悲しみの満ちない海にしか居ない 

 夢だ、と思った。
 猫になってまで夢なんてものを見るとは思っていなかったな、と意識のはっきりした夢の中を揺蕩う。まるで生まれてくる前だ、なんて思って一人笑う。猫を一人と数えて良いかは分からなかったが、今はどうせ自分しかいないのだ、どう言おうと誰が気にすることもない。音のする方へと歩いていく。その足もまた猫だった。今の常磐は紛れもなく猫で、それ以外のなんでもなかった。
 そうして、出会う。
 長く伸びた髪を一括りにした、一見すると中性的な後ろ姿を。
―――貴方は悲しくないのですか。
 同じような戦場にいると言うのに、浮かんできたのはそんな言葉だった。そしてそれを言うのはあまりにも失礼なことだと、それも分かっていた。分かっていたから噛み砕いて飲み込んで、二度と言葉にならないようにしたのに。
「貴方は悲しくないのですか」
後ろを向いたままの彼は、いとも簡単にその言葉を口にする。
「あなたは―――」
幸せなくせに、そんな言葉を吐くのですね、と。
 そんなことは言えなかった。言っても伝わらないことが、よく分かっていた。

約30の嘘
http://olyze.lomo.jp/30/index.html



20170131