんの近侍を務めていて、ちょっとやそっとのことでは交代しないのだと聞いていたのだが。その疑問を読み取ったように月下さんは咳払いをした。 「彼は石切丸」 「いしきりまる」 講習でやった、現在確認されている刀剣男士の一覧表で見た。実物(と言ったら失礼かもしれないが)を視るのは初めてだが。 「現在確認されている刀剣男士の中でもまあ、レアリティとかを配慮して考えた場合なんだけど、恐らく一番そういう現象に強いわ」 「そういう現象」 「君が未だに信じていない幽霊とか」 「だって、視えないものは視えないんですもん」 視えないものは信じられないでしょう。オレがそう言ったら月下さんの隣にいた石切丸がこれでもかと言うほど顔を歪めてみせた。今思えば信じられない、という顔だったのかもしれない。 「普通なら初期刀を一振り選んで、こんのすけと一緒にチュートリアル的なことをして、それで学んでいくものなんだけどね」 「いやだな、月下さん。オレだってちゃんと座学受けてましたよ。月下さんには幽霊信じてないオレは不真面目に映るかもしれませんけど、オレ、これでも結構な真面目ちゃんですよ?」 「それは分かっているわよ」 月下さんに誤解されていないようで何よりだ。オレはこれでも優等生なのだ。成績はついぞ比例しなかったけれど。 「勿論初期刀は渡される。すぐにチュートリアルで鍛刀もするでしょう。でも、それだけじゃあ貴方は危ない」 「月下さんの言うことはよく分かりません」 「本丸っていうのは政府が管理している異空間で、他のものに干渉しやすい分干渉も受けやすいって習ったでしょう」 「習いましたけど、別に、他の人は普通に審神者するんでしょう。オレだって、」 「どうして真面目なのにその認識だけは変わらないのかしらね…」 何度もこれに似た遣り取りは、それこそ出会ってからこれまでにやっているけれども、やっぱり答えはいつも同じにしかならない。 ―――視えないものは信じられない。 これで視えなくても触れられたり、何かしら悪いことが周りで起こるとかそういうことがあったのならば信じたのかもしれなかったけれど。幸か不幸かそういったこともなかった。それは月下さんが保護してくれたのもあるとは思うけれども、やはり月下さんに出会うまでも何かあった訳でもないのだから信じることは出来ない。 「ということで、君は一ヶ月私の本丸での研修を受けることになりました」 「って、え? なんで? 今からオレ、自分の本丸に行くんじゃなかったんですか。見習い研修はやらないってチェック入れたと思うんですけど」 「それは却下したわ。っていうか最初からすんなり行かせるつもりはなかったわよ。ああ、本丸はちゃんと取っておいてもらってるから安心して。初期刀も顕現してからで良いから。鍛刀もうちでやれば良いわ。本丸権限も申請済みだから。で、こっからが本題なんだけど、っていうかそれをするためにわざわざ君を見習いとして受け入れることにしたんだけど」 「あれ、その言い方だとオレ月下さんのとこ行くんです? それならまあ、うーん…良いですけど…」 「人見知りも大概にしなさいよ。これから刀剣男士を喚び起こして戦っていくんだから」 「それは分かってます。大丈夫です。で、何なんですか、もう」 「この石切丸を君に譲渡するわ」 「はい?」 ぱちくり、と音が聞こえた気がした。 「えっ、なんかそういうのえっとなんだっけ、そうだ乗っ取り…」 「審神者双方の承諾と刀剣男士本人の承諾があれば普通に出来るわよ」 「確かにそう習いましたけど! そういうのって依怙贔屓なんじゃ…だって大太刀って最初は出にくいって聞きましたよ。結構レアリティ高いですよね。その辺気にしてなかったんであんま詳しく覚えてないですけど」 「そんなの人によるわよ。うちの初太刀三日月よ」 「………月下さん最初期から審神者やってるって言ってませんでしたっけ」 「そうだけど」 「三日月って最初期の最高レアじゃなかったですか!?」 そうレアだの何だのに拘るつもりはなかったが、流石に今の発言は爆弾すぎる。研修でも三日月を始めとしたレアリティの高い部類はなかなか顕現出来ないから、と釘を刺される程の扱いだったし、あとでネットを覗いて見たらそれぞれに難民同盟が出来ていた。話が逸れた。 「いやいやいや、それはどうでも良くて。そもそもっ、石切丸が納得するかどうかっ」 「それも含めてうまくやれるよう関係を築いてもらうようにうちでの見習い研修ね。じゃなきゃ無難な成績納めた君を、上はさっさと審神者にしたいでしょうね」 「じゃあさっさとさせてくださいよ…」 「そうもいかないわよ」 話聞いてた? と月下さんが呆れたように言った横で、石切丸も同じことを言ってやりたいのだとよく分かる表情をしていた。 「君に自覚はなくても、きっと君の刀剣男士たちは困るだろうから」 「えええ」 「それに、私、欲張りだから。一度目をかけたものに死なれちゃ寝覚めが悪いのよ」 「一応審神者って前線兵扱いじゃないんですか」 「それはそれ、これはこれ」 そんなふうにして月下さんと出会ったことでオレの物語は外側へと転がり始めただのだった。 石切丸はこの時、一度も言葉を発しなかった。 20161202 |