焼印 

 風が吹いた。ふわり、なんて生易しいものではなくかと言って突風という訳でもなく。けれどもくくられた髪を吹き上げてその下の項を晒すには充分で。
 気が付いたら引き寄せていた。汗が香る。畑の土の香りが、後からついてくる。
「どうしたの、急に」
「変な言い方にはなるが」
「うん」
「お前が、生きているんだと、思えて」
それは不思議な言葉だった。それでもにっかり青江はへし切長谷部の言いたいことを理解したらしい。
「………僕らは刀なのに、ね」
「ああ」
人間ではないのに、人間と同じように動く心を持って、付喪神という存在であるのに、人間と同じように動く身体を持って。
 この先、どうなっていくのだろう。
「でもお前が好きだ」
「分かってる。僕も君が好きだ」
ちりちりと肌の焼けて行く音がするようだった。
 まるで、何処までも人間だった。



徐ろに日焼けの跡をなぞる君が、どうしようもなく愛しくて、混じり合う汗を気にせず抱きしめた。
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***

ぜんぶうそのものがたり

 にっかり青江が悪いのではないと思う。否、正しくはにっかり青江≠ェ悪いのかもしれなかったが、此処にいるにっかり青江≠ヘ関係がない、だ。それは向こうも分かっていることで、そのにっかり青江とこのにっかり青江が違うことを平時ならば受け入れているように視えたのだが、どうにも何か≠ったあとは違うらしい。戦場から帰って来た自分たちのようだ、とにっかり青江は思う。
―――気分が高揚してどうしようもない。
―――目に入るものすべてを、斬ってしまいたい。
―――ああ。
どうしてかそれ≠ェ目を付けるのはいつだってにっかり青江なのだ。
 何が悪い訳でもない。自分たちと似たようなものだ、ただ、意思の疎通などがまったくもって出来ないだけで。斬りたい斬りたい斬りたい。きっとそんな言葉だけでは表せられないものがにっかり青江へ向けられる。僕なんか見ていないくせに、と言うのは簡単だったがそれだって届くともしれない。
「青江」
そんなところへ、伸びてくる、手。
「俺には何も見えないから、青江、お前はそれに合わせていれば良い」
目を覆った手は思いの外暖かかった。
「長谷部くん」
「お前がそういったものを全部、お前のアイデンティティを全部、放り出したいのなら、俺がちゃんとそれをさせてやるから」
小声の会話の間に彼は離れていく。それ≠煦齒盾ノ離れていく。にっかり青江に彼を追う用事はない。それだけがどうして、なんで、いやだ、と幼子のように駄々をこねる声だけが届く。
「ずっと、俺のところにいろ」
 聞こえていないはずなのに。
 まるで、そうであるかのようにしてくれるから。
「………石灯籠を斬っていないにっかり青江なんて、それこそ歴史改変の賜物だよ」
「そうかもしれんな」
やっと、声に笑みを滲ませることが出来た。
「でもごっこ遊びなら、やってやれる」
浮かび上がってきた余裕を読み取ったのか、へし切長谷部の声にも同じように笑みが滲んだ。
「俺はお前が石灯籠でも幽霊でも、斬ったところは見ていないから、何とでも言える」
「君だって本当は茶坊主なんか斬っていないかもしれないしね」
「そうかもな」
「…馬鹿、今のは否定するとこだよ」
「そうだったか、すまん」
 廊下は静かになっていた。
 この手で視界を塞がれている時だけ、すべて嘘で構わなかった。



あなたは『何も聞きたくない、何も見たくない、何も知りたくない、って逃げようとする』乾へしかりを幸せにしてあげてください。
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***

