今日も今日とて酒が必要だった。

雨と沼 

 いつもと違うのは、今日の酒は自棄酒であることだろうか。
「なんてことをしてくれるんですか姐さん………」
その対象は言わずもがな、岩融の下の名前を知られたことである。
「アンタたちがあまりにおままごとみたいなことしてるから、ついね」
「何がついですか、あれから岩融が話し掛けて来なくなったんですけど」
分かってて言ったでしょう、と口を尖らかすと、やっぱり分かる? と軽い返事。まったく、他人事だと思って。
 そう、頭が良くて周りをよく見ることが出来て、更には気もきく次郎太刀が、岩融の手の雪の結晶に気付かないなんてことがあるはずなかった。最初から彼は気付いていてあの問いを投げかけたのである。ひどい。なんてひどい。今まで次郎太刀はこの酒宴の中でも良心寄りだと思っていたのだが、考えを改めなくてはならない。面白い方が良い派か。もう良心は太郎太刀しか残っていない。雪滑のオアシスはもう、其処にしかないのか。
「ほら言うじゃない、雨降って地固まる」
「固まらずに沼地になりそうなんですけど」
 次郎太刀から真実を聞いたあとの、岩融の動揺っぷりと言ったら。悪いのは黙っていたこちらであるのに、まるで岩融の方が何かやらかしたようだった。いや実際、主の名を知らなかったとは言え呼び捨てで何度も連呼するというのは、彼にとってはやらかし≠ネのだろうか。雪滑の時代では名前というのはそう力を持つものでもなくなっているが、昔は名前など教えないものだったらしい。名前というのは魂の情報とも言われ、それを知られることは魂を掴まれるも同義だったのだと言うし。
「しかし女の子みたいな名前だね」
「よく言われます」
言った石切丸を軽く睨みつけ、酒を煽る。
「僕、上に兄が三人と姉が二人いる家族の末っ子なんですよ。ついでに歳が結構離れてて、僕が出来た時に姉たちは絶対に妹が良い! って言い張ったらしいんですよね。でもまぁ、僕の時代では生まれる前に性別なんて分かってしまうので、両親もなんとか説得しようとしたようなんですが、期待が大きかっただけに二人とも納得しなくて。結局こんな名前になりました」
 へええーと声が揃った。酔っ払いの付喪神が揃いも揃って可愛いことをしないで欲しい。人間の立場がない。
「まぁ、名前のことはいろいろ言われましたけど、今はこの名前で良かったと思っていますよ」
都会ならいざ知らず、田舎の子供なんて知らない奴は居ないくらいの数しかいないものだし、それ故に名前の由来なんてものもすぐに広まる訳で。悪ガキに類される子供たちからは散々からかわれた記憶がある。相手にした覚えは正直ないし、それで落ち込んだり泣いたりした覚えもなかったが。
 大人になるにつれて、名前を褒めてくれる人も、増えた訳であるし。
「一時(いっとき)でも岩融が褒めてくれたからかい?」
心を読んだようにそう言った石切丸をもう一度睨みつける。
「………一時とか言わないでもらえますかねえ、石切丸」
「はは、悪い悪い。つい本音が」
他人事だと思って。
 煽った酒の味は、もう分からなかった。



