どちらにしようかな 

 猫が審神者、ねこがさにわ…と半ば放心状態で呟いていた加州清光に、猫はああ、と声をあげる。
「今はこんな姿ですが、私は人間ですよ。…まぁ、正しく言うなら元・人間、でしょうか」
常磐と申します、と猫は頭を下げた。ぺこり、と。はぁ、と気の抜けた返事をしながら清光もまた、同じように頭を下げる。
「人間?」
「猫にしか見えないでしょう?」
「ああ、うん…」
人間が猫になるのか、元が人間だとしても猫が審神者になれるのか、などまだまだいろいろ言いたいことはあるのだがどうにも出て行かない。
「ちょっとばかり複雑な呪いを掛けられてしまいましてね」
「呪い…」
「これがどうにも審神者をしなければ解けないらしいのです」
「はぁ…」
呪いなんてものが現実にあるのか、そういうツッコミも口からは出て行かなかった。猫、猫だ。もふもふしている。ごろごろ言っている。尻尾が楽しそうに揺れている。
「信じられないという顔ですね?」
「そりゃあ…しゃべる猫も初めて見たけど、猫になった人間も初めて見たし…」
「ですよねえ」
私も最初信じられませんでした、と猫は言った。なんとなく笑ったような気がした。苦笑だ。
「私もお国の偉い人が訪ねて来なければ、猫になったのなんて夢だ、と思っていたでしょうし」
でも現実なんですよねえ。その言葉にああ現実だな、と返す。
「と、まぁ、身の上話なんてものをさせて頂きましたが、これは私の問題ですから、もし貴方が使命がいやだと言うのならば、この戦に参加しなくても構いません」
「そんッ…、だって、そんなことしたら、アンタは」
「そうですね、一生元に戻れないかもしれません」
「…それで、良いのかよ…」
「良くはありませんが、だからと言って無理強いをして良い訳でもないでしょう」
なんといっても戦ですしね、と猫は言った。生命を預けるような場所に、無理強いする訳にもいかないでしょう、と。
 ああ、と思った。その次に浮かんできたのはもう、だった。
「…俺、使いにくいけど性能はいい感じだよ」
「知っています」
「それでも良い? 大変だよ?」
「こうして呼び起こした以上、途中で放り出すような真似はしませんよ」
急な話でしたので、あまり知識が豊富とは言えませんが。教えてくださいますか? そう首を傾げた猫に一つ頷いて、その身体を床へと下ろす。
 そして同じように床に座った。手を差し出す。
「これから、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
 歩き慣れていないようなその桃色の肉球は、とても柔らかかった。



 かこん、と音がする。ししおどしの音だ。長閑である。
「良いとこだね」
「でしょう? これでもお国から支給された本陣ですからね」
ししおどしってなんなんだろうね、と加州清光が呟くと、彼を顕現させた審神者である猫は、けだるさを感じさせるものらしいですよ、と言った。水の流れを際立てることで、時間の流れや水の流れを強調し、高まった緊張が一気に解けて何事にもならないという徒労がけだるさを感じさせ、それを味わうゆとりを生み出すのだと言う。
 そんな雑学をへえ、と聞いていた加州清光は、はっと思い立った。
「そうだ、常磐さん、鍛刀しよーよ!」