百回語ってまた明日 

 夏だから百物語をしよう。
 誰が言い出したのかは知れないが、恐らく自分と同じように視えない刀剣男士なのだろうということは簡単に予想出来た。視えているのならばそんな恐ろしいことを言い出さないだろう。隣のにっかり青江に視線を投げると、まあ視えない方が良いよと言わんばかりの笑みを浮かべられた。
 そういう目だけの遣り取りがあったからなのか何なのか、気付いたらへし切長谷部もその百物語に参加することになっていた。別に嫌だという訳ではなかったが、あまりこういった遊びに付き合う方ではなかったため、興味の視線が落ち着かない。とは言えへし切長谷部もそう感情を表に出すような気質ではなかったため、一見涼しい顔でその輪に加わっているように見えたのであった。
 百物語と言うだけあって、順繰りに話されるものはなかなか恐ろしいものだった。やはり心というものがそもそも人間寄りの存在であるからか、怖いと思うものは人間に寄ったものが多いらしい。さしてそれを恐ろしいと思うことはないへし切長谷部だったが、そういう話があると知るだけでも何か今後役に立つかもしれないと、黙って聞いていた。
 そうしてあっという間に、にっかり青江の番がやってくる。
「さてねえ、どの話をしようか…。ああそうだ、縁の下には三本の指と男の頭が転がっている話にしようか」
ごくり、と唾が飲み込まれる音がする。にっかり青江は何処の、とは言わなかった。恐らく話を聞いているものが想像するのはこの城の縁の下だ。城とは呼んでいるものの、造りは日本家屋である。縁の下などそこら中にある、想像するのは難しくない。にっかり青江の話はそのまま進んでいった。他愛もない怪談のはずなのに、何故かにっかり青江が話しているというだけで妙に現実味を帯びてくる。同じことを他の刀剣たちも思っているのか、主に短刀たちの顔色がどんどん悪くなっていった。他の連中はにっかり青江を止めるつもりはないらしい。それが百物語の作法だと言われればそれまでだが、ここまで怖がらせることに成功しているのならばもう良いだろう、とも思う。
 こんなのは、へし切長谷部のようなものではなく、本当に視えるものが言うべきだろうに。
「作り話だろう」
自分の声がやけに響いて聞こえた。
「なんで君にはばれるのかなあ」
話を止めたにっかり青江がすぐさま笑う。
「お前が嘘を吐いている時はすぐに分かる」
「おやおや。それは参ったね」
「さて、そろそろ良い時間だろう。明日(あす)の朝、寝坊するなよ」
ぱんぱん、と手を叩けば参加していたものは時計を見て、驚いたようだった。それほどに夢中になっていたらしい。
 朝早いものたちがまずい、という顔をして、おやすみなさい! と部屋を出て行く。付き合ってくれた仲間に礼を言うことも欠かさないので、本当に出来たものたちだな、とへし切長谷部は他人事のように思った。
「あとはアタシたちでやっておくよ」
青江も明日早いんだろう? と次郎太刀が水を向けてくれたことで、にっかり青江もまた、部屋に戻ることにしたようだった。
 その、道中。
「あれ、嘘だろう」
「何がだ?」
「僕が嘘を吐いている時はすぐに分かるっていうの」
「ああ」
へし切長谷部は悪びれもせずに答えた。分かっていて乗ったのだからにっかり青江とて話の止め時を探していたのだろう。あんなに怖がるとは思わなかったんだよねえ、と反省しているようなので何も言いはしないが。
「でも、なんであの時嘘だって言い切ったんだい? もしも本当だったら、とは考えなかったのかい?」
 あの場にはにっかり青江の他にも、そういったものが視える刀剣男士は数振りいた。それをへし切長谷部は完全ではなくとも、なんとなくくらいには把握している。彼らは何も言わなかった、けれど。
「お前がそんなものを放っておくはずがない」
へし切長谷部は知っていたから。
「お前はお前やお前の大切なものに脅威になる存在を、放ってはおかないだろう」
「…はは、」
 その言葉ににっかり青江は気が抜けたように笑う。
「何だ」
「いやあ、本当に…しみじみ、君が好きだなあ、って思ったんだよ」

***

ふたりきり、 

 雨の音がしていた。
 外の世界は梅雨らしい。名前だけは知っていたものをこうして人の身におりてまじまじと観察することになるとは思わなかった。雨の音は煩いと、誰かが言っていたのを思い出していた。それが誰の言葉かは思い出せなかったが、そうでもないな、とへし切長谷部は思った。もしかしたらこの雨だからかもしれない。この世界にはもっと、煩い雨というのも存在するのかもしれない。これからどのくらいの間人の身でいられるか分からないが、へし切長谷部がそれに出会う日も来るのかもしれない。
「まるで雨ですだれを作ったみたいだよね」
刀だけだった頃はそんなこと思いもしなかったのに、と横でにっかり青江が笑う。へし切長谷部はそれにああ、と頷く。
 すだれを掛けて、そうして、世界に。
 雨の音がしていた。
 いつかしていた水の話を思い出したが、もうそれは必要ないと、そんなことを思った。