20150312

***

 出撃前の会議で、とうとうと喋る男を見ていた。

馬鹿と心 

 政府からもたらされる他の城での戦況の統合情報、そして男がこの城でのこれまでの戦績などをまとめたものを照らし合わせた情報を、この男は出撃前の会議で喋る。その情報を元に、その日の出撃場所の詳しい選定や戦略などを練るのだ。
 会議の時の男は普段の無口さや、こちらとそう関わろうとしない姿勢など嘘のようで、人に言ったことはなかったが、岩融はそれを好ましいと思っていた。低く掠れた男の声は決して聞きやすいものではなかったけれど、どこか祈りにも似たその報告は、戦の前だというのに心を穏やかにさせる。
 こんな時間が、いつまでも続けば良いなんて。
 なんてばかばかしいことを、と岩融は首を振った。会議は終わりを告げていた、他の面々が立ち上がるのと一緒に岩融も立ち上がる。今は確かに争いの中にいるはずなのに、何を考えているのだ。数秒前の自分を叱咤した。戦なんて、はやく終わる方が良いに決まっている。歴史改変主義者との戦いで、失われた生命だってあるはずなのだ。彼は、言わないけれど。
 この男だって、と思う。人身供養と何が違うのか。彼は自分で選んだとは言っていたが、話に聞く限りでは彼の時代と此処では大分環境が違う。そんな場所で、家族とも、親しい者とも離れて。
 一人。
「…主は、」
ん? と彼は振り返る。他の面々は既に部屋から出て行ってしまっていた。
「寂しくは、ないのか」
部屋には二人きり。
 男は少し驚いたように目を瞬(しばたた)かせてから、ふっと笑った。薄い、笑みだった。
「此処は賑やかだからな。寂しさなど感じる暇もないさ」
それは。
 寂しさの否定にはなっていないと、岩融は指摘は出来なかった。男が隠したその心を、岩融に暴くことは許されていないと言われたようで、何故だかそれがひどく悲しかった。



なんてばかばかしいことを
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20150312

***

 まだ、調整があるとかで出撃には出ていなかった頃のこと。
 岩融の中でその主というのは、いるのかいないのかよく分からない男だった。刀剣たちに混じっている時もあれば、自室にこもって何やらやっていたり。食事も同じ時間に同じところでとっているにも関わらず、あまり刀剣たちと交流する姿は―――というか、この城へやってきて既に七日以上が経っていたが、主であるその男が喋るところを見たことがなかった。
 あれでやっていけるのか、と少し心配になって今剣に問うてみた。
「あるじさまですか? まぁ、たしかにあまりしゃべるかたではありませんが…」
やはり喋る方ではないらしい。
「岩融もいちぐんにはいるようになればわかりますよ」
今調整をしてもらっているのでしょう? と言われたので頷いた。何の調整なのかは良く分かっていなかったが。表情からそれを察したらしい今剣は、練度上げの予定は予め立てられているのだと教えてくれた。刀剣たちに無理のないようにと幾らかの余裕をもって組まれている予定なのではあるが、ちょうど岩融が来た時はあれこれ他の予定やら何やらがてんこ盛りになっていて、うまい具合に出撃順をいじることが出来なかったらしい。
 今剣は持ち回り制の近侍の中でも、一番に多くその役を務めることが多いと言う。
「ぼくははじめてたんとうされたとうけんですからね」
練度もこの中では一番高いです、と今剣は誇らしげに続ける。
「もし岩融が、あるじさまがしゃべるところをみたいというのなら、ぼくか加州清光を見ていたらいいとおもいますよ」

無口と口元 

 今剣の言葉を聞いてからというもの、これまでよりももっとその姿を探すようになった。その隣に今剣や加州清光がいれば、凝視させしていた気がする。それでも長くいる刀剣をして無口と言わすだけはある、男はなかなか喋らなかった。
いや、喋っているらいしのだが、どうにもその場面が見られない。存在感がない訳ではないはずなのに、妙に周りと同化するものだから、上から見ているはずの岩融にも見つけにくいのだ。
 けれどもそんなことを繰り返していれば、別に避けられている訳でも隠れられている訳でもないので。その場面は夕餉後、転がり落ちるように訪れた。今剣の声で、食堂から出ていこうとする男が足を止めた(もしかしたら見かねて岩融のいるところで話し掛けてくれたのかもしれない)。岩融のいるところからでは少し遠くて会話内容は知れなかったが、確かに男が喋っているのが見て取れる。
 短い言葉を交わしたあと、ふっと。その口元が、やわらかく緩んだ。
 それが笑みだと気付くのに、少しばかり時間を要してしまった。そして、あの男も微笑むなんてことをするのか、と当たり前のことに驚いてしまった。そこで初めて、彼の笑みというものを初めて見たことに気付いた。別段無表情だとか無愛想という訳でもないだろうが、真面目なのだろうか、それともかかわり合いというのが苦手な類の人間であるのか。
 いつか。
 あの笑みを、今剣のように向けられる日が来るのだろうか。
「みられましたか? 岩融」
「お、おお! しかと見届けたぞ!」
近付いて来た今剣に礼を述べる。数日のうちには岩融も出撃出来そうですよ、と告げられて、その日が楽しみだな、と思った。



