馬鹿と高血圧 

 手入れ部屋に入っていた時のことである。廊下で足音がしたと思ったら、からりと襖が開けられた。
「主」
「あ、起きてた。平気?」
「平気に決まっている。そもそも軽傷だったからな」
この男は最初の頃こそ岩融が怪我をすると目をつり上げて怒ったものだが、それが心配だけではなく自らの劣情を誤魔化すためだったと聞いた今では、怪我をしてもそういう顔をされることはなくなった。ただしかし普通に心配だけの顔になっているのも、何かこそばゆい。
「しかし手入れも任務に入っているとは」
「うん、なんか超過労働にならないようにらしいけど…、絶対こなさなきゃいけない任務でもないからな。そういう環境がゼロかって言うとそうでもないだろうな」
「…そういうものか」
「そういうものだ」
しん、とした空気が流れる。
 それを振り払うかのように、男はあっと顔をあげた。
「そうだ岩融、起きてるならちょっと僕も布団にいれてくれ」
「別に良いが…とうした? 寝不足か? なんなら布団をもう一組…」
「いや、そういう訳じゃあないんだ」
いれていれて、と勝手に布団に潜り込んでくる男を言われるままに抱きかかかえる。ぬくい…のだろう。
「どうした、添い寝は嬉しいが」
「嬉しいんだ?」
「当たり前であろう。それに手入れ部屋は暇でな」
 軽傷でそう修復に時間もかからないとのことで、手伝い札の使用は断った。資源はここぞという時に使うべきだ。とは言え、自分で言ったにしても一人の部屋というのは暇なのだ。手伝い妖精たちとは言語が違うらしく、お喋りに興じることも出来ない。
「…それはすまないことを」
「いや、軽傷で手当てしてもらえるのもお前の策が上手くいっている証拠。文句を言うつもりはない」
そんなことを話していると、また廊下で足音がした。今日は賑やかだなと思っていたら、腕の中の男がくい、と袖を引っ張った。
 唇に、人差し指が押し当てられる。静かに、の合図。言われるままに口を閉じると、外から声が掛かった。
「岩融くん、起きてるかな」
燭台切光忠の声である。男の様子を伺いながら、起きてるぞ、と答えると襖を開けてもいいかと問われる。応と答えると、静かに襖が開いた。
 怒っている。
 それが分かって横になったまま背筋が伸びる。
「雪滑くんを見なかったかな」
「主を? どうかしたのか?」
腕の中で男は相変わらず静かに、としている。どうやら逃げてきたらしい。
「それがね、またこんのすけくんを通して、健康診断の結果が送られてきて」
既にそこで察した。
 腕の中にいた男を捕まえて、そのまま布団を剥ぐ。
「ああ、やっぱり此処にいた」
「ちょっ、まっ、光忠、話せば分かる」
「岩融くんなら匿ってくれるとでも思った? 残念、彼はこっち側だ。ほら長谷部くんと歌仙くんが資料纏めてくれてるから行くよ。君のそれはもう根本から改善させなきゃだからね。耳タコになるくらい今日は健康論を聞いてもらうよ」
ずるずる引きずられていく男。
「い、岩融っ」
「六花」
泣きそうな男に微笑む。
「俺は、お前が健康な方が嬉しいぞ?」
 その一言に撃沈したらしい男を引きずりながら、燭台切光忠はご協力感謝、と笑った。それに手を振ってからまた布団を掛けたが、少し物足りない気がした。



声には出さず人差し指を口の前に立てて“静かに”ということを伝える雪滑さん
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20150323

***

 朝日が眩しい。
 廊下に出た加州清光はそう、目を細めた。庭では餌を探しに来たのだろう、雀がチュンチュンと鳴いている。
「かわいいなぁ」

朝と雀 

 とたとた、と足音を立てるのは、主であるその男が刀剣たちの気配は読みづらいと言っていたからだった。
「あるじー、もう朝餉の時間だよー。寝坊ー?」
返事はない。
「開けるよー?」
いないということはないだろうが。そう思って襖に手を掛けると、その音で覚醒したのか中でばたばたと慌てたような音がした。
「ちょ、ま、加州…ッタンマ!」
「丹馬?」
「激しく誤変換されてる気がするッちょっとまってッ」
結局待つことは出来ずにそのまま開けた。
 ばっと男が布団で覆い隠した場所。ぺろりと見えている紫色の生地に、ああ、と頷く。
「出直すから早くそれ起こしなよ〜」
「お、お気遣いありがとう………」
照れたような顔をする男に、そいつが起きてない訳ないじゃん、というツッコミは放棄した。

