レジ前のセール 

 買い出しに付き合うことは珍しいことではない。居候させて貰っているのだ、もっと言い方を選ばなければヒモでも良い。よくぞまあ彼女のご両親―――よりも問題は兄上だったか―――が見逃していると思う。ご両親も兄上も自分の存在を知っているはずなのに、どうして黙っているのだろう。彼女が何か言ってくれたのだろうか、そう思うけれどもどうにも瑣末なことに思えて、結局聞くことはしないのだ。
「なあ君、」
だから、ではないけれども。
「俺たちが一緒にいることは、きっとこの世界ではとても簡単だ」
口から滑り出る言葉はとても簡単だった。
「愛にしてしまえばいいんだ」
 ドーナツの吟味をしている彼女は、少し驚いたような顔をする。
「君、」
だから笑うのだ。あの頃と同じように。
「ドーナツの穴から未来は見えたか?」



見ないふり気づかないふりドーナツに穴があるのは当然だから / きたぱろ

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ぴとりとその肌の下まで似通って 

 「君には帰る家がある」
そんな建前を持ち出したのは自分を正当化するためか、どうにも人間に馴染めていないような気がしてひどく落ち着かない。
「なぁ、泊まっていかないか」
そう告げたら彼女は少しだけ眉を顰めて、それから呟くように言った。
「此処も私の家だと思うんだがな」
「そう固いことを言うなよ」
「何処が固いんだ…」
呆れたように言うけれども、引き止めた指を振り払うことはしない。
「一人が寂しいならそう言えば良いのに」
「…まだ、そういうことには慣れないんだよ」



夕焼けを引き止めようと掴む手の体温はきっと夜より低い / 中島裕介

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白と黒、時々赤。 

 此処が何処なのか、それすらよく分からなかった。ただこれは夢だなあ、とそんな漠然としたことを思っていた。夢ならばきっと彼女がいる、いないはずがない、そう思う。それは呪いのように必然で、鶴丸国永がこうなったからには必ず彼女も此処にいるのだった。
 その姿は見えないが。
 周りには人間がいた。人間でないものもいた。その中で鶴丸国永の自我は少しずつ刀剣男士から乖離していって、けれども人間になりきれた気はしなかった。
―――ああ、会いたいなあ。
 それを、声にすることはしなかったけれど。



君のいない世界はすべてモノクローム 色を忘れた蝶は死ぬだけ / @jitter_bot

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音をなくしたオルゴール 

 簡単に言えばストーカー事件だった。事件だったので警察に連絡して解決ついでにその犯人を引きずって行ってもらった。それで一件落着、とならないのが世の常であってこれからの対策を警察と一緒になって練っていたらもう日暮れだった。
 好きだというだけなのにね、と依頼者の女は別れ際に小さく呟いた。ただそれだけの感情が、どうして此処まで恐怖に変わるのだろう、と。本当は彼女も分かっているのに、どうしようもなくて口にしただけなのだろう。
 彼女の背中が遠くへ行ったところで、ようやっと彼は息を吐いた。
「ああ可笑しいな、愛していると言うだけで、すべてが許されるのだから」
「そういう訳じゃあないさ。実際彼は警察のお世話になった」
「…そう、だがな」
何を言いたいのか、分かっているはずだった。分かっていれば良いと、それは願いだったのかもしれない。この夢の中で、それでも人間に寄り添うための。
「大丈夫だ」
何も難しいことじゃあないさ、と雇い主は笑う。笑ってみせる。
「私は君を正当化したりはしない」
「…君は、一飛びに行き過ぎだと思うがな」
 その賢さが悲しいんだ、とは結局言えずに。



現実という語に甘い糖蜜がべっとりとなすりつけられている / 中澤系

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ガラスの檻で死んでゆくの? 

