視界は開かれていた 

 最初に言っておくと歌仙兼定は反対していた。本当に反対していた。普段お金のことなんてあんまり上品じゃないよと言ってしないくせに(そのくせ自分はめちゃくちゃやりくりして目玉飛び出そうなほどの美術品? とかを買ってたりする)(値段は聞いてないけどお宝鑑定団みたいな番組のあとに増えてるからそういうことなんだと思ってる)、本丸を運営するための資金に困ってる訳じゃないとか欲しいものがあるならちゃんと貯蓄をすれば良いとか、挙句の果てには手伝うからとまで言った。あの歌仙が、だ。結構うちの歌仙は私に自立を促すタイプで私生活とかその辺に関しては干渉ゼロレベルだったんだけど、その歌仙が干渉を宣言するほどだった。でも私はやっぱり付き合いの長い担当さんをないがしろには出来なかったし、正直そんなに危険はないと思った。危険な特別任務とか結構あったし、特にこの体質の所為で自分に関することはだめでも他人に関することだったら全然気にしないでハァ! て出来るようになってたし一般家庭の私だけど。
 そういう感じだったので今まで危険なことも結構やってきた。特にアレやばかったな、ある刀剣男士に呪いっていうか恨みつらみが全部集まってもう刀剣男士じゃなくなってたやつとか。刀解出来るようになるまでハァ! てしまくったし、でも正直私はその時に見た三日月宗近の方が怖かったんだけど、うちの石切丸が大分威嚇してたから特に何かされたとかもなかった。アレもなんていうか過保護っていうか、うん、過保護って言葉で片付けて良いのか分かんないけどそういうやつだろうなって思った。うちのとは大分違うけど、まあ、感情の発露の仕方にはいろいろあるよね。
「で?」
博多藤四郎という刀剣男士はなかなかお金の管理能力がヤバいと聞いていたけど多分うちの博多くんレベルの子はあんまいないんじゃないかな。石切丸は結構過保護だと思ってるけど自覚あるけどていうか一応そういうのだってどうにかしようと頑張ってるんだけど体質…もう体質でいっか、体質がアレな所為で仕方ないですね〜とか上の人にまで言われてみろよ、報告書とか上げててもこれだよ、もう問題ないんじゃない? それで良くない? 別に邪魔すぎるとかそういうのないし、石切丸の過保護って確かに過保護だけどちゃんとしてるっていうかラインがしっかりしてるっていうかマジヤバの人間よりかはまだ神様の方がマシってマジで一体人間どうなってんだよクソかよ。
「危険手当はいつも通り、出るんですか?」
お前ら博多くんの標準語って聞いたことある? ないよね、うちの博多くんだっていつもは普通に博多弁で喋るしそれ可愛いなって思うし良いんだけど、あと本刃が方言の方が商談が円滑に進むとよ! みたいなこと言ってたから(方言はなんかうろ覚えだから違うかもしれない)つまり、これは商談ですらないんだろう。主である私がこんな何もしないのが悪いのか、それとも博多くんには見えないものが見えているのか。主に株価の変動みたいなやつ、私みたいなのじゃないやつ。
 担当の人が提示してきた金額を見て、博多くんは仕方なさそうに頷いた。こっちはクリアらしい。石切丸もまあ、という顔をしている。いやほんとに今回の任務は偵察、というか様子見、って感じで、それこそ其処の審神者とお話して帰ってくれば良いだけだった。まあ大抵そういう任務の方がヤバいっていう古来からのフラグはあるけど、石切丸がこんな反応だったのであんまり心配していなかった。博多くんが危険手当に納得したので書類を作って、私たちは出掛ける準備をした。本当に、本当に、すぐ行って帰ってくるから今日の夕飯は何だろう、楽しみだな、くらいに思っていた。
 もう一度繰り返しておくけれど、歌仙は反対していた。私よりも多分私のことをよく分かっていて、過保護じゃないけど唯一無二の私の初期刀は、私のことを本当によく分かっていた。だから私は、歌仙の忠告に従っておくべきだったのだ。
「………此処、何処」
 一瞬、本当に一瞬。
 歌仙が何処かを向いた、一回の瞬きの間に。
 私は知らない場所にいた。

***

夕暮れが来るよ 

 副業のための下見に一緒について行きたい、と毛利藤四郎が言うので、ぼくは面白いものないかもよ、と言い掛けて、それから多分そういう付喪神って大体毛利くんより小さいのかな…と思っていいよ、と言った。あとで聞いたら純粋に主さまと一緒にお出かけしたかったんです! と言われてちょっと申し訳ない気分になった。毛利くんは来たばっかで、ぼくは確かに毛利くんが来たときにすっごく大喜びしたけどそれはそれだけで、大阪城の途中だったから歓迎会とかもまだで、あ、一応大阪城終わったら一括でやろうと思ってるけどそれはそれで、毛利くんは寂しい思いをしていたんじゃないかなあ、と思った。毛利くんは自分より小さい子が好きって言ってたからじゃあぼくはお呼びじゃないよねって思ってたけど、まあそういう趣味趣向と、審神者との付き合いってやっぱ違うよな、って思い直した。ごめんね、って謝るのは違うと思うけど、だからと言って放置しちゃいけないと思って、これからもついて来たかったりとか、したいことあったら言ってね、と言うことにした。全部は聞いてあげられないとは思うけど、それでもちゃんと聞くことはするから、と。
 そうしたら毛利くんはびっくりしたような顔をしてから、それから照れて、めちゃくちゃ優しい顔になってぼくの手を両手で握った。握ったっていうか包んだ、の方が近いのかもしれない。慈愛っていうか、そういうもので溢れてた。なんていうか宗教画って感じだった。ぼくなんかが畏れ多い、って思ったけどぼくは毛利くんの主なんだった。審神者ってそういう職業だった。
「主さまは本当にものを大切になさるのですね」
主さまのそのお力は、だからこそ目覚めたものなのでしょう、と。
 大抵新刃の刀剣男士は加州清光か同田貫正国からぼくのことを聞く。五十超え大所帯を回しているとなると結構、刀剣男士一振り一振りとの時間って取れなかったりする。それをどうにかしようって駆けずり回ってるのが審神者の基本だったりするんだけど、それはそれとしてこれは戦争なので指揮とか情報の整理とか、いろいろやることはある。人間だし、限界はあるし、そうすると新しく入ってきた刀剣男士との時間ってあんまり取れなくなってしまう。そういうのが問題になる本丸もあるよって上から通達来てたりするから、これでも頑張ってるけどまあ身体は一つしかないから、不満があったら出来るだけ誰かに言うようにね、っていうのをうちの本丸では周知しているけれど、やっぱり自分の弱みみたいのをさらけ出すのって嫌だよね。毛利くんみたいにこうやって胸に秘めてる子って他にもいるんだと思う。ぼくなんか副業あるから本丸にいる時間なんて他より少ない訳だし、でも副業やめたくないし、どうしたら良いんだろうな。
 ぼくがそんなことを考えているのが分かったのか、気にしないでください、と毛利くんはまた笑った。天使みたいな笑顔だった。刀剣男士だよ。
「だから、きっと、主さまのところに顕現出来たのはとても幸福なことなんですね」
そうなの? とぼくは問うた。そうだったら嬉しいから、多分もう一回聞きたかった。はい、と毛利くんは百点満点の笑顔で笑って、それから少し表情を曇らせて、呟いた。
「僕たちは、持ち主を選べませんから」
余計に、と言ってから毛利くんは慌てて続ける。
「いえ、多分、このような身体を持ったことで、本当は選べるんです。でも、ものという意識が僕たちに根付く以上、どうしたって、持ち主を選ぶ≠ニいう行為に目が向かないんですよ」
その言い方が妙に引っかかって、だからぼくは悪いことなのそれ、と聞いた。毛利くんは首を振る。いいえ、と。その言い方はぼくよりもずっと小さい身体をしているのに、とても大人っぽくて。いつものふぎゃってる時のとは似ても似つかない。いや、元々刀剣男士ってそういうものだけど。
「別に、悪いことだとは言いません」
「そう、なの」
「はい。だって、僕が幸福なことは、誰にも否定出来ないことですからね!」
暗いお話をしてしまってごめんなさい! お買い物の続きといきましょう! そう言ってぼくの手を引いて小走りになる毛利くんは、もういつもの毛利くんに見えた。だから、ぼくはその小さな背中を見ながら思う。
 もし―――もし。刀剣男士が自分で審神者を、主を選べるんだとしたら。
 一体どんなふうになるんだろうな。そんなことを考えて、ちょっぴりぞっとするのを感じた。いつも選んでる側なのに、ぼくが人間だからか、ぞっとしてしまった。

