いつか消える環のうちにて 

 主の師匠からの命(めい)で、普通刀剣男士というものは自身を顕現させた審神者以外には従う義理も道理も殆どないことが多いのだけれども主の場合は諸々が特殊であって、主の師匠も別段無意味に仕事を振ってくる訳ではないので、直々に指名をされたへし切長谷部とにっかり青江は二つ返事で頷いた。経由地のようにそれを仲介した主はどうしてこの二人なの、と言っていたけれども、アンタには分からないことよ、と言われて納得してしまっていたのでそういうところが原因なのだと思う。まあ、別に主の体質に困ることはあれど、へし切長谷部だって主のことは好いているし尊敬もしているので、この何処か抜けた、とも言ってしまえるところもこの体質に向き合うためのものなのだろう、と捉えることにしていた。以前鶴丸国永にそれをこぼしたら君はあまりにお人好しだな…いや刀好しか…? と頭を抱えられたが、秋田藤四郎にこぼした時はなかなか良い線だと思いますがそれ以上はいけませんよ、と言われたので秋田藤四郎の方を信じることにしていた。ちなみに石切丸に聞けば一発だろうが、それは何か癪なので聞いていない。
 任務内容は、現世で時間を潰す、というだけのものだった。
『術の負担とかはこっちでするから砂尾は気にしないで良いわよ』
「それは助かりますが…。危険とかはないんですよね?」
『そっちのにっかり青江がちゃんと言うことを聞けば危険はないわ』
「うちの青江は約束破ったりしない良い子なので! あ、いえ、月下さんちの青江が波乱万丈だとかそういうことを言ってる訳じゃあないんですが」
「主、それ以上は語るに落ちるってやつだよ」
「………青江、既に遅いと思うが」
『へええ、砂尾は僕のことそう思っていたんだ。悲しいなあ。あんなに可愛がってあげたのに』
「そういう子供扱いやめてくださいって言いましたよね!?」
画面の向こうに同じ顔が現れても、違う存在なんだな、と分かるこの瞬時の判断は何だろうな、と思う。へし切長谷部だって全振りに対して出来る訳ではないだろう。少しでも、知っているからか。
『ふうん、そっちの長谷部くんはそういうことなんだ』
「………あの、」
「幾ら同じ顔でも主のお師匠様の刀剣男士でも、長谷部くんをそうやってからかうのはやめて欲しいなあ」
『でも君、そういうことどうせ一切やらないんだろう』
「そこは好みでしょう」
『同じ個体のはずなのにねえ、誰に似たんだか』
『はいはい、うちのにっかり青江は私に、砂尾のとこのは砂尾に似た………ってことにしておきましょう。面倒だし、そういうふうになってるし』
「あ、やっぱり顕現した審神者によって個体差出るのって気にしておいた方が良いですか。研修所ではそんなに気にするなって言われましたけど」
『気にするとかじゃあなく、気にかける、なら良いのかもね。気にするやつは…ほら。うん』
「月下さんが濁したことで絶対に気にしたくないって思いました! いやうちの刀剣男士はみんな良い奴なので気にすることは一個もないですけど! 審神者としてですね!? 主として、ですね!?」
『アンタが何を弁明しなくともアンタの刀剣男士はちゃんと分かってるから大丈夫よ。というか私の目の黒いうちにそんな馬鹿なことさせると思ってる?』
「一番説得力がある!!」
 と、そんなふうにして任務内容が伝えられ、主が正式な委任状に承諾の判子を押して。
「あ、青江。これお土産リスト」
「石切丸!!」
「石切丸………」
「ああ、大丈夫だよ、主、長谷部くん。これ、政府の売店で買えるラインナップだ」
「え、本当ですか?」
「本当だから買ってきても良いかい? 主。このリスト見てたら、僕もお菓子を食べたくなっちゃった」
「青江がそういうなら…。今回の任務も引き受けてくれましたし」
師匠が悪いことを振らないっては分かっていますけど、と少し目を伏せる主ににっかり青江はうん、と頷く。
「主が信頼をかけているお人さ。僕らもちゃんと分かってる」
「でも、」
「お師匠様だって言っていただろう? 僕らは君の刀剣男士。君のことを、誰よりもちゃあんと見ているよ」
だから夜はちゃんと布団を掛けて寝なくちゃだめだよ、と笑って言ったにっかり青江に、だって最近暑いんですもん! と子供のように反論してみせた主を、石切丸が困ったような目で見ていた。
「…また何か厄介事か」
 本丸を出て、主に聞かれないようになったところで言う。先程のリストにはどう考えても菓子ではないものが幾らか見えた。半分以上菓子だったのは本当だが、恐らく本命はそちらだろう。
「うん。でももうどうにかなるって分かってるようなものだから」
帰ったら多分石切丸がとっときの酒をくれるだろうね、と笑うにっかり青江に、へし切長谷部がそれ以上突っ込むことはしないのだ。

