帰路と馬鹿 

 ううう、とその幼馴染みがしゃがみ込んだのは帰り道のことだった。ぎょっとして目を見開いてから、慌てて駆け寄る。その目には、涙が浮かんでいた。身体も大きくて溌剌として、いつでもクラスの中心で笑っているこの幼馴染みがどうして突然泣き出したのか分からず、おろおろと背中を撫ぜる。
「どう、してっ」
 嗚咽の中で、尖り気味の歯を煌めかせながら幼馴染みは言う。
「どうしてっ、何も言わないんだ」
どうやらこの涙は、自分の所為らしい。漸くそのことに気付いたが、はて、と首を傾げる。自分は彼に、何かをしてしまっただろうか。
 依然ぐずぐずと泣き続ける幼馴染みの前で黙りこくっていると、彼は正しくその沈黙を理解したらしい。
「名前を、からかわれた、ろう」
言われて初めてああ、そんなこともあったな、と思い出した。クラスの、所謂ガキ大将みたいな奴ら。お前の名前、女みてえ! けたけたと耳障りな笑い声と共に投げ付けられた言葉は、三分後には言われないと思い出せないところにあった。
「…別に、本当のことだし」
 二人の姉がどうしても妹が欲しいと譲らず、生まれた男の子に付けられた名前。それが女のようだと、そんなことは物心ついた時から知っている。
「それに、気にしてないし」
お前が泣くことはないと続けると、ぶわっとまたその目から涙が溢れ出した。
「泣くに決まってる、だって、だって、」
苦しそうな呼吸。
「六花という名前は、とても、きれいなのに」
 指を伸ばしてその目元を拭ってやる。
「…馬鹿だな、融(とおる)は」
ずびずびとうるさい鼻に、取り出したティッシュを押し付けてやる。
「お前がそう言ってくれるから、他の奴の言うことなんか気にならないんだ」
 幼馴染みはそれを聞いて驚いたように目を見開いて、それからこの上なく誇らしそうに笑った。



帰り道で堪え切れず嗚咽を漏らしながら「どうして」と言うゆきいわ
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20150226

***

馬鹿と憎悪 

 憎んでいる、とその幼馴染みは言った。当たり前だと思った。こんな、生命に関わるような呪いが自分たちの身に降りかかっているなんて。それが、自分の所為であるのなら尚更。
 だから頷いてみせた。分かってる、そう言って。それから彼の大きな手を自分の首に添えさせて、お前には僕を殺す権利がある、と言った。そんなことをすれば彼だって死んでしまうのに。
 彼は笑った。笑って、少しだけ力を込めた。目元に熱が集まって、なんだかとても泣きたくなった。
「…馬鹿だな、お前は」
やさしい、こえ。
「憎んでいるんだろう」
「ああ」
「なら、」
「でも、」
手が、離れていく。
「それは、前提の上の憎しみなのだ」
引き寄せられて、六花、と呼ばれる。
「俺はお前を、恋して愛して、憎んでいるんだ」
触れ合った感覚はひどく熱くて、生きているのだと感じた。
 生かされているのだと、かんじた。



恋して愛して、憎んでる
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20150312

***

一番と一番 

 雪滑六花の幼馴染はとても出来た人間だ。それはまだランドセルから卒業しない頃にはもう分かり切ったことだった。事実だった。しかしそれで彼を嫌ったことも、それが原因で捻くれたこともない。
 その出来た人間は今、目の前でべそべそと泣いていた。時折こういうことはあるので、別に困ったりはしていないが。はぁ、とため息を吐く。この妙に子供らしくない思考は幼馴染によってつくられた気さえする。
「…もう、泣き止め」
「だって、」
ひくり、としゃくりあげるのを聞いているとこっちまで苦しくなってくる。ぐじぐじと続けられるのは何も言わないから、という言葉。何も言わないのは別に屈している訳でも我慢している訳でもなく、ただ単に何も思わないからだと、そう繰り返しているのに。幼馴染には何度言っても通じないらしい。
 ため息、二つ目。
「お前はほんとうに…かっこわるいな」
「…ッ、だ、だって、」
「本当にかっこわるい」
ううう、と唸る幼馴染の頭を撫でる。どんなにかっこわるくても。
「僕にはお前が一番だ」
 驚いたように、榛色の瞳が見開かれる。その衝撃でまた、涙が珠になってころり、と頬を滑っていった。それを親指で塗りこむように拭う。
「お前がいちばん、かっこいいし、かわいいんだよ」
笑ってやったら、涙でべたべたの顔で幼馴染も笑った。それで幸せだった。



