初春の楽園 

 どうにも自分が普通ではないのだと知ったのはここ最近のことだった。別に普通じゃあない人はこんなところにはたくさんいて、だから自分が普通でなくとも浮いたりすることはなかった。
 付喪神を使役して戦争なんてものをやっている。
 たったそれだけの一文で、この世界がどれだけ狂っているか、よく分かる。それでも戦うのは多分、此処でならうまく息が出来るからだった。世界のためだとか、そんなことはないのだと思う。幼い頃より審神者となった自分には、ただあまり外の世界への気持ちが強くはなかった。当たり前のように出来たことも外では出来ないと知った今では、この戦争が終結したらさっさと死にたいな、くらいには思う。
 昔は座っているだけで、部屋にこもって指示をするだけで良かったものも、日々変わる。演練は元々あったけれども会議や勉強会、その他諸々。そういう福利厚生が充実するに従って、この戦争ももうすぐ終わるのかもしれないな、と思ったりもする。
 よく、最初に鍛刀する刀は切腹用だと言われたりするけれども、そうではないんだろうな、と思っていた。腹切りたいなら別に良いけど、痛いらしいからやめた方が良いぞ。本当か、と本刃に問うてしまえば頃の幼さは武器だったのだろうな、と思う。
「だって主さんは好きな数字入れられたんだろ」
こんのすけに聞いた、と本日の護衛の愛染国俊は言った。
「なのに、短刀にしたんだろ」
なんで? と問う愛染国俊こそが、この本丸の初鍛刀だ。
「…あんまり大きくても首が痛そうだなって思ったのかもしれないね」
「ああ、主さん小さかったもんなあ」
初期刀の加州清光もそう大きな身体をしている訳ではないが、それでも幼い自分にはとても大きく見えたのだ。その機微を見逃さなかったこんのすけが資材を抱えながら、短刀であれば背の低いものも多くいます、と言ったのだった。そして自分はそれに飛び付いた。だから初鍛刀は愛染国俊なのである。
「主さんは、」
話が途切れて、それから愛染国俊は少しだけ、不思議そうな顔をした。
「いつの間にか俺の背を抜いてたよな」
 前はこんなにちっちゃかったのに、と彼の示すのは豆粒程度の大きさで、こういうところは人間も刀剣男士も変わらないのだな、と思う。そんなには小さくなかったよ、そうかな、そうだよ、そっかあ。他愛のない遣り取り。こんなものが戦っているさなかなのに、さなかだからなのか、重要視されている。
「人間だからね」
「人間は成長するもんな」
「刀剣男士はやっぱり、成長しないのかな」
「どうかなあ、後藤辺りは頑張ってるけど」
主さんちょっと屈んで、と愛染国俊が言って、言われた通りに屈むと肩のところで何かを掴まれた。
「今日は赤色だ」
「おめでたい色だね」
「ああ、だから取った」
 あれが見えたから、と愛染国俊が指差したのは、黒の集団だった。喪に服しているのだと、それが分からないほどこの世界にいる時間は短くない。
「ありがとう」
愛染国俊の、こういう細やかなところは好ましいと思う。
「…なあ、主さん」
「なに」
「主さんも、いつか、ああなるのか」
 愛染国俊は赤色の蝶を握り潰しはしなかった。両手で丁寧に捕まえて、きっとあの一団が通り過ぎたらまた肩に戻すのだろう。この蝶は自分の筆から生まれている。どうして黒一色の筆からこんな極彩色のものが生まれるのかはよく分からなかったが、そういうことに詳しいだろう三日月宗近も苦笑しただけだったので、まあ、あまり気にしなくても良いのだろう。ただ自分がそういうものだっただけの話だ。そう難しい話ではない。
「そうだね」
 自分は呟く。そして頷く。
「人間だから、死ぬよ」
「…そうか」
「仕方ないんだよ」
「そっか」
仕方ないなら仕方ないよな、と愛染国俊も頷いた。もう一団は角を曲がって行ってしまっていた。肩に蝶が戻される。おめでたい赤色をした、蝶。とぷん、と紙に沈むようにしてから生まれいでる、蝶。
「…主さん、」
「なに」
「俺、主さんのこれ、好きだよ」
「そうか。それなら嬉しいな」
 さっさと用事済ませて本丸に帰ろう、と愛染国俊は言った。自分もそれに頷いた。
 自分たちにとって本丸は帰る場所だった。
 それ以上でも、それ以下でもなかった。



