君のいる日常 

 一つの存在でいることが当たり前だった。例えば今いる場所が宝物庫や博物館で、周りに何がいてもそれでもへし切長谷部はへし切長谷部で、他の何かを必要としないものだった。他のへし切長谷部がどうかは知らないが、このへし切長谷部が持っている本霊の記憶はそういうものだった。だと言うのに、今、この夕焼けを見て、ああ、と思うのは。
「青江」
帰ったらこの夕焼けの話をしよう、他愛のない話で日常を重ねよう、そんなことを思ってしまうから。



夕雲よいまこんなにもこの野原美しいのにわれのみが居る /小島なお

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祭りの下準備

 鬼灯を植えよう、と短刀たちが言い出したのは九月の末のことだった。
「何故鬼灯なんだ」
「昔のアニメを見まして、そこから…」
来月―――この時点ではつまり十月のことである―――の畑当番総監督のへし切長谷部は、恐らく代表として意見を伝えに来たのであろう平野藤四郎は、ことを順序立てて説明してくれた。なるほど、いつもであればへし切長谷部は畑の端を使うのならばと言ったことだろう。しかし、それでは大きなものに育て上げることはなかなか難しいだろう。この不思議な畑は霊力の循環装置となっており、それは一定の方向へと流れている。つまりそれは中心に行けば行くほど流れが大きく強くなるということでもあり、平野藤四郎の願いは真ん中とまでは行かずとも充分にその流れの確保出来る場所で鬼灯を育てたいのだと、そういうことなのだ。
 少々すまなそうな平野藤四郎の表情を見る限り、代表を平野藤四郎にしろと言ったのは鶴丸国永辺りなのだろうと伺える。平野藤四郎にはにっかり青江の手伝いをよくして貰っている。彼自身はへし切長谷部と同じく視えない質らしいが、それでも出来得る限り協力を申し出てくれており、へし切長谷部も、勿論にっかり青江も大変に感謝している。鶴丸国永はそれがどうやら少々気に入らないらしく、どうせならこれくらいのことでも借りを返してもらえと送り出して来たのだろう。あくどい。
「…あの、長谷部さん」
「…大丈夫だ。少し待ってくれ、配置を考え直す」
「ほ、本当ですか!」
「ああ。他のものにも伝えておけ。それと、鶴丸国永に伝言だ」
ぎくり、と平野藤四郎の肩が揺れたので、先程のへし切長谷部の推測に間違いはなかったのだろう。
「平野の気遣いを尊重したいのならばもっと上手い方法を考えろ。当人にこんな顔をさせるようでは三流だな≠ニ」
「………長谷部さん、それ、僕が言うんですか?」
「お前が言わなくてどうする」
 別にへし切長谷部とて平野藤四郎を苛めたい訳ではないので頭を撫でる。
「アレは言わんと分からんぞ」
「…ええと、まあ、はい。ご忠告、痛み入ります…」
「………困ったことがあれば相談に乗る。青江が」
「あ、そこは青江さんなんですね」
「嫌がらせがしたかったら俺でも良いぞ。とっておきのものを考えてやる」
「では、喧嘩をしましたら長谷部さんに相談しますね」
「それが良い」
では僕はみんなに言ってきますね! と走り去っていく平野藤四郎に、あとで場所や量を詰めるから話し合いの場を設けるぞ、と投げ掛けたらはい! と元気の良い返事があった。
「随分優しいじゃないか」
 障子の向こうから声がする。
「優しくもしたくなるだろう」
「僕の所為?」
「所為とは言わんが、影響はあるだろうな」
先週作って既に主に提出してあった予定図を取り出し、今からでも配置換えの出来る場所を探していく。
「それは、何か…ごめんね?」
「何を謝る必要がある」
「…うん。それもそっか」
「それよりも、」
 へし切長谷部は予定図に線を入れ、鬼灯の場所の案を幾つか出してから顔を上げる。
「いつまで縁側にいるつもりだ」
「ええ、それは僕の勝手じゃないかなあ」
「大方誰かの気配を察知して涼みたいなどと言い出したんだろう。人の身は冷える。さっさと入れ」
「別に、そういう訳じゃないけど…」
「入れ」
「はあい」
障子が空いて冷たい風と共ににっかり青江が入ってくる。
 にっかり青江がへし切長谷部の部屋で寛いでいたとしても、気にするものはそういないだろうに。思考を読んだかのように平野くんは気にするさ、とにっかり青江は言う。
「邪魔したんじゃないかってね」
「邪魔?」
「…まあ、君がそういうこと気にしないのは分かっていたけどね。僕と君は所謂恋仲、でしょう?」
「………ああ、そういう」
気にすることはないのにな、と言えばそうだけどそうもいかないんだろうさ、と返ってくる。
「じゃあ、気にされるようなことをするか?」
「例えば?」
「俺の固い膝でよければ貸そう」
「長谷部くんの膝ってちょうどいい高さなんだよね。お言葉に甘えようかな」