20150312

***

 呼ばれている気がする。ずっとずっと上の方から。
―――岩融。
「今、行こう」

邂逅と邂逅 

 ふわり、と光が差し込んで来る。それが自分が目を開けたからなのだと気付くのに一秒も掛からなかった。ぱちり、ぱちり。初めてする瞬(またた)きの中に、人間らしいものは見えない。呼ばれた、はずなのに。そう思っていると、ふいに足元に気配があることに気付いた。
「おお」
どうやらしゃがんでいたため視界に入らなかったらしい。二人いる。
 にしても、と思う。
「小さすぎて気付かなんだわ。俺は岩融、武蔵坊弁慶の薙刀よ!」
がはは、と笑ってみせれば二人は顔を見合わせて、それから立ち上がって、
「岩融っ!」
片方―――小さい方が、飛びついて来た。
 その身体を易々と受け止めてから自らの名を呼ぶ彼をしげしげと眺めて、
「今剣か?」
浮かんで来たのはありし日、共に過ごした刀の名。
「はい!」
岩融から少し離れた子供は花が咲くように笑って見せた。
「また逢えると信じていました!」
それから、今剣は共に居た男の方を見遣る。
 同じようにそちらへ視線をやりながらこちらもまた、小さいな、とまた思った。今剣のように子供の姿をしている訳ではないが、それでも岩融の目線からは大分下方にいる。
「お主が俺を呼んだのか?」
「ああ」
小さな男はこくり、と頷いた。
「僕は雪滑。この本丸へと派遣された審神者だ」
「ぼくたちの、あるじさまです」
手が差し出される。
「よろしく、岩融」
 初めての人の身で触れた手があたたかかったのだと、その感覚の名を知ったのはもう少しあとのこと。



20150312

***

馬鹿と怪我 

 刀剣たちが戦場で負う傷と、普通に生活していて負う傷は違う。前者であれば審神者が力を調整することで治るが、後者は人間と同じ治療法しか使えない。つまり消毒液と絆創膏だ。
 ちょうど目の前にいる馬鹿は先週も同じように怪我を負ってきて、それでその治療をする羽目になったのを覚えている。別に、治療するのが嫌な訳ではない。ただ運命の悪戯か、図ったように二人きりにしかならないタイミングで怪我をしてくるのだからいろいろと我慢をしているこちらの身としてはいろいろまずいものがある。
 それを誤魔化すためにも、ぐっと頬に力を入れて、眉を吊り上げて。怒っているような顔をする。まぁ若干怒りたい気持ちはあるけれど、こんな怪我をしたくらいで怒るほど心は狭くない。
「…すまぬ」
先週と同じように少々の怯えまでにじませながら、岩融が呟く。
「…自分を大事にしろと、言った気がするんだが」
「その、守ろうという努力はしているのだが…」
「何か、怪我をする要因があるのならこちらでも対処出来るが」
「いや、その、要因は俺自身にあるようなもので…」
歯切れが悪い。
「…言いたくないことなら良いが、あまりこう短期間に何度も、だと心配になるだろう」
傷も治りにくくなる、と付け足せば、岩融は更に小さくなった。
 ここはひとつ、大人にならねばならない。深呼吸をした。にっかり青江にも言われたが、人間歴ではこちらの方が先輩なのだ。
「怪我するのが悪いことだとは言わないが…」
「…すまぬ」
今度からもっと、気を付けるようにする。その力強い返答を信じて頷いた。
「何か改良出来ることなら力は貸すからな」
「お、おう…心強いな」
本当に、何が原因なのだろう。
 無理に聞き出す気もないので、ただ首を傾げた。



