刃と縁 R18 静まり返った夜に部屋を訪れる理由なんて一つしかない。 定例報告会から戻ったその夜、堅苦しい服を脱いで転がった平べったい布団の上で、何度繰り返したか分からない睦み合いをなぞるようにして。こんなに手の届く場所にいるのに、と岩融は思う。 報告会が終わってからというもの、いつも以上にぼんやりとしている、と感じていた。今だってそうだ。覚えた快楽を追うように、岩融を好きにするその男は、目の前にいるはずなのにひどく遠いところに、そう、心だけを現世へと置いてきてしまったような。 「ある、」 呼びかけて違う、と思う。 「りっか」 身体の内が引き攣れるような状態で、その呼び名はとても境界の危ういものになった気がしていた。それでも聞こえたのだろう、男の動きが止まる。腕を上げて、その頬を包み込むと、りっか、ともう一度呼ぶ。 「俺のことが、好きなのだろう、六花」 何故、彼がいつも以上にぼんやりとしていたのか、大体の予想はついている。 ―――あと一年も経たない内に戦は収束しそうですなあ。 小太りの役人が零した嬉しそうな言葉。国に仕える身として、男は笑ってみせたが、その瞳がまったく笑っていないことに岩融は気付いていた。 「好きなのだろう」 「…好きだ」 「ならば、そんな顔をするな」 今は触れ合っている、と言うと、そうだな、と泣きそうな声が返って来た。 六花、また呼ぶ。岩融は主であるこの男の名が好きだった。舞う雪の、美しいその形と同じ、名前。 「気にしているのだろう、あの役人の言ったことを」 分からないでいるとでも思ったか、と怒気を含ませれば、すまない、と返される。謝って欲しい訳ではない。 「…こんなことで揺れる主で幻滅したか?」 「馬鹿だな、そんなことがあるわけないだろう」 それよりも、と先を続ける。 「俺と離れたくないと、そう思ってくれていると勘違いをしそうになった」 「勘違いじゃない。僕は、………お前と」 掠れた声が、本気だと伝えているようだった。胸の内にこんこんと湧き出たものが、あたたかく満たしていくような心地。 この躰の中に。一体何が入っているというのだろう。人のような姿を与えられ、飯を食い、感動し、恋い焦がれ、人の真似をするように熱を求めて。それだけで、充分ではないか。 「いつか別れが来るというのなら、再会すら望めぬというのなら。お前が、その手で壊していけ」 目が、うっすらと見開かれる。 「何を…」 「俺はお前以外の誰のものにもなる気はない」 上半身を器用に起こし、暗い部屋の中、そのかんばせへと唇を寄せる。 「六花、お前が言ってくれないと、俺は、」 頼む、と喉を伝うのは懇願だ。 「この戦いが終わらなければ良いと、そんなことさえ」 口を塞ぐように、やわらかいものが押し付けられる。どこそこ肉の足りていないような身体で、この男も例外ではなくその部分はやわらかい。 「岩融」 「大丈夫だ、これ以上は言わん」 「………すまない」 「大丈夫だ」 縋るように伸ばされた腕は岩融のものと比べて、ひどく細く感じた。こんな、戦場に。本来ならば来るはずもない人間。ありがとう、と思う。それは岩融のためではなかったけれど。彼がその選択をしなければ、今こうして触れ合うこともなかった。 「六花」 ほったらかしにされていた接合部がきゅう、と疼く。 「俺をお前で満たしてくれ」 お前は、と薄く笑みがもたらされた。 「僕を煽るのが、上手くなったな」 「煽ることが出来ているのならば言った甲斐があると言うものよ」 絡まる腕ごと軽い身体を巻き込んでまた倒れ込む。 ―――俺が、なにもないところへとかえっても、お前を思い出せるように。 * image song「」初音ミク・鏡音リン・鏡音レン(れるりり) * 20150226 *** 別離と約束 六花、と声をかけられて振り返る。政府から迎えに来たスーツ姿の男たちが少しだけ嫌そうな顔をした。 「なんだ、岩融」 歩いた分だけ戻って、ゆっくりと問う。 「なに、最後に祈りを捧げる時間が欲しいと思っただけだ」 「祈り?」 「お前の願いが、成就するように」 なるほど、と頷いた。 出陣する前にはキスを交わすことは、いつの間にか日課になっていた。どちらかが忘れていても、周りがしないのかという目で見てくる、そんな場所だった。