 数十分後、平野藤四郎から話を聞いた他の短刀の面々がへし切長谷部の部屋を訪ねてきて、また隠れようとするにっかり青江を引き留めようとしたらプロレスのような構図になってしまい、ものすごく純粋な質問として何をしているのですか、と聞かれ、何をしているんだろうな…と返す羽目になるのはまた別の話である。

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冬の日は静かに目覚める 

 最初に思ったのは夢じゃない、ということだった。何かも真っ白の世界で、その木賊だけが美しく映えていた。
「…青江」
「長谷部くんも来たんだ」
僕の所為かな? と笑う顔がいつものものでほっとする。自分の存在が、にっかり青江のしたいことにおいて邪魔になっていないか、最近ではそんなことを考えてしまう。
「来て欲しいとでも思ったのか?」
だからそう返したら、にっかり青江は驚いたような顔をして。
「………うん、そう、だね。君と見れたら良いな、って、そう思ったんだ。君と、一緒に…うつくしいものを、これでもかと言うほど見たいって」
 それから我が侭だよね、なんて付け足すものだから黙らせる代わりに思い切り抱き締めた。



まぼろしの湖岸を歩むときのまを足跡に降る雪色の蝶   筒井宏之『佐賀新聞読者文芸欄』

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さよならだけが人生か? 

 傘を持っていくといいですよ、と言ったのは秋田藤四郎だった。へし切長谷部はこれからお遣いに行くところだった。なんてことない、いつものことだ。この本丸でいつのまにか、万屋へとお遣いに行くのは基本的にへし切長谷部の仕事になっていた。勿論、他の刀剣男士が行くこともあるが。玄関に向かっている最中に秋田藤四郎と擦れ違おうとして、冒頭の言葉を渡されたのだった。
 秋田藤四郎という刀剣男士の、所謂隠れ平均ステータス的なものに調べ物が好きである、というのがあるが、この本丸の秋田藤四郎も例外ではない。それでも秋田藤四郎はなかなか人にその調べ物の結果を言うことはなかった。調べ物の結果を披露するのは彼の兄弟である乱藤四郎の方が多いだろう。
 だから、秋田藤四郎がわざわざ声を掛けてきたということは、それ相応に意味があるということなのだ。その昔、予言者と呼ばれたその多くは別段特殊能力や不思議な力を持っていた訳ではなく、ただ単に洞察に優れていたのだと言う。行き過ぎた洞察は順を追って説明するには膨大で、しかし過程を端折れば何故分かったのかなど伝わりはしない。
 他の秋田藤四郎がどうだかは知らないが、少なくともこの本丸においての秋田藤四郎は、そういう類の刀剣男士だった。へし切長谷部はそれを理解している。勿論本当はそれが理解から程遠いことも、理解している。
「分かった」
だけれどもへし切長谷部は頷くのだ。
「ありがとう、秋田。何か菓子でも買ってくる」
「どういたしまして。楽しみにしてますね」
秋田藤四郎は人間の子供が褒められた時のように笑って、それから走り去って行った。
 万屋は国別サーバーごとに幾つか常設されていて、大抵は一番近い地区の万屋を使う。天気が現代≠ノ設定されているので、天気予報はその地区の現代≠フものを見れば良いことは知っていた。へし切長谷部もさっき確認した。
 天気予報は晴れだったが、秋田藤四郎がそう言うなら傘を持って行った方が良いのだろう。玄関についたへし切長谷部は靴箱の中に置いてある折りたたみ傘を取り上げた。



