ひなげしの花瓶 警報が鳴っちゃったから仕方ないよね、というぼくの言葉で石切丸は本体を収めた。仕事のこともあるし結構実力行使に出る刀剣男士のことは見てるけど、その中でも結構なかなか修羅場だったなあ、と思う。…なーんて言うともう話が終わったみたいに聞こえてしまうけれど、そもそもこれは始まりなのだ。ちょっとかっこつけて言うならば、終わりの始まり? ってやつ? なんだろうか。わーお、わくわくしてきたぞ。………とかなんとか言っておかないと心が死にそうだった。なんでぼく巻き込まれたんだろうなあ。いやこの力があることで結構な面倒事には巻き込まれたし、そもそも池見楼を作るって話になった時もぼく結構抵抗したし。結局いろいろあって折れたんだけど、条件も良かったし、そもそも力があるからってシュンッと勝手に顕現してくれる訳でもないのに、コミュニケーションは絶対必要なのに。それを知らない上の地位の人が好き勝手言うからそれにムカついていただけであって、今はその人たちがいなくなったと聞いていたけれどもその空いた場所にこういう感じのが入っちゃたのかなあ…と思う。話戻っちゃった。いや戻して良いんだけど。 「行くぞ」 ぼくの同田貫正国が一言上げればそこは審神者と刀剣男士、結構シュッと動いた。智慧殿なんかは動けないかなと思ったけど石切丸が担いでるっていうかアレお姫様抱っこだよね。審神者界隈長いとああいうの麻痺してくるし多分アレはそういうのじゃないんだろうなあ、とは分かるんだけど、外出る時、特に現世護衛とかにそれされると一般人に奇異の目で見られるし、絶対注意しておいた方が良いよ、と思った。思っただけでそんなことを言ってる場合ではないので現状に意識を戻すけれど。 智慧さんもその状態にも関わらず自分の刀剣男士には指示を出しているみたいだったし、結構根性あるなあ、と思う。流石のぼくでもこんな状況に陥ったことはない訳だから、そんなに審神者歴長くないはずの智慧さんなんかは腰抜かしててもおかしくないんだけど。そういえば今正面から入ってきたのって弟子って言ってたなあ、そっちはどうなんだろう。真正面から乗り込んでくる気概があるっていうなら腰抜けたりはしないと思うけど、そもそも弟子っていうことは審神者歴そんな長くないかもってことだし、少年って言ってたし、流石に山喜さんの弟子情報まで出せないよ〜と担当さんと担当さんのところにいるうちのこんのすけが泣いている。多分これ、担当さん泣かせたのをぼくが一期一振にネチネチ言われるのでは? そういうのよくないと思います。 とか考えてたら何を思ったのか、たぬきがアンタの護衛は俺一人しかいないから担いでやれないぞ、と言ってきた。流石にそんなこと考えてないよ。でも暇な時にやって。 そういう訳で正面に来た訳だけれど。 その真ん中で的確に指示を飛ばしている少年にぼくは見覚えがあった。此方が到着したことに彼も気付いたらしい。人間の縁とはよく分からないところで繋がるなあ、と思う。 「君は…」 「あれ、楼主殿?」 奥で歌仙兼定がやっぱり!? という顔をしている。ごめんね、黙ってて。ていうかこんなのが池見楼の楼主でほんとごめんね、よくびっくりされる。 「ええと、何故此処に」 「いろいろあって」 「うわー、主、三日月連れてこなくて良かったな!」 「愛染、出来るだけ秘密にしよう」 「いや多分無理だよ」 そんな会話をする少年―――鳳仙殿の後ろからひょこり、と知らない顔が見えた。 「あっえっとどうも…ハジメマシテ…?」 「その…ええと?」 「彼女は…ええと…先輩です。いろいろありまして、引率してくれています」 「どうも! 引率です!」 よく分からないけどなんとなく分かった。 「とりあえず中へと血路を開くけど異存は」 「ありません」 「策は」 「一応あります」 「どんな感じ?」 「この状況であれば、二手に分かれる方が良いと思います。出来ることなら自分の方に楼主殿がついてきてくだされば」 「他に引きつけ頼むってこと?」 「はい」 「それは―――」 審神者が承諾しても、刀剣男士が承諾するか。鳳仙殿は分かっているはずだ、だって彼の審神者歴は―――と考えて、あれ、と思った。 「分かった」 「分かりました」 「分かったよ!」 その思考を遮るように返答がある。上から智慧さん、本物じゃないらしい山喜さん、そして先輩さんだ。いや僕からしたら先輩でもなんでもないし多分鳳仙殿から見ても先輩ではないんだろうけど、まあ自己紹介してる暇ないし良いや。 「直ぐに戻ります」 楼主殿、お願いします、と言われてしまえば、だって少年だよ? マジのマジで少年だよ? 経歴書を必死で思い出してるけどあの頃まだ十歳行ってなかったはずだから今やっと十歳とちょっとくらいなんじゃない? 審神者業界闇かな? でもそんな年齢でも鳳仙殿はうちと取引が出来るほどの審神者だった訳で。 「………」 「あの、そんな悲壮な顔をしなくても、本当にこの先にいるのはラスボスとかじゃあないので…」 鳳仙殿は苦笑してそう言ってくれたけれど、どうしたってそうは思えなかった。 *** 忘れてはいけない感覚 突然出来た後輩くんこと鳳仙くんと突然知らない本丸で別れる羽目になった訳だけど、先輩の周りには他の大人もいるから大丈夫だよ! のテンションで見送った。だってぼくはお姉さんだからね! と言いながらも本当は心細い。