***

淋しさは愛しさとともに 

 誰がにっかり青江の名前を叫んだのかは分からない。戦場では音という音が交錯するし、もしかしたらへし切長谷部なのかもしれなかった。
 体勢を崩したのが視界の端に入って、そうしてその向こうに敵の姿も。
―――間に合わない。
人の身ではないのだからそう簡単に折れることはない、そう分かっていても。目の前の敵を斬り倒してから地面を蹴る。間に合わない。
 ぶわ、り。
 一陣の風が吹いた。それに乗った桜の花片が、まるでにっかり青江を守るように敵の視界を邪魔する。一瞬だった、それでも戦場では一瞬で充分だ。その間に体勢を立て直したにっかり青江はいつものように、自身で薙いでみせた。
 元々にっかり青江というのはそれなりに最初期に来た面子の一振りであり、練度も申し分ない。あの程度の敵の一撃で、倒れるなんてことはないはずなのに。
「…ありがとう」
にっかり青江が呟く。逆側で敵方最後の一振りが沈んだ。これで戦闘は終わりだ。あとは、帰還するだけ。
「不思議だね」
 勢いのままに駆け寄ったへし切長谷部をにっかり青江は真っ直ぐには見なかった。
「桜の花片が守ってくれたみたいだ」
そう言って笑うので、そうだな、と返すしか出来なかった。

***

君が幸せならばそれで 

 ぱたぱた、と目の前で紙が落ちるのを見てしまった。前ににっかり青江がそれは罠のようなものだと言っていたのを思い出した。へし切長谷部の目にそれらは映らなくとも、にっかり青江が城のあちこちに設置したものを見ることは出来る。
―――これは、知らせなければならないな。
彼の仕事が増える予感(というよりかはほぼほぼの確定事項)を抱えながら、へし切長谷部は踵を返したのだった。
 それからどうなったと言えば、二人揃って石切丸の部屋に来ている。
 へし切長谷部から話を聞いたにっかり青江は城内を見回って、それから一言、だめだね、と呟いた。僕じゃあちょっと、力不足だ。それから石切丸のところに行こう、と立ち上がったにっかり青江に付いてきてそのまま、という訳である。にっかり青江が分かるものであれば石切丸にも分かるのでは、とも思ったがこういった案件においての石切丸の懶さはへし切長谷部も知っている。
「僕には無理だ」
襖を閉めて早々、にっかり青江がそう言って、それだけで石切丸は察したらしい。しばらく虚空に視線を彷徨わせて、それから息を吐いた。
「無理ではないだろう」
「あのね、」
「主を呪う不届き者なんて殺してしまえば良いだろうに」
「君ねぇ…」
呪い、という不穏な言葉が飛び出たが、へし切長谷部はこの件については門外漢なので黙っておく。こういった事情がなければもしかしたら石切丸のようなことを言ったのかもしれないが、にっかり青江が止めるのならばそれなりに理由があるのだろう。
「分かってると思うけど、あちらさんは無意識だよ」
「無意識でも呪いになるくらいなんだろう」
「人間なんてそんなものだよ」
それからしばらくにっかり青江と石切丸の押し問答は続いた。