***

*闇堕ち寸前ネタ

 どくり、と音がした。身体の底を灼かれるような感覚。思わずへたり込みそうになるのを、壁に縋ることで耐える。近くに居た燭台切光忠が慌てたように寄って来た。唸るようにして言葉にしたものは、ひどく掠れて聞こえた。
「薬研を呼んできてくれ」
「でも、君を一人にしておく訳にはッ」
「別に、僕はなんともない…何かあったのは、あちらだ」

闇と甘言 

 燭台切光忠を例の薬と言えば分かる、と行かせてから、ぐっと腹に力を込める。上も下も分からないような心地だった。ぐるぐると世界が回っているような。壁に縋って立っているはずなのに、その感覚も殆どない。
 何かあったのは、あちら。瞼の裏に浮かぶのは今日も元気に出陣していった第一部隊の背中だった。
「………岩融」
その名を呼ぶ。その状態のすべて、とまでは言わないが、呼び出した刀剣男士に何か大きな異変があれば分かる。例えば重傷になった、だとか。今まで一度もないが、きっと破壊なども分かるのだろう。
 だが、今のは感じたことのないものだった。重傷とも違うし、破壊はもっと気分が悪くなる気がする。では、一体。
 これ以上ないほどに意識を集中させた。全員に、とは無理でも、今回部隊長に据えた鶴丸国永にはきっと届く。
―――鶴丸。
『なんだいこりゃあ…主殿か!?』 
―――何があった。
『岩融の奴が敵方に呑まれようとしてる…ってとこかな。どうする?』
―――武器が、本体がまだ作り替えられていなかったら昏倒させて連れて帰って来い。もう作り替わったあとならば破壊しろ。
『安心しな。まだ大丈夫だ。とっとと回収して戻る』
―――健闘を祈る。
これがテレパシーの類でよかった、と思った。声が震えることはきっと、ない。
 たとえ、それが恋人でも。
 総指揮官という立場である以上、誰か一人に入れ込むことは許されない。それは自己満足で、本当にそうであることが正しいのか、分かりはしなかったけれど。口元を拭う。もう、声は聞こえなかった。きっと鶴丸国永の方にも声は届いていないだろう。どっと疲れた。しかし、座り込んでいる暇はない。
 腑を焼かれるような心地は先ほどよりは治まっているものの、じくじくとした痛みはまだ引いてはいなかった。付喪神の召喚に使った力を、そのまま喰われようとしている警告だ。目に見えぬ繋がりを辿ってその場所を探られた、気持ち悪さ。
「………少し、入ったか」
 目を開ける。庭の隅のほつれた空間から、本来ならば戦場にしかいないであろう敵たちがずるり、ずるりと這い出て来ていた。らんらんと光る目。その貪欲な色に、呑まれてたまるかと立ち上がる。
 他の刀剣たちもこの城の異常事態に気付いたらしい。続々と出てくる。主である雪滑の指示を待っている。たた、と足音がして、誰かが近付いて来た。
「雪滑」
「石切丸…」
流石、察しがはやい。厳しい顔をした石切丸に頷く。
「禊の準備を」
「…分かった」
 顔を上げる。腹に、力を込めて。
「緊急事態だ。動ける者は直ちに討伐へ」
この声はあまり通らないし、そう大きい声を出す質でもないけれど。
 伝わった、というように頷く影たち。誰が誰なのか、朦朧としつつある意識ではうまく認識出来ない。戦闘準備が整ったものから庭へと下りているようだった。
「あるじ殿!」
きつねの疳高い声が響く。
「あの場所は塞げないのですか!?」
「…今は、無理だ」
塞いでも、また次のところが空くだろう。それならば一箇所、把握出来ている場所であった方が後が楽だ。好き勝手させるつもりはないが、塞げば相手を煽ることになる。それは、最後にやるべきだ。
「各自自分の疲労や傷の具合は必ず把握しろ。刀装は好きなものを使って良い。備蓄はある、足りなかったら作れ。中傷になったら直ぐに手入れ部屋へ。手伝い札も好きに使え」
その前に、やることがある。
 焼けつくような痛みを抱え、ぐっと脚に力を入れた。まだ、倒れる訳にはいかない。