 ぷかり、と輪が浮く。本丸内で一番これが得意なのは意外にも一期一振だったなあ、と思い出しながら、にっかり青江と共に喫煙所に座っている。時代は二〇〇五年。そんな近代に、主の出身年代でもないのに行く許可を取るということが、どれだけ大変なことなのか、へし切長谷部は知らない。ただとてつもなく大変だということと、それを通す主の師匠が只者ではないと知っているだけだった。
「似合うね」
僕はどうしてもそれが出来ないからなあ、とにっかり青江が隣で笑う。
 主の師匠から言われたのは、待て、ということだけだった。
 何を、とは言われていない。にっかり青江がいるということはそういうことなのだろうか、とも思ったけれども主の師匠のことだ、あまり難しく考えるだけ無駄だろう。にっかり青江は分かっているかもしれないが、へし切長谷部は余計なことを聞くつもりはなかった。
 人間の中に混じって煙草を吸う。輪を作る。そして待つ、ただそれだけの任務。何を話していても良い、何を見ていても良い、警戒は此方でやるからしなくても良い、其処まで言われてしまえばきっと警戒をする方がまずいのだろう、とくらい分かる。術によって普通の人間と変わらぬように見えているらしい二振りに話しかけて来る人間はいない。
「…一箱で足りるのか」
「一応持ってきてるよ。僕も吸うし」
「お前は吸うな」
「だめ?」
「吸うな」
「うーん。君がそこまで嫌がるならやめておくよ。そんなに死ぬほど吸いたい訳でもないしね」
 再び輪を作る作業に勤しみながら、にっかり青江が何もせずに横に座っているのを見て、煙草というものは好かんな、とへし切長谷部は呟いた。
「うん、ごめんね、でも似合っているよ」
それでもにっかり青江が笑うから、へし切長谷部は現金なもので、なら良いか、と思ってしまうのだ。



二本ほど煙草を吸ひてはじめから来るはずのなき人を待ちをり / 筒井宏之

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雨上がりに虹の出る確率について

 まるで風に呼ばれたような心地になってへし切長谷部は顔を上げる。今日はへし切長谷部は非番の日だった。へし切長谷部を起こした主はいくさごとに関してはなかなかの慎重な方であって(それは彼の出身年代や彼の師匠のことが関わっているのだと聞いていた)、多くいる刀剣男士の管理をあれこれ余裕の出るようにと配置しようと頭を悩ませていた。彼の考えはよく分かったので彼の刀剣男士は大抵がそれに協力したし、緩やかな本丸運営にも特に文句は出なかった。
 審神者あってこその本丸であり、刀剣男士。そしてその審神者は人間であって、その人間というのは刀剣男士よりもずっと弱い生き物である。それを彼のもとにおりた刀剣男士は大体理解していたし、もとから理解していた訳ではなくても学ぶことによって納得を得るまでに至ることが出来た。ちなみにへし切長谷部は後者である。
「…青江?」
話が逸れたがそういう訳で非番の日というのはそれなりに多く巡ってくるものなので、今更休日に何をしよう、なんて悩むことなどなかったのだけれど。
 顔を上げる。
 勿論だけれども其処ににっかり青江の姿はない。今日にっかり青江は内番当番であったと記憶しているし、彼がそういうことをサボらない刀剣男士であることをへし切長谷部はよく知っている。けれども今のはにっかり青江だ、と思った。
 へし切長谷部には、にっかり青江のようにこの世とは少しばかり縁の薄いものを視る力に長けている訳ではなかった。それは所謂個体差というやつであって、他のへし切長谷部の中には探せばそういうものが視えるものだっているのだろう。けれども主の影響をそれなりに受けたのか、へし切長谷部には基本的にそういうものが視えない。こちらの目に映ろうとしてくるものはさておき。
 それでも、今のはにっかり青江だと思ったのだ。へし切長谷部はにっかり青江と恋仲ということもあって長く一緒に過ごしているが、そういうものがうつるとは思ってはいない。では、何故―――と疑問はわくものの、この手のものに答えなどないことは分かっていた。にっかり青江だと思ったのであれば、きっとにっかり青江なのだろう。違ったとしてもどうせ、そろそろ畑仕事は一段落するであろう時間だった。
「はあ」
落ちたのはため息だったけれども、別にへし切長谷部は呼ばれることが嫌な訳ではなかった。

