初雪と火傷 

 寒いな、と口にする。別に、何かを見てそう思った訳ではない。確かにこの肌から、寒さが感じられる。
「ああ、寒いな」
そろそろ雪が降る頃だろう、と目の前の男は手を伸ばす。あれほどに細く感じた腕はまた一回り、小さくなったように感じた。
 ポットを手に取った男は、そのまま急須へと湯を注ぐ。
「六花、俺にも」
「はいはい」
丁寧とは言えない手つきで注がれる茶。
「…なぁ、六花」
 押しやられた湯のみを抱え込んでから、そっと名を呼ぶ。
「俺は今、幸せだ」
「僕もだ」
「こうしてお前と茶を飲み、笑い合うことは前も出来たが、」
何度、心の中で謝ったか。数え切れない。
「こうなってみると、また、違う」
「…当たり前だ。僕の短い人生の中で、一番必死になったことだからな」
終わりの見える恋をさせてごめんと。お前の人生を狂わせてごめんと。
 彼が、頷かないのを知っていて。
「…さむいな」
「そうだな」
「俺は寒いのが嬉しい」
「…風邪引くなよ」
「六花じゃああるまいし」
「よし言ったな表へ出ろ」
こんなくだらないことを話しながら、きっと一緒に死んでいけるから。
 立ち上がった男はカーテンを開けて、あ、と呟いた。
「初雪」
その声を聞きながら啜った茶はまだ熱くて、舌を火傷した。



初雪の晩に「一緒にお茶を飲んで、そして笑って、そして、一緒にしにましょう」
(ごめんは、もうやめるね)
https://shindanmaker.com/156545



20150226

***

水筒と幸福 

 星がきらめいていた。良い観察日和だ。だと言うのに同行者は不満げに見えないな、と呟いた。
「うるせー、あすこは特別な場所だったんだよ」
そもそも畑では北国の野菜と南国の果実が並んでいるような状況だったのである。最初の一ヶ月で慣れていたが(慣れるしかなかったとも言う)、あれは異様な光景だったのだ。
 寒さ対策はして来た。それでも寒いことには変わりない。
「寒いな」
「帰るか?」
「そこまで気を使わなくて良い。大丈夫だよ」
「けれど、人間というのは脆いものだろう」
岩融が何を見てきたのか、それを今更問うことはしないけれど。
「…でも、大丈夫だよ。ちゃんと対策してきてるし。ほら、これ、中身あったかいだろ?」
水筒を見せれば表情が和らぐ。
「そうだな」
「お前が不安なのは分かるけど、先輩に任せなさい」
「おう、そうか、六花が先輩か。…こそばゆいな」
「…ああ、もう、僕まで恥ずかしくなってきた」
「存分に恥ずかしがれ」
「巻き込むな」
二人で望遠鏡を担いで、家の近くの丘への道をたどる。
 その時間が何よりもの幸福だった。



image song「天体観測」BUMP OF CHICKEN

***

昼食と寝相 

 重くないのか、と唐突に聞かれたものだから何が? と素で返してしまった。台所でのことである。持っていたのはフライパンで、だからフライパンの話かと思ったのだが、別にそういう訳でもないらしい。
「六花は、俺の頭を抱えて眠るだろう」
「ん? ああ、うん。だって落ち着くから」
「それを思い出して、重くはないのかと」
「重いか重くないかで言えば重いけど、それはほら、幸せの重さってやつじゃないかな」
そもそもこれは審神者と刀剣男士であった頃からやっていたことなので、正直今更聞かれるのも、というところではあるのだが。
「それに、朝起きるとお前、もう腕から外れちゃってるし」
「それは…」
「………もしかして、僕が寝たあとに頭外してる?」
「えっ、あっ」
分かりやすい。
「別に嫌なら言ってくれたら良いのに」
「嫌という訳では」
「じゃあ外れるなよ。朝お前が布団からはみ出てるの結構心配してんだから」
「お、おう…それは考えつかなかった」
「…人間は、寒さに弱いの分かってるだろ?」
あれだけ見ていたんだから、と言外に付け足せば素直に頷かれる。
「ってことだから、今後も抱きまくらさせてな」
「待て、六花。俺は抱きまくらなのか!?」
「不満か?」
「不満だ!」
 そんな遣り取りをしていたら、フライパンの春雨はいい感じに仕上がっていた。



https://twitter.com/A_4x28km/status/467382541662437377/

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呪いと運命 

 二人で手を繋いで、この世界に本当に二人きりなのだと思うことがある。まるで人間のように老いていくことの出来ない彼をこの世界に一人きり、遺すことがないと分かっているのが唯一の救いだ。けれども次第に弱っていく自分を見せるのは、きっと気分の良いものではないのだろう。
 それを分かっていて、僕は問う。辛くないのか、と。
 すると岩融はいつものように豪快に笑って、何、運命を共にしてくれるのだから辛くはないさ、と。
「…運命だと言ってくれるか」
「じゃあ何だと?」
「呪い、とか」
それは後ろ向きな考えだ、と彼は言う。ネガティヴと言うのだろう? と笑う。
「呪いでも、お前と一緒にいられるのなら」
 落とされたのは優しい接吻け。
 これ以上ない幸福。
「…ありがとう」
そうして僕は目を閉じて。
 それから。