それは天の神様の言うとおり 

 ししおどしの話からどうして鍛刀になるんでしょう、と首を傾げていたものの、加州清光は歩き出した猫について何処かへと向かっていた。
「そういえば、鍛刀しようとは言ったけど、どうやってすんの?」
「あれ、君、そういう知識も与えられたのでは?」
「んー…なんか入ってきたような気はしたんだけど、常磐さんが猫ってことに全部吹っ飛んだっていうかなんていうか」
そう告げれば猫はすみません、と謝る。
「やはり気になりますかね?」
「まーインパクトはあったよねー。今はもう、猫とか別に良いと思うけど。つーか人間よりも守りやすくて良いかも」
「そういえばそういう問題もありましたね」
いろいろな人がいますからねえ、とそんな話を続けていると、猫はぴたりと足を止めた。どうやらついたらしい。
「常磐さん、此処? 開けたら良いの?」
「はい、お願いします」
 ぎぎ…と重たい音で扉が開く。向こうは真っ暗だった。入れば灯りがつきます、という猫の声に従って足を踏み入れると、ぱっと辺りが明るくなった。
「わお」
思わず声を上げる。
「私がこちらに来る際にお国から貰ったものです」
 中には木炭や玉鋼が置かれていた。初期は何かと入用ですからね、と猫はその山に近寄っていく。
「最初ですし基本値で良いですかねえ。レア狙いはレシピ出てからでも…序盤はどうせカッツカツになるんですから率先して資材溶かしにいくのも…」
「資材? 溶かす?」
「………? 私は一体何を言っているんでしょう…」
猫を首を傾げてから、まあいいやと言わんばかりに頷いた。
「最初ですからall50にしましょう。清光くん、持っていただけますか?」
 そうして言われた分の材料をカゴにいれ、今度はまた別のところへと向かう。ついたのは鍛冶場のように見えた。中でごうごうと火が燃えているのか、熱風が押し寄せて来る。
「此処で作るんだ?」
「はい」
「もしかして常磐さんが打つの? 猫なのに?」
無理じゃない? と言外に言えば猫は小さく首を振った。やるのは私ではありません、とその右前足が持ち上げられる。
 その先には。
「妖精さんに材料を渡します」
「うわっ!? なんかちっさいのがいる!」
「彼らは妖精さんです。鍛刀や刀装など、専門知識が必要なことをしてくれる裏方さんです。魔法少女につきもののアレと考えてくれて良いですよ」
「まほうしょうじょ?」
「すみません、こっちの話です」
今度何か教材用にデータでも探してきましょうか…、猫がぶつぶつ続けることは加州清光には関わりのなさそうなことなので放っておく。
 まだ付き合いも浅い猫だ。自称・元人間だがそれを立証するものは何もない。彼に協力し戦うとは決めたものの、昔の話をするほど仲が良くなった訳でもない。隣でむにゃむにゃ呟かれるその半分以上はよく分からないことだらけだ。
 加州清光が妖精に材料を渡すと、彼らは一通り確かめてからそれらを一気に炉へと放り込んだ。そんな雑そうなやり方で良いのか。技術の進歩が怖い。すべてが火に沈んだとき、テンッと軽い音がして炉の上の時計が動き出した。
「二十分…あれですかね、所謂くち…」
「くち?」
「くち…なんでしょう? さっきから妙なことばかり口走りますね…これも呪いでしょうか?」
どうやら猫自身にも分からないらしい。ともあれ。
「二十分で出来るってこと?」
「はい」
「どうする? 戻る?」
「いえ、清光くんさえ良ければ待っていても良いですか?」
初めての鍛刀ですし、そう言って笑う顔は確かに人間じみている。元・人間ていうのも本当かもしれないな、と加州清光は笑って、猫の隣に腰を下ろした。
 そうして、二十分後。
 出来上がった刀に、猫が手を伸ばす。柔らかそうな肉球がきらめく刃の部分にふれて、そして―――
「オレは愛染国俊! オレには不動明王の加護が付いてるんだぜ!」
一瞬で、祭りが呼び起こされたような気分になった。
「お前が審神者? よろしくな!」
「よろしく…っていや、俺は違うよ。審神者なのはこっち。常磐さん」
出された手を握り返してから我に返って、加州清光は常磐を持ち上げる。みにょーん、とその身体は伸びた。異様に伸びた。猫だからだろうか。
「へー猫も審神者出来るんだな! すげえな! オレ愛染国俊! よろしく!」
「よろしくお願いします。常磐です」
そんなリアクションで良いの!? という加州清光の驚きは言葉にされないまま、こうして二人目の仲間はやってきたのである。
 だだっぴろい本丸が、少しばかり彩りを増したような気がした。






20161202 編集