 そうして向かった先で、にっかり青江は何でもないことのように長谷部くん、と呼んだ。
「来てくれたんだ」
「呼ばれたような気がしたからな」
「うん、呼んだ」
ちょっとお遣いを頼んだんだ、という言葉に誰に、とは聞かないのは今更だったからだ。何がへし切長谷部を呼びに来たのであれ、にっかり青江が指名したということは悪いものではないのだろう。にっかり青江はそこのところの間違いをしないとへし切長谷部は知っている。
「これ、一緒に見たかったから」
にっかり青江が指差した空には虹が出ていた。
 この本丸の空は現代≠ノ同期されているのだと聞いている。だからこの虹は、現代≠フ何処かの空で出ている本物なのだろう。それを見ている、というのは少し、不思議な気分だった。
「青江」
「うん」
「綺麗だな」
「うん」
「どうしてこんなに綺麗に思えるんだろうか」
 その言葉ににっかり青江は少しだけ考え込む振りをして、それからいつもの顔で笑った。
「いつだって僕等は明日がないかもしれないと分かっているからね」
―――だから、すきなひとと見るものが美しく思えるんじゃあないかな。
にっかり青江の言葉に一理ある、とへし切長谷部が頷く。するとにっかり青江は少しだけ困ったような顔をして、それからいじけたように吐き出した。
「まるで人間だよ」
 けれどもへし切長谷部はそれが嫌だと思っている訳ではないと知っているから、そっとにっかり青江の指に自分の指を絡ませるのだ。



今週で世界が終わると聞いたからあの日のタオルを返しに来ました / 卵塔

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「何でも言ってごらん? 叶えてあげる。だって、私は君の神様だから」 

 誰だってこの世界では神様だよ、とにっかり青江は言う。君も、僕も、と。だからへし切長谷部はそうだな、と言って笑う。
「お前と俺がいるんだから、何だって叶うさ」
 大丈夫だ、ということは言わなかった。
 だって言わなくても良いことをへし切長谷部もにっかり青江も最初から知っていた。



@bot_0dai

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君のいない春に眠る 

 草木のあおあおとした色が目に痛いなんて思う日が来るとは思っていなかったな、と思う。ほんの少し、ほんの少しだけなのだ。今までもあったのに、何かしていれば気にならないのに、ふと時間が出来てしまうと足は勝手にこの場所に向かって。帰還の鐘の音がしていた。
「君が此処を気にいるとは思っていなかったなあ」
 そんなふうにこちらを見下ろしてくる影にお前の所為じゃないのか、と笑うまで恐らく、あと半刻。



https://shindanmaker.com/587150

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君の気泡 

 ごぽり、と音がする。耳元で。
「ああ、聞こえた?」
もうにっかり青江がそれに驚くことはしない。
「…なんだ」
「循環の音」
 本丸という空間が浮いているもの、というのは知っているよね、というにっかり青江の講座は何度か聞いていたので、そしてへし切長谷部もそう物覚えの悪い方ではないので頷く。曰く、それは空気の満たされた中にぽつりと浮いている、というよりかは水に浮いている、もしくは中途半端に沈められている、という方が近いらしい。
「で、さっきのはその外が動いた音」
何か起こるのかもね、とにっかり青江が立ち上がって、そして向かう先が主の部屋、この本丸でもしかしたら一番に権力を持っているのかもしれない石切丸のもとへだということをへし切長谷部は知っている。だからついていく。にっかり青江は何も言わない。
 何ともないと良いね、とにっかり青江は言った。世間話のようなものだったが、へし切長谷部はああ、そうだな、と返しておいた。



ひと束の意識を燃せば水槽にみぞれのように生まれる気泡 / 笹井宏之

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ありきたりな帰り道 

 びゅう、と風が吹いた。何もないところでの風なんて珍しいものではないだろうに、あ、と思ったのだった。へし切長谷部の現のもの以外を見る能力は一向に開花せずに、それはそれは不思議がられるほどだったけれども、勘だけは冴え渡るようになってきたな、と思う。それはにっかり青江が隣にいるからなのかもしれなかったけれど。
「うん―――うん」
へし切長谷部の勘の通りに、にっかり青江は何か視えないものと話をしているようだった。こういう時は邪魔をしないに限る。にっかり青江がどんなものと話しているのか詳細を知っている訳ではないけれど、良いものでも悪いものでも、会話の最中に邪魔をされたらいい気分はしないものだろう。
「僕は長谷部くんといられてしあわせだよ」
 そんなことを考えていたものだから、突然自分の名前が出されて動揺した。
「だから、連れて行かないでくれ」
「…青江」
思わず呼ぶが、にっかり青江はこちらを見ない。
「うん」
会話はまだ続いているようだった。仕方なく、そのまま目を離さないようにするだけに留める。
 暫くして待たせたね、とやっとにっかり青江がへし切長谷部を見た。
「なんだったんだ」
「無愛想なのに恋仲だと名乗っているから不安になったんだってさ」
何が、という言葉はもう不要だった。
 けれども、あまりに簡潔にノロケられたその現のものではないものが、一体どのような顔をしたのか、それだけは少し気になった。