***

A君とB君の話 

 その本丸を訪れたのに特別な理由なんてない。同期、とでも言えば良かったのだろうか、この本丸の審神者とはそれなりに長い付き合いだった。それこそまだ自分が愛染国俊よりも小さかった頃からの付き合いだ。忙しい人らしくあまり会えなかったけれど、今にして見ると幼いながらに親元を離れて審神者なんてやっている自分を心配してくれていたのかもしれない。そう思ったらくすぐったい気持ちになった。本当の両親とは既に音信不通のようなもので、まあ、それはこんな奇っ怪な能力があれば真っ当な人間は疎うものだろうから仕方ないけれど。だから余計に、この人が自分なんかに関わってくれていることが嬉しかった。
 そう、嬉しかった。
 だから、その違和感に気付いてしまったのかもしれない。
 息を、吸う。主、と本日の護衛の宗三左文字は止めようとしたようだった。でもそれよりも先にどうしました? と案内に、と出迎えてくれた鯰尾藤四郎が振り返る。うちの本丸にもいる鯰尾藤四郎と、同じような笑顔。違う個体といえども構成するパーツはすべて同じなのだ、性格の細かな違いが出ようとも、何が笑顔で何が笑顔じゃないかは分かる。
―――このまま。
気付かなかった振りをしたって良かった。でも、最初からあの人は自分を大切にしてくれたなあ、と思ったら、このままにしておきたくなかった。
 自分は文字を書くことはするけれど、それが気に入らないとボツにすることはするけれど、だからと言って真っ黒く塗りつぶすようなことはしない。決してしないのだ。だから、もう一度、息を吸う。
「…以前、」
宗三左文字が勝手にしろ、と言わんばかりに顔を背けた。
「案内してくれた鯰尾藤四郎とは、違いますよね」
一瞬。
 本当に一瞬。
 鯰尾藤四郎が、真顔になった。
 でも、それが人間である自分に分かるということは、分かるようにやった≠ニいうことだった。
「何言ってるんですかあ」
それは本当に一瞬のこと。
「俺は前も鳳仙(ほうせん)さんを案内しましたよ。忘れちゃったんですか?」
あそこが雨漏りしてた時に俺が注意し忘れてて頭に雨粒が当たったこと、あったでしょう?
 確かにそういうことはあった。でも、そんなの、情報だと言えばそれまでだった。誰かが誰かに、この場合は他の鯰尾藤四郎がこの鯰尾藤四郎に伝えてしまえば意味をなさなくなる。審神者として、自分の刀剣男士を見紛うことはないと言えるだけの自信はあったが、他所の、となると途端にそれは萎んでしまう。毎日見ている顔じゃない。いや、自分のところの刀剣男士だって、毎日見ているとは言えないけれど、たったそれだけで、自分たち人間はその区別がつかなくなる。
「主は慎重だから刀剣破壊なんてしてないですし、してたら真っ先に鳳仙さんに話に行くんじゃないですか?」
―――山喜さん。
―――どうしたら、いいの。
「鳳仙さんが主にそうしたように」
 ひんやりと、心臓を触れられたような心地だった。
「…そうですね」
だからだろう、宗三左文字が代わりに言葉を発する。
「主が不躾なことを言いました。それは謝罪しましょう。ですが、それ以上その話題に触れるつもりなら、僕は主が侮辱されたと受け取りますよ」
「でしょうね。宗三さん、結構鳳仙さんのこと好きですよねー」
「どの刀剣男士もそうでしょう。自分の主なのですから」
「へえ、宗三さんでもそういうこと言うんだ」
早く行きましょうよ、と鯰尾藤四郎はまた前を見据える。歩き出す。それを見て初めて立ち止まっていたことを知る。今日のおやつはいいとこの羊羹なんですよ、主も楽しみにしてるんです、と鯰尾藤四郎の楽しそうな声が、廊下に響いていく。
 同じ刀剣男士を複数顕現させることは罪ではない。だから、誤魔化す必要などないのだ。なのに、鯰尾藤四郎は誤魔化した。それは、一体、どうして?
「主」
宗三左文字が咎めるように呼ぶ。
 自分を引き止めるようにぎゅう、と握られた手はとても冷たかった。
 緊張が、宗三左文字にそうさせていることは、自分でも分かった。分かってしまった。