てのひらを空にむけてる雨だわと雨の重さをはかる感じで  加藤治郎『マイ・ロマンサー』

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夏一番 

 夢の中で呼ばれたような気がした。
 朝、目を覚ましたへし切長谷部はそんなことを思う。無駄に広いこの本丸では刀剣男士一振りにつき一部屋が与えられていた。そう広い訳ではないが狭い訳でもない。どうしても同じ部屋がいいという刀剣男士は主に相談の上、二部屋を改築してくっつけている。へし切長谷部も最初はそうしようかと言ったような気がするが、部屋は部屋で持っておくべきだよ、と返されたのでそのままにしていた。今でも週の半分はどちらかの部屋に泊まっているような気がするので、結局同じことだった気もしたが。
 今日はそういう日ではなかった。というより、にっかり青江は夜戦当番で朝方まで帰ってこない予定だった。けれどももう夜は明けている。へし切長谷部は確信を持って自分の部屋の障子を開けた。
 あの声はにっかり青江のものではなかったが、だからと言って嫌な感じもしなかった。にっかり青江の傍にいるような、そんな心地がした。
 開けた先、朝靄の庭の奥に人影が見える。羽織を引き出して、つっかけをもどかしく履いて庭へと降りる。こういう時、庭に面した部屋で良かった、なんて思う。縁側からすぐ、庭に降りることが出来る。
「…おかえり」
近付くへし切長谷部に気付かないはずがないだろう、それでもぼんやりしたまま立っているにっかり青江に声を掛けた。
「ただいま…というより、おはようの方がいいかな?」
「それなら俺はおやすみと言うべきなんだろうな」
「もう少し起きているよ」
「ならただいまで良いんじゃないか」
そんなやりとりのあとににっかり青江は笑って、もう一度ただいま、と言った。それからああ、と笑って。
 「朝一番に君の顔を見られるなんて、僕は幸せものだなあ」
「それは俺の台詞だ。お前は今から寝るんだろう」
「ふふ、そうだね。長谷部くんの部屋行っても良い?」
「好きにしろ」



カーテンを引いてひかりの束を抱くきみにちいさな余白があった /加藤治郎

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射抜かれたのは心臓か? 

 鶴丸国永が顕現時、主と一緒にいた石切丸がひどい顰め面をしていた理由を理解したのは、この人のような身になって本丸に馴染み始めて暫くしたときのことだった。同じ御物のよしみで平野藤四郎と話していると、へし切長谷部が平野藤四郎を呼びに来る。
「すまない。邪魔をしてしまったな」
「いえ。主君のことなのでしょう?」
いつものこと、とばかりに平野藤四郎が立ち上がって、すみません、と鶴丸国永に謝るものだから、なんだなんだと興味が湧く。じわり、と腹の奥で何かが動いたような感触がしたが、気にしないことにした。へし切長谷部は鶴丸国永を見て器用に片眉を上げて見せたが、好きにしろ、とだけ言った。別について行っても良いらしい。
 そうして向かった先はこの本丸の中庭だった。一瞬誰もいないと思ったが、へし切長谷部が青江! と呼び掛けると縁の下からにっかり青江が出てくる。
「長谷部くん。…おや、新顔さんも」
「ついて来たそうだったから連れてきた」
「長谷部くんも選定雑になってないかい? …まあ、鶴丸さんが何か困るというのも想像がつかないけれど」
「だめだったら追い返そうと思っていた」
「そういうところが雑だって言ってるんだ」
何やら軽妙な遣り取りだった。この二人が互いに信頼し合っていることが分かる。
 にっかり青江は平野藤四郎へと向き直ると、困ったよう眉を下げた。
「ごめんね、平野くん。僕にはちょっと入れなくて」
「小夜くんは遠征ですものね。僕は大丈夫ですが、僕で大丈夫なのですか?」
「うん。指示はするよ。はい、これ一応御守り」
平野藤四郎が渡されたのは、出陣する時に身に付けるものとはまた違ったものだった。
「それは何だ?」
「これ? …ふふ、秘密」
どうやら教える気はないらしい。平野藤四郎にも、あまり立ち入ったことを聞いてはいけませんよ、と諭される始末だ。
「青江さんが主君や、ひいては僕たちのことまで考えてくださっていることを僕は知っていますから。だから、秘密の一つや二つくらいは飲み込んでこそです」
「青江の秘密は一つや二つぐらいではない気がするんだが…」
「長谷部さん、そこは言葉の綾ですよ」
貴方も気にはしてないでしょう、と言われて気にはしている、と返すへし切長谷部。ここも良い関係を築けているらしい。またじわり、と腹の奥の感触。にっかり青江はにこにことこちらを様子を眺めている。
「この下に入れば良いのですね」
「うん」
 そうしてにっかり青江主導のもと、何かが行われた。鶴丸国永には勿論その何かが見えていたが、特筆するようなものでもあるまい。石切丸の顰め面はこれが原因だったのか、なんて思う。あの時だって何事か起こしたあとだったのかもしれない。
「主は気付いてないのか」
「視えないのもあるが、そもそもまるきりこういった事象を信じないお方だからな」
刀剣を励起し刀剣男士を顕現させ、審神者なんてものをやっているにも関わらず、主はどうやらとんでもない石頭らしい。
「信じろとは言わないのか」
「…そういうものは、強制すべきじゃあないだろう」
なるほど、カソック姿の男が言うと説得力も出る。
「まあ、するなと言えば大抵飲んではくれるお方だ」
「へえ」
「…それに、」
「ん?」
「主は自分がこういった事象を信じられないことを理解している。だから、下手に追い詰めないようにというのは石切丸の言だ」
「………そうか」
話をしていて、鶴丸国永はへし切長谷部とは仲良くやっていけそうにもないな、と思った。
 縁の下に入って行った平野藤四郎はにっかり青江の指示で、とある場所で本体を振った。確かににっかり青江では狭いだろう。その姿を見ていたら、どくどくと胸の辺りがうるさかった。
 とても、うるさかった。