どんなにかっこわるくても。
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2015917

***

 不思議な星の話を聞いたのは幼い頃だった。聞いてすぐ夜中に家を抜け出してその星を探しに行ったものの、何十年に一度というその星を見つけることは出来なかった。
 その事実に、思いの外ショックを受けてわんわんと、火がついたように泣きだしたのは、小さな影の方だった。

彗星と約束 

 いつもは泣いたりしない幼馴染が見たこともないほど泣いているという事実は幼心に融に大打撃を与えた。勿論彼がまったく傷付いたり何だりしないような人間だと思っていた訳ではないが、それでも周りの子供たちの声を気にしたこともなければいつも泣いていた融を慰めるのは彼の役目だったので、彼でも泣くことがあるのだと驚きの方が先に来たのだった。
 そんなに不思議な星が見たかったのか、おろおろとしていたがそれでは彼が泣き止まないことに気付いて、なんとか泣き止んでもらおうと右往左往しているうちに融も泣きたくなった。が、それではいつもと一緒だとぎゅっと涙を堪えて彼の手を引く。
「おれが六花をみちびこう!」
難しい言葉は、大抵幼馴染の兄姉が教えてくれた。
「ほしは! なかったけれど! おれが六花のほしになる!」
「融が…?」
「おれでは、だめだろうか? おれではたりないか?」
「………ううん」
「なら、きょうはかえろう。きょうはきっと、うんがなかったのだ」
「…いつかみれるかな」
「みれるとも! そのひがくれば!」
そうして小さな手を引いて家まで帰ると、二人の家族が総出で探していた。心配したと怒られて、慰められて、そのまま疲れて眠ってしまった幼馴染を見て、ちゃんと彼を彼の居場所にかえせたのだと、そう思ったらひどく安心した。



image song「ほうき星」ユンナ

***

運命と未来 

 その話を聞かされたのは双方が二十歳になってからだった。
 同じ日に生まれた六花と融は同じ日に二十歳を越え、同じ日に誕生会をし、その席でとんでもない運命のことを知らされた。なんと、二人には呪いが掛かっていてとある誓約を破ると双方が死に至るのだと言う。何だそれ聞いてない! と立ち上がった二人に、
「まぁほら、死んだらそれまでだろ」
そんな無責任なことを言ったのは一番上の兄だった。この人はいつでもそうだった。けれども周りの家族も皆そうだそうだと言わんばかりに頷いていて、二人だけ慌てているのがおかしく思えてくる。
「でもほら、結局お前らはくっついた訳だし」
「待って、待って?」
その言葉を聞いて融が立ち上がる。
「何であん兄、それ知って…」
 慌てて止めたが遅かった。ほおう、と一番上の兄、一夏(あんご)の唇を弧を描く。
「そうだと思っていたがやはりそうだったか」
「なっ、カマかけ!? 卑怯だ!!」
「…あん兄はそういう奴だ、諦めろ融」
付き合っていることを二人は誰にも言っていなかった。秘密にしていたつもりもないが、自然と誰に言うことでもないような気がしていたから。ついでに、きっと言ったら六花の兄姉が黙っていないと思ったので(主に全力でからかう方面で)。
 けれどもバレたからには仕方ない。六花も立ち上がる。
「ええと、融くんとお付き合いさせていただいております」
融の両親に頭を下げれば向こうも知っていたと言わんばかりの笑顔で頭を下げてくれた。慌てた融が六花の真似をして、六花の兄姉に頭を下げている。
「ま、二人ともこれからも末永く幸せに、仲良くしろよ。式はうちで挙げるか?」
「気が早いし一飛びすぎだしその話はまた今度ね!!」
 まだ立っていた融を引っ張って座り直すと、六花は食べている途中だったケーキに戻ったのだった。

***

冬と晴天 

 美しいと、よく思う。
 それを思うのは自分一人ではないし、きっと多くの人間が彼を美しいと思っている。それくらいに彼の美しさは普遍的なものであり、雪滑六花一人で独占出来るようなものではなかった。
 この人口の少ない町では誰にも知られないことなどない。子供も少ないから同じ年の頃の人間は皆知り合いで友達と言ったような様子である。その中で。
「融」
そう呼ぶのは自分だけではないけれども。その名を、彼だけに捧げるというように、心を込めて。
 そうすれば、彼が振り向いてくれることを、知っているから。