ひびわれて壊れていたし完全に狂っていたけど しあわせだった / 加藤千恵

***

紫、ピンク、それからパチパチ 

 大阪城って良いイベントだよね、ぼくの本丸みたいな最初から始めまーした! みたいなところでもなんとかやっていけるし、刀剣男士たちはレベル上がるの嬉しそうだしぼくも嬉しいし、まあ注意してないと刀剣破壊とかあるっちゃあるけどちゃんとお守りとか、編成とか、ある訳だし、良いイベントだよ、うん。健康診断の通知が来なければもっと良かったかもな〜とか思わなくもないけど、それはそれでぼくの生い立ちが特殊っちゃあ特殊だから仕方ない。試験管ベイビーって言ったら通じるのかな、あれのなんていうの、望まれてってより研究寄り? で生まれたのがぼく。多分十歳くらいまでは研究機関にいて、それからいろいろあって研究機関を出て、審神者適正を認められていわゆるブラック本丸に放り込まれたりして今に至る。まあ放り込まれたのが今いるこの本丸なんだけど。つまりぼくはブラック本丸を立て直したスゲーやつってこと。えっへん。うん、ごめんて。ごめん。そういうんじゃないよ、まあ放り込まれたのはほんとだけど。
 前任者が何やってたのかは知らんけど放り込まれた時にはもういろいろあって本丸っていうか、廃墟って感じだったし刀剣男士も非友好的だったりで嘘やん無理ゲーかよって思ってたけど、いろいろぼくなりに考えてねるねるねるねで懐柔しようとしたら失敗して、その失敗に憐れみの目線を貰ってからいろんなことが動き出した。うん、信じられないでしょ、ねるねるねるねで世界は救われた。すごいね。流石知育菓子だね。ねるねるねるねで懐柔しようとして失敗、っていう一文の失敗≠ェ懐柔にかかってると思ってくれたらもっと良かったかな、ほんと。ねるねるねるねにかかってるなんて思いたくないよね、大丈夫、ぼくも思いたくない。っていうかねるねるねるねの話はもう良いんだよ、もうぼくがなーんにも出来ない人間だってことは覆しようがない訳だしもう良いんだって。まあほら結局失敗したことで事態は動いたわけだし、怪我の功名、うん、先人はいい言葉を残す。
 そういう訳で話も無理そうだった刀剣男士面々とぼくは話をして、刀解なり継続契約なり他にドナドナするなりの政府サポート? みたいなのを提示出来た。ちなみにこの辺のサポートっていうのはぼくが最初っから知ってたものじゃあなくて、ぼくを此処に放り込んだやつらが逮捕されたりなんだりで、真面な人間が現れたから提示出来たものなので、運が良かったのもあるんだと思う。ねるねるねるねを崇めよ。で、当たり前だけど大体が刀解を選んだ。ちょっとはドナドナ選んだ刀剣男士もいたけど継続契約はなかった。立て直し、とか言ったけどつまり、ぼくの刀剣男士になるよー! ってやつはいなかった。そうだね、誰もねるねるねるねが出来ないやつのところに残りたくないよね。ぼくもやだ。
 そんな感じで大体平和に終わりそうだったんだけど、一振りだけ、どうにもならなそうなのがいた。それが今剣だった。本刃は刀解を望んでいたしこっちも叶えるつもりはあったけど、ただ刀解しただけじゃいろいろ厄介なことになるってことはなんとなくぼくでも分かってた。だからいろいろ連携して、そういうのに強い審神者を召喚することにした。なんか般若の面を被った審神者がやってきてええ…と思ったのを覚えている。身バレ防止、って言ってたけどあとで審神者用の情報交換掲示板見たら演練とかにもよく出没するらしくて目撃情報上がってた。身バレとかの話じゃなくて多分あれ、趣味なんだと思う。
 そうやってなんやかんややったあと、今剣は無事に本刃の希望通り刀解をした。本丸には誰もいなくなって、ぼくにはサービスってことで初期刀として選べる刀剣男士が全員与えられて、いや結局最初に顕現したのはそのうちの一振りじゃなかったんだけど、まあその話も置いといて、初期刀を山姥切国広としてぼくはやっと本格的に審神者業に打ち込める運びとなった。ちなみにこんなことがあったから初期刀設定誰だっけ…となっててんやわんやの時期に加州清光を初期刀って言っちゃったことがあるのは本当謝るから、ほんとごめんね。その話も置いとくね。置いとく話多すぎてない? ぼくの人生波乱万丈か?
 まあ波乱万丈でもどうでもよくて、ぼくはまず今剣を鍛刀した。他の刀剣男士の依代が出来ても顕現はせずに後回しにした。これが結構長くて長くて放り出したかったんだけど結局頑張った。
 で、やっと来た今剣を一番最初に自分の鍛刀した刀剣男士として顕現させて、それからぼくのハッピー審神者ライフは始まったってわけ。今も絶賛大阪城をぐるぐるしてるので心が穏やかだし、いやぼくはいつも心穏やかですけど? ねるねるねるねの話はもう良いだろ。ぼくの本丸では山姥切がマイスターです。これで満足だろ。今剣は時々レポート上げることに決まってるけど、特に変わった様子は見られない、と思う。あんまり他の本丸にお邪魔することないからアレだけど、まあぼくの今剣がおかしいなんてことないから普通なんだと思う。ねるねるねるねもそこそこ上手いし。山姥切からマイスターの称号を奪おうと戦っているらしい。平和だね。
 今剣は、今日もぼくの隣にいる。特にぼくの傍が良いとか、そういうのはないみたいだけど、思い出したように隣に来る。
 なんにも知らなかったような顔をして、事実なんにも知らないんだけど、それでも時々何か知ってるみたいな顔でぼくを見ている。
「あるじさま」
ひらがなの硬質さっておまえら知ってる? 知らないよね、時々幼児が真顔になる感じのアレ、まあ今剣は幼児じゃないけど。
「きょうもたのしいですね」
「うん」
でも別にぼくが何かしなきゃいけない時はもう過ぎてしまったので、ぼくはただはいとかいいえとかその他の答えをしながらあれこれの毎日を生きている。