無気力デイズ @Spiritless_Days

***

グレーテルの嘲笑 

 この本丸がどうしてこうなったのか、それは実のところ私にも分からない。ただ、上の人間と話をして式神の実験を始めたところまでは確かに私の意志だった、と言える。楽になるなら、なんて思った訳じゃない。そんな甘っちょろいことは考えていなかった。これは戦争の中でどうしたって消耗品にならざるを得ない審神者という職業に就ける人間を、どうにかして増やすための儀式。死体は使えないことはハナから分かっていたのだろう、だって仮にも刀剣男士たちは神なのだから。あれだけ戦場に出て人のようなものを斬っていても、それでもそれはおろされた役目がそういうものであるからで。
 穢れたものは受け付けないのだと、それだけは最後のラインだったのだろう。だから、死体はだめだった。次に、優秀な審神者の遺伝子を掛け合わせて次代の審神者を培養する試みが始まったと聞いている。私が審神者になった頃にはもうやっていたらしい。これはそこそこ上手くは行ったが、あくまでそこそこだったし他の問題も出て来て結局頓挫した。そもそも人間を育成するのには時間が掛かりすぎるのだ。培養とは言ったけれども所謂試験管ベイビーであって、普通の人間の成長速度とはあまり変わらないと聞く。まあ、政府の裏の部分だ、成長促進薬くらいありそうなものだが、流石に優秀とは言えど一端の審神者でしかない私にそんな情報はおりてこない。
 そういう訳で、いやどういう訳なのかはまったくもって説明になっていなかったと思うけれど、つまり政府のため、これからの審神者界隈のために私はこの式神実験に参加したのだった。他にも幾つか参加したところがあるとは聞いている。まあ、それが本当かどうか、私に判別する術もないけれど。よし、今度こそそういう訳で、私は被検体として自分と自分の本丸を差し出したのだ。
 最初は、上手く行っていたと思う。他の本丸が次々と音を上げていく中で、私の本丸だけが唯一の成功例、のようなことを担当の人が言っていた。それは私の気分をよくするための方便だったのかもしれないけれど、その辺はどうでも良かった。うちの本丸は上手く行っている。特に問題もない。すべての式神と私は同期が可能だったから、いちいち目を光らせている心配もない。
 ない、はずだった。
 私の最大の誤算は、へし切長谷部が私を裏切ったことだった。否、恐らくへし切長谷部の視点から見たらこれは裏切りではないのだろう。でも、人間の枠に合わせて欲しかった、と思う。へし切長谷部は兎にも角にも私を休ませたかった、休んでくれと言う彼の言葉を封じ込めたのは私だった。だからそれはそれでまあ、少しくらいは反省している。本当に。している。
 でも。
 こちらはどうして、なのだろう。へし切長谷部がついていったということは、同じ意志でも持ったとでも言うのか? 偽物が本物に成り代わるという物語はありきたりだ。でも、結局、上手く行ってしまっている。私がこの実験を成功させてしまったように、それは自分の目論見を成功させた。
―――かまどの中にでも、突き落とせば良かったのに。
かまどはないけど、炉ならあるのに。
 どうして未だ生かされているのか、式神の考えることなど、本体≠フ私にはどうしたって分からないことなのだ。



@ctitle_bot

***

元気だったらドロップキックしてた 

 四面楚歌ってこういうこと言うんだろうなあ、と思いながらも結局ぼくだって人間でご飯を食べないと死んでしまうので思い切り歓迎されてないムードの中を普通に台所へと進んでいった。昔の人は言った、腹が減っては戦が出来ぬ、と。いやだからホント昔の人の言葉で残ってるのは良いものしかないんだって、と一応ぼくは弁明する。それはまあ、これから説明する出来事に対する言い訳でもあるんだけど。ねるねるねるねを崇めよ、なんて後世まで残っていたら嫌でしょ? ぼくも嫌。そういうこと。
 台所に行って片っ端からひっくり返す勢いで貯蓄やら何やらを確認した。この時後ろで見張っていたのが和泉守兼定だったんだけど、当時は自己紹介もなしだったから結局ぼくがあの和泉守を和泉守と呼ぶことはなかった。まあ多分、呼ばれたくなかったんだろう。彼らにとって名前とは誇り高き印のようなもの、らしいし。ぼくにはよく分からないけれど。それで、台所チェックをしたぼくは食べ物は大丈夫だ、と一旦安心した。ぼくはこれでも料理が出来る。それを言ったらいやあんまり動かないでくれ、みたいな渋面を返された。今にして思えばあれは抜け殻組のなんやかんやを言いたかったんだろうけど、あの和泉守だって言葉が足りてた訳じゃなかったのでおあいこだ。
 本丸、と呼ばれたその場所はあまりにも殺風景でギスギスしていて、こんなだったかな、と思う。ぼくは本丸とか刀剣男士とか此処へ来て初めて知ったはずなのに、兄が何か言ってたとかだろうか。もっとアットホームっていうか、ふわふわしてる場所、なんじゃないかなあ、というイメージが何故かぼくの中にはあった。なんだったんだろうな、アレ。だってそもそも研究施設だってアットホームとかふわふわとかとは程遠い環境だったと思うし、ぼくはアットホームとかふわふわとかそういうイメージを一体何処で拾ってきたんだろう。学校はそういう感じじゃなかったし、良くも悪くも未成年を収容して教育する機関、って感じだった。友達は出来たけど、深く関わった訳じゃなかったし、それでも生きていけた。
 と、そんなことを考えながら外と連絡が取れなくてほぼ監禁されてるのと同義だと気付いて、イライラが高まっていた中。
 ぼくは見つけてしまったのだ。
 ねるねるねるねを。
 アットホームでふわふわなイメージとそのままぴったり合うねるねるねるねを!!
 これを完成させればきっともうちょっと空気がやわらいだりなんだりするんじゃなかろうか! 最高潮に頭がだめだったぼくはそう思った。でも知育菓子は世界を救う、だから多分あの時の頭の中が四歳児になってるぼくでも救けてくれたんだと思う。
「………お前、」
最早何だったのか分からない物体を前にして途方にくれるぼくに、見かねて話し掛けてきたのはあの和泉守だった。
「こんなことも出来ないのか」
「ぼくも出来ないなんて思ってなかった」
呆れにすらなれない表情が落とされて、ああ…警戒するのも馬鹿らしい………という心底うんざりしたような台詞が吐かれるまであと五秒。