そんなぼくの背中を元気づけるように叩いてくれたのは厚藤四郎だった。厚くんはいつだって頼りになるなあ。ていうかここからラスボス戦って感じでもあると思うんだけど、いや鳳仙くんのお師匠さんがラスボスって言いたい訳じゃなくてね? だって鳳仙くんの推理をそのまま聞くならここで出てくるのはお師匠さんではなくてその式神、な訳だし。 つまるところ、此処ではある意味の革命が起こってしまったんじゃないか、というのが鳳仙くんの推理だった。理由までは分からないけど、まあ主従の逆転だとか、そういうものが起こってしまって、本当の鳳仙くんのお師匠さんは何処かに隠されてしまったのだと。鳳仙くんは本当にそうかどうかは分かりません、と言った。でもきっと、確信している顔だった。だから自ら死地(多分死地)に飛び込むような真似をしたのだろうし。 それに、と思う。 さっきからずっと嫌な予感がしている。ざわざわ、ざわざわ、と胸が鳴る。 戦場にいるからじゃない、他人の本丸にお邪魔(強制的)しているからじゃない。もっともっと、ぼくが知らないような深くまで。知っている、知らない、知っている、知らない、交互に感情がつのってどうしようもない。妙に動きのままならない僕を補佐するように、鳳仙くんの和泉守兼定と堀川国広がぼくの両脇を固めた。 護衛、って言っていたけれど、中枢部に潜入するだろう彼の方が必要なんじゃないか、と思う。でも、大人数では見つかりやすくなりますから、と言われてしまえばそのとおりでもある訳で。鳳仙くんは和泉守と堀川を置いていった。最初からそうするつもりだったみたいで、二振りとも主から離れるのに何も言わなかった。と、思いながらやっぱりぼくは和泉守はちゃんと鳳仙くんを主だって思ってるんだな、それをちょっとだけ気にしてるんだな、と思った。こんな時に自分語りをする余裕なんてないだろうに、やっぱりぼくはぼくの巻き込まれた事態について許していないんだな、って再認識した。別に、和泉守が悪い訳じゃない。怖い思いを、嫌な思いをしたのは和泉守だって一緒だったはずだ。でも、一番話したからか、どうしてぼくじゃあだめだったんだろうな、なんて思ってしまう。あの様子を見てればぼくのところに残るなんて無茶だと思うのに、頭では分かっていても、どうして、って思う。 何にでも解えを求めるのはきっと、人間の悪い癖だ。主語をちょっと大きくして罪悪感を減らそう作戦だ。彼らは刀剣男士で元々人間の使う道具で、だからぼくらはそんなことを思ってしまうけれど、それに顔が良いものが主、なんて慕ってくる訳だし。でも、彼らは道具≠ニいうだけじゃあない。身体を持って、心を持って、それでいて選択する。 それが上手く働くことも、上手く働かないこともある。 ぼくは、それを知っている。知っているけれども、やっぱり、解えが欲しくなってしまう。 「―――」 一番前でぼくらと相対していたへし切長谷部がスッと引いた。それで他の刀剣男士も下がる。その様子で、ぼくらは渦中の人物が出て来たのだと知る。これを人&ィと言って良いのかもう分からなかったけれど。 「招いた覚えはないのだけれど」 「招かれてないからね」 誰も喋らなかったからぼくが言った。和泉守がハァ、とため息を吐く。 痛いほどの沈黙があった。鳳仙くんのお師匠さん―――山喜さんと書くのだと道中教えてもらった―――はぼくの方を見すらしなかった。彼女は何処も見ていない。それがなんだかとても無性に―――腹立たしくなって、それでぼくはもう一言言ってやることにした。 「そもそも、貴方に人を招くだけの権限があるの?」 同じだ、と誰かの声がする。違う、という誰かの声もする。でもぼくは全部無視して、言う。流石に山喜さん―――本人じゃないらしいが、もう面倒なのでこれで行く―――はこっちを見た。 瞬間、頭痛を覚えたのは彼女と、ぼくと、ぼくの今剣だったようだった。他はあいも変わらずシン、としている。主! というぼくの刀剣男士の声と、彼女の刀剣男士の声が重なって、わんわんと響いていく。そのまま響きが伝染するように視界までおかしくなって座り込む。今剣が、ぼくの今剣が苦しんでいるのに、ぼくはその傍にすら行けない。 「―――ああ、」 声が、するのに。 「なにか、たいせつなものを、」 手を、伸ばさなければいけないのに。 「たいせつな………」 きっと一瞬かそれ以下だったのだろう、だから誰も動けなかった。なのに声だけが先に迸るようで。 ぼくはその先に今剣が何を言うのか知っている。 「はなしてはいけなかったのに」 高笑いする女、その次に泣き喚いて、情緒不安定のようだった。悲しい、苦しい、そればかり。誰も助けてくれなかった、協力したのに、何にもならなかった。 「ぼくが…!」 泣きつかれて、喚くことすら諦めて、笑って。 「だから、あるじさまは、ぼくで…」 目の裏がじらじらと煩い。どうして、ぼくは何も知らないはずなのに。 ―――どうして、 目の裏のぼくは。 今剣を使って、死んだの。 知っている、知っている、知っている。誰かがぼくを呼んでいる。違う、それはぼくの名前じゃない。審神者名でもなければ本名でもない。和泉守の声がする。巻き戻る。ぼくが知り得るはずのない記憶。まるで走馬灯のように、共鳴する。ぐるぐるまわる、誰でもない話。ああ、ひどい、ひどい、ひどい。