それらはすべて出撃する部隊の無事を祈るもので、いつだってその先は頬だったけれど。ついこの間まで毎日のようにしていたのに、もう遠い出来事のようで。 「腕を借りれるか」 「どうぞ」 なんの疑いも差し出した手は掴まれて、そのまま抱き寄せられた。流石に目を見開く。後ろに、政府の役人どもがいるというのに。何か言う前に、埋めるように低く落とされた唇が二の腕の内側にそっと触れた。 「どうか、」 後ろの黒服のことなど一瞬で頭から吹っ飛ぶ。 「どうか、お前の未来が希望に溢れたものであるように」 合わせられた眸は雄弁で、ただ一度、強く強く頷いた。 それが合図だったようにするり、と離れる。もう何も、言葉はいらなかった。踵を返して黒服のところへと戻る。 「お時間をとらせてすみません」 「…いいや」 呆れたように振られる片方の首。見なかったことにするとばかりにその頭は前を向いたが、もう片方はそうはいかなかったらしい。 「あれは…」 口ごもったのは、やはりただの主と刀には見えなかったからか。 「あれですか」 それでも、動揺の欠片もなく笑う。動揺など、欠片も必要がない。 「なに、ただの願掛けですよ」 そんなものよりも、今必要なのは約束を果たす力なのだから。 * 雪岩は再会の約束をするように、腕に恋慕のキスをします。 https://shindanmaker.com/454355 * 20150226 *** 夜と融解 R18 夜特有の香りが、そっと肌をなぞって行った。自分でさっさと脱ぎでもすれば少しはマシなのかもしれないが、この男は性交に至るまでの一つひとつの動作も自分の手を掛けたがる。その気持ちは分からなくもないが、と思いながら、ぼんやりとした光の中、ゆったりとした動きを見せる男を眺めていた。 まだ腕を抜かないまま、肩から夜間着が落とされる。その際に触れた指先が思いの外冷たくて、岩融は肩を震わせた。これから、この指が岩融に触れるのだ。そう意識したら、身体の奥に火が灯ったような心地になった。 「…ッ、六花」 震えを誤魔化すように名を呼ぶと、静かな声でなんだ、と返される。それが笑いを含んでいるのが分かって、羞恥がぶわりと増す。しかし、それと同時に嬉しいなんても思うのだから。 「…そんなに、時間を掛けるな」 「いつもと同じくらいだろう?」 「言わなければ分からんか」 そんなことはないと思うけれど。 「…お前が欲しいのだ、六花」 引き寄せた身体も、指と同じに冷たかった。寒さには未だ鈍い身体が、ここまで冷温を拾うようになるなんて。笑う。 「お前を、はやく、くれ」 どんな羞恥に打ちひしがれるような言葉でも。彼が喜ぶのが分かるから。 * 震わせる、意識、皮肉にも https://shindanmaker.com/a/253710 * 20150308 *** 夏と風物詩 夏だ。まさかこの微妙な空間に四季があるなんて最初は驚いたが、それでもこの身体に流れる血というものが歓喜するのが分かる。この国は昔から四季がはっきりとしていて、その都度その都度楽しみ方があるのだ。なくてもまぁきっと少しさびしいくらいだろうが、あるのならあった方が嬉しい。 スイカが冷えたと、小さな影が池の周りで騒いでいる。田舎育ちで良かった、でなければきっと、こんな可愛い光景は見られなかっただろう。 「行かないのかい?」 「行く」 用意していた包丁を拾って立ち上がる。 「アンタも此処に馴染んだね」 「そうか?」 「そうだよ、長いこと客人のようだったじゃないか」 そうだっただろうか、と首を傾げるもそう積極的に関わろうとした記憶もないのでそうなのだろう。 「きっと、アイツのおかげだな」 言ってから恥ずかしくなったのでそのまま駆けたが、きっと後ろで彼はごちそうさま、という顔をしていたのだろう。 * スイカ、夏、田舎 ライトレ * 20150308 *** 本気と冗談 縁側に二人、並んでいるなんて。不思議な光景だな、と太郎太刀は思う。別に何か負の感情を抱いていた訳ではないが、やはり恋敵とこうして平和に並んで茶を飲んでいるなんて。 「太郎殿、いつぞやのあれは本気だったのだろう」 そんな平和の中に、ぽつりと落とされた言葉。 ぼんやりとしか示されなかったそれに、太郎太刀は恍けることも出来た。それをすればきっと、彼はそれ以上の追求をしないだろう。