***

此処は健全な本丸です 

 ちゃんと許可が降りてるタイプの副業から本丸に戻ったら近侍である加州清光が門の前で仁王立ちしていた。にこにこといつもの笑顔だけれどもちょっとだけ怒っているのが分かる。こういうの鈍い方だったのになあ、と思いながらアルジダヨ〜と裏声で言ってみた。効果はなかった。後ろには外出に際して護衛をやってくれていた同田貫正国がいたはずだなんだけれど、どうやら門の彫刻に集中することにしたらしい。こいつら仲良いな。デキてんの? と昔むかしに聞いたらめちゃくちゃ怒られたことを思い出した。主はどうしてそうすぐ発想が…と最終的には哀れみの目で見られたことを忘れてはいけない、いけないのだ。
「ええーと…」
何で加州が怒っているかは考えたくないので思考を逸らすことにする。明後日のことを考える。なんで護衛ってたぬき固定なんだったっけかな、最初はついて来て! って拝んだ覚えがあるけど、気付いたら副業の時は固定になってたな。まあ業種的に短刀を連れて行くのはちょっと抵抗感があるのは分かるけど、室内なんだし本当は短刀の方が良いんだろうなあ、いやたぬきは多分全部ぶった切ってくれるから大丈夫なんだけど、そういう心配はしてないけど、とふわふわしていたら主、と加州の声で現実に引き戻された。うちの加州すごいしっかりしてない? なんで? 良いことだし嬉しいし今はちょっと怒ってるけどいつもは主のこと甘やかしてくれるし文句はないけど、他のとこの加州が結構じっとりしてたりするのを聞いたりするとなんで? ってなる、のは仕方ないと思う。別に文句はないけど。うちの加州が世界で一番かわいいです。
「主が審神者の仕事以外で何してても別に良いよ、ていうか誇りにすら思ってるよ。うちの主すごいっていつも思ってるよ。でもね、そういうのは持ち込まないで」
「ええ…何…ぼく何にも持ってないよ…」
「あーるじ、目が泳いでるよ。あんま嘘吐くとこのバケツの水かけちゃうよ」
 手にバケツ持ってると思ったらそういうことだったのか、と思う。というかこれ用意してたってことは完全に行動読まれてたってことなんじゃないかなあ、とも。水がなみなみ入ったバケツは結構重たそうに見えたけど、そこは流石刀剣男士なんだろう、めっちゃ軽々と持っていた。あと水めっちゃ綺麗だった、多分引き下がらなかったら本気でぶっかけるつもりだったんだろうなと思う。優しいのかそうじゃないのかよく分からない。
 ほら出して、と言われて渋々瓶を渡す。瓶で持ち帰って来てるので水をかぶったところで何がある訳じゃないけれど、やっぱり気持ち的によくない。
「一応聞くけど、何で持って帰って来たの。ホムンクルスでも作るつもりだったの?」
「ええと…こう…廊下とかにバラまいておいたら何か始まるかなって」
「何も始まらないよ。主の思惑なんてぜーんぶ筒抜けなんだからね」
「つつぬけ…」
たぬきたすけて、って思ったけどたぬきは普通にその辺に飛んでる蝶の飛行の邪魔をして遊んでいた。門も一応本丸の一部なのでそういう本丸付きの生態系がちゃんとある。うわうちのたぬきかわいい、いや違う、そうじゃない。主が加州に問い詰められてるのをたすけて。でも多分、言ったら言ったで問い詰められるようなことをしなきゃ良いって言われる。分かってる。
「別に、セックスしたい訳じゃないんでしょ」
「うん。でも何か起こるなら観測したい」
「何も起こらないよ。仮に何か起こったとしても主が観測したいって思ってるところじゃ誰だって内緒にするよ」
「それもそうかあ…なんか千里眼的な能力に目覚めないかなあ…」
「窃視趣味でもあんの? 主」
「ないとおもう…」
「じゃあ良いでしょ」
ていうか本当にそういう趣味があるんなら、お店の方でどうにかなるよね、と言われてしまえばこっちとしては黙るしかなくなる。何せ、その通りなので。
「刀剣男士以外の付喪神を励起出来るって、そうそう出来ないことだと思うよ」
 加州に回収された瓶は横からひょっこり顔を出した薬研藤四郎に渡された。あれこそ事案なんじゃないかなあ、と思うけど薬研は薬研だから、と言われたことがあって納得した過去があるし、そもそも短刀と言っても子供な訳じゃないし。ややこしいな、とは思うけど。
「主はさ、喋るの苦手だけど、それでもちゃんと頑張ってるじゃん。俺は、主のそういうとこかっこいいと思ってるし、すごいって思うし、誇りに思うし、うちの主、あの池見楼の楼主なんだぞって言いたくなることだってあるよ」
「ありがとう…加州に褒められると嬉しい…。でもやってることはエログッズの擬人化みたいなことなんだよね」
「櫛のお嬢さんとかもいるんでしょ」
「櫛とか硯はめちゃくちゃ身請け話来る」
「その調節を今日も政府の人とやって来たんでしょ」
「うん…めっちゃ頑張った…」
「同田貫もお疲れ様。主、ひどいこと言われたりしてない?」
「粘られてたけどひどいことは言われてねえと思う」
「それで遅かったんだ」
「うん…」
お疲れ様、と加州がもう一度、今度はこっちに言って、それで怒りは解けたのだと分かった。もう怒る理由もないんだから当たり前だ。さよなら、お嬢さんたちに回収を頼んだなまもの。多分焼却炉にぶっこまれたけど。
「ご飯とお風呂、どっち先にする?」
「それとも俺? っていうのは聞いてくれないの」
「聞いて欲しいの」
「いや…ぼくの加州はそういうのじゃないんで………」
「でしょ。はいはい、疲れてるんだったらお風呂先かな。ご飯用意しておくから先済ましてきなよ」
「うん」
それを聞いていたたぬきが、話終わったな、と後ろで大きく伸びをして、やっぱどっかでたすけてって言うべきだったかな、と、それだけはちょっと後悔した。

***

そらおぼれ 

 審神者っていう職業のことを結構アレなオカルト職業だと思っている人は結構いるけれど、あんまりそういうことはない。確かに刀剣男士たちは付喪神だし、それを指揮したりするし、和風ファンタジーヒャッホウイって感じなのは認める。でも特殊能力があったりするのは一部の人たちだけで、大抵はその辺にいるような人間が審神者をやっている。私もその類の人間のはずだった。ていうか、絶対にそうだった。そうだったのだ。もう過去形だけど。
 審神者になると初期刀を与えられて(私は歌仙兼定を選んだ)(だって事前パンフで紫だって知ってたから)、そのまま本丸へ行く。あとのことは大体こんのすけを通して上の人と話をしたりする。一応担当さんとかそういう感じの人がいるらしいけれど、まあ普通にしてれば書類と判子だけの存在です、っていう雑な説明をされた。こんのすけから。一応管狐って聞いてたんだけどまるまるしてるし、なんか思ってたのと違う、と思ったけれどもまあこんのすけも仕事をしてくれたのでその辺は許すことにする。もふもふしてるのもかわいいよね、きっと。
 で、普遍普通引きこもり生活ヤッターなテンションで本丸にやって来た私はチュートリアルをこなして、平均点なスタートを切った。うん、それは間違いない。ちゃんとスタートは切れたし、それがとんでもない感じだった、ってこともない。
 変化は徐々に現れた。
 視界がブレるようになったのだ。最初は疲れ目かな、と思ったけれども演練上で上半身のない下半身が歩いてるのを見てひっくり返ってしまってから、確実に疲れ目ではないと感じた。そんな疲れ目嫌だ。グロ耐性はそこそこあるつもりだったけど、やっぱり突然にゅっと出てくるのは良くないと思う。本当に良くないと思う。
 ひっくり返った私は本部の医務室で目が覚めて、心配そうにしていた歌仙に全部話した。多分パニクってて日本語が日本語として機能していなかっただろうが、それでも歌仙はちゃんと聞いてくれた。今までもこういうことはあったのかい、と私を落ち着けるように背中をさすってくれた歌仙に、私はゆっくりと首を振った。審神者になる前はこんなことなかった。本当の本当に、普通の人間だったのだ。私の言葉を聞いて、歌仙は少し考えてから、これは可能性の一つ、なんだけど、と前置きをした。
「今までと違う空間に来て、僕たちのようなものに触れて、眠っていた部分が目覚めてしまったのかもしれないね」
目覚めてしまったものを再び眠らせるのは難しい。仕方ないかもしれない、と言った歌仙はそれでも力になる、と言ってくれた。多分、うちの歌仙がよく喋るのは私の所為なのだと思う。私がアレなものを見た時に代わりに喋っていたから、耐性がついたんだろう。
 仕方ないとは言っても何もしない訳にはいかない。私も、何か出来ないかどうか考えたし、あんまり詳しくないと言っていた歌仙も頑張って頑張って調べて考えてくれた。ちなみにその間、結構初期に来ていた石切丸は何も問題はないよ、とせんべいを齧っていた。いや確かに問題はないけど我主ぞ? ヤッベ、もうこの元ネタなんだったか忘れた。問題はないのだ、そう、問題はない。ていうかどっちかっていうと問題が起こってもこれでどうにかなるようになってしまったくらいだった。今まで見えていなかったものが見えるようになったということは、大抵それだけなのだけれど、私の場合は同時に解決法まで分かるようになっていたのだから。簡単に言うとハァ! で大抵のことがどうにかなるようになった。寺生まれかよ。一般家庭の私だよ。
 そんなこんなでも結局私は新しい視界に慣れなかった。審神者なんて新しい職業についたのに、更には新しい視界にも慣れなくちゃいけなくて私は一ヶ月でグロッキーになってそのまま倒れた。倒れて初めて石切丸辺りがおや? と思ったようだけれど人間は多分石切丸が思ってるよりも脆弱だった。石切丸はそれを気にしているのか、今はちょっと、いやわりと、優しい。最初の方の塩具合が嘘のよう、っていうかアレ多分そんな壊れやすいものに接してるつもりなかったんだろうと思う。まあ仕方ないと言えば仕方ない。こっちが審神者一年生なように石切丸だって刀剣男士一年生だったのだから。それは恨みっこなしだ。
 いろいろ話し合ったりなんだりをしてみたけど、やっぱり視界は変わらず。でも私は自分以外のことに関してはなんとかなるようになっていた。例えばすれ違ったりしただけのものとか、誰か他の人に憑いてるものとか、そういうのの対処は出来るようになっていた。ただ、自分に向かってくるやつは無理だった。釘バットとかでどうにかしたい気分だったけどおばけとか相手じゃそうもいかない。
 それで、私は面を被ることにした。
 別になんてことない面である。効能で言うなら眼鏡でもサングラスでも良かった。眼鏡はまあ、面をしていけない場所にしていくことにして、普段はもう完全に視界を狭めて行くことにした。それでも見えるもんは見えるので、意識を割かないようにするためだけのものだ。
「でも主、だからって何でそれなんだい?」
面を選びに行った日、ついてきてくれた歌仙はちょっとだけ苦い顔をした。
「怒ってるから、かな」
本当はそれだけじゃあなかったけれど。
 私の手の中にあったのは、これから私のお守りになるそれは、般若の面だった。

