伸ばした手は猫に届いて、そのまま巻き込んで転がっていった。
腕の中で悲鳴らしきものがあがったが、今はそれを気にしているどころではない。
顔をあげる。敵から、敵から。目を離してはいけない。

美しい、一閃が。



浅き夢見じ酔ひもせず



瞬く。
「…実戦経験少ないとか、嘘じゃん」
思わず零れたのは、そんな言葉だった。

猫を庇った加州清光を狙った青の脇差し。その刃が加州清光に届く前に、腕を落としたのは。
「宗三左文字…」
そのまま敵を屠った彼に、思わず部隊は感嘆をもらした。

美しかった。

彼の言葉一つひとつが、確かに頷けてしまうほどに、今の一閃は美しかった。
「よいしょ」
その固まった空気をぶち壊したのはやっぱりというか、その猫で。
「ありがとうございます、清光くん。怪我はありませんか?」
「んー…埃ついたくらい」
「そうですか、安心しました」
加州清光の腕を抜け出た猫はとこところと宗三左文字のところへと歩いて行く。
部隊の面々はそれを眺めている。半ば、惚けるように。
「ありがとうございます、宗三左文字くん。君のおかげで私は救われました」

その言葉に、宗三左文字は少なからず気に入らないものを感じたようだった。
「…僕が何もしなくても、彼が貴方を助けていたでしょう」
「ええ、助けてくれたと思います。でもきっと、それでは清光くんが怪我をしていました」
「そういう、ものですか」
「そういうものです」
ふるり、耳が震える。
「君は優しい子ですね。主でも何でもない人を救える、優しい子です」
あまりにその語り口が優しく、そして漂っている雰囲気もシリアスなため、
誰も猫だろ、というツッコミはしない。

さて、帰りましょうか、と言われてはっと部隊が活気を取り戻した。
各々が宗三左文字に寄って行きすごいな、と言葉を掛ける中、加州清光は猫を拾いに行く。
「アンタ、怖くなかったの」
「怖かったですよ」
見てくださいこの尻尾、足の間から出て来ません、
と示された尻尾は、確かに身体にぴたりと張り付いている。
「死ぬかと思いました」
「…ごめんね」
「何がです」
「さっきあんなこと言ったのに、危険に晒したし」
「ああ、別に良いんですよ。戦場に絶対がないことは、私も良く分かっていますから」
それは、そうだけれども。
「………てゆーか、さ」

一つ。言いたいことがあった。
「俺らは…いや、少なくとも俺はさ、
アンタのこと身を挺しても庇ってやりたいって思うくらいには好いてるし、主だと思ってるから」
宗三左文字が来た時に、猫が口にした言葉。
「主じゃないとか、言わないでよ」
本当はずっと、言いたかった。

猫は猫だからか、
こんがらがった呪いを受けた身という負い目でもあるのか、妙にこちらと距離を取りたがる。
同じ、戦場に同行している仲間、なのに。それは、やはり。

寂しい。
「ぼくだってっ、ぼくだって常磐さまのこと、あるじさまとおもってますよ!」
「僕もです。貴方のこと、主だと思っています」
「鳴狐も常磐どののことを主と思っておりますよ!」
「俺もだ。ってか、主と認めたんじゃなきゃついてってねえよ」
加州清光の言葉に感化されたように、わあっと他の面々も集まってきた。
どうやら皆同じ考えだったらしい。

中心で猫は、恐らく呆けた顔をしていたのだと思う。
「…それは、すみませんでした。考えが至らず」
さっきまで身体の下に入っていた尻尾がゆるゆると出て来る。
嬉しいものですね、と言った猫にそれを眺めていた宗三左文字がため息を吐いて、
ここに残るのも悪くなさそうですね、と言った。

それを逃すことなく聞き取った全員の、やったー! という旨の叫びが重なって、
まるで胴上げのように猫の身体が宙を舞った。





20150917