短夜に美しい声をして誰か無性の背(せな)よりぼくを愛せよ / 松野志保

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接吻けはあわいで 

 ろくがつだね、と横に転がったにっかり青江が言う。そうだな、とへし切長谷部が返す。
「カレンダーをめくらなきゃ」
「そうだな」
「ああ、でも、平野くんが楽しみにしていたな」
「早いものがちだ」
「そうかもしれないけど」
「そういうのは鶴丸がどうにかするだろう」
 愛の力とやらで、と付け足してやれば君でもそんなことを言うんだね、と笑われた。



水無月の朝を湿らす雨音が淋しがり屋を溶かして滲む / 小川弥生

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物語はハッピーエンドに決まっている 

 君といると本当に毎日が愛おしいんだと分かってしまうから。
 そんなことを言うにっかり青江に分かりたくなかったのか、なんて馬鹿なことは問わなかった。へし切長谷部はにっかり青江とは恋仲なので、つまりそういう言い回しをするやつだと分かってしまっているので、それが移ったりもしているので、そんな問答は必要ないのだ。



本棚の森に降り積む埃雪あかるいほうへ頁は捲れ / 小川弥生

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忘れ去られた花 

 遠征部隊が帰ってきて、にっかり青江がその出入り口になっている門の方を黙って見つめていることは正直、へし切長谷部にとってそんなに珍しいことでもなくなった。まずいことが起きているのであればにっかり青江はもっと違った行動を取るだろうし、へし切長谷部にだって何か言うだろう。何も言わないということはつまり、そういうことだ。単純に物理的にも感情的にも距離が近いというのはあるが、にっかり青江のことがよく分かってきたな、と思う。にっかり青江の方も、少し甘えのようなものがあるのか、最初期の頃にあった説明しづらいものを説明しようとする、という焦燥は見て取れなくなった。
「大丈夫か」
が、やはりへし切長谷部も自らのことを過大評価してばかりもいられない。気付いたのであれば声を掛けずにはいられない。
「うん、大丈夫だよ」
「また光忠か」
「うん…そうなんだよね」
本刃に自覚がないと、なかなか変わらないものだよねえ、とにっかり青江が何か、手を差し伸べる。
 穏やかな陽射しが降り注ぐその手のひらは、当たり前のようにへし切長谷部から見たらからっぽだった。
「彼、優しいんだよね」
「知っている」
「でも、それだけなんだ」
「それも知っている」
言ってから、違うな、と思った。
「………いや、分かっている、か」
へし切長谷部の言葉を補うかのように、にっかり青江がその手を門の外へと押し出す。
 本丸の外、今は何処とも繋がっていない空間に、きらきらと涙が落ちていくような気がした。
 けれどもきっと、それはへし切長谷部の感傷であって、本当は何も落ちてはいないのだろう。



藤野 @fictonkj

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こぞって集めた星の欠片 

 眠れないから話をしよう、と言うのはにっかり青江とへし切長谷部の間では珍しくも何ともないことだった。同じ布団に寝転がって枕を隣に寄せ、どうでも良い話をする。それを他のものは仲睦まじいと言ったけれども、実のところそうなのだろうか、と二振りの間では首を傾げてしまうことだった。
「天の川、ってあるだろう」
「ああ、夏になるとよく見える」
「あれは主が沖縄? とかに同期するように設定しているからなんだって」
「沖縄」
「旧国名で言ったら琉球、かな。千代金丸くんとかの」
「ああ。………なかなか一致しないものだな」
そんな言葉がぽつり、ぽつり、と落ちていく。
「あれってね、たくさんの星の集まりが川のように見えているんだって」
「そうなのか」
「ずっと遠く、僕たちの手の届かない場所にね、それはあるんだって」
「不思議だな」
「そうなんだよ、不思議なんだ」
興奮しても良いだろう台詞を、にっかり青江はこの上なく静かに語る。
「………向こうから見たら、」
「ん?」
それにつられるようにして、へし切長谷部の口からは言葉がこぼれ落ちた。
「俺たちも、そのように見えているんじゃあないのか」
たくさんの人、たくさんの刀剣男士、たくさんの―――他の、もの。その信条は違っても、きっと生命や魂、心というものはきらめいていると。そう思ったら妙な心地になった。まるで星の中にいるようだった。
 そう呟けばその通りなんだよ、とにっかり青江は言う。
「僕たちは星のうちの一つなんだ」
だから輝けるんだよ、と言ったにっかり青江はもう眠いようで、それ以上は何も言わなかった。
 手を伸ばして障子を開けたら星空が見えた。確かにそれは河のようで、自分もその中にいることがなんとなく誇らしかった。



バルキュリアの囁き  @blwisper

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20210512