***

夢見桜の下で 

 審神者にしては私はあちこちに出掛ける方だと思う。それは大抵がちゃんと審神者関係の仕事で、平たく言えばバリバリのキャリアウーマン、って感じで良いと思う。仕事の出来る女、かっこいいでしょ? まあそんな感じ。私はかっこよくいたいし自分の出来る仕事はしたいし、でもちゃんと休みたいし。あと諸々の問題が発生して私は決断した。これは私という人間にとってものすごい決断だったのだけれども、一回やってしまってからはあーこれ楽だわーくらいのテンションになってしまった。人間は誰しも最初の一歩が怖いだけで、実のところ二歩目っていうのにはそう恐怖しない生き物なんだと思う。順応性がある、というか。人間の世界ってこういうのの積み重ねで終わって行くのかなあ、と思ったりとかしたけど、まあ、実際に世界は滅んでないし、そもそも私は世界を守る方のお仕事の人だし。審神者ってそういう職業だよね。まあ別の世界を滅ぼしてるって言ったらそうなのかもしれないけど、その辺は私は私の世界がかわいいということでハイ、割愛。
「主」
忙しい私のために、へし切長谷部が書類を持ってきてくれる。何処の本丸でも長谷部の書類処理能力は高いって言われるけど、うちの長谷部はダントツだと思う。あ、ダントツって世代バレるんだっけ? まあ良いや。
「緊急のものはある?」
「本日はありません」
「そう」
「主も、本日はお休みいただけるかと」
 この本丸で、お休み≠ニいうのは自由時間のことを指す。他では多分、睡眠とかそういうのも入っているんだろうけれど、此処では自由時間のことだった。睡眠、というか休眠、はローテーションで取れるようにしてあるから、気にすることはないのだ。
「それは嬉しいね」
「何かしたいことはありますか」
「そうだなあ、庭の桜がそろそろ満開だって聞いたよ。五虎退が言ってたって。花見でもどう?」
「良いですね」
会話をしながらも長谷部の手も私の手も書類をより分けていく。未だ紙の書類を愛するお役所仕事というのは煩雑すぎてどうしようもないな、と思う。正直邪魔だし、全部電子で終わらせればとりあえず重量からは解放されるはずなのに、やっぱり電子には電子の脆弱性があるのか。その辺は詳しくないけど、やっぱり重たいのは嫌だな、と思う。あと結構紙をめくるのが痛い。私の指先は結構摩耗している。
 部屋の障子は開け放っていた。見られて困るものがこの部屋にはないのもあるけれど、私はあまり本丸に滞在する時間が少ないから、刀剣男士の様子が少しでも目に入るようにしている。情報は勿論ちゃんと集まってくるけれど、やっぱりこの目≠ナ見た方が情報の鮮度が違う、とも思うから。
 廊下の向こうを、誰かが横切った。顔を上げなくても分かる。あれは、小狐丸だった。
 小狐丸と、私≠セった。
 呼び出せば視界を共有することも出来るけれど、流石にそれをやると面倒なのでやっていない。私≠ヘこの本丸に多くいる。あまりに多忙過ぎたので作り上げた効率だった。ちゃんと上の許可を取っている。この本丸の運営補佐として、式神の使用を許可する。ちゃんと許可証だって発行された。
 彼らが進んでいった方向を考えるまでもない、あっちは小狐丸の私室だ。小狐丸は今日は非番だし、休みの日に何をしていても彼らの自由だ。あの私≠セって今日は非番だから、別に何を言うこともしない。ちゃんと余裕を持って組まれたスケジュールで、この本丸は今日もよく回っている。
 長谷部は台所にあったお菓子の名前を羅列していた。私はその中で気に入ったものを繰り返す。長谷部は酒を嗜むだろうが、私は多分飲めもしない。でもそのことを長谷部は知っているし、私は長谷部が飲んでいるのを見るのが好きなのでそれで良い。多分、桜と長谷部と酒、並べたらきっと綺麗だろうから。そんなことを思いながら、二つの影の消えていった廊下を暫く見ていた。一応、孔らしい孔はつけなかった。ついでに子宮も。式神、と呼んではいるけれども実質クローンみたいなものだし、もしも、本当にもしもの万が一が起こってしまったら私は絶対に微妙な気持ちになると思うので、あと倫理的にも良くないと思うし。クローン大発生なところで既に倫理どうこう言ってられる場合じゃないけど、まあ大体ちゃと私の制御下にあるうちは大丈夫かなって思っている。大体パニック映画とかじゃあこういうのが始まりなんだけど、その辺はこんのすけにも上の人にもついでにうちの刀剣男士にも一応周知はしてるし、そういうわけでうちにはこんのすけが十体くらい常にいるし、まあ監視の目は行き届いてる方だと思う。刀剣男士とクローンの数を考えたら本当のところ足りないんだけど、それはそれでクローンがどうにかしてくれる。はず。というか元々私の手の行き届かないところが出て来たから作ったんだし、それだけとは言わないけれど、それくらい役には立ってもらわないと困る。少なからず私だって労力を惜しまずに彼女らを作ったので、その労力分くらいは。めちゃくちゃ楽をしようとか、全部クローンたちに任せて私は何もしないでいようとか、そんなことはしないけど、まあ私たち≠ノもそれなりに考えあってのことなので。
「長谷部」
「はい、何でしょう。主」
「山喜(さんき)の様子は?」
「本日も良い夢を見られているご様子でした」
「なら大丈夫かな。健康状態には問題はない?」
「はい。数値は正常です」
「よし。彼女にはちゃんと休んでもらわないとね」
「そうですね、主」
長谷部は私を、この本丸の審神者の、所謂審神者名と呼ばれている登録名の山喜とは呼ばない。長谷部だけじゃない、私の刀剣男士たちは、誰も。外に出ればそう呼ばれることもあるけれど、それには返事をするけれど、私はこの本丸の中ではその名前に反応しない。だってそれは私の名前ではないから。
 私が二号なことは、この本丸以外では誰も、知らない。