 水槽に入っていなかっただけマシだったのかもしれない、と名前もないままでそう思う。分厚いガラスの向こう側で水槽に入っているものがいるのを知っていたのだから。名前がなくて、感情も薄く、記憶もなく、出自もなく。此処はそういう場所だった。これはハンデなのかもしれなかった。
 恐らく終わりを持っている、鶴丸国永(白抜き)≠フ。
 目を瞑って息を吐く。長く伸びた髪は少し邪魔だ。切ってもらえたら、と思う。というよりこの身体では散髪が必要なのだなあ、と他人事のように思った。きっと上手く行く、出来ないことはない、今度は大きく息を吸う。
 死に場所なら決めていた。
 ずっと前から、夢を見始める前から、決めていた。



image song「水槽」THE BACK HORN

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深淵で見る幸せな夢 

 「君が俺のことをそんなに気にしてくれるのは嬉しいし、君が今まで救えなかったものたちを悔やんでいるのは君の優しさの現れだが、なあ、無花果、君はもう、君だけのことを考えていても良いんだぜ。兄上もミキも、国行も一期もセイレイも狐も骨喰も鯰尾も長谷部も宗三も、君を恨んじゃいないさ。だからあいつらはみんないい笑顔が出来るようになっただろ? 全部君のおかげなんだ。俺だって―――」
その先を言葉にしても、彼女には伝わらないから。
「嘘でも君を拐えたみたいで嬉しいが、それが君にバレていたみたいで今はひどく恥ずかしいんだぜ」



ストレーガの憂鬱 @strega_odai

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どこまでも意地悪なひとでした 

 夢か? と問うと夢じゃないよ、と彼女は言う。彼女が夢だと信じているものを彼女に否定させることを、どうしてよしとするのだろう。いろんなものに怒られるだろう、そんなことは分かっているはずなのに。
「君の声が聞きたいんだ」
「うん、そうか」
なら寝物語でもしてやろう、なんて彼女が言うから、結局それに甘えてしまうのだ。



ラティーシャの瞳は溶けだした @a_a_atd

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この世界は生きている 

 合わせてみた手は思いの外どくどくとうるさかった。まるで其処に心臓があるように、そんな心地になる。
「なあ、君、君は俺にとってどれだけ素晴らしいのか、君には分からないだろう」
ずっと、ずっと名前を付けたかった。主従だと、そう言い張っても何処か違うのだと、だけれども恋でも愛でもなかった、それは正しく、何処にもはめられない関係性をずるずると続けて。
 結局、死んでからも彼を縛ってしまった。
「俺は、この世界が好きだ」
人間のように、人間のように、例え一欠片でもそんなふうにしてしまったことが、後々影響しなければ良いと。きっと他の審神者だって同じようにしている、分かっているのに不安になって。
「君が教えてくれた、この世界が好きなんだよ」
いつでも彼の言葉を欲している。
 失くしてたものを探す旅はまだ始まったばかり。



踏みわける草、廃タイヤ、眩しくて頸動脈のふるえをさがす / ひぐらしひなつ

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すべて持っていた 

 前≠ノ亡くしたものはすべて持っていた。両親は健在で、審神者適性もなくて、そもそもこの世界は戦争なんかしていなくて、審神者なんて職業もなくて。ただただ普通の女の子として育つことが出来た。
 それでも愛というものを知ってしまったから、それがどんな区分であろうとも、刀剣というもの自体に愛を注ぐことを、私はもう、知ってしまっていたから。
「不幸って言えたら良かったのかもしれないね」
その言葉は、誰にも届かずに。



幸せに慣れて不幸に慣れなくていつまでたっても幸せになれず / @jitter_bot

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今日は鍋です。 

 商店街のがらぽんで特賞の肉を当てるなんてそんなことがあるのだなあ、と思いながら重いとも言わないで肉を持ってくれる同居人を見遣る。
「食べきれないだろうな」
視線の意味を察した同居人はそう返す。
「とんぼも呼ぼうか」
「兄上は呼ばないのか?」
「兄さんは出張中だよ。ミキは仕事がそろそろ終わる頃だから、メールを入れてみよう」
「国行はどうする?」
「一応メールを入れてくれるか。一期も誘えるようなら誘ってくれ」
「分かった」
 よいしょ、と肉を抱え直した同居人と、並んで止まって各連絡を済ませて。
「平和だな」
この平和を愛せない自分たちが少しだけ可笑しいことは、もう、分かっていた。



あたたかき海邊の街は春菊(しゆんぎく)を既に賣りありく霞は遠し / 斎藤茂吉

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20190328