***

 大将、と呼ぶ声と共に足音が近付いて来て、薬研藤四郎が来たのだとわかった。
「薬研、悪い。手伝ってくれるか」
「ああ、俺に出来ることなら。薬も持ってきた。燭台切は庭の戦いに加勢しに行ったぞ」
「はは、なら安心だな…」
「………お前さん、目が、」
「意識をやれないだけで失明した訳じゃない」
だから大丈夫だ、と先に言う。
 薬研藤四郎は近侍を持ちまわるうちの一振りだ。はなから誤魔化せるとは思っていない。
「多分すぐに帰って来るから」
「大将、」
「そうしたら他の奴らを頼む」
「大将、一体誰が」
「薬研、お前にしか頼めない」
「大将!」
一際真剣な声が、話を遮っていく。
「………言わないってことは、そうなんだな」
 それに、雪滑が何を返すこともなかった。
「大丈夫か」
「何がだ」 
そんな真っ青な顔して何が大丈夫だ、と薬研藤四郎が唇を噛む。それを、雪滑は無視した。答えられる言葉を持たなかった。

闇と甘言2 

 視界がやられていて良かった、なんて思うのはきっと後にも先にもこれっきりだろう。
「全員薬研から薬を貰って飲め。そのあと石切丸が用意してるから、禊を」
第一部隊が連れて帰って来た岩融がどんな有り様なのか、良く見えない。苦しいだろうことは身を通じて分かるが、一体その身体がどうなっているのか。周りで補助をしてくれていた刀剣たちの息を飲む声が聞こえたから、きっとひどいものなのだろう。
「岩融」
渡された薬を口に含む。そして緊張の張り詰める中、そのまま唇を合わせた。
 悲鳴を、上げたのは。
 きっとその器の中に巣食う、闇の色だっただろう。暴れる身体に周りを囲んでいた刀剣たちが慌てて縋り付く。怖い、だろうに。岩融の身に起こるということは、自分たちの身にも起こりえるということだ。それなのに。良い子たちだな、と思う。
 苦しいのか、岩融はこちらに手を伸ばしてきた。がっと首が掴まれる。岩融の手なら、雪滑の首など容易く掴める。薬を吐き出そうと、それを拒む雪滑を退かそうと、その手に力がこもっていった。それでも譲れない。目の裏がちかちかする。誰かが止めようとしてくれているのだろう、腕に縋る腕が見える。けれども、あまり変わらない。
 どれほど時間が経ったのか、ようやくごくり、と喉が動いた。ふと顔を上げると誰かが岩融の鼻を摘んでいた。
「よく頑張った」
その言葉でほっとしたように緩んだ空気の中を、岩融の嘔吐きが割いていく。苦しそうな声と、ぼとぼと、とお世辞にもきれいとは言えない、ものが落ちる音。
 落ちたのは深い黒をした、何ともつかないものだった。液状のような、スライム状のような。それを見ていた周りの刀剣たちが一歩引く中、嘔気に震える背中を撫ぜてやる。
「全部吐け」
全部、吐いてしまわないと意味がない。腹を抑えて蹲りそうになるのを無理やりに起こし、喉の奥へと指を入れてやる。岩融が吐き落とす度に、視界へと意識がやれるようになっていった。
 そうして最後まで吐き終えたのか、視界が完全に戻ってきたところで、意識をやった岩融を薬研藤四郎に渡す。
「薬研、岩融を禊へ」
「大将は」
「あれを塞がないとならない」
目線をやるは庭の隅。ああ、とても、美しい庭だったのに。
 庭の情勢はこちらの方が優っていた。でも、まだあちらにいる。今はまだこちらへ来る穴に気付いていなくとも、このままにはしておけない。ぼそり、呟いたのは古いまじない。此処へ来る際にマニュアルとして渡されたものだった。一応は政府も、この微妙な時空にある城が攻め込まれる可能性も考えてはいるらしい。それに古く家に伝わる言霊も混ぜて、更に強力なものを作り上げていく。
 割られた空間が縫い付けられるようにして塞がっていく。向こう側が見えなくなって、正しい景色が戻って来る。金色(こんじき)の光が虚空へと消えていったところで安心して息を吐くと、へなり、と身体から力が抜けて行った。立ち上がる気力もない。それを狙っていたかのように近付いて来る気配。これは、敵だ―――そう分かるのに、身体が動かない。これでは空間を塞いでも意味がない、この城の審神者である雪滑が死んだら、この城は―――そこで、意識がぶつりと途切れた。

***

 目が覚めた時、一瞬自分が何処にいるのか分からなかった。敵が、攻めてきた。一番に強烈なその記憶が真っ先に蘇り、近くで動いていた気配に飛び掛かる。
 誰かの息を飲んだような音が、聞こえた気がした。