ふりむいてもらいたかった冬晴れに透ける橙色の髪の毛 / きたぱろ

***

背中と既視感 

 転んだのは本当に事故だった。融が突然トウモロコシの向こうから出て来たりしなければ驚いたりしなかったのに。
 という訳で怪我に責任のある融は僕を背負っていた。同い年だと言うのに僕よりもずっと広い背中はとても安心する。そしてふと、何か思い出したような気がした。
「…なんか、」
まるで、記憶の底にしまわれていたような。
「前にもこんなことあったような気が」
「そうか?」
僕をおぶっているため融は振り返ることが出来ないが、それでも首を少しだけこちらに傾けた。
「覚えてない」
「僕も。夢かもしれない」
「夢でも六花は転んだのか」
「転んでない!!」
「転んだのだな」
「転んでないってば!!」
 そんな遣り取りをしているうちに家に着いて、結局そのまま妙な既視感のことは忘れてしまった。

***

雪と春 

 何でもないことだった、と思う。彼に好意を伝えることなんか今更で、それこそ生まれた時から片時も離れたことがないような存在だ。片方が風邪を引けば片方が看病をして、何処へ行くにも一緒で。だからずっと一緒なのだと確信していた。それ以外の道はないのだと思っていた。
「でもまさか本当にそうだったなんてな」
種明かしをされたあとに二人で笑い合うことに苦はない。
 寧ろ二人の間にあった共通の想いを肯定されたようで嬉しかった。二人でいて良いのだと、二人で一つなのだと、この欠落感が正常なものであると証明されたようで。
「春になったら桜を見に行こう」
そう言ったら幼馴染は笑って、いつもの豪快な笑みでああ、と頷いた。



灯ともして帰る排土機つらなりて吹雪となりし作業場を出づ / 近藤芳美

***

恋と愛 

 その感情に名前をつけることは正直言って難しいと雪滑六花は思っている。そして恐らく同じことを岩間融は思っていない。確信がある訳でもなければ今後確かめるようなこともしないだろうが、六花はぼんやりとそうだろうな、と思っていた。二人は天秤に乗っていて、けれどもその重さは釣り合っていない。恐らくすべてを入れ込んでやっと平等になる程度で、この想いだけは自分の方が強いのだと、六花は思っていた。
 自覚していた。
―――これは、自分の引き起こしたことだ。
 いつも何処かに罪悪感があった。それは晴れることのないもので、きっと一生つきまとうのだと、幼心に分かっていた。



天秤はいつまでも俺が重いまま
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馬鹿と馬鹿 

 ひどく、まるで真夏の日の真ん中に逃げ場のないアスファルトの上に放り出されたような、そんな心地だった。晴天の霹靂、もっと分かりやすいほどあからさまな心地。ああ、と吐いたため息は天啓とか、そういう類のものだったのかもしれない。家が神社で神様を信じているとは言え、結局その神様とやらは見たことがなかったので、あまりそういったことは信じていなかったのだけれど。
「融」
幼馴染の名前を呼ぶ。
 いつか、彼のことを嫌いになるのだと思っていた。一緒にいるのが当たり前で、離れたら死ぬような不安さえあって、それでも雪滑六花は彼のことをいつか嫌いになって、そうして岩間融もきっといつか、六花のことを嫌いになるのだと。人間なんてそんなものだと。
 そう、思っていたのに。
「好きだよ」
「ん? 俺も六花が好きだが」
「そうじゃなくて、恋愛って意味で」
「うん?」
「キスしたり、抱きしめたり、いろいろ…ああ、ええと、そうだ。結婚したい」
昔はだめだったらしいが、今は同性での結婚も認められている。何も問題はない、そういう意味では。でもきっと、この不安はそういうものじゃない。
「…俺は、ずっと前からそう思っていたが」
「………そうなの」
「お前もそうなのだと思っていた」
「多分そうだったけど、自覚したのは今」
「そうなのか」
「そうだよ」
いつか、嫌い合う日が来るのだと思っていた。
 でもまずそれには、この感情を認めてやるしかなかった。
「融」
「何だ」
「好きだよ」
「俺も六花が好きだ」
「愛してる」
「愛してる」



嫌いになるには好きになるしかない
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20170502
20170713