だから、誰か、同じ目にあってくれなくちゃ。そうだ、あの実験。呪いなんてただの人間にだって使えるものなんだから、私が私にかけるくらいきっと、赦されるでしょう。誰、誰、貴方は誰。貴方はわたし、わたしはぼく、ぼくはわたし、わたしは貴方。ちがう、ちがう、ちがう、まだ巻き戻る。全部、白紙になった。全部、なくなった。助けてくれなかった。心を殺して、生きろと私に言い残して消えた、唯一の私の美しい刀剣男士。 ―――それが、 呪いでなくて何だと言うのだろう? 生きろ、なんて。貴方のいない世界で? 貴方がいなくなった世界で? 生きて守れ、お前の未来だろう、そんなことを言われても分からない。世界は白紙になった、何もなかった、だから―――私は―――。 「今剣!」 ぼくが叫ぶよりも先に叫んだのは、和泉守だった。元々ぼくの本丸にいた、和泉守だった。 「お前は違う、お前は違うんだよ」 誰よりも先に今剣のもとへと駆け寄る。堀川はぼくの傍についていることにしたようだった。視界が戻ってくる。謎の同調も消えた。山喜さんはまだ回復していないようだったけれど、ぼくは戻ってきた。立ち上がると大丈夫ですか、と堀川が小声で聞いてくる。だからぼくは頷く。堀川はならあとは兼さんに任せましょう、と言った。さり気なくぼくの手を取って支えたことに、厚くんなんかはちょっとだけ不満げな顔をしていたけれど。多分堀川そういうつもりないと思うから安心して良いよ。ていうかこんだけ乙女ゲームみたいなことしておいて三日月宗近は何も言わないんだ? とかそういうことを考えるだけの余裕も戻ってきた。よきかなよきかな。 和泉守が、今剣の手を取る。ぎゅう、とその手は混乱する今剣に強く、握られる。今にも血が出そうなほどに、つよく。見ているだけでも、それが分かる。 「俺たちは、離して良かったんだ。そのために、心なんてものを持ったんだ。だから選んだ、選ぶことが出来るから。俺たちは選んだ。…だから、お前は、何も知らないお前は、悲しむことはしなくて良い」 何の話かは分からなかったけど、分かった。 あの日。 ぼくを襲った靄は今剣だった。 主の自害の道具として使われ、悲しくてつらくてやりきれなくなってしまった今剣の成れの果てだった。ぼくは全部思い出した訳じゃない、正直今もこれは全部推測だ。それでもここまでされて分からないでいられるほどぼんくらじゃない。 最初に鍛刀して顕現するのが今剣でなくてはいけなかったのは、その歪んだ認識をなかったことにするおまじないのようなものだった。ぼくが自分の手で、これが今剣だと定義する。認識する。それが大事だったのだろう。そして、大概は上手く行っていた。今、すこし、同調してしまったのはイレギュラー中のイレギュラーだったのだと思う。 「その分は、ちゃんと俺たちが悲しんだし、荒んだし、まあ…主…って呼んだこともなかったか。あいつなら分かってるだろうけど、それは俺たちの感情なんだ。だから、お前は、そういうことはしなくて良い」 「いずみの、かみ」 「知った時に、何を思うのもそれはお前の自由だ。忘れない、と思ってもそれは好きにしてくれて良い。でも、でもな、今剣」 だら、と和泉守の手から血が流れる。 「お前のことじゃあないんだ。だから、お前が責任を感じることなんか、ひとつもねえよ」 それでも和泉守は手を離さなかった。今剣は気が抜けたようにくしゃり、と微笑んで、はい、とだけ言った。 * [helpless] @helpless_odai *** この生命で咲かせられる花があるのなら 伏してお願い申し上げます、と本当に伏されそうになったから慌てて止めたぼくは悪くないと思う。いや確かにさっき思い出して嫌だなとか思った手前若干アレだったのはあるけど、鳳仙殿は取引をさせてもらった過去もあるし、その収め方もなかなか良かったと思うし、いや今思うとやっぱりアレを出来る一桁年代良くないよ。審神者はもっと徴集年齢上げるべきだって。完全に浮世離れしてるしこれ一応戦争だからいつかは終わるってことになってると思うんだけど、その時この子どうすんの…みたいな感情が湧いて出る。いや関係ないんだからあんまり入れ込むのもアレなんだろうし、一緒に来てくれた同田貫正国なんかは欠伸をしているし。でも護衛としてついてきてる鳳仙殿の愛染国俊は同じようなことを思っていたのかもしれない。ぼくと目があって、困るよな、みたいな顔をした、ような気がする。鳳仙殿の刀剣男士は全部あの三日月宗近みたいな感じだと思っていたから、ちょっと意外だった。短刀の方が人間に寄り添ってものを考えるって噂じゃなかったんだな、とそんなことを思う。 さて。 鳳仙殿から頼まれたのはものに居場所を聞くことだった。それだけならまあ、付喪神を顕現するのとはまた違ってくるので、疲弊したりはしない。それを伝えると鳳仙殿はほっとしたような顔をした。どうやら気にしていたらしい。 「どうしてそんなに気にしてくれるの?」 道中聞いた話ではこの本丸の審神者、山喜さんというのは鳳仙殿の師匠に当たるらしい。実際審神者界隈にそんなちゃんとした師弟関係があるかというとないので、まあ、本人たちが勝手に言っているだけなのだろうが。言い淀むことなくそう言い切った、ということは鳳仙殿には誇らしいことなのだろう。 そんな、人が。 危険な状態にあるというのに。