 「生霊なんだ」
やっとのことで了承した石切丸の部屋を後にして、漸くにっかり青江は話し始めた。
「人間ってのは厄介でね、生きたまま…そうだね、影とか、魂の半分だとか、そういったものを飛ばすことがあるんだよ。勿論、意識的にも出来なくはないけど、危険だからあんまり自分から進んでやるってないんじゃないかな。だから大体が無意識なんだよ」
無意識、とへし切長谷部は繰り返す。執着とか、そういったものが勢い余って呪いになるんだよ、と付け足された。
「生霊っていうのは扱いが難しくてね。斬れば生きている方も死んでしまうんだよ。死霊だとか残留思念なら僕でも斬れば良いんだけど、生霊は、ねえ…」
「…太郎太刀や次郎太刀ではだめなのか」
「彼らも丁重に返すことは出来るだろうけれど、ううーん…多分、石切丸が良い顔をしないだろうねえ」
悪い言い方をすれば、僕は特別らしいから、とにっかり青江は渋い顔をする。
―――特別、とは。
 何が。
 へし切長谷部の口がそう紡ぐ前に、そういえば、とにっかり青江は思い出したように手を打った。
「長谷部くんがいても石切丸は本音を言うようになったね」
「…あれは本音なのか」
「本音だろうね。彼の本性はどうやら過激なようだから」
主と何かあったのかな、という言葉には深く踏み入らないことにした。へし切長谷部はにっかり青江だけで充分だった。手に余る、とは言わないし、主は主として仰いでいるから別なのではあるが、それでも他に割いてやれるような容量も要領もない。
「………主の…あの性質はね、本当なら主本来のものではないんだよ」
多分ね、とにっかり青江は付け足す。主には自覚がないから、自分がそういう性質になっていることすら気付いていないと思うよ、と。
「でも主はそれを手放さないから。石切丸もやきもきしてしまうんだろうね」
へし切長谷部としては、あの石切丸の状態をやきもき≠ニいう言葉で表してしまえるにっかり青江に驚くしかない。
「君は…君の大切なものが誰かにかかずらった故の…そうだね…不幸を負っているのだとしたら、どうする?」
 気付けばにっかり青江の部屋の前まで戻ってきていた。自然なことのように一緒に入り、横に腰掛ける。
「俺はどうもしない」
凛とした声が出た、と思う。
「それも含めて大切なものだろう」
「…本当に、」
 頭をもたれさせる。今ならその甘えが許されると思った。
「君は、出来ている、ねえ」

***

 「長谷部くん」
スターン、と小気味良い音を立てて部屋のふすまが開けられた。
「花見を、しよう」
今何時だと思っているんだ、という長谷部の文句はそのまま口の中に仕舞われた。

丑三つ時のランランランデブー 

 にっかり青江が説明もなしに何かしらに巻き込んでくるのは今に始まったことではない。そもそも聞けば分かる範囲で説明はくれるのだから、聞かないへし切長谷部にも問題があるのだろう。それに―――これは少しへし切長谷部が気にしていることなのではあったが、にっかり青江は少々危ない橋を渡るような場合にはこちらに決して気取らせないようにするのだ。へし切長谷部にそういうもの≠ヘ視えないし、今後も視えるようにはならないとは思うのだからにっかり青江の判断は適切なのではあったが、少なくともそういうことに関わっているのだと、伝えるくらいは良いのではないか、と思っていた。
「こんな時間にか」
「こんな時間だからだよ」
美味しいお酒もあるよ、と付け足されるのに、思わず笑みがにじみ出る。
「そういうことなら」
「君のそういうノリの良いところ、本当に好きだよ」
 そうしていつもの縁側へ行くと、満開の桜が迎えてくれた。なるほど、これを見せたかったのだろう、と思って座る。
「はい」
手渡されたのは空の盃だった。美しい朱色をした、趣味の良いものだ。歌仙くんに選んでもらったんだ、と言った表情は楽しそうで、彼が一人で行動することが多いのを知っているへし切長谷部としては少し安心する。
 こんこんと盃から湧き出る酒に、今更目を丸くすることもない。そのままぐい、と乾かしてから、どうなっているんだ、と問う。
「そうだねえ、とても美人なお姉さま方がお酌してくれてるんだよ」
「そうか。お前が言うのなら大層美人なんだろうな」
へし切長谷部がそう言った瞬間に彼の顔面には桜が吹き付けた。
「………もしかして俺は怒らせたのか」
「逆だよ。上手なこと言って〜って感じかな」
「なら良いんだが…」
「さっきまで僕だけでお話していたんだけど、僕、明日早番だから」
「眠らなくて良いのか」
「少し眠れば大丈夫。でも、流石にほら、お酒は飲めないだろう」
「そうだな」
「だから君を呼んだんだ」
 桜がひらひらと、にっかり青江の手のひらに落ちてくる。
「君に、僕の見ているものを見て欲しかったから」
その言葉に少し笑って、へし切長谷部は役得だな、と呟いた。