共に戦場を駆ける仲間だ、それくらいは分かっていた。 「ええ」 けれども、隠すこともないと、頷く。 ただ、まっすぐに。 そんな彼らを見ていたからだろうか。それに感化されたとでも言うのか。現世にながく留まりすぎたのかもしれない。こんなに、人間のように。 「彼を手放したくなったら是非教えてください。私は諦めた訳ではありませんから」 皮肉めいた言葉が出てくるのもきっと、その所為だ。 「冗談を」 同じように、岩融の口角が少しばかりつり上がる。 冗談だった。でも本気だった。彼らが互いに手放すなんていう選択肢を持たないことを、分かっているからこその言葉だった。 「…良い、天気ですね」 「ああ」 ずず、と茶を啜る音が響く。 こんな日々に終わりが来るなんて、少し勿体ないとまで思うのだから、やはり俗世に染まりすぎたのだろう。 * 手放すつもりも、ないですけれど https://shindanmaker.com/392860 * 20150308 *** 神と涙 六花、と声がする。誰の声かなどと考えることはしない。この城で、主の名を呼ぶことが許されているのはただ一人である。否、別に彼は呼んだところで何も言いはしないだろうけれど、過去を生きていた刀剣男士の多くは名を特別なものと認識している。 ばたばたと足音が聞こえ、二人は合流したようだった。こちらには気付いてない。六花、とまた声がする。その声に込められた心を意識した瞬間、ぎゅうと胸の辺りが締め付けられるような気分になった。ぐるぐると、巡るのは一体何だろう。 「…はは、」 漏れた笑いはぎこちなかった。神刀である自分が、人の身を得たからといってこんな感情に乱されるなんて。 「………六花」 決して彼の前では呼べぬ名前を口にする。二人はもう遠ざかっていた。誰も、許されぬ胸の内を責めるものはいない。 「六花」 先ほどよりも強く呼んだ名前は、いつまで経っても舌に馴染む気がしなかった。 ただつんと、鼻の奥が痛くなった。 * 乱す、意識、ぎこちなく https://shindanmaker.com/a/253710 * 20150308 *** 薬と深淵 R18 これではどちらが喰われているのか分からないな、と上擦った声を止められずに思う。縋るように力を込めた指が、ずるずると着付けたままの服を滑っていく。 六花、と甘い声が耳元で囁かれれば胸が鳴る。薬で高められているからだけではない、その声が、愛しいものの声だから。雪滑は白く染まる思考の中でも、それはしっかり理解していた。 「こういうお前も、悪くない」 「…ッ、あく、しゅみ…め、」 「その台詞はそっくりそのままいつものお前に返そうぞ」 ぐ、と動かされた身体が、より深く飲まれていく。背筋を駆け上がる快感に肩を震わせると、また岩融が笑った。 「六花よ、もっと、俺を食え」 この声が好きだと知っているのだからまた、たちが悪い。 「俺を食って、俺に酔え。………俺以外要らなくなるように」 そんなのとっくだ、と言おうとした声は嬌声に変わり、ぎゅうと締められたそのあたたかな身体の中で、何度目かの絶頂を迎えた。 * 震わせる、服、深く https://shindanmaker.com/a/253710 * 20150308 *** 嘘と笑顔 近況報告と言えば聞こえは良いが。ため息を吐く。何と言ったとしてもこれは監視の目が届かないタイムトリップ先で、政府に都合の悪いことをしていないかという確認なのだ。求められているのは僕はまだ政府に尻尾を振れますよ、というパフォーマンス。 そもそも審神者なんて大体が宗教関係者の系列の出身なのだ。一つの宗教に力を持たせたくない政府としては、このお遊戯会のようなパフォーマンスでもやめさせることは出来ないのだろう。パフォーマンス不足を理由に取り潰しの糸口を、なんて古い手だ。そんな手に引っかかるほど潰しやすい宗教でもないが、だからと言って餌をくれてやるつもりもない。 背筋をしゃんと伸ばし、うすっぺらい笑顔を乗せて、そうして歌うように。 「こちらが私(わたくし)の近侍の岩融でございます」 あの中で、一番に信頼を置いている者を。 「おお、これがあの、伝説の」 これ=B勿論大人なので文脈は理解しているつもりではあるが。