普通、協力してくれる人間の疲弊だとかそういうものを気にするだろうか。ぼくだったら、と幾人か恩のある人を思い浮かべて、それから無理な気がするなあ、と思った。無理な気がする、というのはそもそもそんな状態になったことがないのと、もしかしたらぼくだってそういう事態になったら要らないことが気になってしまうかもしれないのだし。 「ええと、………そうですね」 秘密ですよ、と鳳仙殿が内緒話をするように口に手を当てた。ていうか少年にこんな耳打ちとかされてぼく逮捕されたりしない? 仮にも風俗店の店主な訳だし、いや何かこう、フライデー的なことになってもきっと権力で守ってもらえるけど…嫌じゃん? 審神者界隈唯一の風俗店の営業をしていて必要不可欠だからと言って冤罪かけられて、あいつ権力あるから賄賂贈ったからお咎めなしなんだぜ、とか言われるの。嫌じゃん? 好きな人いるのかなって感じではあるけど。 「あまり役には立たないのですが、自分も特殊な力がありますので」 それをすると少し、疲れはしますから、と鳳仙殿はぼくから離れて笑った。それに愛染があーあ、という顔をしてから秘密にしてくれよな、と言ってきた。特に三日月には、と付け足された言葉で、心配はそっちなのか、とか、ぼくが上の人に報告して面倒事を持ってくるとは思わないんだなあ、とか思った。ので、そのまま聞いた。ちなみに一応頼まれた仕事はしながらである。こっそり歩かないといけないので結構これが時間の掛かる作業なのだ。 「…主さんがこんなんだからさ、」 愛染はちょっと困ったように頬を掻いた。 「三日月は兎も角、うちの刀剣男士って基本的に人を見る目が他より肥えてると思うんだよな。あくまでもこう、自己申告だから本当にそうか分からないし、ただの願望かもしれないけど」 そうありたいと願うことと、だからと言って相手を突然観察するような真似はよくないとされていること、それを両立させたいのだと愛染は言った。 「それで、観察した結果、楼主殿は信用に足ると思ったんだよ」 それで間違えたのならそれはそれから考えるさ、という愛染は、困ったら相手を斬れば良い、というのとは少し違うように見えた。こんな審神者と刀剣男士の関係もあるんだな、と思う。いやうちの刀剣男士だって困ったやつを突然たたっ斬ったりしないけれど。 さっきまで心配だったけど、なんやかんやで上手くやるのかな、なんて思った。浮世離れはしているみたいだけど、それはそれとしてもし一般社会に戻ることになっても、この子ならやっていけるかもしれない、と。もしもアレだったらどうせ何かしら政府とお取引が続くであろうぼくが雇えば良いし。袖振り合うも…うん、今回は多少≠フ縁だ。思いっきり間違いに乗っかろう。 そうして、ぼくたちは地下へと進んでいった。ていうかこの本丸一体本当は何階建てなんだろう。中一階が一階として扱われてるわ隠し扉はあるわ地下にどんどん下っていってるわ、ぼくが今スレ立てとかしたら絶対釣り乙とか叩かれるじゃん嫌だよこんな本丸…鳳仙殿には悪いけどお師匠さんを見つけて助けた暁にはこの本丸一回潰した方が良いと思う。 「うん、うん。ありがとう」 最後の、対話が終わった。 「鳳仙殿」 此処だって、と指差した場所には何もないように見える。すごく厳重だった。でもそれにしては最新式の警報装置とかなかったな、と思う。物もあまり置いてないので床や壁ばかりと会話していたけれど、言われたことは式神が徘徊しているから気を付けて、くらいだったし。まあこんな界隈だからそういう呪術方面に特化するのは分かるけど、別に食い合わせが悪い訳でもないんだし最新の科学技術と融合させたら良いのに。ちなみにうちはそうしている。サイエンスとオカルトは同居出来るんだと知っている。 でも、此処にはなかった。大事なものを人間は古来から地下に隠したと言うけれど、大掛かりなことが起こっているにしてはちょっとちぐはぐだ。特に禍々しい感じもしないし、思念諸々たちも先には行くなとは言わなかった。一体、何がどうなっているのやら。 鳳仙殿がぼくの指差した場所にとん、と触れる。すると、その壁がくるり、と回転した。鍵もかけてないとは、と思ってからそういえば此処へ来るまでの道って結構綺麗だったな、と思い出す。今の扉だって綺麗に回転したし。つまり人ないし誰か人型のものの出入りがあったんだと思うんだど、まあ、とりあえず難しいことは考えずに全部山喜さんに答え合わせしてもらえば良いかあ。 「―――鳳仙さん」 中は暗かった。それでも向こうからはぼくたちが見えるのか、声がする。 「どうして、戻って来ちゃったの」 泣きそうな声。 「どうして、主さんの言うこと聞いてくれなかったの」 ぼくはこの声の持ち主を知っている。 「主さんは、お前を、」 きっと、鳳仙殿も。 「逃がすって、」 自分の本丸に帰れば、同じ声を出す個体がいるから。 「そう言って、………」 彼の言葉が途切れたのを見計らって、鳳仙殿が前へと踏み出した。 「はい」 ふわり、と部屋が明るくなる。部屋の中の様子が見えるようになる。 「だから戻ってきました。鯰尾藤四郎」 今にも泣きそうな顔をした鯰尾藤四郎は、ひ、と喉を震わせてから鳳仙殿に抱きついた。それに少しだけたたらを踏んでから、それでも鳳仙殿は持ち直す。 「本物の山喜さんの護衛、お疲れ様です」 鯰尾の向こうには、まるで童話のお姫様のように女性が眠っていた。 