***

揺れる偏頭痛 

 担当さんがヒイヒイ言いながら走ってきてくれて(お腹が最近出てるから良い運動だったんじゃないかな、と信じている)(あとでお漬物でも差し入れしよう)、他所様の歌仙兼定の警戒は一時はとんでもないことになったけど抜刀することとかなくとりあえず話が出来るところまで来た。担当さんをさっさと呼んでおいて良かった、と思う。この人結構なやり手でぼくがこうだから、っていうのもあるけど交渉術とかなんやかんやがすごい人なのだ。後ろについてる一期一振は政府所属の刀剣男士で、普通担当さんには相棒はつかないのだけれどもぼくがこんななので荒事になった時のためにつけているらしい。担当さんの一期はのんびりとした顔でおやおや、と言った。いつもはこんな穏やかな顔をしているのだけれども、一回だけぼくが副業絡みで面倒事に巻き込まれた時に、っていうか実質うちの子にストーカーがついた時に、捻り上げてウジ虫を見るような目をしていたのが忘れられない。そのストーカーが本当に乗り換え乗り換えしまくっていたのも一因だったらしいんだけど、この一期も闇が深そうだなあ、と思う。そもそも政府に所属している、というのはそれなりの理由があってのことだと思うので、突っ込んだ話は聞かないけど。あ、突っ込むってちょっとエロワードだよね。いやマジで許して、だってこんな空気の中、やさしい声で行かないで、遅かった、行ってはだめ、としくしく泣いてるみたいな般若の面を挟んで真面目な顔してるの結構つらいっていうかしんどい。この面の持ち主の審神者さん、迷子ですか、早く出て来て。貴方の歌仙もわりと泣きそう顔してますよ。般若の面は泣いてますよ。ちゃんと顔としては怒ってるけど。
 ちょっと注目を集めていたので(まあたぬきが大きな声を出したのだから当然っちゃあ当然だ)、ぼくらは個室に移った。担当さんと一期がなんやかんや話し掛けているけれども、歌仙は言って良いものか迷っているようで、なかなか状況が進展しないのもある。確かに他の審神者の動向なんて共同作戦でもない限り聞かないし、それが初対面なんだから尚のことだ。しかも歌仙なんて結構人見知りをする方だって小夜左文字から聞いた。しかも大分こっそり教えてくれたので多分本刃は自覚がないか人に言うのを嫌がるんだろう。それくらいぼくだって分かる。理解しようと努力出来る。その膠着状態にちょっとつまらなくなったのか、同田貫正国がちょっと耳打ちするように聞いてきた。これなんかめっちゃ仲良いみたいで良いな。今度から意味もなくやって欲しい。
「何処に行ったのか言えないモンなのか」
「うーん、まあ、ほら、隠密任務とかあるわけだし。うちも警備上の理由で部屋の構造教えらんないとか…あるし…」
「それは何処も同じだろ」
「同じかあ」
「でもそうか、隠密任務か」
「優秀な人なら上から回ってくるって聞いたことが」
「噂か」
「そりゃあ受けたことがなかったら噂でしかないよ」
「そういうもんか」
「そういうものだよ」
「そうか…」
 まあ、隠密なんて面白くもなんともないしな、というたぬきはくあ、と欠伸をした。たぬきだってぼくがもし命じたら隠密だろうがなんだろうがこなしてくるだろうに、こういうすっきりさっぱりしたところ、やっぱり良いなあ、と思う。
「―――智慧(ちえ)殿は、どちらに?」
 だん、と一期がテーブルに手を置く。これじゃあ歌仙が何かしでかしたみたいだ。担当さんが諌めるように一期、とだけ言って、上への確認を待っていたら手遅れになるかもしれません、と至極真面目な様子で言った。いや真面目な話だから良いんだけど。
「手遅れ、とは」
「智慧殿には危険が迫っているようなのです」
「そんな確証のない言動に惑わされるともで思っているのか」
「しかし、貴方は何か予感があったのでは? だからこそ、ひと目を気にせずに話せる場所までついてきた」
担当さんが静かにいって、一期がにこにこと畳み掛ける。いやあいつ見ても怖い連携プレーだなあ、この人味方で良かった。
「この方、池見殿はものの声が聞こえるのですよ」
あ、言っちゃうんだ、と思ったけど別にめちゃくちゃ秘密にしている訳じゃないからいいや、と思う。こうなっちゃったら言うしかないと思うし。
 歌仙は池見? とぼくの審神者名に何か思い出しそうになってたみたいだけど、違うか…とひとりで勝手に納得して言葉にはしなかった。まあ普通に審神者名を建物の名前にしてるなんて思わないよね、池見なんてその辺にいそうな名前ではあるし。
「はい」
ぼくは取引に臨む時みたいなしっかりした声で頷く。たぬきも隣で頷いている。
「その般若の面ですが、私が拾った時は『行かないで欲しい』と言っていました。今は、『遅かった』と言っています。そこまで古いものではないので、会話は出来ませんが…」
「この面は、智慧殿が外出の際、必ず身に着けていたものですよね?」
一期がまた身を乗り出す。歌仙が面を引き寄せてついでにぐっと仰け反る。確かにあの顔に近付かれたらびっくりして仰け反るかもなあ。
「それが今こうして持ち主なく落ちており、智慧殿の登録波形はこの本部内からは検出されていない。面との意思疎通は出来ませんが、これは事件に巻き込まれたものと見て間違いないのでは? そして、上から極秘裏にくだされた任務があると言うのであれば、まずその場所が怪しいと思うのは当然の帰着なのでは?」
いややっぱこの一期怖いなあ、味方で良かった。
 ぐっと、歌仙が唇を噛んでから、それから諦めたように頭を垂れた。いや悪いことしてる訳じゃないのにこの反応流石に可哀想がすぎない? と思ったけどまあ人命かかってそうなので黙っておく。
「―――大和の、コード6402-1202-1293」
歌仙の口から、その行き先が紡がれる。
 「山喜殿の本丸だ」



