雪が降っている。頭上には藤棚だろうか、静かな幹が横たわっていた。冬らしい。ちらほらと雪は私に触れずに、地面にも落ちずに消えていく。
 ループ。それはあまりに静かな空間だった。まるで、時が止まったような、私以外のすべてが死に絶えたような。
「美しいでしょう?」
そこには私の刀がいた。へし切長谷部。紫の瞳の美しい付喪神。
「此処は俺の世界です、俺は主を攫ってきたんです。今日から此処で、二人きりで過ごすんですよ―――」
手が伸びてくる。
 それが、頬に。



 触れる、寸前。
「はあ? じゃあなんで冬なんだよ十点減点。やり直し」

うちの長谷部は大体なんでも出来る長谷部ですがロマンチックモードだけは搭載されておりません へしさに

 目が覚めるといつも通り私の部屋だった。朝だ。タイミングよく外から声が掛かる。
「主? 起きてるよね?」
断定系か。この声は燭台切光忠である。なので私は素直に応えることにした。
「寝てる」
「起きてるでしょ!?!?」
スパーンと襖が開けられた。本日もダイナミックな起こし方だ。前々から燭台切光忠にはもっと優しく起こしてくれと言っているはずなのだが、どうしてこうなるのか。私は悪くないのに。
「長谷部くんが僕の部屋に飛び込んで来て部屋中引っ掻き回して大変なんだから! 主の所為でしょ! 引き取って!!」
「前々から言っているがそれは長谷部の選択であって、私が長谷部に君の部屋を荒らすように言っている訳じゃない」
「でも長谷部くんがしっちゃかめっちゃかに出来るのなんて僕の部屋くらいしかないじゃないか!? 主もそれはわかっているんだろう? 長谷部くんが宗三くんの部屋を荒らしたり出来ると思う?」
「思わない」
「じゃあ今すぐ起き上がって! 君寝起き良いんだからそうやってゴネないで!!」
「博多の部屋だって良いだろう…不動だって…仲良い刀剣男士は他にもいるだろう…良かったな燭台切光忠。君は長谷部の親友認定だ」
「絶対違うと思うけどね!?」
 私が渋々と起き上がって支度をし始めると、燭台切光忠は部屋から出ていってくれた。その辺の気遣いはよく出来ると思う。私が常々そううるさく言っている訳ではないのでまあ、性格だろう。個体差個体差。他の審神者と話をする機会があっても、燭台切光忠は気が利く・利きすぎるという話になってしまうのでもしかしたらこれが平均値なのかもしれないが。
 閑話休題。
 私が着替えている最中、燭台切光忠は襖の向こうで待っているらしかった。
「今度は何て言ったんだい」
「いつもと同じだ。十点減点」
「もう長谷部くんのライフはマイナスだよ…」
襖の向こうなので見えないが、顔を覆ってさめざめと泣いている様子が手に取るようだった。そんな行動をさせているのは長谷部であって、つまりそれは回り回って私の責任らしいのだが、やはり燭台切光忠を選択しているのはへし切長谷部であって、私はそれに特に口出しをしていないだけなので私に責任はないと思うのだが。
「一応聞くけど、ほんっとに一応だけど。主は長谷部くんのこと好きなんだよね? 長谷部くんと同じ意味で」
「愚問だな、光忠。私は私の長谷部を世界一、いや宇宙一愛しているさ」
「じゃあ宇宙一愛していることをちゃんと口で伝えてあげてくれないかな?」
ちょうど長谷部くん復活したみたいだけど、もう着替え終わった? と問われる。まああとは羽織だけだったので頷くと、襖を開けた燭台切光忠にまた怒られた。羽織くらい良くないか。
 そんなふうにして朝から血圧を上げている(もしくは上げさせられている)燭台切光忠の後ろから、のっそりとへし切長谷部が顔を出した。おいおい、朝から私の刀がそんな顔をするんじゃないよ、とは思ったけれども多分こんな顔をさせている原因は私であるので口には出さないことにする。
「…減点、要因を」
その言葉にさしもの私もめげないなあ、なんて思った。
「もう言っただろ。なんで冬なんだよ。生活するのに困るだろ」
「俺は冬の男なんですが」
「それはそれこれはこれ」
「とか言って主は長谷部くんが例えば夏に設定してたとしても暑いだのなんだの言ったんでしょう?」
「………かもしれない」
「じゃあ結局だめなんじゃ…」
「だめなんてことはないさ。ただもうちょっと頑張って欲しいだけで」
「主のもうちょっと≠フ幅大きすぎないかい?」