綺麗に整えられた花の中で、右手だけが動いたかのようにその辺りの花が無残に散っていた。 *** 君とこの世界を生きていく 誰かが起き上がるのが見えた。今、目の前にいる山喜さんと同じ顔に見えた。でもきっと違う人なんだろうな、と思う。 彼女が片目を抑えたままばっとぼくを見て、それを遮るように堀川国広が動く。まるで庇うようだった。同じものが見えたのだろう。彼女の顔は青い。へし切長谷部が主、と心配そうにしながらもこちらへの警戒は怠らない。これだけ囲まれていても絶対に降伏しようとしないのは、なかなか場馴れしているんだろうなあ、と思う。うちの長谷部は結構ふんわりした柴犬みたいなところがあるし、これが個体差かあ…と思う。演練に出たことは勿論あるけれど、こうやって相手の性格が掴めるほど濃厚な遣り取りなんて大抵ない訳で。いや、ぼくがコミュ障だとかそういうのじゃないから。ぼくはこれでも結構ネアカの部類だから。本当だから。 「チェックメイトですね」 自分の思考になんとなくむかついてしまったのでぼくはドヤ顔でそう言い放つことにした。ぼくだって別に弱いものいじめの趣味がある訳じゃあないけど、ここは言っておくべきだと思ったので。 「大丈夫、ですか」 「あっ! はい! ご心配をおかけしました!」 お姉さん―――さっき智慧さんというのだと聞いた―――が石切丸の腕から降りて駆け寄ってきてくれる。あ、よく見たらこの人、前にうちの本丸に来てくれた人だ。同時に智慧さんも思い出したのか、あの時の、と言う。 「不躾…? なこと聞くかもしれないんですけど、今剣が大丈夫か、とか、分かります?」 「え? あ、ああ…大丈夫みたいですよ」 普通に見えますし、と智慧さんが言ったのでとりあえずぼくは安心する。まだ今剣は和泉守兼定の手を握ったままだけど、智慧さんがそう言うなら大丈夫なんだろう。本当は駆け寄って抱き締めてあげたいけれど、今、ぼくにはそれよりも先にやらなくてはいけないことがある。ぼくのチェックメイト宣言に崩れ落ちた山喜さんは動きそうにもないし、そうなってしまえば流石の長谷部でも戦意放棄というか、まあ放棄はしてないんだろうけれど、山喜さんを支える方が先決だろうし。時間はある。もう、目蓋の裏を過ぎっていった同調は完全に抜けていったようだったし、あっちの山喜さんがこっちに来るまでにだってまあ、時間があると思うし。だからこそ、鳳仙くんとええと、なんて言ってたっけ、ロウシュ殿って呼ばれてたけどそういう審神者名なんだろうか。ちょっとかっこいいな。まあ、あの、なんて言うんだろう、シュークリームの擬人化みたいなお兄さん、がぼくたちに時間稼ぎを頼んだのだろうし。何言ってるのか分かんなくなっちゃったからこの辺り全部カットしておいて。 「智慧さん」 「はい」 「すみません、少しの間、山喜さんと長谷部を任せても良いですか」 「大丈夫ですが…」 石切丸にはちょっと嫌な顔をされたけれど、智慧さんは良いよって言ってくれたのでぼくは気にしないことにした。こんなトゲトゲした石切丸もいるんだな、って思うだけだった。個体差ってすごいなあ! 堀川にもお願い、と言えば分かりました、とだけ返ってくる。なんかツーカーみたいだ。え? これ通じない? …通じないよね。いや、なんでぼくこれ知ってるんだろう。………その、答えも。もう全部、分かっちゃってるんだけど。 ―――ああ、 思う。 和泉守は知らなかったんだ。 知らないことは言えない、それくらい当たり前だとぼくは言えるしこの先も和泉守を責めたりはしない。正直、ちょっと気に入らないところはあるけれど、和泉守だって結構いろいろやってくれたんだし。ねるねるねるねのことは馬鹿にしたけど。 あの状況で、本当はぼくのことなんか放っておいても良かった。和泉守にとってはただ、調子を狂わされただけ。絆されたなんてことはない、きっと。だから、仕方ない。だってそもそも最初から全部秘密だったんだから、誰も何も言わないで勝手に呪いなんてものを掛けたんだから、誰が悪い、と言えばその人が悪い、んだろう。 「主」 ぼくを呼ぶ声。 ぼくは、この声をずっと前から、知っていた。 「三日月」 ぼくの三日月宗近。 ぼくが呼ばなくても、ぼくを助けてくれた、三日月。ある意味では初期刀、という扱いになるんだろう。ぼくの場合諸々がめちゃくちゃだったから初期刀なんて全部登録上のものでしかなかったし、あんまり気にしてないんだけど。 走馬灯。 うん、あれは走馬灯だった。一人の女が死んでいくさま。今剣を使って勝手に死んだ、ぼくの本丸の前の審神者―――ぼくの、遺伝子上の、親。もしかしたら、まったく同じ遺伝子かもしれない女。何から話そう、と思っていたはずなのに、三日月に呼ばれて、ぼくは三日月の方を見て、そうしたら、何も言わなくて良いような気がした。 「うん」 ただ、頷く。なんだかそれだけで充分になってしまった。でも、三日月の方はそうはいかないだろう。口が、開かれる。唇の端まできれいなんだよな、と今更ながらに思った。 「約束を、知ったか」 思い出したか、と三日月は言わなかった。なら、それはそういうことなんだろう。 審神者になるにあたって、担当さんにはいろいろと説明をしてもらった。その中でも一番繰り返し繰り返し言われたのが、刀剣男士と恋をした時は必ず報告をくれ、ということだった。