人間と刀 

 岩融は人間ではない。逆立ちしたって人間にはなれない。それは分かっている。分かっていても、乞う。
「六花」
主であるこの男が、耳元で囁かれるこの低い声に弱いことを知っているから。
「俺に人間のことを教えてくれ」
毎日、毎日。
「俺に、お前を、」
 一日たりとも、休むこと、なく。



週七日制
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20150218

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思い付きと日課 

 出陣前の岩融の、その袖を小さく引く。
「どうした? 主」
「忘れ物」
「何っ!?」
慌てるその頬を包んで、そのまま引き摺り下ろすように。
 ちゅ、と。可愛らしい音を立てて。
「はい忘れ物」
「ッ、り、主…ッ」
「もう忘れ物、するんじゃないぞ?」
暗に次はお前が乞え、と言ってやると、一瞬で理解した耳がぼんっと赤く染まる。
「いってくる!!」
 周りの刀たちの、もう慣れてしまったという空気に笑ってから、遠くなっていく背中に部隊の無事を願った。



「もう忘れ物しちゃ駄目だよ?」
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20150218

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蚊と嫉妬 

 良い朝である。
「雪滑サン」
自分の部屋からもそもそと這い出てくあ、とあくびをしたところで、後ろから話し掛けられた。
「姐さん」
おはようございます、と頭を下げればおはようございます、と返される。良い朝である。した挨拶が返って来るのだから更に良い朝だ。一人、頷く。
 笑みを浮かべる雪滑とは逆に、次郎太刀は少し顔を顰めてみせた。
「首のところ、大変なことになってるよ」
「あー…やっぱり、大変なことになってますか」
「…の、割には嬉しそうだね?」
分かりますか、と言うとそのにやけた顔で分からない方が可笑しいよ、と呆れられる。
「昨日、ワインが届いたじゃないですか。それを二人で飲んでいた訳ですよ」
「アタシたちにもくれたアレかい?」
「はい。同じものです」
 今年も良い出来だったからと、実家から箱で送られて来たワイン。とりあえずいつもの面子にお礼も兼ねて渡して、二人で飲まないかと岩融を誘った。下心が全くなかったとは言わないが、純粋に良いと言われるワインを一緒に飲みたかったという気持ちが大半である。その辺りは神にでも誓える。
「あれ、結構飲みやすかったでしょう」
「うん、すぐに一本開いちゃったよ」
「でしょう。それでですね、思いの外酔いが回ったらしくて。恥ずかしながら二人して一度寝落ちてしまったんですよ」
先に寝入ったのは岩融だったはずだ。その寝顔をぼんやり眺めていたらいつの間にか、といった感じである。
「それで夜中に起きて、酔い覚ましも兼ねて風呂に入ろうと思いまして」
実際には寝ていたところを叩き起こされた、という方が近いのだけれども。そこは恋は盲目ということで記憶の中では可愛らしい変換を起こしている。
「風呂なんて今更ですし、特に気にしてはいなかったんですが…どうも寝落ちた時に障子を開きっぱなしにしていたようで、蚊が紛れ込んでいたらしいんですよ」
見てくださいこれ、と腕をまくり上げると、次郎太刀がうわあ、と声を上げた。
「よくもここまで食われたもんね」
「向こうでもよく刺される方ではありましたが…やはり数が違いますね」
 腕中あちこちが赤く虫さされの痕を残していた。見てるだけでもかゆいのか、次郎太刀がうう、とうめき声を上げる。
「他のところもひどいものです」
すごくかゆい、と付け足した。今だって掻きむしりたいが、それをすると後々痛いのが分かっているので我慢しているのだ。
「まぁ、もうお察しかと思いますが、それを見つかりまして。しかも腕とかこんななのに、最初に見つかったのが項だったんですよね。最初はちゃんと虫さされですと説明したんですが、まぁ、ほら、見間違えたりすることあるじゃないですか」
「ああー…なるほど」
「そういう訳でちょっと疑いの目を向けられまして」
 胡乱な視線に、そんなに信用がないかと少し落ち込んだことは内緒だ。
「酔いも残ってましたし、多分半分も人の話なんか聞いてなかったと思うんですよね。分かってたんですけど」
誰につけられたんだ、と小さく問うその様が、まるで幼児がえりでも起こしたようで。誰だろうね、と返してみたら思いの外強い力で掴まれて、誰だ、と繰り返される。ああ、と思った。この目に今、映っているのは自分だけだ。そう思ったら。
「まぁ、そうですね…人の嗜虐心に火を付けてくれたと言いますか…可愛くなってしまいまして。つい、いじめすぎてしまって…泣かれてしまいました」
「あら、悪い男ね」
否定はしない。
「それで、急いで謝ったら自分にもつけさせろと言うので」
「はー。それでこうなったと」
 最後の方は歯も立てられていた気もするが、如何せん首の裏のことだ。自分では見られないし、ついでにされた当時は雪滑も酔っていた。酔いが完全に冷めた朝には、実行犯は二日酔いで潰れていた。恐らくこの惨状(惨状ということにしておく)(だって結構痛い)を見たらまた百面相しそうで、その予感に笑みを浮かべる。何を考えていたのかなんとなく察したのだろう、次郎太刀は舌を出してごちそうさま、と呟いた。
「でもそれ、どうするんだい?」
「もうこのまま皆の前に出て行って、障子開けっ放しにするとこんな目に合うってやろうと思うんですけど」
「やめなさい」
 その後次郎太刀によって巻かれた大げさな包帯の所為で、夜障子を開けっ放しで寝ると巨大蚊がやってきて身体中の血を吸い尽くす、なんていう怪談のような話がされるようになったのは、また別の話である。