 燭台切光忠は諦めたのか、私から目を逸らしてターゲットをへし切長谷部に変えた。私には人の言葉は通じないってか、とは思ったけれどもやっぱりまあ、巻き込んでしまっているのはそうだろうので黙っていることにする。
「長谷部くんも本気で神隠しなんてするつもりなかったんだろう? ちょっと夢の中にお邪魔したっていうか人目を忍んで会いに行ったっていうか、そういうのなんだろう? なのになんで神隠しなんて言ったの」
「主はそういうのが好きなのかと思って」
「何故」
「この間映画を…神隠し…豚…蛙…」
把握した。
「何の話?」
把握出来ていない燭台切光忠は再び私を窺う。
「この間見た映画の話。獅子王と御手杵が見たいって言って他わらわらみたいな感じで見てたはずなんだけど、長谷部も見てたんだな」
「はあ…」
「主!」
 今まで項垂れていたへし切長谷部はやっと元気を取り戻して来たのか、バッと顔を上げた。その目はきらきらしている。これぞ私の好きな私のへし切長谷部だった。
「俺は主の期待に応えられるように努力します!」
「分かった。楽しみにしているよ」
「はい!」
では今日の近侍を呼んで来ますね! と去っていくへし切長谷部に、やっぱり彼を近侍にしてやることは出来ないだろうなあ、と思った。さっきの遣り取りだけで結構頬が緩んでしまっているので、絶対に公私混同してしまって仕事が進まないに違いない。審神者をしているのは恋愛のためではないのだ。だから多分、一生彼を近侍にしてやることは出来ないが、まあ、納得済みなようなので良いのだろう。ちゃんと言葉を交わそう、とは思っているが。
「………」
そんな私を見て、燭台切光忠はため息を吐いた。
「その顔を見てれば君が本当に長谷部くんのことが好きなのは分かるんだけどさ」
「だからいつも言ってるじゃないか」
「それをこう、直球で伝えてあげたら良いじゃないか。恥ずかしくて出来ないとかいう性格じゃないだろう、君」
「伝えてもいるさ」
「伝えていてああなのかい? 伝えているのにいつも僕は部屋を引っ掻き回されているのかい?」
「そういうことになるな」
「なんでそうなるの」
燭台切光忠の疑問はまあそこそこに妥当だろうので、私は答えることにした。まあ、迷惑を掛けているようだし、そのくらいの補填はしてやるのが主としての責務だろう。
「私は自他共に認めるロマンチストなんだ」
「ロマンチストが神隠し設定プレイで衣食住のために季節気にするかなあ」
「気にするだろ。普通に寒かったし」
「そう…夢なのに寒かったんだ…」
「長谷部のそういう細かいところに拘るところは本当に好きなんだが…こう…如何せん伸びがな…伸び代はあるんだからどうしても期待値が上がるよな…」
「最低の期待値じゃない? やめなよそういうの」
「いやだって長谷部だぞ?」
「長谷部くんも万能じゃないからね? 割と何でも出来る感じだけど、万能じゃないからね?」
「いやうちの長谷部は恋人の贔屓目抜きでも割と万能だと思うが」
「実際君の無茶振りに答えられてなくて僕の部屋がめちゃくちゃになってるんだけど?」
「それはまあ、繰り返されるほど君が辟易しているのは伝わってきたからそれとなく長谷部に伝えておくよ…」
「いや、それよりも無茶振りをどうにかして欲しいんだけどね」
君ってそんなに望みの高い人だったっけ? と問われる。その答えは否、だ。燭台切光忠だって私とへし切長谷部がこの関係に落ち着くまでに、私が『あんな万能付喪神と釣り合える自信がない!』と喚き散らしているのを知っているので、その辺りは省略する。思い出してみるとへし切長谷部の方は兎も角、私の方は結構燭台切光忠に迷惑を掛けているので、今度いいとこの羊羹でも贈ろうと決めた。
「私は、長谷部にロマンチックモードを搭載したいんだ」
「最早名称には突っ込まないけど、それって後々搭載出来るようなものなの?」
「私の長谷部なら出来る」
「君のその自信は何なの」
昔の君に見せてやりたいよ、と額に手を当てる燭台切光忠への回答は、ずっと前から決まっているのだ。
「だって、」
 私は私のへし切長谷部のことがとても好きだ。宇宙一好きだ。
 だからこそ。
「好きなひとにはいつだってときめいていたいだろ?」
 本日の近侍がやって来る足音と呼び声に応える私を見ながら、燭台切光忠が本日何度目かも分からない盛大なため息を吐いて、それからもうお腹いっぱいだよ、と言ったのを聞いていた。

***

20190922