[helpless] @helpless_odai

***

私が私であること 

 そういえばアポなしだったな、ということを思い出して、じゃあアポなしはちょっと…で追い返せたよな、と今更ながらに思った。本当に今更だった。政府職員の手帳が本物だったから引き入れてしまったけれど、これ、どう考えてもよろしくない方向の人だ。よくもまあこんなのがまだ生き残ってたな、上の人ちゃんと適性検査とかそういうのしっかりしてよ、とかいろいろ思ったけど、まあそれを言うと今は仮にも戦時中なのでそういうところまで行き渡らないのかなあ、と思う。実際人道的にどうなのかはさておき、兵(兵と呼ぶことにする)の純度を上げて数を増やそう、っていうのは分からなくもない訳だし。
 でも問題はそれが結果的に倫理とかそういうものの観点から凍結されているはず、ということだった。これはちゃんと上から周知されてる話であるから、信じて良いと思う。お知らせがあってから担当さんにも確認したし。そういう一派がいて摘発されたらしいですよ、ということくらいしか分からなかったけど。
 凍結されたはずの実験の、被検体にならないかと遠回しに誘われる、なんて。
 絶対に良くないことの前触れだ。さっさとこの人をテキトーで良いから追い返して塩でも撒いておきたい。それから担当さんに連絡して、私は関わらないでいたい。ちなみにこの連絡は通報と同義である。でも私だって一応は社会人を経験した人間だ。突然ちゃぶ台をひっくり返すようにこの机をひっくり返して帰れ!! とか叫んだらいけないことは分かっている。相手がどんな人間でもだ。というか、確実にまずいだろう相手に対してお粗末な対応こそいけない。つけこむ場所を作ってやることはない。さて、ならどうしたら良いだろうか。ちゃぶ台返しもちょっとやってみたいが、それは今度の機会にとっておくことにして。
「それは、凍結された実験と聞いているが」
なんて考えていたら、本日の護衛、鶯丸がぼそり、と呟いた。お知らせがあった頃、まだ鶯丸はうちにいなかったような気がするのだけれど、何処か別のところで聞いたのか、それとも私が知らないだけで上からのお知らせって新刃にも知らせるような仕組みが出来ているのか。後者なら後者で良いとは思うけど、気を遣わせてしまったみたいで申し訳ない。
「聞き間違いだったか?」
 その声を聞いて、あ、怒ってる、と私は漸く理解した。主である私が気付くのが遅れたのだから、相手の女なんてまだ分かっていないに違いない。へらへら笑っているその様子は、ちょっとだけ人間味を欠いているようで気味が悪い。
「それとも、」
だん、と鶯丸が相手の女に分かるようにか、湯呑を音を立てて置いた。普段はちゃんと大事に扱うのに。
「政府はうちの主に、非人道的な実験に加担しろとでも脅しをかけるつもりか?」
「そういう―――訳、では―――」
「主のこの性質が、もし、」
 流石にこんな分かりやすい行動に気付いたのだろう、でももう遅いんだよなあ、と思う。鶯丸は別に抜刀したりなんだりしないと思うので、私は一応頭の片隅に注意を置くだけにする。任せきりにするのもなんだと思うけれど、これだけ鶯丸が分かりやすくしてくれているのだ、今更私が出るのも長引かせるだけだろう。
「子に受け継がれて、」
とん、と鶯丸が手のひらを机につく。自然と乗り出す形になる。わー乙女ゲームみたいだーと私は現実逃避をする。良かったな、不穏分子、イケメンににじり寄られることが出来るぞ。
「それで主が喜ぶとでも思うのか? 喜ぶのはお前らだろう、政府の狗」
流石に政府の狗、は言い過ぎかな、と思ったので(だって一応、政府の中枢はもうちょっと真面な思考の人たちが牛耳ってるはずだ)(牛耳ってるという言い方が既にアレなのはさておき)、私は咳払いをしてから鶯丸を呼ぶことにした。
「………鶯丸、」
「…言いたいことはそれだけだ」
 鶯丸はそう言ってから目を伏せて、またお茶を飲んだ。もういつもの鶯丸だった。でもそれが分かるのは私が審神者だからで、いつもの鶯丸を知っているからで、相手の女に関してはそうではなかったのだろう。顔を真っ青にして逃げるように立ち去っていった。私は担当さんに連絡をするための画面を呼ぶ。
「鶯丸」
「なんだ、主」
「ありがとうね」
「なんてことはない。ただ、俺は思ったことを言ったまでだ」
文面を打ち込みながら、私は何でもないことのように続ける。顔を見ていないから出来るのかもしれなかった。
「確かに、怖いかもね」
「ああ」
「でも、私は子供欲しいと思うよ」
「だが、それは政府に好きなように使われたいということではないだろう」
「そうだね」
「般若の面の意味を、」
 今は本丸にいて、本丸内は石切丸筆頭に出来得る限りのことはしてあるらしいので、私は何もしていない。でもお守りのように、手元に置いてあるそれ。
「分かっていない奴らではないさ」
思わず、抱き締める。ちょっとした、意趣返し、誰にするでもない、過去の自分を嘲笑うようなもの。そんなものでも、彼らは分かってくれようとする。
「…うん」
それを否応なしに突き付けられたようで、ああ、と思った。私は、どうしたって審神者だった。審神者になって良かったのだ。大変なことは多くあったけれど、今だって大変だけど、これは戦争だから終わったあとどうなるかも分からないけれど。
 私が頷いたところで、タイミングを見計らったかのように石切丸と歌仙兼定が顔を出した。
「何か、お客人は慌てて帰っていったようだけど」
「あれは客ではない。次代の審神者計画を唆して来た」
「………一応聞くけれど、それはお見合いの話かい?」
「まさか」
鶯丸から話を聞いた石切丸は苦悶の表情を呈していたし、歌仙に至っては玄関に塩を撒いていた。普段ならもったいないだのなんだの言うのに、そんなふうにしてくれるんだな、と思ったら、般若でなくても良かったかな、とやっと思うことが出来た。でももうこれは私の一部のようなものだし、別に般若の面のことが嫌いになった訳じゃないし。
「面、このままでも良いかな」
 その言葉に鶯丸は言いたいことをちゃんと分かってくれたらしく、主の好きにするといいさ、と頭を撫でられた。

***

この匂いに恋をする 

 付き合いで此処に招待された、と実質の保護者的存在になっている三日月宗近にそれを見せたら、普段は虫けらを見るような目をするのに(ちなみにその目を向けられているのは自分ではない)(念の為)今回ばかりは食い付かれた。まあ食い付くと思って断って来なかったのもある。
―――池見楼。
審神者界隈に身を置いていて、名前を知らない者はいないだろう、たった一つの遊郭である。人間も刀剣男士も利用することは出来るし、奇特な力の持ち主がそういった道具の付喪神を呼び出して運営している、らしい。池見楼には多くの建物があり、大抵の人間や刀剣男士は一の御殿を利用している。未だ成人に遠い自分にはあまり縁のない場所であるが、どうしてか其処に誘ってくる人間というのも一定数いるのだった。その度に三日月宗近が威嚇じみた断り方をしてきたのだけれど。
 しかし、今回は違った。
 池見楼には多くの建物があり、それは大きな数字になるにつれて入るのが難しくなっていく。人脈やら優秀さやらお金やら、まあいろいろと聳え立つ壁があるのだ。
 さて、それが何の関係があるかと言うと、その後ろの方の番号の建物に、三日月宗近の欲しかったものが引き取られてしまったという噂が立ったのだった。噂の真偽は確かめられなかったものの、あれ以来三日月宗近の求めてやまなかったものの話は何処でも聞かなくなり、結局池見楼に引き取られてしまったというのが真相なのだろう、というところで落ち着いていた。
「行く?」
聞くまでもないことを聞く自分は少々意地が悪いだろうか。
 三日月宗近は重々しく頷いて、それから主もついてきてくれ、と照れくさそうに言った。