***

約束と夢 

 はっと目が覚めた岩融は幾らか息をして、それから悪いとは思いつつ横で寝ている人間を起こす。
「六花、六花」
「…ん、何。どうした? 眠れない?」
「違うが…その、」
寝ぼけ眼の人間を抱き締めると、んん、と少し苦しそうな声がする。再度悪いと思いつつ、そのまま力を込めた。
 六花は、この腕の中にいる。大丈夫、大丈夫、自分に言い聞かせる。
「…僕は、此処にいるよ」
その心を見透かしたように六花は言った。
「…何故」
「僕がお前みたいな行動をするならどんな時かなって考えてみた」
そうか、とだけ返す。掠れた声に大丈夫だよ、と重ねられる。
「それは夢だ」
 そう、正しくそれは夢だった。
 六花は紛れもなく岩融の腕の中にいるのだから。今度こそ、一時も離れない存在として。



「いかないで。」
https://shindanmaker.com/122300

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坂道と途中 

 人間ではないのだと、思うことが多くなったと岩融は思う。今のこの位置づけのことを岩融はよく分からないままだったし、きっとそれはこの男も同じだったのだろう。なんとなくこうではないか、ということは言っていたが、結局のところそれは末端が
手に触れることは出来ないほど上での話であって、こちらからしてみれば人間の夢物語であった。
「六花」
静かに呼ぶ声は人間のように白く染まる。
 ああ、もうすぐまた冬がやってくる。



息止めてこの坂道を下りきる永遠ににた遊びをしよう / 山崎聡子

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愛と愛 

 星が見えるよ、というのは一種の仲直り完了の言葉だった。此処には他の誰もいないし、そもそもこれは二人だけの暗号めいたものだったけれど。
「…見えないぞ」
そう苦笑しながら言って触れる手はあたたかい。
 人間の温度。
 夢見た温度だった。



凍てついた星と私のあいだにはひかり遮るなにものもない / 白糸雅樹

***

運命と予報 

 流星群の予報が出ていた。だから見れないかと思って外に出て、かみさま、と願ったことは確かにそうだけれど。
「…岩融」
「おお、六花。此処はお前の家で間違いないか?」
「うん。間違いない。…ああ、前来た時より雪が深いのか」
「よくこの雪の中外に出ようと思ったな」
「僕もそう思うけど、二十三世紀の保温なめんなよ」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
 星と星の隙間から、まるで降って湧いたかのように。
「…もう、一緒にいていいのか」
「ああ。俺はそう言われた。…ような気がする」
「なんだそれ」
ああ、でも、今だけは。



(でもこれは運命だから)(運命にするから)



銀の野がひろがつてゐた ふたりとも袖をふれあはせるだけだつた / 笹井宏之

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光と闇 

 何もない闇の中だった。それは岩融が一振りの岩融として光のある世界を知ったからかもしれなかったし、彼の隣を光として定義したからかもしれない。岩融という存在が確かにあるのは物語の中であって、其処に根源があるのだとしてもそれが闇だなんて誰も言えないと思っていたから。
「六花」
名前を呼ぶことで、光を見失わないように、と思っていた。
「六花」
名前を読んでいる間だけは、きっと、と夢を見ていられると思っていた。



花ことば「さびしい」という青い花一輪胸に咲かせて眠る / 俵万智

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呪いと狭間 

 誰かの声がしていた。別に良いじゃない、と笑う声と、別に良いけれどそれはただの贔屓ではないか、という声。
「みんな贔屓してるのに今更それはないでしょう」
「みんな、とか言うなよ。そもそもお前はさあ」
「貴方だって贔屓の中に入ってるんだから」
「そりゃあそうだけど」
「正直怒られたでしょ? 夢とかで」
「怒られはしなかったけど苦々しく精進潔斎みたいなことはしてくれって」
「あれ、焼肉とか行かなくなったの私の所為?」
「逆に誰の所為だと思ってたんだ」
「普通に好みが変わったのかと思ってた」
「この…ノーテンキ」
「ノーテンキじゃないですう、カミサマですう」
「大丈夫だ、ノーテンキとカミサマは両立するから」
何故こんな痴話喧嘩のような会話を聞かされているのだろう。そう思ったけれども、いまいち逃げる気にもならなくて。
「大変だろうけど、」
 ふいに向けられた水は。
「あの子を、よろしくね?」
何処か懐かしい心地がした。



人生────二つの「永遠」の間のわずかな一閃。

カーライル

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20170502
20170713