![]() まちぼうけと祭壇の菓子 待っていてね、とにっかり青江は言った。言ったのはただそれだけだった。何をしろとも言わなかった、ただ待っていてね、とそれだけ。だからへし切長谷部は縁側で膝を抱えているのだ。誰も話し掛けには来ない。へし切長谷部が何をしているのか分かっているから。 「早く帰ってこないと、」 隣には干菓子。 「俺が全部食ってしまうからな」 「それは嫌だなあ」 頭上から降り注いだ声に、一も二もなく抱きついたへし切長谷部に罪はないだろう。 * 耳を澄ますただそれだけが君のために打てる小さな楔(くさび)だつたね /山田航 *** 世界がきらめいて見えるから充分だよ 僕らは主から俗に言うところの霊力を注いで顕現したから此処にいるんだけどさ、とにっかり青江が言い出したのをへし切長谷部は黙って聞いている。 「あれって注いだ人間やその時の気持ちで刀剣男士の性格とかに影響を及ぼすことがあるらしいよ」 「ああ、主のお師匠様のところの俺とか?」 「確かにあれは顕著だろうね」 君は殆ど何も視えないのに、と言うにっかり青江に、へし切長谷部はなんと返すのが正解か分からず黙り込んだ。 「…君に怒られるのを承知で言うけどね、僕は君がお師匠様のところのへし切長谷部のように視えなくて良かったと思ってるんだ」 「心配を掛けたくないからとでも言うのか」 「それもあるよ」 視えなくて良いものだからどんどん視えるものが減っているんだから、とにっかり青江は言う。 「勿論、今だって君に心配を掛けることがあることは分かっているよ」 「仕方がないのも承知だ」 「それでも僕は、出来たら君にかかる負担が少なくなれば良いなって、そんなことを思ってしまうから」 負担なのか、と問うことはしない。にっかり青江にとって負担にならずとも、へし切長谷部には負担になることだってあるから。その言葉一つでは何も分からない。にっかり青江がこれ以上踏み込むことを望んでいない以上、へし切長谷部に出来ることはない。 「…俺は、」 「うん」 「主に顕現してもらって良かったと思う」 「そうなの」 「同じようにお前が主に顕現された刀剣男士で良かったと思う」 「…そっか」 僕は君が好きだし、君は僕が好きだものね、とにっかり青江がやっと笑ったので、その通りだ、と頷いた。 * ひなどりのくちへ蚯蚓を運びゆく親鳥の眼がふいにまばゆし 筒井宏之 *** 雪降る夜に君のぬくもりだけが欲しい 人の身は死ぬらしいぞ、とへし切長谷部が迎えのための傘と共にやって来たのを見上げながらそうだね、死ぬらしいね、と返す。それを知らないにっかり青江ではないし、そもそもそのラインの判別はしっかり出来ることをへし切長谷部が知っていることも知っている。 「どうしたの」 何かあった? とは聞かない。いつもしている行動が変わるのは、変えたと分かるように行動するのは、話すつもりがない時だと知っているから。 「…さあな」 それでも何かあったことを隠さないで隣に座る彼のことが本当に好きでたまらない。 「石切丸にいじめられでもした?」 「今更そんなことで拗ねると思うか?」 「拗ねてたんだ」 「…墓穴だったか」 「君のそういう素直なところ、僕は好きだよ」 「そうか。なら良いが」 背中に重み。寄りかかられている。 「…お前は、」 「うん」 「俺を支えられるんだな」 「刀剣男士だからね」 「それもそうだな」 しんしん、と雪が更に積もっていく。現代≠ヘ今日は大雪らしい。 「長谷部くん」 寒い、と言ったらもっと寄っても良いか、と問われた。 「馬鹿だなあ、そういうのは察するものだよ」 「馬鹿とは何だ、馬鹿とは」 「言って欲しそうだったから」 「…もうそれで良い」 背中の隙間がなくなって、それだけでこんなにも満たされる心地になるのだから。 * 退屈が背中に積もる しばらくは溶けなさそうなひねもす深雪 / 湖の底 *** 読みかけの本に約束を 君が戻ってくるおまじないだと言ったら君は笑うかな、と馬鹿なことを言うので毎回ちゃんとやれ、と呟くようにして返す。 「もう主の前であんな醜態は晒すものか」 「そうだね、君だものね」 大丈夫だよね、という声は風に消えた。 * まねきねこ @mnknk_odai *** 柿の熟したお祝いに とんてんとん、と音がするので変な足音がするんだな、と素直に告げれば変かい? とにっかり青江は笑ってみせた。 「お前は変じゃないと思うのか」 「ううーん、難しいな。でも可愛らしいような気はしないかい」 「そう言われると分からなくもないが…うん、やはり変な音だと思う」 風が吹き抜けて、周りの音が一瞬消える。 とんてんとん、にっかり青江の足音だけが響いている。此処は本丸の中庭で、時折にっかり青江が手入れをしているのをへし切長谷部は知っていた。 「笑ってるよ」 「笑ってるのか」 「うん、君が素直で可笑しいって」 「可笑しいか?」