アンビバレンス
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20150312

***

 名前事変から数日。
 幾ら岩融が避けていたとしても、今この本丸では全体の練度を上げる試みをしている。これは雪滑のそもそもの割り振りが下手な所為で、初期第一部隊面子に練度が偏っているのをなんとか解消しようという試みだった。
 その中で、岩融は練度を上げなくてはいけないリストに名を連ねていた。こちらの勝手で作ったものではあるが、それを元に順番を組んであるのでそう無視することも出来ず。
 結局、その三日後には顔を突き合わせることになった。

沼と凝固 

 気まずい。
 二人に何かあったらしいと察した他の面々(今剣が中心となっていた)に、会議後二人だけで部屋に残されて数十分。襖の向こうの気配は増えつつあるし、まぁ本当に嫌ならば襖くらい蹴倒して逃げ出すと思うので、希望はあるかもしれないが。じっと俯いたまま何の言葉も発しない岩融を見ていると、とてつもない罪悪感に襲われる。黙っていたのは雪滑の方であるのに、どうして彼がこんなに気に病む必要があるのだろう。
 そう思ったら、やっと口が開いた。
「…岩融」
ばっと岩融が顔を上げる。
「すまなかった!」
先に言葉を発したのは岩融だった。黙っててすまなかった、と言おうとした言葉はそのまま喉の奥に引っ込んでいく。
「主の名とは知らず………俺は、何度も、…本当に、すまなかった。いや、謝ってすむことではないと分かっているが…」
「別に、」
やっと、声が出た。
「別に謝ることはない」
名前に関してここまで格差があるとは、本当に配慮が足らなかった、と思う。彼の時代はまだ諱がどうこうの時代だっただろうか、歴史には疎いからよくわからない。
「謝るのなら僕の方だ」
けれども、この場面で謝るのは岩融ではないことくらいは、ちゃんと分かる。
「黙っていたのは僕だろう」
「しかし、」
「僕が、黙っていたのは、」
 息を吸う。襖の向こうでわらわら言う奴らのことは忘れることにした。お前ら一応それでも戦士だろう、よくそんなわやわやな出歯亀出来るな、とは流石に言わない。
「お前に美しいと言われることが、嬉しかったからだ」
岩融の目が、見開かれる。
「勿論、僕のことを言っている訳ではないとは分かっているが、それでも同じ名前のものを美しいというお前を、見ていたかった」
 ふるり、唇の端が震えるのが分かる。何を言うのだろう、そう思って岩融を見つめる。目が、あって。この世界にまるで、二人だけ、そんな心地になった瞬間。
 ばたーん! と大きな音がして、襖が倒れた。なんだそのギャグみたいな。呆れた目線を送ると、出歯亀していたらしい刀剣たちがへへ…と苦しい笑みを浮かべる。結構な人数がいるようだ。今剣はまぁおいておいて、にっかり青江も鶴丸国永もおいておいて。大倶利伽羅とか厚藤四郎とか、思わぬ顔が見えるのは一体何でだ。
「なっ………」
その大量の出歯亀に顔色を変えたのは岩融の方だった。雪滑は最初から気付いていたが。どうやらそっちにまで気が回らないくらいには罪悪感を抱いていたらしい。本当に申し訳ないことをしたなぁ、と呑気に思っている傍らで岩融はどんどん赤くなっていく。
 言葉にならなかったのか何やら叫びながらだっと走りだした岩融に、出歯亀たちがわっと散っていく。誰を追い掛けるのだろう、と思っていたらやはりというか、餌食になったのはにっかり青江だった。まぁにっかり青江の方が足は早いと思うし、追いつかれたとしても岩融が暴力をふるうことなんてないだろうので、特に心配はしない。
 静かになった雪滑の傍に、残っていたらしい今剣が寄って来る。
「しんてん、しませんでしたね」
小難しい顔でそう言った今剣に、苦笑するしか出来なかった。