 池見楼というのは遊郭ではあるが、ただそれだけの施設ではない。一の御殿は紛れもなく風俗店なのだが、後ろに行くに従って其処に所属する付喪神の品格は上がっていく。ものに格付けをするのはどうかと思うが、そもそも国宝やら重要文化財やらのくくりを作りたがるのが人間だ。
「あら」
通された部屋で美しい女が微笑む。三日月宗近は見慣れているのか、彼女の興味を引いたのは自分の方だったようだ。
「なんていうんでしたっけ、そういうの…ああ、子持ちししゃも?」
「せめて子連れ狼と言ってやってください」
自分が苦笑してみせると、狼ねえ、と彼女は言った。
「とてもそんなふうには見えないけれど?」
「三日月宗近も刀剣男士とは雖も男の身ですから、狼になることもあるやもしれませんね」
「そんなこと、思っていないくせに」
分かるわ、と彼女は自分の頬をつついてくる。
「貴方、良くも悪くも審神者≠セわ。自分の刀剣男士を、しっかりと管理下においている」
その歳でよくやっている、とでも言うべきなのかしらね、と言う彼女が、一体人間と同じ数え方をしたら何歳になるのだろう、とかそういうことは考えてはいけない。
「私の本体が目的?」
「分かりますか」
「だって、そうでもなくちゃ、私に会えるほどのものを積む物好きはいないものよ」
 此処の奥の御殿は基本的に身体の遣り取りはないと聞く。大抵が、その本体≠身請けしたいがために本体≠口説きに通うのだ。
「普通は一回目で見せることはしないのだけれど」
珍しいからね、と彼女はふわり、とその着物の裾を翻した。
「―――」
 隣で、三日月宗近が言葉を失う。でも、言葉を失うのも仕方ない、と思う。美しい硯だった。蝶の細工が施されている、本当に美しい硯だった。これは三日月宗近が心酔するのも仕方ないような気がする。
「あら、何も言ってくださらないの?」
分かっているのだろう、彼女は三日月宗近に凭れかかった。それで三日月宗近は言語を取り戻したようで、感嘆の息を漏らしてから、美しい、とだけ呟いた。
「坊やは?」
「浅学の身ですが、美しいと感じました」
「ふふ、それくらいで良いのよ」
難しいことは大人に任せておきなさい、と彼女は笑って、それからは時間が来るまで他愛ないことを話した。
 正直、出した金額に見合うだけの時間だったと言えた。

 そんなふうにして一年。やっと彼女から、話を聞いても良いって言われたのだけれど、と楼主が課した基準をクリアしたことを伝えられた。相手の人柄ないしそれに準ずるものは彼女たち自身が決めるものの、楼主から最低限探っておきなさい、と言われている事柄があるのだと言う。まあ今後も彼女たちを維持出来るかとか、そういうことだろうな、と思う。今こうして会いに来るだけで火の車になるような相手に、彼女たちを任せられるかと言うとそうではないだろうし。なるほどなあ、と思っていると三日月宗近が彼女の手を握って、それから頭を垂れた。
「是非」
荘厳な声が紡がれる。
「我らの本丸へ、来て欲しい」
 それを聞いた彼女は笑って、じゃあ楼主様を説得してね、と言った。その様子を横で見ていた自分は、ああ、多分まだ足りないな、と思った。
 楼主との会談の席はすぐに設けられた。楼主というからには老齢の御仁を想像していたのだけれど、まだ年若い青年だった。自分が年若いなどと言うと何かおかしいような気もするが、それはさておき。少々気弱な印象も受けるが、楼主を続けられているのだからそういう訳でもないのだろうな、とそんなことを思う。自分はこの場にそぐわない人間であったが、それでも刀剣男士側の責任者というのはどうしたって必要になる。特に、大金の動く時は絶対に、政府の監視下であれば一にも二にも審神者を呼べという話になる。話が逸れた。
「身請けのお話ですが、」
この場には彼女も座っていた。つん、と澄ました顔はいつも会っている時のものではない。それを見て、ああ、予想が当たったな、と思った。
 心を、読める訳ではない。
「彼女が未だ納得していないので、今回はお見送り頂きたく」
 けれども何かまだ一つ、ピースが足りないような気がしていたから。
 言われた三日月宗近は驚いた様子はなかった。その可能性は彼だって分かっていた。それを自分は知っている。だから自分はただ黙っていることにした。本当に動くとしたら、三日月宗近がヒートアップしてしまった時だろうな、と思って静かにしている。案の定、三日月宗近はつらつらと用意していた言葉で楼主に交渉を始めた。この場で彼女に縋るのは悪手であろうから分かるが、それでも何やら異様な光景だなあ、と思う。彼女の身の振り方を決めるための会談のはずなのに、彼女は未だ一言も発していない。いつものような甘やかな表情を見せない彼女の横顔を眺めながら、自分は一体今日はどれくらい掛かるのだろうな、と思った。
 そして、五時間が経った。
 五時間である。流石にお腹が空いてしまって途中申し訳なくて出前を取って貰った。多分三時間経ったくらいだと思う。此処は本部施設なのでそういう融通がきくところが嬉しい。粘るだろうと思ったけれども流石に五時間も粘るとは思っていなかった。楼主も同じだろう。五時間も語彙力がループしない三日月宗近の執念も分かるには分かるが。さて、三日月宗近があまりにも粘るもので、楼主がどんどん困っていくのが分かった。というか困っているを通り越して疲労していた。向こうの護衛の同田貫正国だって主がそんな顔をさせられていたんじゃ気分も悪いだろう。
「鍛炭(かすみ)さん」
だから、そろそろ止めようと思って、彼女に呼びかける。
 三日月宗近が、そんな、と言うようにこちらを見たが、元々自分が発言したら黙る、という約束でこの場にいるのだ。三日月宗近としては自分の言葉で彼女を振り向かせたかったかもしれないが、流石に五時間は、ちょっと。流石に。
「長い時間すみません」
「坊やは難しいことを気にしなくて良いのよ」
やっと、彼女が喋った。どうやら三日月宗近以外にはいつも通りで行くらしい。ならば、光明も見える。
「これは、本日此処まで足を運んで頂いたお礼です」
袂から取り出したものを、彼女の前へと置く。
「―――」
 彼女が息を飲んだのが分かった。
「…開けて、も?」
「どうぞ」
「池見様、良いかしら」
楼主が傍に立っていた職員に確認を取る。彼が頷いて、それを見た楼主が許可を出したということは、彼は呪物などへの対応係なのかもしれない。
―――手に入らないのであれば。
そんなことを考える人間が少なくないことは、自分でも知っている。
 彼女の手が、ゆっくりとその包みを開けていく。その場で開けることを考えて、包装は最低限にした。一応三日月宗近プレゼンツだと言うことは言っておこう。
「―――ええ、」
彼女が頷いて、それから楼主へと向き直った。
「池見様」
 楼主も何か流れが変わったのを察知したらしい。
「どうか、この方のところへ」
「良いの」
「はい。どうしても、この方のところが良いのです」
お願いします、と彼女が頭を下げて、三日月宗近も頭を下げて、それから話がまとまるのは早かった。