***

 怖い夢を、見ていたような気がする。
 大抵、今剣の朝はそうやって始まる。

現に凭れ夢見るあわい 

 とは言っても夢の内容を覚えている訳でもない。今剣はこの本丸の初鍛刀の刀剣男士であって、それ以上でもそれ以下でもない。この本丸ではいろいろなことがあって主様は大変な思いをしたらしいし、そういう話を聞いていたからあんまり上のことを信用はしていないのだけれど、それでも一番大変だっただろう主様がこれから審神者を頑張りたい、と言っているので今剣は何も言わないことにしている。話を聞いて怒っていた今剣に、全部片付いてるから大丈夫だよ、一緒に頑張ってくれる? と首を傾げた主様があまりに尊く思えて、だから今剣は主様の手をはしっと取って、絶対に主様をお守りします! と宣言したのだった。
 今剣よりも先に顕現していた刀剣男士は幾らかいたが、主様の手で鍛刀された刀剣男士としては今剣が一番だった。一番最初に鍛刀出来たからではなく、今剣が鍛刀出来るまで誰も顕現させないことにしていたらしい。それを聞いて、今剣は嬉しくなると同時に少しだけ、不安なものを感じた。何かにつけて一番≠ニいうのを気にするのは心のつくりとでもいうのか、今剣にとってそれは誇らしかったけれど、他の後回し≠ノされた刀剣男士たちは何か言ってきたりはしないのか。
 顕現していない状態でも、依代として存在している以上、薄らぼんやりだが意識はある。いつ主は自分のことを顕現してくれるのだろう、と心待ちにしていた期間は、今剣にだってあったのだ。それが、なかなかに長い期間。主様は今剣が来るまでの間、本丸の運営を凍結させていたも同然だったらしいし、それを聞いたら何か今剣は今剣であるだけで主様に迷惑を掛けてしまっているのではないかと、そんなことを。今剣を一番最初に顕現すると決めいていたことで、後回し≠ノされた刀剣男士たちが主様に何か言ったらどうしようと、そんな不安を抱いてしまったのだ。彼らとて、刀剣男士。人の子とは違った価値観を持っている故、そんな心配は不要だと分かっているにも関わらず。
「うっわ、それってなんかめちゃくちゃ自慢じゃね?」
 なんか気になることでもあんの、と話し掛けてきたのは厚藤四郎だった。彼もまた、後回し≠ノされていた刀剣男士の一振りである。
「やはり、じまん、にきこえますか」
「分かってんの」
「それくらいは」
「それでも吐き出したかった?」
「…ええ、そうですね。はきだしたかった」
誰でも良かったんです、と言う。本当に、誰でも良かった。今剣より先に顕現していた刀剣男士以外であれば、誰でも。厚には嫌な話だっただろう。ただの自慢のようにしか聞こえない話をされて、それで誰でも良かった、だなんて。
「ま、分からなくもねえけど」
 主、嘘は吐かないけどほんとのことも言わないもんな。
 今剣の横に、同じように座り込んでみせた厚はそう言った。
「だからお前が一番だったのだって、なんか理由あるんだろうよ」
「でも、あるじさまにきくのはいやです」
「夢の話も?」
「ゆめのはなしも」
夢に関しては、覚えていないものをどうやって言え、という話でもあるのだけれど。
「…主の力になりてえなあ」
「なりたいですね」
「なってる、って言えるようになりてえな」
「はい」
「主が今まで大変だったことを全部取り除いて、んで、笑って今度はオレたちが大丈夫だって言いてえな」
「あ、それいいですね」
「だろ?」
 だからそろそろ畑当番サボりやめないとな、と厚が立ち上がる。今剣もそれに続く。
「おいしいとまとができるといいですね」
「燭台切が張り切ってたし、まあ、出来るだろ」
「そしたらあるじさまにいちばんにたべてもらいましょう」
「そうだな」
先を行く厚の背中を見てから、今剣は一度だけ、自分の掌を開閉させる。
 其処には、何もなかった。何もないのに、ただ何か大切でどうしようもないものがあったような、そんな気がしてならないのだ。