ぼくとしては人間と人間じゃないものとではなかなか恋なんて出来やしないと思っていたのだけれど、まあ三日月と対面した第一印象は乙女ゲーム、だった訳なんだが今はそれは置いておいて。原則として、審神者と刀剣男士の恋愛は禁止されてはいないらしい。結構事例もあって、性別問わず幸せにやってる審神者と刀剣男士はいるのだと言う。でも、恋情というものはいつだって面倒事と隣合わせで。 今なら。 担当さんがあれだけ繰り返し言った理由が分かる。走馬灯の女のような事例があったから、なのだろう。恋をしていた、恋人同士だった刀剣男士が、三日月が。彼女を守るために折れてしまって、でも彼女は三日月とのことを人間には誰にも言っていなかったから(流石に刀剣男士は気付いてたやついると思うけど、今は関係ないので置いておく)(あと和泉守は絶対気付いてなかったからこの話良いと思う)、彼女の悲しみを誰も、本当の意味で理解することなんて出来なくて。言ってないんだから当たり前だ、でも、悲しみのどん底にいる人間にそんな正論は毒だなけなのだろう。 ―――戻るから。 三日月は、彼女の腕の中で言った。強い言葉で、彼女に届けた。 ―――きっと戻って、お前の力になるから。 でも、彼女は信じることが出来なかった、約束が反故になることを恐れたのかもしれないし、単純にこの三日月が自分が行けるようになるまで他の三日月を邪魔していたのかもしれない。それは答え合わせをしなくては分からないことだけど、きっと答え合わせなんてしなくて良いんだ。 だって、そんなこと、 「主、俺は、」 ぼくたちには関係がないから。 「彼女の三日月宗近ではないのだ」 「うん」 「何もかも憶えていても、それは、俺≠ナはないのだ」 「…うん」 三日月は、つらかったのかもしれない。 彼女の三日月じゃあない、今、ぼくの目の前にいる三日月は。ぼくに本当のことを言う切欠を探していた。でも、突然前世の記憶、みたいなことを言われてもきっとぼくは信じなかっただろう。だから、待っていてくれていた。もしかしたら、ずっと、言わないことになるかもしれない、と分かった上で。刀剣男士って、みんなこうなのかな、と思う。分からない。だってぼく、まだ新人の部類だし。それなりに審神者が板についてきたとは思うけど、それでも新人だし。 「主」 だけど、今日一日でたくさんの審神者と刀剣男士の関わり方を見たんだから、もうぼくは胸を張って言える。最初から言って良かったんだろうけど、やっぱ人生経験って重要だよ、うん。 「俺は、お前の、」 三日月が、ぼくを見つめる。青くて不思議な、三日月の浮かぶきれいな瞳で、ぼくを、見つめる。 「枝踏の、刀剣男士になりたい」 「………馬鹿だなあ」 三日月があんまりにもきれいだったから、ぼくは笑う。人間、きれいなものを見ると嬉しくなるものだ。 「最初っからそうだよ。三日月は、ぼくの刀剣男士だよ」 手を伸ばす。ぼくの手が、三日月の手に触れる。あの日、きっとぼくを通じて現れた依代。そこから顕現された三日月。 ぼくの三日月。 「だから、もう、これからは、約束分の仕事じゃなくて、給料分の仕事をしてよ」 あの時ちゃんと聞こえなかった言葉を、ぼくはもう、想像出来る。 「―――ああ」 主がそう、望むなら。 握り返してきた三日月の手はあたたかくて、なるほど、人間みたいだな、と多分、ぼくはあんまり思ってはいけないだろうことを思った。 *** 心を詰めた小瓶に貴方はラベルを愛と貼る こういう時になんだか視えるとか、そういう力があると厄介だな、と思う。石切丸が心配してくれて私と枝踏殿の間に立ってくれたけれど、まあ残念ながら特に何にもならない。石切丸だって分かっているだろうに、それでも気休め程度、と思ってくれるのだろうか。いつもは過保護すぎるな、と思っているところだけれど、今は状況が状況だ。それなりに嬉しい。 と、まあ全部じゃあないけれども断片的に両方から情報が来るので、全容は掴めてしまった。つまり枝踏殿は次代の審神者計画で生まれた審神者であって、山喜殿はその計画の後釜の式神運用で生まれた審神者(式神)で、系列が同じ実験のもと生み出されたもの同士、通じ合ってしまうものがあったということだ。簡単に、至極簡単に物語性もなく言うと。どうして今だったのか、この二人だったのか、とは思うけれど現実なんて偶然が大体だし、そもそも次代の審神者計画というのは頓挫した計画のはずだから実用運用というのはされていないはずだ。計画のために早く育つようにするから育児の心配はない、とか言われたこともあるけど、それを加味しても育ち切る前に頓挫したと聞いていた。だから、今、枝踏殿がこうして審神者をやっていることがまずもってなかなかないことだろうし(政府だって生み出された子供たちの追跡調査くらいやっているだろう)(なら単純にいろいろ気を付けたりするはずだ)、こうして式神と会うことだってとんでもない確率なんだろう。まあ、そもそも式神運用計画としては式神自体は内のことをこなすものであって、外に出るものではないはずだったようだから、それも加味すると天文学的な確率になりそうだ。いや、天文のこととか全然知らないけれど。 「あ」 私の声に、その場にいた全員が顔を上げた。石切丸は分かっていたみたいだけど。 