忘れられた君が優しい理由 

 そのすべてが分かると言えるほど、石切丸は自らのことを万能だと思ったことはなかった。ただ少し、神として人へと寄り添った時間が長く、そうでない刀剣からしたら慣れているように見えるだけなのだろう、と。
 だから、主であるその猫にまとわりついた、ある種赤い糸のようなものが一体何なのか、石切丸には答えを出せないでいる。
 「私はこんな姿になっていますが、私のことを覚えている人は果たしているのでしょうかね」
その言葉に、石切丸は少し思案してから返した。
「人間というのは、忘れられるのが恐ろしいと思うものではないのかい?」
「ええ、そうだと思います」
猫の返答はすぐだった。もしかしたらいつも考えていたのかもしれない。
「私も、忘れられるのは恐ろしいことだと思います。ですが…」
 忘れられること。
 忘れられること。
 それは恐ろしいことだ。
 石切丸はそれをよく知っている。
「何故か、それをすべて帳消しにするものが、この先にあると期待に胸が膨らむのですよ」
たん、と尻尾が床を叩く。
 猫は自らの恐れているものを認めた上で、その先にある何かに希望を抱いていた。石切丸にはそれが眩しく思えた。彼が彼の言う通りに元々は人間であったと疑っている訳ではなかったが、今、眼前に事実として突きつけられたような感覚だった。
「そうか」
石切丸に返せるのはそんな相槌だけだった。
 君は人間なんだな、なんてそんな当たり前のことを、再度口にすることは出来なかった。

約30の嘘
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20161019