闇と甘言3 

 結論から言えば飛び掛かる前にはたき落とされた。
 と言うとなんだかギャグのようだが。痛みも感じないほど綺麗にひっくり返されて、さっきまで寝ていたであろう布団に押し付けられた。腹の辺りに重みを感じる。
「雪滑サン」
銀の、まるい頭をした子供。彼を、知っている。混乱したままの頭が、喉が、喘ぐようにその名を引き出す。
「………ほたる、まる…?」
「そーだよ」
あおい果実のような瞳に、映り込む自分が見えた。
 ゆっくり息して、と言われるがままに呼吸を整える。
「落ち着いた?」
「此処、は?」
「雪滑サンの部屋。空いた穴閉じてから、雪滑サンぶったおれたんだよ。それで、禊いでからこっち運んで来たの」
今は手の開いてる連中で城の片付けとかしてるよ、と続けられた。
「敵が…」
「ん? ああ、雪滑サンに向かってた敵は次郎太刀がぶった切ったよ。そこまで意識あったんだね」
「ああ…気配、だけ…」
あの一瞬。
 本当に死ぬかと思った一瞬。
 それが意識の底にこびりついて、今も胸をざわざわとさせている。
「大丈夫?」
「…とりあえず、時間経過はなんとなく分かった…。もう、暴れない」
「そ。じゃ、退くね」
「ああ。…悪い、飛びかかって」
「いいよ。別に、雪滑サン程度なら」
確かに戦うもの≠ナある刀剣男士に、雪滑ごときが飛びかかったところで何が変わる訳でもないだろうが。きっと、気分が良いものではない。
「岩融も、無事だよ」
蛍丸は聞いてもいないのに続ける。
「雪滑サンが頑張ったからだよ」
「―――」
 言葉が出なかった。反応も、大したものが出来なかったのだろう。蛍丸が声を厳しくする。
「ねえ、なんで何も言わないの」
「何、を」
言えば良いと言うのだろう。
「アンタにとって、岩融って大事なんじゃないの」
「………大事だ」
 絞り出すような声になった。苦しい。胸も、身体も、何もかもが苦しい。
「大事だからこそ…僕は………」
また意識が遠退いていく。まだ起き上がるほどに回復していないのかもしれない。それを、飛び起きたりなんてしたから。
「アンタって、ごーじょー…」
 蛍丸の呟きだけが、耳に残っていた。

***

 六花、と呼ばれて真っ暗な闇から浮上した。

闇と甘言4 

 よく知った恋人の声にもう大丈夫なのか、と問う。こんなことは初めてだったけれども、政府だって馬鹿じゃない。一応の対策マニュアルは存在している。それは雪滑も読んでいたし、自分の刀剣男士にもすべてにではないが、対策を教えていた。今回率先して動いてくれた薬研藤四郎や石切丸なんかは知っていた。だから、こうして岩融が部屋に来ている時点で、いろいろなことが本当に片付いたのだと思って良いのだろうが。
 それでも聞きたかった。本当にもう大丈夫なのかと。
「ああ、大丈夫だ。…心配を、掛けた」
聞いた瞬間、涙が溢れ出たのを感じた。慌てて岩融がそれを拭おうとするのを掴む。
「………お前が、僕に折らせるために、こんなことをしたのかと」
怖かった、本当に怖かった。子供のように声を上げて泣きたいくらいに怖かった。それをしないのがせめてものプライドで、この涙は此処だけの話にするための策だった。
「甘い声が聞こえたのだ」
 それを見守りながら、けれども拭うことを許されなかった岩融は呟くように言う。
「この戦さえ終わらなければ、お前ともっと一緒にいられると」
岩融も分かっているのだろう。手をそれ以上動かすことなく好きにさせている。いつもの手だった。雪滑のよく知っている岩融の手だった。これがどうなっていたのか、あの時視界のなかった雪滑には分からないし、他のものに聞こうとも思わない。
「…俺は、自分でその考えを断ち切ったと思っていたのだが…そうではなかったのだな」
別れは絶対だ。それを肯定しなければ勝利など掴めない。雪滑は人間で、兵の一駒で、刀剣男士である岩融には到底寄り添えない存在だ。
「馬鹿な刀ですまない」
「…いや」
 涙はもう充分だった。自分で拭って岩融を見上げる。
「ありがとう、岩融」
「礼を言われるようなことじゃあない」
「ああ。けれど、僕はお前を失いたくはない」
「分かっている」
岩融は力強く一つ頷いた。分かっているさ、と言う彼の腕の中に身を沈めると、そのまま死ぬほど強く抱き締められた。