「普通、心というものは隠されているものだからさ」 僕らはどうやら少し、隠し方を知らないようだね、とにっかり青江が手を伸ばして来たので、へし切長谷部は何も言わずにその指に自身のものを絡ませるのだった。 * 花冷えの竜門峡を渡りゆくたつたひとつの風であるわれ 筒井宏之 *** 人魚姫にはならないよ お前が引くのであれば紅なのだと思っていた、とへし切長谷部があまりに普通に言うものでにっかり青江はいろいろと言いたいことを飲み込んでしまった。 「…君、僕が神剣に対して思うことがあるって言って分かってる?」 「別に、それくらい気にすることはないだろう」 「まあ、君はそう言うよね…」 これは別に無神経なのではない。へし切長谷部の中ではにっかり青江は神剣とそう大差ない素晴らしい働きをしているので、というかそもそも腰の重すぎる神剣をよく思ってはいないので、にっかり青江がそう気にすることはないと思っているだけの話なのだ。つまり、これは相性の話でにっかり青江が口を出すべき問題ではない。 「でも、気になるから」 「そうか」 「似合わないかな」 「そんなことはない」 手を取られる。 「俺の恋をしたにっかり青江は、その名前の青すら着こなす大層な美人だ」 「………誰に教わったの」 「一期一振」 「あとでお礼参りに行ってくる」 「嫌だったのか」 慌てるへし切長谷部を一度、抱き締めて。 「格好良すぎて嫌だよ」 * まなじりに青を置くとき少しだけ羨む水棲という生き方 /松野志保 *** 緑だって目に優しくない時がある ざわざわと森が増殖しているように見えていた。最早確認するのも疲れてしまって燃やしたらだめなのか、と弱音だけを吐く。 「流石にだめだろうねえ」 石切丸に怒られるよ、とにっかり青江が言うので、へし切長谷部はただ、そうか、と返すことしか出来なかった。 * 白紙に恋 @fwrBOT *** 深海の暗闇を。 人間も知らないものを結局のところ僕たちが知ることはないんだよね、とにっかり青江が言うのを聞きながら、そうかもしれんな、とだけ言う。 「知りたいのか」 「僕にだって好奇心くらいはあるよ」 「だろうな」 「行こうとは言ってくれないんだね」 「言って欲しかったか?」 「そう聞かれると頷きづらくなるなあ」 でも頷きづらくなる時点で、きっとそうでもなかったんだろうな、とにっかり青江は更に小さな声で言う。 「もし、」 だから、という訳ではないけれど。 「何処か行きたいところが出来たらいつものように連れ出せば良い」 へし切長谷部が言うことなんて、ずっと前から決まっているのだから。 「お前は俺の前に現れて、笑って、手を引くまでもないという顔をして俺の先を行けば良い」 「それ、君の意志は?」 「俺の意志でついていく」 だから問題ない、と言えばにっかり青江は少しだけびっくりしたような顔をして、それから君には敵わないや、と言った。 * 灯籠 @__odai_bot *** 手を引かれて誘われて笑って断るいつもの日常 雨が多いな、と言えば梅雨だからね、と返される。決まり切った会話と言えばそうだけれどもきっと相手が違えばこんなにも穏やかな気持ちにはならなかっただろう。触れ合わずとも肌から心が行き交うようなこんな心地を、共有することはなかったのだと。 「…この間、」 「うん」 「やたらと洒落た店に行っただろう」 「お遣い行った時の話?」 僕らに回してくれるのは少し嬉しいよね、とその言葉には頷く。だって、デートみたいだ、と。同じことを思っているから。 「そこで、お前が、」 「うん」 「少しだけ、…その、床と、離れて」 「うん」 「…浮遊、しているように、見えたから」 「そういうことも、あるのかもしれないね」 他人事のようではあったが、つまるところそれは重要視すべき事柄ではなかったのだろう。それは分かるけれども。 「僕の背中に羽根がないことは、君が一番よく知っているだろう?」 だから大丈夫だよ、とは続けられない。 此処に降り立った以上、そんなことを言う道はなく、そしてそれを不幸とも思えないのが自分たちであることをよく分かっていた。 * 屋根を雨が叩く昼過ぎ、様々な蜂蜜を取り扱う洒落た店できみが少し浮遊していることに気がついた話をしてください。 #さみしいなにかをかく https://shindanmaker.com/595943 *** 合言葉 人間みたいだ、というのが合言葉のようになってきたな、とへし切長谷部は思う。自分たちの主は人間であったし、自分たちのおりた理由も人間の戦争に端を発するのだから何も可笑しなことではないけれど。 「人間みたいになった僕は嫌い?」 思ってもいないことを言いながらいつもの木賊を翻す、彼のことをやはり、世界で一番美しいだなんて思うから。 * 雪のない聖夜、ぼうやの早口でデタラメなお祈りを愛して 加藤治郎 *** 20190922 |