「黒猫さん」
宗三左文字がこの本丸に来て五日ほど経った日のこと。
「今日は出陣を見学させていただけませんか?」
有為の奥山今日越えて
それに対する猫の答えは、良いですよ一言と、ひどく軽いものだった。
隣で聞いていた加州清光が思わず、えっ、いいのっ? と聞き返してしまったくらいだ。
宗三左文字もこんなに軽い返事が返って来るとは思わなかったのだろう、うっすらと目を見開いている。
「え、逆に何で駄目なんですか」
「うーん…そう言われると…」
「初期なんて三人で回してたじゃないですか。主力五人にしてもいけますよ」
「いやいけるけどね?」
余裕です、
ときっと恐らく猫が人間の形をなしていたのならばいい笑顔で親指を立てていたであろう空気に、
加州清光は何を言うことも出来なくなった。
この猫に出会ってまだ一ヶ月も経っていないけれど、
彼が言い出したら聞かない性格だというのは既にようく分かっている。
ようく分かっているので、はあ、とため息を吐いて加州清光はそれを了承した。
別に部隊長でもないのに(第一部隊長は今剣である)、
どうしてこういう判断は加州清光に委ねられるのだろうか。
愛染国俊がそういうことなら、と部隊から外れ、第一部隊は彼の見送りで出陣した。
いつものように、まるで日課のように敵を斬っていく。
見学を申し出た宗三左文字は何をするでもなく部隊の一番後ろをついてきていた。
本当に見学のつもりらしい。
「見学って、言ったってねぇ…」
「嫌ですか?」
「嫌っつーか、常磐さんの監督が行き届く範囲が六本なんでしょ。
その少ない枠を埋めちゃって大丈夫? っては思うよ」
事実国俊が外れた訳だしさ、と頬を膨らませる。
なんのかんの言って、初期刀である加州清光は初鍛刀でやって来た愛染国俊を気に入っているのだ。
それがやる気があるのかないのか分からないものを連れて行くために外されたとなれば、不機嫌にもなる。
「まぁ、レベリングもしてましたし、今日は新しい場所でもないですし、半分見回りみたいなものですし。
新人育成だと思えば」
「…アンタって時々みょーにのほほんとしてるよな」
「猫ですから」
「それ関係ある?」
ため息。此処へ来てからため息ばかり吐いているような気がする。
勿論、その前はため息を吐くための身体なんて持っていなかったのだけれども。
それに、と思う。のほほんとしているこの猫は、どうにも危機感が足りないように思う。
思うだけなのかもしれなかったし、
そういえば危うい場面はいつだって上手く逃れているような気もしたが、やはり、なんだか、とても。
胸騒ぎのような。
いつか、取り返しのつかないことになる、ような。
「まー…何かあっても俺がなんとかしてやるよ」
「頼もしいですね」
「俺が駄目でも、今剣とか、堀川もいるし。大丈夫だろ」
「おや、鳴狐くんと鶴丸くんは入っていないんですか?」
「鳴狐は…まぁうん、大丈夫だろ。鶴丸は………アイツは、まだ鍛錬たりねーよ」
太刀を捕まえて鍛錬が足りないとは、と猫は楽しそうに笑う。
「仕方ないだろ、来たの遅かったし」
「いやあ、うちに太刀来ないのかとすら思いましたよね」
「うん…それはマジで思った」
リアルラックの所為ですかねえ、と振られる尻尾に、はは、と笑うしかなかった。
そして、最後の戦場。一通りの戦闘が済んで、その残骸を漁っている時。
「あれ、此処、いつも六体いましたよね…?」
猫の声に、加州清光は鋭く声を上げる。
「今剣」
「ええとですね、わきざしのあおが、いったいたりません」
足りない、となると。その辺りに潜んでいる可能性がある。
「私は降りていた方が良いですかね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
とん、と猫の小さな足が地面につく音。そして少し、離れていく音。
感覚を研ぎ澄ます。ああ、と思った。
そっちは。
近付いて来る気配。漏れ出る殺気。そっちは、だめだ。
「ッ危ない!」
誰かの声が響く。振り返るよりも先に脚が動いた。間に合え、間に合え。
「常磐さん!!」
20150917