岩融に雪滑さんは風呂場でうなじに数えきれないほどのキスマークを付けられてしまいました
「嗜虐」「ワイン」
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20150218

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憂慮と歓喜 

 現世へと定期報告へとやってきた時のことだった。
 数日掛かりで行われる報告会でのストレス、近侍として連れてきた岩融を顕現させておく疲れなどから、やたらと身体が重たい気がした。というかあの微妙な時空の狭間であるから顕現にさほど力が必要でないのだと、初めて知った。今までは報告に何日も掛かるなんてことがなかったから、知らなくても無理はないのではあるが。
「あと三日ーぁ」
用意されたホテルのふかふかのソファに倒れこむようにして座り、ネクタイを緩める。そのまま目を瞑り掛けて、ふと部屋に入ってから岩融が一言も発していないことに気付いた。
「岩融?」
 岩融はじっとこちらを見つめていた。今回はあちこち連れ回す関係で、岩融もスーツ姿である。こういう姿もいいな、城に帰る前に写真でも撮っておこう、などと考えていると、ふっと岩融が動いた。
「………え?」
状況把握が、遅れる。後頭部にぽふん、と何か柔らかいものが当たって、背中が沈み込んだところで、ようやくソファに押し倒されたことに気付く。ぱちり、と目を瞬(しばたた)かせて岩融を見遣るが、表情がよくみえない。
「岩融…?」
呼んでも、返事がない。不安になる。
「どうしたんだ、岩融………したいのか?」
 頭上で岩融がぐっと詰まって、それから盛大にため息を吐いた。
「六花」
耳元で囁かれる。ぞくぞくするからやめてほしい。あの反応を見るにしたいのではないのだろう、では、何故。
「熱があるだろう」
「…はい?」
思わず聞き返した。
「熱?」
「熱」
「熱い?」
「ああ、熱い」
 言われて自分の額に手を当ててみるが、よく分からない。再度岩融はため息を吐くと、そのまま顔を近付けて来る。こつん、合わさったのは額。ああ確かに、これは熱い。
「あー…」
「頼むから、疲れているのならそうと言ってくれ」
気が気じゃない、とほとんど距離のないところで囁かれる。
「…すまない。自分でも気付かなかった」
お前が気付いてくれてよかった、と笑うと、当たり前だ、と返される。
「六花のことは、ちゃんと見ている」
 その言葉が嬉しくて笑ったら、笑ってる元気があるなら安心した、と触れるだけの接吻けを落とされた。



岩融に雪滑さんがソファに押し倒されたときの反応は「…したいの?」
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20150218