玄関から、誰か、出てくる。 「こんにちは、初めまして」 その人は、もう、一度見たような顔のその人は、鯰尾藤四郎に支えられながら花の咲くような笑みで頭を下げた。 「この本丸の主、山喜と申します」 「智慧と申します」 「あっ、あっ、枝踏です!」 「この度は私の不始末によりご迷惑をおかけいたしまして本当に申し訳ありません。この恩は必ず返させていただきます………その、前に」 そんな花の視線がすっと冷えて、落ちた。 「私は私の責任を取ります」 その先には今まで私たちの前にこの本丸の主として立っていた山喜%aの姿がある。 「―――二号」 番号を覚えているんだな、と思うのは私が現実逃避をしているからだろうか。 「いえ、きっと名前を付けてやるべきだったんだね」 へし切長谷部が主、と掠れた声で言う。山喜殿はそれすら視線で封殺する。怒っている訳ではないのだろう、ただ、彼女は彼女として、この本丸の審神者として、とりあえずの始末をつけようとしているだけ。 「その名前が決まるまで」 ふわり、とその掌が虚空を撫でる。 「―――おやすみ」 「………はせべ、」 あるじ、と呼ぼうとして長谷部は戸惑ったようだった。 その逡巡の間に二号と呼ばれた彼女は重そうに目蓋を閉じて、そのまま長谷部の腕の中で眠りについた。 *** あなたの存在定義を証明しなさい(5点) ―――おやすみ。 山喜さんがそう言った瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。ふら、となったぼくを支えたのは多分、三日月宗近だった。あるじさま! と悲鳴のような声がする。今剣だ、と思った。眠すぎて、確認が出来ない。でも、今剣のはずだった。もう、大丈夫なのかな。和泉守兼定に、手を握ってもらっていて良いのに、彼は、そうされるべきなのに。ぼくでは、何も出来ないから。眠い、眠くてたまらない。ぼくは山喜さんとはまったくもって関係がないはずだけれど、似ているからか、それとも山喜さんがとても強いからか、ぼくの方まで影響が出たみたいだった。めちゃくちゃ眠いのにこういうことが考えられるぼくって本当にすごいんじゃないの、と思う。慌てた気配がする。ああ、そういえばまだ姿は見てないけど、山喜さんがここにいるってことは鳳仙くんも戻ってきた、ってことなのかな。それなら今日会ったお姉さんがこんなことになってたら慌てるよね。それか、山喜さんが慌ててるのかも。でも、きっとこれを解いてしまえば折角寝かせた二号さんが起きちゃうから、それも出来ないんだろう。やっぱりぼくって頭が良い。こんなに、こんなに眠いのに。 このまま眠ってしまっても、と思った。 それを阻止するように、ぎゅう、と手を握られる。痛いほど。ていうか、多分、痛いから今のぼくにも分かった。 「あるじさま、ちがいます!!」 分かっているよ、とぼくは思う。口の動かし方がもう分からない。 「なんでもいいんです、」 お願いします、と言う今剣の声は泣いているようにも聞こえる。泣かなくても大丈夫だよ、とぼくは抱き締めてあげたいのに、それも出来ない。眠る、だけだ。誰だって生まれる前は眠っていたんだから、その状態に戻るだけ。なのに、どうしてみんな心配するんだろう。深い、ふかい、眠りの中に。落ちて、ゆく、だけ。それだけ。怖いことなんてきっとない、夢も見ない深い眠りで。誰も、ぼくを傷付けることだって、ないのに。 「なんでもいいんですよ」 思い出して、と言われる。ちょこちょこするのは厚藤四郎の声なんだろうか。今剣にしてはしっかりしている。いや、今剣だってしっかりしているんだけど、そうじゃなくて。ニュアンスで受け取ってもらえると嬉しい。 あるじさま、と爪が立てられた。痛いよ、とも言えない。 「ぼくは、あるじさまがいてくれれば、それで!」 眠り、たいのに。 「それだけで!!」 ―――本当に? 「枝踏」 あ、と思う。この和泉守、初めてぼくの名前を呼んだ。いや、名前じゃないけど、審神者名だけど。でも、此処ではそれがぼくの名前だった。 だから、という訳ではないけれど。 「…いずみのかみ、かねさだ」 するり、と声が落ちる。呪いが解けたように、そんなもの最初からなかったけれど。出来なかったことが、今は、出来る。 「枝踏」 再び、和泉守が呼んだ。もう、それで眠気は完全に拭い去られた。あんなに眠かったのに、眠りたかったのに、すべて嘘だったみたいに。 「うん」 ぼくは頷く。 「ぼくは、枝踏」 「はい!」 今剣が頷く。 「ぼくは、審神者」 「おう」 厚くんが頷く。 「ぼくは、君たちの主」 「ああ」 最後に、三日月が頷いた。 ぼくは山喜さんじゃない、二号さんでもない、審神者なのは同じだけど、あのへし切長谷部の主じゃない。ぼくにはぼくの本丸があって、それはいろいろあったけど、ぼくの育てた刀剣男士のいる場所で。 「ぼくは―――ぼくだね」 「何当たり前のこと言ってんだ。そんなだからねるねるねるねを爆発させるんじゃねえのか」 「爆発させてないよ!?」 めちゃくちゃ良いシーンだったのにぶち壊しにした和泉守のことは、一発殴っても良いと思う。 でも、耳が赤くて照れてるんだって分かったから、一発だけにしておこう、と思った。 * しろくま @srkm_title *** 春が来るから笑いましょう、(眠りから醒めて) 良かった、と思う。