 「どうして分かったの?」
本丸への帰り道、彼女が問う。彼女へ贈ったのは墨だった。
「誰にも言ったことがなかったのに」
恐らく、彼女が一番好きな、墨。
「貴方からいつもこの香りがしていたので、死に物狂いで探しました」
実際、死に物狂いで墨を買い集めたのは三日月宗近なのだけれど。自分がしたのは嗅ぎ分けることだけだった。飛び抜けた嗅覚がある訳でもないので、それはそれは苦労したが。途中からゲシュタルト崩壊じみたことが起きたが、今の緩みに緩んでいる三日月宗近の頬を見たらそれは安いもののようにすら思える。
「ただ、それだけです」
「…その、ただ、が出来ない人間がどれだけいると思って?」
坊やはやっぱり良くも悪くも審神者なのね、と言われて、そうですね、とだけ笑った。
 彼女があの墨を彼女で磨らせてくれる日が、今から待ち遠しかった。



[helpless] @helpless_odai

***

 真面な役人さんが大丈夫ですか!? と窓を叩き割って飛び込んで来た日のことをぼくは多分一生忘れないと思う。

例え未来が再び交わるとしても 

 いや、叩き割って飛び込んで来た時点で真面さはアウトかもしれないけど、ぼくを誘拐してきたようなやつらと比べたら天と地くらいあった。月とすっぽんだった。比べるのも烏滸がましい、未成年略取なんだから諸々くっつけて一生ブタ箱から出て来ないで欲しい。と思っていたら全部言葉に出ていたらしく、一生塀の中なので安心してくださいね、と親指を立てられた。役人さんだからこそブタ箱から塀に言葉を変えてくれたんだろうけど、それにしたって同じ匂いがするなあ、と思ったのは多分、間違いじゃないはずだ。
 その役人さんはめちゃくちゃ優秀だったみたいであれこれの手続きとか、ぼくが審神者と続けるか続けないか、続けるにしても一回家に帰るための手続きの仕方とかを教えてくれたしあと保証金をがっぽりブン取って来てくれた。
 ぼくはぼくでいろいろ悩んだには悩んだんだけど、それでも審神者については座学があったり、高卒までの資格は通信で死んでも取らせてくれること(流石にそれ以降は本人の自由だそうだ)、それに申請さえ出せばわりと簡単に家に帰れることも後押しして、結局審神者になることに決めた。給料も良いみたいだったし(まあ生命かかってんだから当たり前か)。一時帰宅の際に兄にだけはこっそり話したのだけれど、三日月宗近の存在が大きかった。三日月はぼくに何も言って来なかったけれど、なんとなく、ぼくじゃなきゃだめなんだな、というのは分かっていた。刀解、という手段が嫌だった訳じゃない。正直会ったばっかりだったし、助けてはくれたかもしれないけど、どうにも恩義らしい恩義を抱けなかったし、三日月も三日月で言って来ないし。
 でも、予感がしていた。
―――この三日月は、ぼくじゃあないとだめなんだ。
理由なんて分からない、運命なんて大層なものじゃない。ただもっと、ぼくは三日月に、共犯者めいた感覚を与えられたのだ。
 ぼくは、この三日月じゃなくても良いけれど。
 それでも、この三日月はぼくの共犯者なんだ。
 そう思ったら、審神者になるのが良いと思った。どうして三日月に、会ったこともないはずの三日月にそんなことを思ったのか分からなかったけど、細胞が訴えているみたいにざわざわとした。最初からしっていたみたいに、ぼくは三日月の隣が落ち着いた。ずっと、そうだったみたいに、そんなことはないのに。ぼくは刀剣男士なんてものを初めて見たし、国宝の方の(本尊の方、って言った方が伝わるのかな)三日月宗近とだって縁はなかった。研究所ではたくさんの勉強をしたけれど、其処に日本刀のことはなかったし、審神者のことも刀剣男士のこともなかった。なのに、どうしてだろう。胸が痛むなんて話じゃない、もっと、身体全体が、奥底から、歓喜―――ああ、そうだ、歓喜している。歓喜だ、歓喜なのだ。初めて会ったのに、ずっと知っていたような気がしてしまう。だから三日月はあの時名乗らなかったんだ、とそんなことすら思ってしまう。
 兄は、そんなクソみたいな独白を聞いて、それからお前の自由にしなさい、と言った。何を始めるにしても其処には理由が大なり小なり存在するから、いつかその理由と向き合うかもしれないことだけは忘れないようにね、と。
 兄の声はとても優しかった。血も繋がっていないのに、研究所でおんなじ部屋だったというだけで、兄がぼくのことを気にかける理由なんて本当は何処にもないのに、とても優しかった。
「…うん」
だからぼくは素直にそれに頷いた。
 久しぶりに兄はぼくの頭を撫でてくれて、それがやっぱり下手くそで笑ってしまった。