***

きみのせかい 

 水を撒いている。
 この城では景趣は二十三世紀の現代と合わせて景趣を変更するように設定している。それは主が師匠から言われたことなのだと聞いたのは最近になってのことだった。何故彼の師匠がそう言ったのかまでは、へし切長谷部には分からなかったが、そういう訳で現代が夏の今、この城もまた、夏なのである。
 夏は暑い。そんな中で水浴びをしたい、と零したのは主だったのだと思う。その言葉に周りのものがそうだ、水浴びだと立ち上がり、石切丸はと言えばその様子を呆れたように見守っているだけだった。
 以前半ば巻き込まれるようにして百物語に参加してからというもの、他の刀剣―――主に短刀たちとの日常生活での距離が縮まったらしく、へし切長谷部はせがまれて水を撒いていた。勿論ホースから舞い散る水滴の下には上だけ脱いだ短刀たちが声を上げている。平和な光景だ。そう思う。にっかり青江も水浴びの輪に混じっていた。とても平和な光景だ。まさか戦争なんてものをしているとは思えないくらいに。
 そんなことを考えていた、瞬間。
 ふと。
「…今、」
「どうしたの、長谷部くん」
にっかり青江がこちらを見遣る。
「なんでもない」
 水の幕に一瞬映った世界。にっかり青江を中心に、その周りにはいないはずのたくさん≠ェ見えただなんてきっと、この暑さにくらりとした脳とやらの錯覚なのだ。

***

 「………どうしたんだ、その花束」
「これでも減った方なんだよ?」
城の廊下で会ったにっかり青江は、大きな薔薇の花束を抱えていた。

でんぐり返ってまた来世 

 「花屋で他の本丸の審神者に会ってね。誰かに渡すつもりだったらしいんだけど、だめになったみたいで。そしたらうちの主がそういうことなら買い取るって言い出してね」
「良かったのか」
「ん? ああ、そういうのじゃなかったよ。普通に困ってる人だった。だから止めなかったんだけど、こうなるなら止めれば良かったかなあ…」
これでも減ったんだけどねえ、と言う彼から半分ほど受け取る。
 ちなみに今は何をしているのかと問うと、城中に配り歩いているのだとか。各々に一部屋が基本のこの城で一振りにつき一輪二輪渡していけば、それなりにこの花束は捌ける。余ったとしても主の部屋とにっかり青江の部屋に飾る分で半分にすればそう大変な量にもならないだろう、という考えらしかった。
「最初は何本あったんだ」
「百八本だって」
意味知ってる? と言うにっかり青江に素直に知らん、と返す。
「結婚してください≠セって」
 薔薇の香りが強い。
 にっかり青江がまるでそこにいないかのように。
「するか?」
「え、一応聞くけどこの話の流れだと結婚を、ってことだよね」
「それ以外に何がある」
にっかり青江の言いたいことは手に取るように分かる。
 今は、戦争をしているのだ。例えこの日常の大部分がとても平和でも。いつ死ぬとも―――否、人間ではないのだから死≠ニいう概念すら危ういのに、どうしてこれ以上。
「ごっこ遊びだと言うのなら、それを本気でやるだけだ」
そういったものの保険だ、といつもへし切長谷部は思っていた。この関係をごっこ遊びなどと揶揄するのは、いつかそれが保証されなくなった時の保険だ、と。そしてその日は、遠からず来る、と。
「…うん」
それでもにっかり青江は頷いた。
「結婚、しよっか」
「ああ」
「薔薇は要らないからね」
「飾る場所に困るしな」
「現在進行系で困ってるしねえ…」
 自分が持った分の薔薇から、一本抜き出してその茎をくるくると丸める。やりづらいが最後にキュッと縛って指に押し込めば、それらしくなった。
「お店の薔薇ってちゃんと棘が取ってあるんだね」
最初に言うことがそれか、とも思う。
「………思ったより花がでかいな」
 その言葉に堪えきれない、というようににっかり青江が吹き出した。
「あは、あはははは…うん、そうだね。薔薇ってこんなに大きいんだ」
知らなかった、と呟くにっかり青江はうんうん、と頷いている。
「でも、ねえ、僕は今とても嬉しいんだよ」
「俺もだ」
「なら、良かった」

***

ふたりじゃない 

 ぽたり、ぽたり、液体の落ちる音がする。
「本当は麻雀の方が良いのかもだけれどねえ」
囲碁盤挟んで向き合って彼は木賊の色をいつものように瞬かせる。
「君も覚えておくと良いよ」
 誰かいれば直ぐに出来るからね、と笑った。そのうしろで暴かれし影がどんな顔をしているのか、きっと永遠に知ることはないのだ。



ライトレ
液、暴かれし、囲碁
http://shindanmaker.com/531520

***



20161202