まさか式神制御用の術式が他の誰かに影響するなんて考えていなかったから焦ってしまった。 ほ、と息を吐くと、周りの状況が見えてくる。池見殿と智慧殿は各々の刀剣男士と話しているようだし、池見殿に関しては外と連絡を取っているようなのでそちらはお願いすることにする。私が今見てやるべきなのは、私の愛弟子だ。 「鳳仙」 枝踏殿、というのだろう。鳳仙より少し大きいだけの子供を見ているように見えて、その実その視線が其処ではないことを私は知っている。 彼女のだろう、厚藤四郎を、鳳仙はじっと見つめている。私は彼を悲しみから守りたくて、うちの厚藤四郎を遠ざけてやることしか出来なかったけれど、それは少し、過保護すぎたのかもしれない。勿論、最初の頃はそうやってやってやるのが良かったのだろう。でも、少しずつ、元に戻してやるべきだった。私が出来ないのなら、ちゃんとした専門機関を教えてやるべきだった。 「………山喜、さん」 「なあに」 「ご無事で、良かったです」 「心配を掛けたね」 「いえ………」 ねえ、鳳仙、と呼ぶ。この名を呼ぶのもいつぶりだろうか。 「人間はいつか、死ぬんだよ」 本当は、人間、と言うべきではなかった、でも、刀剣男士にあるのは破壊、という末路であって、それは厳密には死、とは違う。 「それは、式神でも?」 「うん」 短い返答に、しかしあの頃と違ってもう縋るようなものではない視線に、安心する。 「それが存在するものである限り、終わりとは縁が切れないんだろうね」 ―――この子は、大丈夫。 それを、やっと私は手に出来た。 すう、と息が吸われて、ゆっくりと、吐いていかれる。 「…うちの厚藤四郎も、」 再び厚藤四郎に向けられた視線が、とてもやわらかくなっていることを、私は知っている。 「そろそろ見送ってやりたいと思います」 彼にとっても新たな一歩があったのなら、私も眠っていた甲斐がなかった訳ではなかったのだろうな、と思ったら少し、気が楽になった。 *** ぜんぶぜんぶうめちゃおうね ねえ知ってる? 事件が起こるとそれは物語になるし、それは分かるし納得出来るんだけど物語は大体事件が解決して終わるのに対して現実はそうじゃないってこと。現実には事後処理っていうのがあって、今回の件で言うと式神運用計画のあれやこれやとか次代の審神者計画の凍結後のうんにゃらとか、あと人命救助という名目であったにしろ事前申請のない本丸間の移動だとか、兎にも角にも報告書が山のようだった。こんなハイテク時代なのに全部手書きでやらさせるって一体何? 偉い人は子供の頃書き取りで苦しまなかったタイプの人間か? まあ手書きにしたらそれはそれで本人の書いた証拠になるというのは分かるけど、ハイテク機能でそこどうにかすべきだろう、と思う。ぼくが最初から担当さんを通していたこと、関わっていたのが優秀な審神者ばかりだったこともあって、まあこれでも結構融通をきかせてもらった方なんじゃないだろうか。誰も罪には問われなかったし、多分ぼくなんかより大本の山喜殿の方が大変なことだろうし。 あの本丸は、結局式神運用は続けることになったらしい。でも、一つの本丸に、という今まで通りの形ではなく、いや、敷地としては一つの本丸なんだけど、完全に運営を分けてしまうことにしたそうだ。あの式神たちにも一人ひとり審神者名が与えられた。勿論、審神者をやりたい訳ではない式神もいるそうだから、その辺は臨機応変にやるみたいだったけど。 「主、そろそろ出ないと約束の時間に遅れるよ」 「分かった。たぬきの用意は出来てる?」 「もうとっくー」 「ごめん」 加州清光の声でぼくは立ち上がって、同田貫正国のところへと走っていった。 今日、ぼくは智慧さんに会うことになっていた。決してナンパではない。あの事件にぼくが巻き込まれる切欠になった般若の面を返そうと思ってのことだ。いろいろごたごたしていたから返せないままだったから。この面だって、泣いて懇願するほど智慧さんのことを思っているのだし、ぼくなんかの手元にあるのは気に入らなかっただろう。大人しくしてくれていただけ良いとしよう。 「お待たせしてしまいましたか?」 待ち合わせの店に入ると智慧さんはもう待っていた。向こうの護衛の石切丸が主を待たせるなんて、という顔をした。しかし、よく感情が表情に出る石切丸だなあ。あまり、こういうタイプは見たことがない。 「長くお返し出来ず、申し訳ありませんでした」 「いえ。ごたごたしていたのは私もなので」 やっと。 般若の面が智慧さんの手に返っていく。こころなしか嬉しそうに見えた。まあ、気の所為だろうけど。 智慧さんはじっと面を見つめて、それから、ふ、と笑った。 「私、本当はもう、この面は必要ないんです」 「えっ」 もしかして、返すのは迷惑だっただろうか。でも、泣くほど智慧さんを思っている道具をぼくの手元に置いておくのも悲しいし、とりあえず一回は受け取ってくれると嬉しいのだけれど。この場で面が泣き出したらどうしよう。 「でも、もうこれは私の一部だから」 とか思っていたけれど、どうやらぼくの杞憂だったらしい。 智慧さんは綺麗に笑って、般若の面をつけた。 「ありがとうございます」 当たり前だが笑顔は面で隠れたので、般若がぼくを見ているだけだった。 古い映画のはなしをしよう〈完〉 *** 20200512 |