Blacksee/p @Utusemi_KagE

***

何にも知らないって顔をして 

 困るよ、とにっかり青江に言われても燭台切光忠はああ、何か彼が困っているのだろうな、ということしか分からない。刀剣男士の中でも個体差というものが存在することは知っているが、この燭台切光忠はそういうものが視えない刀剣男士だった。ただ、視える彼らが様々な要因でよく動いているのは知っている。
「また何か引っ掛けてきちゃったかな」
「燭台切くんは主とは違うタイプの困ったさんだよね」
「そうなの?」
「うん。心当たり、あるだろう?」
何に声を掛けたの、と笑うにっかり青江には既に原因が分かっているのだろう。

 うーん、と唸る。
「声を掛けてる、っていう認識じゃないんだよね。僕にとってはそれこそ息をするようなものだから」
「うん、分かってるよ」
だから気を付けるように促してるんじゃないか、とため息を吐かれた。
「今日は万屋に行ったしなあ…。いつもよりずっと多く喋ったと思うよ」
「うん。それで?」
「他所の審神者さんとも喋ったし…」
「そんな見て分かるものなら僕も何も言わないかなあ」
「それもそうかあ…」

 結局、痺れを切らしたへし切長谷部が茶器だろう、と言うまで燭台切光忠は分からなかった。
「あれ、長谷部くんって視えるんだっけ」
「まさか。主の話を聞いていて推測しただけだ」
「なんで全然関係ない長谷部くんは分かるのに、渦中の燭台切くんは分からないのかなあ」
「そんなの分かっているだろう」
ほら行くぞ、とへし切長谷部がにっかり青江を引っ張って行く。
「興味がないからだ。興味のないものはいつになっても覚えられん」
へし切長谷部の言葉に、燭台切光忠はそれもそうだなあ、と思ったのだった。