***

私の歩いてる道に落とし穴 

 とめて、と言われた。
 否、言われた訳じゃない、いつものだ、と思う。声、だった。それは周囲の人には聞こえないもの。護衛の同田貫正国がアレか、と問うてくる。だからぼくは慎重に頷く。審神者の中には結構特殊能力持ちっていたりいなかったりするけれど、そんなめちゃくちゃホイホイいる訳じゃない。多分そんなだったらこの戦争、さっさとこっちの勝利で終わってる。まあぼくみたいに審神者やってて特殊能力みたいなのに目覚めた人もいるんだろうけど。この話は置いといて。
『―――ない』
囁くような声だった。たぬきは息を止めてくれている。前にそこまでしなくて良いって言ったんだけど、別に死なねえから、と言われてしまえば何も返せなかった。なのでぼくは出来るだけ早く、声の主を見つけようと心掛ける。
 人間と、人間でないものの声の区別がつくのは本当に良かったな、と思う。まあこんな往来でこんな囁くような声を出す人間がいるのかって聞かれると微妙だから、そういう方向から考えるとアレだけど。とかなんとか考えてたらちゃんと方向が分かったので足を進める。声は、次第にはっきりしていく。
『あそこへ行ってはいけない』
般若の面が喋っていた。
 これ以上なく優しい声で。
 そんなめちゃくちゃ怖い顔でそんな優しい声を出されるとこっちはすごく困ってしまうので、多分この面、大切にされているんだろうなあ、と現実逃避をした。いや、大抵そうだ。優しい声が出せるのは、人間に大切にされているものだけ。物の怪とかそういう類の話だったら騙すこともあったのかもしれないけど、ぼくの力はわりと素っ気ないもので、そのものそのままの声を聞いたり、そのまま擬人化させたり(これは付喪神の顕現って言えって言われてるんだけど、まあぼくの思考だから擬人化で良いや)するだけで、そういう瞞しは一切効かない。
『あそこへ行ってはいけないの』
でも、困ったことに、騙されないのは良いけれど、そのもの本体にあまり力がない場合は意思疎通みたいなことが出来ないのだ。付喪神は九十九神とも書く。九十九年使われて神になる、人間は都合の良い生き物だからそういう平和な説を取っている。まあ実際襲い掛かられたりとかは今の所ないから、それで良いんだと思うけど。鰯の頭も信心からって石切丸も言ってた。
 何が言いたいかっていうと、その面は比較的新しいものだった。作られて二十年でもしていればそれなりに会話が出来るような出来ないような、のレベルまで来るのだけれど、多分これは五年も経ってない。そんな中で真面な言葉を持ったのはそれくらいに切羽詰まってるからなのだろうか。いやていうか普通に流しかけたけどなんでこんなところに般若の面落ちてるの? 落とし物?
「持ち主いねえのか」
たぬきはすごいなあ、と思いながら頷く。別に普通の面だな? とたぬきが検分してからそれを拾って、落とし物だ! と叫んだ。こういうすっきりした行動気持ちいいなあ、と思う。大体これでいつも即解決する。
「ああっ! 申し訳ない! それはうちの主のものだ!」
少し遠くから歌仙兼定が慌てて走って来るのが見えた。
「拾ってくれたのかい? お手数をお掛けして…」
 受け取ろうとする歌仙の手にたぬきは面を乗せないで、何処かへ行くのか、と問うた。ぼくの代わりに聞いてくれるみたいだった。たぬきはやさしいなあ。
「え…?」
でも聞かれた歌仙は普通にびっくりしてた。そりゃあそうだろうなあ。でも面はまだ行ってはいけない、って繰り返してるし、ぼくが止める理由もない。こういうのって片っ端から解決している訳じゃないけど、大抵放っておいた方がまずい事態になることをぼくたちは知っているから。あとで報告書が増えるけど、放っておいた末の報告書よりもずっと量が少なくて済む。
「………ええと、そう、だけれど。それが何か」
歌仙がめちゃくちゃ警戒したのが分かって、あーこれ、絶対上の人呼んだ方が良いなあ、と思いながらぼくは仕方なく担当さんの番号をコールした。
 まさかこれが長いながい事件と付き合いの始まりだなんて、多分、誰も思っていなかった。



[helpless] @helpless_odai

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綺麗に風化した思い出にすがる 

 審神者というのは実際のところ、そんなに特殊な職業ではない。だから普通の人間が審神者をやっているし、マニュアルはあれども刀剣男士たちの性格にも少しずつ差異があって、同じ本丸なんて存在しないとまで言われているほどだった。そんな中で全部が全部上手く行くかというとそうでもなく、時折主である審神者と上手く行かずに異動する刀剣男士もいる。どうしたって本丸内の人間関係というかそれに類するものを上手く立ち行かせようとするとそういう制度を作るしかなかったのだと、こんのすけに聞いたが本当だろうか。この制度の認可が降りる前は刀解一択だったと聞いているので、流石に何処か盛られているだろう、と思っている。こんのすけだって冗談くらいは言えるのだ。それを自分は知っている。刀剣男士を育てるということは結構大変な仕事で、それに指揮がついてくるのだから更なりだ。それを分かっていて、折角育てた刀剣男士を、上手く行かないからという理由で刀解してしまうのは非常にコスパの悪い話に思えるのだ。まあ、人間というのは感情的な生き物なので、そういう事案もあったのだろうけれど。
 何でそんな話をしたかと言うと、ちょうど今自分の目の前でぐったりと何か落ち込んでいるらしい和泉守兼定は、そういう経緯でこの本丸にやって来た刀剣男士だったからだ。大抵の悩み事は新選組や所謂同期の刀剣男士に話す和泉守兼定が、書き物をしている自分のところへとやってくるのは前の本丸のことを思い出しているからだと、既に学習している。別に、それで互いに傷付いたとか、そういうことはないけれど。本日の近侍の物吉貞宗も既にその光景には慣れたらしく、自分の作業をやめてそろそろお茶にしますか、と立ち上がった。確かにもう三時だったけれど、多分これは自分がいたら話し辛いこともあるだろうと、席を外してくれたのだろう。
「おやつ、悩んじゃいますねえ」
そう言って部屋を出て行った物吉貞宗を見送ると、やっとのことで和泉守兼定は顔を上げた。
「…気、遣わしちまったな」
「まあ、あとでお礼でも言ったら良いんじゃないか」
どうせ戻ってくるんだし、と言えばそうする、と返ってくる。
「主、」
 妙に真剣な顔をした和泉守兼定は、少し悩んで、それから迷うように口にした。
「ねるねるねるねって作ったことあるか?」
「知育菓子の?」
「そう、それ」
「あるけど」
「成功したか?」
「どうやって失敗するの」
「………だよなあ…」
この反応を見るに、誰かが失敗したのだろうか。前の本丸関係となると、最初の主か、次の審神者か。仲の良かった刀剣男士の話をする時はこんなふうにはならないので、どっちかだろう。
 そう思ってから言葉を待つ。和泉守兼定は話を聞いて欲しいのだ。ならば、言葉が出るまで待つのが審神者だろう。今の和泉守兼定の主は自分であるのだから。それに、別に苦ではないし。
「………多分、善性を貼り付けた側面に見えてたんだよな」
和泉守兼定の言葉は唐突だった。それがねるねるねるねの失敗とどう関係してくるのかは分からないが、多分ねるねるねるねの失敗というのはそんなに重要な話じゃあなかったんだろう。会話のまくらだ。そういうこともある。気になるのでそのうち聞いてみるのも良いかもしれないが、それは今じゃない。
「善性を貼り付けた側面」
だから繰り返す。
「人間ってのはどうしたって多面的な生き物だろう? いや、心が、って言った方が良いのか…兎に角、俺はその審神者が良い奴すぎて、気味が悪かったんだよ」
今にして思えば、アイツも生きるために必死だったんだろうな、と和泉守兼定は言う。本当はこういう、異動してきた刀剣男士の前の本丸の話は聞かない方が良いのだけれど、和泉守兼定は知っていてくれ、と言ってよく話す。
 曰く、和泉守兼定の前にいた本丸では問題が起こって(流石に此処は機密情報なのか誤魔化された)審神者が不在となり、慌てた上の人が生贄と言わんばかりに審神者のことなど何も知らない人間を放り込んだのだという。本当に何も知らない人間だったらしい、それこそ審神者のさの字も知らないような。人権も何もない話であるが、どうやら本当のようだ。嘆かわしい。途中でその放り込んだ張本人が逮捕されただがでその本丸のことが発覚し、事態は好転して和泉守兼定もこうして異動することになったのだが、今でもそういう、拉致からの生贄紛いのことは何処かで起こっているらしい。
 だから、時折、注視してみてくれ、と。
 一度も主と呼べなかったその人間のような人間が、もしいたのなら。今度は助けになってやりたいと、和泉守兼定はそう言う。
「傲慢な考え方だよ」
「一面から見たらそうかもしれないね」
「ああ、でも、アイツを信じられなかったことは、事実だから」
「相性っていうのもあるよ」
「相性」
「うん、相性」
「そうか」
「そうだよ」
気にするな、とは言わない。だって、その和泉守兼定と話した生贄審神者が、和泉守兼定のことをどう思っていたかなんて自分には分からないのだから。
「主さーん」
少し遠くから物吉貞宗の声がする。
「お饅頭、こしあん、つぶあん、しろあん、抹茶、いちご、さくら、パイン、どれにしますかー?」
「パインの饅頭…?」
 和泉守兼定が立ち上がって、それで話は終わりを告げた。
「物吉、手伝う」
「あ、ありがとうございます!」
「で、パインの饅頭ってなんだ」
「さあ…」
そんな会話を聞きながら、とりあえず、明日は久しぶりにねるねるねるねを作ろうと思った。