***

朧月夜と温度 

 春といえど、夜風は冷たい。
 縁側に二人座って月を見上げながら、岩融はぼんやりとそんなことを思った。人の身になって数年もすれば、寒暖差も読み取れるようになる。
「主よ」
「ん?」
「そろそろ部屋に戻ろう」
人間がどの程度で冷えるのか、もうその見極めは出来るようになっていた。だから岩融はその線に踏み込むより少し前に提言する。
「…もう、少し」
彼が、いつだってそう言うのを知っているから。
 以前彼は末っ子だから甘やかされて育ったんだ、と言った。岩融からしてみればその姿は甘え方を知らないように見えるのだが、それは岩融がまだ彼にとっていつか手放されるるものだからだろうか。
 だから、口にする。
「六花は、甘えたがりだな」
「悪いか」
「いや、悪くない」
寄りかかってきた肩をそのまま抱けば、この人のようなあたたかさが少しでもうつせるような気がした。



「I love you」を雪滑さん風に翻訳すると「あなたを抱きしめ続けていたい」になります。
http://shindanmaker.com/211384

***

約束と不安 

 触れ合うのは今日が最後だ。それをどちらが言わずとも、分かっていた。だからこそずっと触れ合っていたいと願うように、この身に刻み込むように求めた。
 その、最中に。
 ぼろりとこぼれ落ちる涙。
「六花」
呼ばれてもろくに返事さえ出来やしない。泣き続ける僕を岩融は抱き締める。
「寂しいか」
「さみしい」
「そうか」
「お前ともう会えなくなるんだと思うと、寂しい」
「…そうじゃないだろう」
大きな手が頬を捕らえ、目を覗き込まれる。
「また、だろう」
 ま、た。
「…また、か」
「いやか?」
首を振る。
「じゃあ、不安か」
「うん」
「俺もだ」
「そうなのか」
「当たり前だ」
「そう、なのか…」
「でも六花は約束してくれるだろう?」
―――また、会いましょう。
―――それがどんな世界でも。
 まるで物語のように陳腐な約束だった。仮にも神である彼らにそんなものが必要なのか分からなかったけれども、僕には確かに必要だった。



そうじゃなくて、またね、でしょ?
http://shindanmaker.com/122300

***

日向と午睡 

 ひなたぼっこというのを、そう、した覚えがない。
 というのも故郷の季節の半分は雪に覆われていて、その反射する光であまり長く外にいることは出来なかったからだ。人類は進化した、と思う。だがその進化は偏りがひどく、自分たちを害するものたちの撲滅の結果、居住区は減り、最終的には便利だが狭い世の中になった…というのは曾祖母の受け売りだったが。まだ居住区が制定される前の時代を生きていた生き証人の言葉は、世界を知らない子供には強く響いた。
 だからという訳ではないけれど。こうして愛しい人と二人、並んで座ってひなたぼっこをしているというのは、なんだか特別なことな気がした。
「…あたたかいな」
「ああ」
この胸の痛みを無視出来るほどに、この時間は暖かかった。



痛み、ひなたぼっこ、撲滅の

***

熱病と惑星 R18

 絡む温度を心地好いと思うようになったのはいつからだっただろうか、心を持っても人の身を持っても、どうしたって刀剣男士は刀剣男士で、それ以上のものにはなれないのだと思っていた。付喪神で神で刀剣で、一言で言い表せず、しかしながら人間に寄り添わないことなど出来ないもの。それに誇りを持っていた、満足していた、だと言うのに。
―――同じものに、なりたいなんて。
昔の自分が聞いたら笑うだろう、一体全体どうして、と。他の本丸にいるはずの岩融≠ノ聞いてみれば時を遡らずとも笑ってもらえるかもしれない。人間のように交わって、それが一体全体何になるのかと。
「今からお前に嘘を言っても良いか」
手が、知った温度の手が、伸びてくる。慈しむように、全身で愛を語りながら、岩融に語りかける。
「お前から、この先ずっと、離れない」
 ひゅっと息を飲んだのは自分ではなかった。目の前にいる愛おしい人間が、怖怖と息をしている。運命に殺されるかもしれない、そんなふうに思っていることを。
「…主は、残酷だな」
「ああ」
馬鹿、というのは言葉にならなかった。
 いつか消えるのだから、終わるのだから、何でも良いから彼に残して行って欲しかった。



image song「惑星キミ」ポルノグラフィティ

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20170502
20170713