雲霧室苔
くもきりむろこけ
岩融くんは大きいですね、と猫が何度目かになる感想を漏らした―――
岩融が何度目かになる額を鴨居に打ち付けるという行為をしてみせた時のことだった。
「ならば俺の肩に乗ってみるか?」
額をさすりながら岩融が出した提案に、猫は一も二もなく飛びついた。
そういう訳で、するすると木でも登るように加州清光の肩から、岩融へと移った猫は、
「―――」
その尻尾をぴんと立てて黙っていた。どうしたのだろう、と加州清光は猫を見上げる。
今、猫は望んでその肩に移ったはずなのに、何故何も言わないのだろうか。
どうして尻尾に力を入れっぱなしなのだろう。
「主よ! 高い場所は怖くはないか?」
岩融の快活な声が沈黙を切り裂いていく。
「いえ………」
猫の声は、たよりなく震えていた。ただごとではない。
猫の様子がよく見えないだろう岩融もそれを感じたようだった。けれども、その根幹までは分からない。
高いところがだめではないことは先ほど確認した。ならば、何故。
「なにか、もっと………高い場所に立っていたことが、あるような…」
猫の目は遠く、まるで違う世界でも眺めているようだった。
「美しい海が………」
ああ、もしかして。
加州清光は思う。
「ど、どうした主。加州の肩の方が良かったか? やはり高いところは怖いか?」
「いえ…そうでは…」
慌てて降ろされた猫が、加州清光の肩へと戻される。
「すみません…」
―――人間だったならば、涙を流していたんだろうか。
加州清光はそんなことを考えながら、肩の猫を撫でた。
20150917