[helpless] @helpless_odai

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僕という存在は、君を愛するためだけにあるのです 巴さに

 巴形薙刀の顕現した本丸というのはどうにも特殊な本丸だったようで、顕現してまず初めにされたのはそのシステムとやらの説明だった。何やらそれは難解なものだったが(恐らくこれは特別な物語を持たない巴形薙刀ならではが受け取る難解さなのであろうと思う)、それでも政府が承認してやっている運営手法なのだから問題はないのだろう。事実、巴形薙刀よりもあとにやって来た山姥切長義などもそう困惑してはいなかったようだし。
 巴形薙刀が問われたのは、三つ。
 一つ、この本丸の運営手法に問題があるように思えるか。
 二つ、この本丸でやっていけそうか。
 三つ―――専用の主は、必要か。専用の主と言っても彼女たちは式神で、本体には巴形薙刀も会ったことがない。ただ、二号を名乗る代表が、彼女の代わりに本丸を運営していることを知っているだけ。三つ目に是と応えた巴形薙刀の横で、巴形薙刀を顕現してくれた巴形薙刀の主は分からないのよ、と呟いた。
「別に、困るってことじゃあないの」
本体の彼女が何処にいようと、無事なのは分かるから、と。彼女たちはそういう存在のようだった、他の個体が何処で何をしているのか、彼女は同期≠ニ言っていたが、出来ないことはないのだと言う。だから本体が無事であることを知っている、健やかであることを知っている。でも、彼女に何もさせないのは違うと、彼女は思っている。
 二号のことが気に入らない訳じゃあないの、と彼女は続けた。一桁代どころか三桁代でも、なかなか残っていない中で、未だこの本丸の代表として居残り続ける彼女は本当に大した出来だったのだろう。四桁代の主は、別に数を気にしている訳ではないの、と重ねる。その声に言い訳がましさはない。
「主が何番目だろうが関係がない」
巴形薙刀が何を言っても、無意味な気がした。それでも、何かを言わずにはいられなかった。この人の身に降りて、言葉を得て、心の形を確かめるように。それが出来たのは、彼女がいたからだ。
 巴形薙刀だけの、主。
 本体を写された、紛い物の人間。
 それでも巴形薙刀の主は彼女だけだった。それを、どうやったら彼女に伝えられるのだろう、彼女でなくてはいけなかったことを、どうやって。…伝えたところで、彼女は喜ぶのだろうか。それすらも、巴形薙刀には分からない。
「俺を顕現してくれたのは、貴方だ」
「そうかもね」
 三つ目を聞くに当たって、毎度新しい刀剣男士の顕現というのは誰も受け持っていないものがやるのだと言う。彼女は五回目まで選ばれなかったのだ、と言っていた。そして別に、それを気にした様子もなかった。
「でも、そうじゃないかもしれない」
彼女たちはすべてにおいて同じだ。そのように作られている。だから、もしも何処かで入れ替わっていたとしても分からない。少なくとも巴形薙刀には、判別する術はない。
 でも、間違えたくはないと思っている。一心に、願っている。
「そんなことを言う私は非道い人間かしら」
「………分からない」
巴形薙刀は人間のことを知らなかった。
 それは、逸話のある刀剣が刀剣男士になった時に、何を思うか分からない、と思うことよりもずっと、分からないことだった。
―――これは裏切りよ。
彼女はそう言った。微塵もそう思っていない顔で。
 彼女は言うのだ、巴形薙刀に共犯になれと。いざと言う時に、共に処分されろ、と。それはきっと、非道いことなのだろう。多くの刀剣男士は刀剣の頃の記憶から紐付いて、人間を守ることを第一と考えている。その方法は様々だが、巴形薙刀はそういう話を聞いているだけで満たされる。刀剣男士は、主を守りたいと思うものだった。人に愛された末路というものはそういうものなのかもしれない、と彼女は言っていた。
―――私を守らないで。
 私と一緒に、堕ちて。
 彼女は言う。決して強い口調ではなく、物語るようなもので。だから巴形薙刀は頷くのだ、彼女の願いを叶えたいから。彼女の想いに賛同したから。でも、と思う。
「けれども、そう言うことで主の物語が救われるのであれば」
どうして人間ではないはずの彼女が、こんなにも物語の主人公のような動きをするのか、巴形薙刀には問えないまま。