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飴と罠 

 廊下を歩いていたら突然障子が開いてその部屋の中へと引き込まれた。何事か、と目を見開くが、どうやら犯人は恋人のようだ。とりあえずほっとする。
「岩融、痛いんだが」
 引き込まれた時に打った肘をさすりながら顔を上げると、涙に潤んだその目に固まった。
「…ある、じ」
かたかた、とその肩が可哀想なほどに揺れる。
「まず、い」
何がまずいのかなんて聞かなくても分かる。紅潮した頬、心なしか荒い呼吸、涙を湛えた瞳。
「な、どうした…?」
「次郎太刀に、もらった、飴、を…食べたら、」
その言葉に、一つ、浮かぶものがあった。
 数日前のいつもの相談会兼深夜の酒盛りでのこと。今の時代がどうだか知らないけどね、どの時代にも媚薬ってモンはあんの。いつか姐さんが作ってあげるから二人で使いなさいね! とかなんとか。それにお願いしますと返した気がする。馬鹿野郎。
 雪滑が現実逃避をしている間にも、岩融は苦しそうに縋り付いて来る。完全に据え膳であるし、きっと楽にさせるには抜いてやった方が良いのだろうが、如何せん今は昼間だ。真っ昼間だ。次郎太刀は一体何を考えているのだ。にしてもすごい効き目だ。よく雪滑を部屋に引き込めたと思う。ほとんど、力が入らないようだ。
「岩融、」
「りっか」
舌足らずな言い方にぐわん、と身体の芯を叩かれたような心地になる。
「りっか、はやく、」
縋り付く腕に引かれるままに首を下ろすと、耳元へと唇が寄せられた。ほとんど自重に頼るように、押し付けられる唇。
「おれ、は。お前でなくては、だめ、だ」
 そんなことを言われてしまえば。
「…ああ、もう!」
凭れかかる頬を掴む。
「後悔、するなよ」



雪滑さんに岩融が苦しげに耳に誘惑のキス
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20150218

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春と馬鹿 

 いつもの縁側で二人、足をぶらぶらさせて池を眺めていた。
「桜が美しいな!」
桃色でいっぱいになった木を映す池に、岩融は笑う。
「なぁ、主よ。春というのは本当に素晴らしい!」
 それに浮かされるように、気付いたら唇を合わせていた。うん、と頷く。
「その顔、最高に可愛いな…」
添えた手で髪を撫ぜてやると、遅れて状況を理解したらしい、ぼんっと耳が赤く染まった。
「な、そ、か、」
「別に可愛いと思ったんだから良いだろう」
「ば、」
 恐らく馬鹿と言おうとしたのであろう唇を、言葉の続きごと食べる。
「ほら、」
ふわり、と和らいだ頬に手を添える。
「可愛い」
繰り返せば、耐えられないと言ったように俯かれた。
 それがまた可愛くて笑えば、小さく馬鹿、と返された。



雪滑さんが岩融にキスをすると「そのキス顔最高にかわいいね…(ハート」と言って嬉しそうにニヤつきました
(診断非公開)



20150218

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傍観と運命 

 勝利を刻むにつれて、刻々とその時が迫っているのを知らないふりは出来なかった。皆しようとしているのが分かる、でも誰一人として出来ていない。きっとこの城で一番にそんな器用な真似が出来ている者がいるとしたら、それはきっと、主であり審神者であるその男だろう。
「雪滑サン」
次郎太刀が片手を上げる。すると、雪に埋もれた中庭の向こうで同じように片手が上がった。
 彼らの主、雪滑六花。彼と出会ってから、もう三年が経とうとしている。戦況は変わった。自分たちの、良い方に。あと少しで、きっと正しい過去を守れる。それが、正しい未来を導いてくれる。
 なのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。
 かんかん、と城門の開く音がした。
「主ー!」
遠くからでも誰の声か分かる。背の大きな男がだかだかと足音を立てながら階段を駆け上ってくる。
 まるで、何も。恐れていないかのような笑顔で。
「…まっすぐすぎて、わらっちゃうね」
きっとこの城の中で、一番にこの戦が終わるのが怖いのは、彼であろうに。それでもそれを微塵も感じさせない顔をしてみせるのだ、今ある時を大切にする、なんて。そんな子供みたいに笑って。
「アタシたちは、どうして、幸せなんてものが分かるんだろうね」
 隣でじっと黙っていた太郎太刀が、静かに首を振った。わかりませんと、その答えは雪に吸い込まれた。



