憂いを音にしたら咽喉に戻せるのに 

 廊下の端にちょこん、と座る小さな影を見つけることが出来たのは殆ど奇跡と言っても良かったと一期一振は思う。
「何か考え事ですかな? 常磐殿」
太刀であるこの身は夜目が効かない。暗闇に紛れる小さな黒猫など、気付かず通り過ぎたとしても何も可笑しくはなかった。
「そろそろ眠らないと明日(あす)は早いのでは?」
「その台詞、そっくりそのままお返ししますよ」
「この身は不思議なもので、睡眠をとらずとも動けるのですよ」
「それは屁理屈、ですか?」
「いいえ、事実を述べたまで」
 一期一振が近付いていくのを、猫は逃げずに待っている。そういえばいつもはぐらかされるので、面と向かって主と呼んだことがなかったな、と思い出した。
「主」
だから、呼ぶ。尻尾が微かに、揺れたような気がした。
「聞きませんよ」
そうして続ける。
「貴方が話したくなるまでは、聞きません」
「………君は、狡い、ですね」
ぱた、と今度はしっかりと、尻尾が動いた。
「優しくされたら、すべて吐き出したくなってしまうでしょう」
その拗ねたような声色に一期一振は笑みを漏らす。
「では膝でもお貸ししましょうか?」
「ふふ、それくらいならば甘えても赦されますかね」
よいしょ、と膝に乗ってくる猫に一期一振は聞けなかった、一体、それは誰が誰に赦すものなのか。
 彼が彼自身を、というのとは違うと、それだけは分かっていた。

約30の嘘
http://olyze.lomo.jp/30/index.html



20161019