睡郷 @suikyou_odai

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二つのさくらんぼは千切られぬまま口へ運ばれて行く 

 もう此処へ来てからあっちへこっちへ走らない日はなかった。まあ全員くたびれてるだけでさっさと帰れとか言われるくらいで、暴言らしい暴言もなかったし関わり合おうとしなければ何ともなかったし、そういう意味ではヌルゲーとは言えたかもしれないけれど、ぼくとしては普通におうちに帰りたかったしなんていうか多分誘拐扱い? なんじゃないかな? ぼくにだって血の繋がってないけど家族がいて、だからぼくの帰りを待ってる人だっている訳なんだけど、なんかぼくを連れてきた黒服のいかにも〜な感じの人たちはそういうこと考えてなかったのかな? 国のあれやこれやをやる人たちの中に頭の悪い人間がいるってなると本気で萎えるんでやめて欲しいんですけど? 説明は不十分だしぼくはどうしたら良いのか分からんしなんかいっぱいいる顔の良いやつらは軒並み不機嫌オア抜け殻だしで、とりあえず此処がよくない場所っていうのはすごーくよく分かる。何も知らされてないぼくでも分かる。でもまあ不機嫌な人の方がまだセーフなんだろうな、っていうのはなんかやべえのが抜け殻の人の部屋から漏れ出してるのを見た時に思った。ああいうのってファンタジーとかだけだと思ってたけど、黒いモヤ? かな? そんな感じのやつがぞぞっと部屋から床を這うようにしてぼくの方へやって来た。多分あの、黒髪の、何だっけ、名前は聞いてないんだけど誰かからカネサン≠ト呼ばれてたやつが逃げろ! って言ってくれなかったら多分飲み込まれてたとかそういう感じだったんだと思う。ホラーかよ。カネサンとやらは不機嫌組なんだけれども、ねるねるねるねには食い付いてくれなかったけど、でも今はリーダーやってるのか、抜け殻組とかのお世話をしているみたいだった。なんか深入りしない方が良いかなって思って黙っていたら、おんなじことをカネサンも思ったのか、下手に動くと面倒なことになりそうだしお前何にも出来なさそうだから大人しくしていてくれ、と言われた。ちょっとこいつ失礼だな、と思ったけれどもその通りだとも思ったのでちゃんと頷いておいた。
 ぼくは此処で、孤立無援だった。
 だから、自分の身は自分で守らなきゃいけない。カネサンは一応此処には近付くなリストを作ってくれたけど、抜け殻組の人たちが部屋に引きこもってばっかりな訳でもないので、ぼくが自室として使ってる部屋から出るには細心の注意が必要だった。今ならこんのすけに危険がないか確かめてもらう、とか考えるけど、この時はこんのすけの存在とか知らなかったしマジで手ぶらだったし、学校帰りだから体操着を持ってたくらいで着替えもなくて、カネサンがぼくと身長の近い子たちから予備を貰って来てくれたりした。こうして思い返してみるとカネサン良い人だな、ねるねるねるねには食い付かなかったけど。
 で、まあ、事件は起こる。このあと誘拐犯が逮捕されたとかでいろいろ事態は好転するんだけど、その前にカネサンとかが恐れていたことが起こってしまった、って感じだった。
 誰だったのかは、覚えていない。
 多分ぼくは、これから審神者を続けようと思ったことでそれが誰だったのか忘れることを選択したのだと思う。人間の脳っていうのは結構都合良く出来ていて、ぼくはそういう洗脳とかの授業も受けていて、つまりそれは自分にも適応させられるってことで。
 前に見たように床を黒いモヤが這っていて、ぼくを追いかけて来た。ぼくは言われるがままに逃げたけど、モヤの方が早くて、どんどんその距離は縮まっていく。人間の思考って結構ゆっくりになるみたいで、ああ、スローモーションってこういう感じなんだな、とか、漫画のああいう一秒を三巻分くらいでやるのって嘘じゃないんだな、とか、いや三巻分やってるのは見たことないわ、とか。せめて走馬灯とかだったら良かったのかもしれないけれど、ぼくにはそんな役に立ちそうなものはなくて。なんなんだよもう乙女ゲームかよ、出てくるやつらやつら顔が良いし。その割にはねるねるねるねには食い付かなかった。あれは使ってくださいとばかりに台所に置いてあったものなのに、普通ああいうのってフラグ立てとかいい感じに使われるものなんじゃないのか。
 ぼくが転んで、モヤが追い付く寸前だった。
 ぼくの手が、何かに触れた。

 桜が舞い散る。

 名乗りはなかった。一閃、ただ、それだけでモヤはまごついたように引いていく。その間に、その人は、その刀剣男士はぼくを見た。青い不思議な、三日月の浮かぶきれいな瞳で、ぼくを、見た。
「守ってやろうか」
アー、これ乙女ゲームは乙女ゲームでもまずいやつっすわ。どう考えてもこれ頷いたらいけないやつっすわ。ちゃんと気付いたぼくえらいし、血の繋がってないけど兄が乙女ゲームに対する知識を叩き込んでくれていてめっちゃ助かった。これ選択肢間違えたらヤンデレエンド一直線のやつですよね! 知ってる! 聞いてて良かったオタク趣味! 願わくばこれが回避可能フラグであることを! でも正直なところ守って欲しい気持ちは山々なので、とりあえずぼくは叫んでみる。
「クーリングオフってきく!?!?!」
「くーりんぐおふ?」
「分かんないなら良いや…」
「いやまず、説明をだな」
「それどころじゃないし…」
「それもそうか…」
「大丈夫か人間! …っていうか何で三日月!? は!? 鍛刀してたか!?」
追い付いてきたらしいカネサンが叫ぶのと、ふむ、と三日月と呼ばれたその刀剣男士が頷くのにそうタイムラグはなかった。
「まあ、つもる話はあとにして…」
 刀の軌道が、本当に月のようだ。
「とりあえず、追い返せば問題はないのだろう?」
「あ? まあ、そうだが。追い返せんのかよ」
「俺を誰だと心得る」
もうなんか、まさにラスボスって感じだった。うん、やっぱり乙女ゲームなんじゃないかな、これ。
「さて、」
 モヤがずいずいと戻っていくのを、カネサンもわりと呆然と見ていた。
「―――分は、仕事をするか」
何と言ったのか、ぼくにはちゃんと、聞こえなかった。

 そういう訳で三日月宗近が仲間になった! テッテレーとか言ってる間に事態は好転して、あれこれが出来るようになって、ぼくはいろいろ思うところがあって審神者を続けることにして。三日月が実質初期刀とかどんな二次創作だよ現実だよ馬鹿みたいな気持ちには今じゃあなるけど、三日月は今日も活躍してくれているので何も言わないことにする。初期刀が誰かなんて言わなきゃ分かんないし、登録としては山姥切国広になってる訳だし、山姥切も山姥切で頑張ってくれてるし、ぼくの本丸はみんないい子である。うん、めでたしめでたしおひたしおひたし。ほうれんそう食べたくなってきたな。
 ああ、でも、あの時誰も、あそこに三日月宗近の依代を置いた記憶はないんだって。あと、元々この本丸に三日月宗近はいなかったんだって。こんのすけが記録がめちゃくちゃにさらって探してくれたけど、やっぱりそういう記録はなかったって。
 何でだろうね、不思議だね。



[helpless] @helpless_odai

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20190328