まっすぐすぎて、わらっちゃうね
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20150218

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敗けと負け 

 平たい布団の上に転がる身体の、その足だけを丁寧に持ち上げて、口元へ持っていくその様子を、まざまざと見せつけられるこちらの身にもなれと、声が出せる状況ならば言っていただろう。しかしこの状況では、口を開けばどんな声が出るのか皆目検討もつかない―――というのは流石に言い過ぎかもしれなかったけれど、どうせ岩融の尊厳が砕け散りそうなものしか出ないだろう。
 別に、主であるこの男が岩融の尊厳を砕くためにこんなことをしているのではないと、分かっている。分かってはいるが、これは何度やっても慣れない。声を出したところできっとその男が幻滅するなんてことはないだろうが、というかむしろ喜ぶのではないかとすら思うのだが、しかし、それをすることはいろいろと矜持の問題も含めて当分出来そうになかった。
出来れば一生出来ないままでいたいが、喜ぶかもしれない、なんて思考が健気に検討を考えている。
「ッ」
ちろり、と舌が掠めていく。一体何処を、というのもただ淡々と返されるだけなので問いはしない。というか見えているので問う必要がない。
 岩融の、足を。確かに風呂に入ってきたので綺麗ではあるけれど、戦場を駆け巡り、傷だらけで凸凹とした足を、その男は舐めているのだ。丁寧に、丁寧に。
「一つ、良いことを教えてやろう」
足を持ったまま、その男は笑う。その笑みはひどくやわらかくて、結局のところこの笑みに心を奪われたのだと改めて実感してしまう。
「キス…ええと、なんて言うんだ、口吸いか?」
「………キス、で分かる」
「じゃあキスで。キスはな、する場所によって意味があるんだ」
淡々と続けられる説明が、半分以上耳からこぼれ落ちていく。
「それで、此処、どんな意味だと思う?」
 とんとん、と指先で突かれたのは足の甲。先ほどからずっと、なぶられている場所。
「…どん、な…」
頭が、くらくらする。遠くで、時間切れ、と笑う声がする。
「こたえは、隷属≠セ」
「そ、れは…」
逆だろう、と言いたげな岩融に気付いたのだろう、男は笑った。
「甘美な言い方をすれば、溢れる愛へ隷属するってことだ………惚れた方の敗けってことだよ」
また飽きもせず足を弄りだした男を睨みつける。
 それこそ、逆だろう、と思う。惚れた方が敗けなら、岩融はずっと負けっぱなしだ。



岩融に雪滑さんは隷属の意味を持つ「足の甲」へ、溢れる愛の代わりにキスをします。
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20150218

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日向と猫 

 あたたかな日差し。春の音がする、なんてその男が言うものだからそうだな、なんて頷いてしまった。
 刀だった頃には、こうして四季の移り変わりを楽しむことなんてなかった。心がなかった訳ではないだろうが、こうも影を持つような立体じみたものではなかった気がする。
「あたたかいと、眠くなると聞いた」
「ああ、そうかもな」
「春眠…なんだったか」
「春眠暁を覚えず。春の朝はあたたかいからうっかり寝過ごしてしまう、みたいな意味だ」
ほう、と息を吐く。
 元が刀であるからか、寒暖差にそう敏感になれる訳ではなかったけれど。陽の光は優しくて、ああこれをあたたかいと言うのだな、とそう思った。
「あたたかいな」
「そうだな」
呟けば、肯定が返って来る。
「眠くなりそうだ」
その言葉を聞いた男は、もぞり、と姿勢を変えた。
「ほら、おいで」
たんたん、と打たれるのは膝。きっと、やわらかくもかたくもない、枕には不十分なものだろうけれど。
 なんだか妙に、あすこでなら良い夢が見られそうだと、そう思うのだ。



ほら、おいで
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20150218

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未来と夢 

 いつか、と思う。
 いつか、この戦いが終わったら、刀たちはお役御免となり、審神者であるあの男もまた、元いた時代へと戻る。最初から決められている終わりを、回避しようとなどは思わない。そんなことをしたら、そもそも守りたかったすべてが崩れてしまうのだから。それくらい、岩融は分かっている。
 目を、瞑る。
 心というものがこの姿を得てから記録したたくさんの事柄を、一つひとつ思い出すように。呼ぶ声も、触れる指の温度も、衣擦れの音も、触れ合った優しさも、何もかも。一つ残らず、抱いて行ける。それに、と思う。
 あの存外寂しがり屋である男が、ただ黙って別離を選ぶような、そんな真似はしないと思うのだ。きっと、意地でも再会出来る道を探してくるに違いない。ただの刀に、何処で失われたかも定かではないところにかえる岩融は、ただ待つことしか出来ないけれど。
 きっと、大丈夫。
 唇がほころぶ。くぐり抜けるドアは違っても、その先にきっと、貴方がいるから。



くぐり抜けるドアは違っても
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20150218

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20170502