 そういう訳でその本丸を引き継ぐ、という形に収まったぼくだった訳だけど、ほぼ刀解祭りでぼくと一緒に頑張っていきまーす! みたいなパッパラパーな刀剣男士はいなかった。何振りかは異動を選んだけど、その異動先はぼくには教えられなかった。機密というやつらしい。まあ別に気にならんけど。ねるねるねるねに食い付かなったやつにこっちだって興味はない。
 ねるねるねるねと言えば、食い付かなかった筆頭というか張本人、和泉守兼定はわざわざぼくのところに自分の身の振り方を伝えに来た。
「俺はお前にはついていけない」
誰もが出来るだけぼくには近付きたくない、みたいな空気を醸し出す中で、結構な勇者だった。
「ねるねるねるねが出来ないから?」
「それもあるけど、そうじゃない」
「それもあるんだ…」
正直それを肯定されるとは思っていなかったので結構ショックではあった。お前そんなこと気にしてんのかよ、とか言って慰めてくれるのかと思った。三日月の所為で結構頭が乙女ゲームに振れているのかもしれない。そもそも和泉守との好感度イベントはなかったしあったとしてもねるねるねるねだった。下がる方だよ、それ。とんでもない奇特なやつ以外は下がるやつだよそれ。
「お前は、………」
 和泉守は言いにくそうだった。言いにくいことなら言いに来なくても良いのに、何で来たんだろう、と思う。でも追い返すのもなんか違うので、そのまま待ってみることにした。和泉守は散々迷って、結局何も飾らずに言うことにしたようだった。
「………此処が、こうなった理由に、似ている」
「ぼくもブラック審神者になるってこと?」
「そうじゃない」
即否定。あれ、意外と悪く悪くは見られてないみたいだぞ、と思う。もうなんか勝手にニヒルな笑みを浮かべて『そうだな、お前みたいなのだとなるかもな』とか言い出すのかと思っていたから拍子抜けだった。…いや、流石にこれは全和泉守に対する風評被害かもしれない。ていうか多分この和泉守だってそんなことは言わないだろう。ちょっと大分ぼくに対して塩オブ塩だっただけで。うん、ちょっと大分かなりちょっと。
「ていうか、別に主がブラック運営してた訳じゃねえんだよ」
「………そう聞いてたけど」
「まあ、人間からしたらそうかもな」
「何それ。人間はお呼びでないってか」
「真面目に聞けよ」
「真面目に聞いてるよ」
 もっと直接的なことを言ってくれれば良いのに、それは言えないのか、言わないのか。ぼくには判断がつかない。
「お前が同じように、本丸をだめにするとは思わねえ。こんな過去のある本丸に就任するんだ、嫌でもあっちこっちから教え込まれるだろうよ。ある意味監視だ。そんな中で、同じこと≠ェ出来るとも思えねえ。でも、………似てるのは、変えようがねえ事実だ」
「それ、教えてもらえないやつ?」
「そうだな」
「上もそれ秘密ね〜とか言ってマジで情報くれないんだよね。そんなヤバいの、此処」
「さあな。人間にとってはそうなんじゃないのか」
俺には分からん、と言った和泉守は嘘を吐いているようには見えなくて、でもきっと和泉守の方がぼくよりウワテだっただろうから、ぼくはもしそれが演技でも見抜くことは出来なくて。なんだか悔しいなあ、と思った。別に、和泉守に寄り添いたいとか、そういうことは考えてなかったけど。
「…三日月は、」
 一呼吸置いて、和泉守は話題を変えた。本当にぼくには触れてほしくない話題らしい。本当きな臭いな、此処。一体何があったんだよ、人体実験でもしてたのか?
「分かってねえみたいだけどな」
「そうなの」
「お前も分かってねえんだろ」
「なんで三日月が顕現してくれたのか、とか?」
「お前を守ってくれてること、だとか」
「嫌なところ突いてくるよね」
「お前が忘れない方が良いと思ってるだけだ」
 どうやら、和泉守自身も気にしてはくれているらしい。でも、言われなくたってぼくは、三日月のことを忘れることは出来ないと思うし、そこまでちゃらんぽらんじゃない。
「忘れないよ」
「そうか」
「忘れられないよ」
あの時、月のように刀が描いた切っ先の軌道を。
 どうして懐かしいなんて思ってしまったのか、ぼくは誰にも聞けないのだから。

***

地獄の底で逢いましょう 

 記録はすべて白紙に返されたのだな、と思う。執務室を探しても端末を探しても、そんな記録は何処にもない。彼女が思い出したくなかったのか、それともただ単にそういうシステムなのか、そこまでは分からなかったけれど。記憶というものは曖昧だ、鮮烈なものばかりが残って事実の概要は掴めるものの、その真相に至るまでの細かな捕捉はどうしたって得られない。それを得るのは思考、つまるところの推理というやつになってしまって、論理ではあれども第三者に答え合わせを頼むようなものに成り下がってしまう。
「何かお探しですか」
へし切長谷部が寄ってくる。それが分かっていたので、私は最初から用意していた答えを言う。
「刀装の記録を見ておこうと思って」
「ああ、もうすぐ里でしたね」
「そう、基本的に破壊のないプログラムだけれど、それでも今うちの遠戦刀装が潤沢かと言うとそうではなかったと思うから」
「貴方はいつも思慮深くあられる」
「貴方にそう言ってもらえると安心するわ」
嘘ではない会話。それでもきっと、へし切長谷部はそれが上辺に貼り付けたものであることに気付いている。彼の主は私ではないのに、それでも私の意見に賛同してそれを補ってくれる。だから彼は、私の虚言を指摘しない。
 指摘してしまえば、何かが崩れるということを分かっているから。
 へし切長谷部は彼女ではない、だから知らないことがある。私のように同期出来る訳でもない、だから自然、私よりも持っている情報の純度が低くなる。それを理解しながらも、其処に踏み込もうとはしない。それは賢さであった、己の腹心とも言える共犯者とも言える刀剣男士が賢いことは、私にとって良いことであるはずだった。なのに、この空虚感は一体何なのだろう。
―――一度。
 一度、この本丸は襲撃にあったことがある。
 思って、胸のうちで息を吐き出す。記録になくても、記憶がある。それは私のものではなかったけれど、そういう本丸は少なくはないだろう。そういう時、一番最後に残されるのは審神者だ。これは本体と同期したことのあるものしか知らないこと。この、隣にいるへし切長谷部も知らないこと。彼は自分が二振り目であることを知らない。どうして彼の主が、とてつもなく優秀であるのかを知らない。どうして刀剣破壊に対して過剰なほどに穏やかな顔を出来るのか、彼は知らない。
 彼女は生き残った。
 生き残らされた。
 たった一人、最後の希望として。彼女の刀剣男士はゼロになった、白紙になった、初期刀すらも残らなかった。遺らなかった。その深い絶望を、私は知っている。知らないのに知っている。私の感情ではないものを、知っている。それは本当に深いものだった、彼女は一度、折れかけた。刀剣男士のように、その心を、彼らの身のように、粉々に。
―――それでも、
 彼女は立ち上がった。当時まだ未就学児童という年齢だった少年と出会うことによって。少年との出会いが彼女に何を齎したのか、それはあまりに混沌としていて分からなかった。私には理解の及ばないものだった。人間とは、斯くも儚き生き物ではなかったのか。たったそれだけのことで、どうして彼女がそんな絶望の底から這い上がれたのか、私は知らない。これではへし切長谷部のことも言えなかった。自嘲を頬に乗せるような真似はしないが。
―――ああ、せめて、
後悔は今更しても仕方がない。今は、目の前のことだけを。
―――それを聞いてからにすれば良かった。
手を止める。
 目の端がじらじらとしていた。それは二号である私だけに仕込まれた、この本丸のセキュリティ機能。何かが、この本丸に這入り込んだ。本丸のセキュリティがそんなに低い訳ではないことを私は知っている。知っているからこそ、分かる。
―――嗚呼。
 どれかが引き込んだ。
「へし切長谷部」
「はい」
「侵入者です」
「排除致しますか」
例え、それが件の少年であったとしても。彼女を絶望から引っ張り上げた存在なのであっても。天秤に乗せるまでもない、解えは最初から一つしかない。
「―――ええ、」
 けれどもそれを裏切りと呼べない時点で、最早同罪ではあるのだ。
「見つけ次第、即刻の排除、及び痕跡の隠滅に努めなさい」



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20190328