 思っただけだった。



1番星にくちづけを @firststarxxx

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晩夏の影 

 青江さんは聞かないんですね、と秋田藤四郎が言うのをにっかり青江は何か言って欲しかったのかい、と少々意地悪く答えたことを自覚していた。
「いいえ」
「だろうと思った」
「僕が何も聞いてほしくはないと思っているから、聞かないんですか」
「それは難しい質問だね」
別にそんなことを考えている訳ではないよ、とにっかり青江は言う。だって彼の中で人間とはそういうものだったから。
 自分のことだけを考える、生き物だったから。
「だから、うん、そうだね。君の兄弟たちが君に何も言わないこととは少し違うと思う」
「ああ、やっぱり」
「確かめたかった?」
「誰かに肯定して欲しかったのです」
だってこれは間違いでないことを、僕は知っているから。
 静かに、その指は魔法のように降り注ぎ、小さく秋田藤四郎は笑ってみせた。「まるで、人間みたいなことを思うんです」
「刀剣男士だもの、そうなったって可笑しくはないさ」
「はい。…そうですね」
「うん、そうだよ」
 もうすぐ秋だった。
 それはこの庭の話だけではなく、現代≠ェ秋になるのだと、そういう意味のことだった。



ひぐらしのオーケストラを終はらせて指揮者は西へ西へ帰らん   筒井宏之

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おやすみ世界 

 音が遠退いていく。そのはずなのにへし切長谷部は静かにそれを甘受していた。まるでそれしかないような、そうすることしか出来ないと諦めているような。否、それにしては身体は悲嘆に染まってはいない、怒りにも染まってはいない。この先に誰が待っているのか知っている、ような。
「あのねえ」
呆れた声で目を開ける。
「君、随分と僕に毒されていないかい?」
「…別に」
そんなことはないと立ち上がる。どうやら今回は立ち上がれるらしい。
「ただもうお前がいるというのが分かれば、それで良いだけだ」
 それを聞いたにっかり青江は思わずと言ったように顔を覆って、それから小さな声でそっちの言葉の方がよっぽど恥ずかしいよ、とのたまった。



揺蕩う言葉 @tayutau_kotoba

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午睡に抱き寄せて 

 静かな午後だ、と思う。よく中庭の奥の木の根元でその刀剣男士が寝転がっているのをへし切長谷部は知っている。汚れるだろう、と言ってもだってとても気持ちが良いんだよ、とやめようとしない彼にどうせならと下に敷くためのシートを贈ったのは記憶に新しい。別に洗濯場のボスである堀川国広にどうにかしてくださいと言われた訳ではない。この本丸では日頃の家事もまた出陣や遠征と同じく均等に回しているが、それとは別に各仕事にボスがいるのだった。総監督とでも言えば良いのだろうか。どうしても困った時に相談などをするご意見番の方が近いだろうか。いや、別にへし切長谷部が堀川国広に何か言われた訳ではないので今はこの話は関係ないのである。
「青江」
鬱蒼と生い茂った植物たちを掻き分けながら名前を呼ぶが返事はない。この辺りもそろそろ草刈りをしなければと思うのだが、にっかり青江がこの鬱屈さを好んでいることを知っているへし切長谷部は、中庭担当である山姥切国広に責任はとるからと一部実権を委任してもらっている状態だ。勿論主には許可を取っているため独断ではない。ただ、許可を取りに行った時に主の隣にいた石切丸にものすごい顔をされたのだけは納得いっていないが。
 と、まあそういう訳なのでこの辺りはへし切長谷部とにっかり青江の庭のようなものだった。いつだか、にっかり青江が雪の中で眠っていたことを思い出す。死んだように眠る彼が起き抜けにあまりに幸せそうだったのを、きっとへし切長谷部は忘れられないし、忘れることはないのだろう。
「青江」
がさ、と掻き分けた先でやっとその姿を認める。草々に混じるような木賊の色は見慣れたものだ。
「青江、そろそろ起きろ」
「…ん、長谷部くん?」
「お前、今日は夜間出陣だろう。そろそろ夕飯を食べておかないとまずいんじゃないのか。あと会議もあるだろう。愛染が姿が見当たらないと心配していたぞ」
「…ああ、愛染くんは隊長だからね…。僕って、そんなに信用ないかなあ。寝坊とか、あんまりしたことないと思うんだけど」
「愛染が心配しているのはそういうことではないと思うがな」
「そうなの?」
「さあ」
 よいしょ、とにっかり青江が起き上がる。へし切長谷部はそれに手を貸す。二振りの他には何もいない。ただ、木や草があるだけ。
「さて、頑張ってこないとね」
「ああ」
「いってきます」
「無事に帰って来い」
 何処かで猫の鳴き声がしたような気がした。



ストレーガの憂鬱 @strega_odai

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20181108