眉がぴくりと動きそうになるのを笑って収めた。 きっと、審神者でなければ分からない。元は刀だったとは言え、彼らは心を持っている。一緒に生活をし、戦略を立て、戦い、そうして触れ合ってきた期間が、彼らをものとしては扱えぬようにして来る。 それが、良いことなのか、悪いことなのか。 「岩融」 ささくれだった気持ちのまま、近侍を呼んだ。 「少し屈め」 言われた通りに屈んだその頭に、そっと口を寄せる。鮮やかな橙の向こうで役人があんぐりと口を開けるのを見て、満足気に目を細めた。 「な、何を…」 「ご存知ありませんか?」 髪についたゴミというものは、口で取る方が髪を痛めることがないのですよ。笑って続ける。 「まぁ、それを私に教えてくれたのは曾祖母ですし、今の時代には即していないかもしれませんね…お見苦しいところをお見せしました」 「き、君はいつも、そうやって…」 「ええ」 にっこり。 「彼らは道具ですから。道具は大切に手入れしてこそ、でしょう?」 祖父に鍛えられた笑い方でもって岩融を引き寄せると、その向こうで役人は引きつった笑みを見せた。 部屋を出たところで、岩融が主よ、と小さく声を掛けた。 「何だ」 「あれは嘘だろう」 「どれだ」 「ゴミを取るのは、というやつだ」 ああ、と頷く。 「そんなに、わざとらしかったかな」 別に、隠すことでもない。しかしそんな嘘らしく言ったつもりもなかった。事実、あの役人は信じただろう。でなければこちらが部屋を出る際に、田舎者め、と動揺の残る声で吐くことはしなかったはずだ。 「…いや」 岩融は首を振る。 「俺が主のことを分かるようになったのだろう」 思わず、足を止めた。同じように足を止めて、岩融は振り返る。 「主が俺たちのことを、道具扱いする訳がない」 手を伸ばして来ないのは、此処が祝福された城ではないからか。 「…嫌だったか?」 「いいや」 首を振る岩融の、その口角が彩られる。 「不謹慎にも嬉しいなどと思ってしまった」 その笑みにどきりと胸が鳴るのと同時に、ずいっと岩融が顔を近付けて来た。 「だか、今後はああいうことは禁止だ」 「何故?」 「…主が、」 一度、途切れる言葉、 「主が笑顔で嘘を吐くところなど、見たくはない」 その言葉だけで、彼の前では絶対に嘘など吐かないようにしようと、心に決めてしまえるのだから。 * 岩融に雪滑さんは思慕の意味を持つ「髪 」へ、二人の関係を知らない人の前でキスをします。 https://shindanmaker.com/516160 * 20150312 *** 約束と餅 R18 するり、と手が伸びた。情事の途中のことである。まるであらかじめ決められていたことのように、吸い付けられるようにその手のひらは首を捉えた。一瞬、その肩に力が入る。退けるだろうか、そう思ったのに、そのまま肩は力を抜いて、ただ穏やかな瞳だけが見上げてきた。 その余裕さに腹が立ったからではない。なんとなく、許された気分になった。やってみろ、それでも後悔しないと、すべてを委ねられたような錯覚に陥って只管に力を込める。空気の擦れる音がした。筋の軋む音がした。きゅう、と欲しがるように狭まった内壁が、感覚を更に鋭敏化させていく。どくどくと、激しく脈打つ血の流れが、手のひらから伝わってくるようだった。生きている。そう思わせた。 「…は、ぁ…ッ」 ふっと、力を抜く。げほっ、と噎せる愛しいものに頬を寄せた。まだ、首からは手を離さない。酸素を求めてびくびくと震える喉を、生きたいと願うかのように息を吸う男を、感じていたかった。 「お前を、折るのは、無理そうだ」 ぽつり、零せば、そうだろうな、と言葉が返る。 「僕は…お前ともう一度、絶対に巡り会える方法を考えないとならないな」 「…見つけない、つもりだった、のか」 「いや…。ただ、不安になっただけさ」 ただ本当に、折ることだけが目的であれば。そのための方法はごまんとあった。終焉が見えていても今は戦の途中、何処ぞへ刀装も付けずに単騎で繰り出せば、重傷を負っても帰還しなければ、この身は簡単に折れるだろう。けれど、それでは駄目だ。もし本当に彼を折るというのなら、そのさいごはこの手で決めなくてはいけない。 「六花は、弱いからな」 真似るように、手が回される。首へ、幼子のような笑みを浮かべて。 「でも、そんな弱い六花が、俺は好きだ」 岩融の手は大きかった。両手で囲まれた首は別に細い訳ではなかったけれど、指を余らせているのが見えなくても分かる。こちらは、両の手をめいっぱいに開いたとしても、少し足りないというのに。 「そんな弱いのに、俺を抱きたいなどと考える、豪胆な六花が好きだ」 「…豪胆なやつなら誰でも良いのか」 思わず零した言葉の色など、言うまでもない。 「やきもちか」 「やきもちだ」 するり、手が首から離れ、そして今度は背中に回った。 「六花、お前でなくてはだめだ」 どろりと、煮詰まったような声が耳から流し込まれる。 「折るのを諦めたのなら、六花、お前を寄越せ」 はやく、と言葉と連動するように中が動いたような気がして笑みを浮かべた。言われるままに身体を起こそうとして、ふと、思い付く。 「…もう一度、絞めてみても良いか」 「まだ不安か?」 「そうじゃない。ただ、絞めたら締まったから」 何がとは言わない。人間の身体はそう出来ているというようなことは、聞いたことくらいはあったが。 言われた岩融は微妙な顔をした。のだと思う。 「………一度だけだ」 妙な間の後、呆れたような声で返される。 「気持よくないとは言わんが…その他の感覚が消えて、俺を抱いているのが本当に六花なのか、不安になるからな」 「ちゃんと僕だ」 「…分かってはいるが」 するり、先ほどと同じように首に手を添えた。 「お前がいくまでずっと名前を呼んでいよう」 「…それなら大丈夫かもしれんな」 いわとおし、と落とした声が、優しいものであれば良い。 * 20150312 *** 憂慮と歓喜2 ホテルのソファに押し倒され、熱があると言われた長期報告会二日目の夜。スーツを着たままで楽しそうに笑う雪滑を、岩融は藁束でも持つように持ち上げベッドへと下ろした。そのままスーツに手を掛けるのを、岩融、と呼んで止める。 その色に気付いたかのように、上からはしないぞ、とつれない返事。止まっていた手が再開されて、丁寧に脱がされていくスーツに慣れたものだな、と思って笑った。ただ普通に刀として生きていたら、こんなものの着方も脱がし方も、知らなかっただろうに。熱があるからか、妙に思考が薄暗い方向へと行く。 「いわとおし、」 声が、妙に掠れていた。 ベルトに掛かった手が、はた、と止まった。 「此処まで煽っておいて、何もしないはないだろう」 うっすらと、熱を帯びる身体に岩融が気付かないはずがない。生殺しだ、と唇を尖らせてみれば、返って来るのは熱があるだろう、という正論。 「それに、別に煽った訳ではない」 「うそだ」 「………嘘じゃない」 妙な間に図星なのだな、と思う。 「主、無駄口を叩ける体力があるのなら自分で着替えろ。さっさと着替えろ。そして風呂に入らず寝ろ」 「怠い」 「…六花」 最近、岩融には名前を呼べば良いと思っている節があるように思う。 「岩融が動けば良いだろう」 此処まで来たら意地だ。子供のようだな、と自分でも思う。熱が上がっている分、幼児返りも併発しているのかもしれない。なんだかんだで、体調の悪い時というのは心細いから。 「何のために爪を切ったと思っているんだ」 「このためではないのは確かだな」 今回の報告会は年度末のもので長いのと、あっちこっちを回ったり何だりしなくてはならないこともあって、現世に対応出来る格好、というのが連れてくる近侍の条件だった。スーツを着ているのもその所為だ。 さて、と思う。どうしたら、この真面目なものは敗けてくれるだろうか。煽ったという事実がある以上、もうひと押しであるとは思うのだが。 「熱というのは得てして汗をかけば引くと言われていてな」 じとり、とした目線が送られる。 「………本当か?」 「僕が今までお前に嘘を吐いたことがあったか?」 「………ないな」 嘘ではない。古い民間療法だが言われているのは本当だ。汗をかけば引くというよりかは、熱が出て引く頃には汗をたくさんかいている、のような気もするが、別に医学を学んだ訳ではない雪滑にその辺りの違いはわからない。 はぁ、とため息を吐かれた。諦めの合図のようだった。 「…辛そうだったら、やめるぞ」 うん、と頷いて手を伸ばす。 指が絡むのと同時に、優しいキスが落とされた。 * 20150312 *** 20170502 |