20150312

***

悪と夢 

 暗い、部屋だった。真っ暗という訳ではなく、薄く光は差し込んでいる。しかし突然のその暗闇にすぐに慣れるように人間の身体というものは出来ていない。
 なんだろう、此処は。
 そう思いながら手探りで進んでいく。何か、あるのだろうか。どうしてこんなところにいるのだろう。まさか、歴史修正主義者に何か干渉を受けたのだろうか。思考する。審神者というのは多かれ少なかれ力を持った存在だ。刀剣の付喪神たちと契約の形をとっている以上、その関係の形は主≠ニ式神≠ニいうものに近い。それにしては名前を知らせても別に困ることはないだとか、いろいろと従来のものとは違うのだけれども。まぁ話は逸れたが、主が堕ちればその主と繋がっている彼らもまた、堕ちる。それ故に、歴史修正主義者が審神者を狙うのも、そう珍しいことではない。
 じゃらり、と音がした。
 足元を見てみると何かを踏んでいた。しゃがんでまじまじと見てみる。如何せん部屋が暗いので何なのかよくわからない。音からして、金属だろうが。持ち上げてみたそれは意外と重かった。どうやら、鎖のようである。細かな鎖が長く、何処かから伸びているのだ。長いそれの途中が床に落ちているのを、踏んだらしい。鎖があるということは、何かしらが捉えられているのだろうか。顔を上げる。
 そして、息を飲んだ。
 じゃらり、鎖がもう少し先の方でまた音を立てる。薄暗い部屋に目はもう慣れ始めていた。足に根が生えたように動けなくなる。
「主よ」
うっそりと微笑む彼を、雪滑は知っていた。知っていたけれども、知らなかった。違う、と思う。咄嗟に思ったことで、何が違う≠フかまでは言えなかったが。誰だ、とまで思う。
「来ないのか?」
誘うように微笑む彼に、身体は更に凍りついた。
 彼は―――雪滑の知る、彼は。
「あるじ、」
こんな、
「俺を、抱きたいのだろう?」
どっと汗がふき出る。黒の尖った爪が特徴的な、その指が手招くように動く。違う、違う、こんな―――
 はっと目を開けた。
 心臓の音にばっと起き上がる。何も、武器など持っていないのに。もし此処が敵の本拠地だったとして、出来ることと言ったら研修で習った術を放つことくらいだけれども。そんな心を知ってか知らずか、目は見知った壁を映していた。小鳥の鳴き声が聞こえる。障子張りの向こうから緩やかな陽が差し込んでいて、今が朝なのだと知らせている。
「は…ッ、あ、」
肩で大きく息をした。震える身体で、そのまま探知の術を唱える。何も、反応はない。先ほどまでのものは、別に第三者によって見せられたものではない。
 本当は、そんなことせずとも分かっていた。第三者が関与していないというのなら、あれはただの夢だ。雪滑の、頭の中にある、夢。多かれ少なかれ、雪滑の思っている、こと。
 あんな―――あんな、表情(かお)を、彼は、しない。しないのだ。彼は豪胆ではある反面、気品というものも決して失わない。なのに。
―――抱きたいのだろう?
それを、すべて壊すほど、穢したい、だなんて。
 そんな自分の浅ましい考えに、吐き気さえ覚えた。



きみを閉じ込める夢をみた。
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20150323

***

僧侶と神主 

 今日も今日とて飲んでいた。殆ど鈍くて鈍い男の自覚を祝うような酒宴ではあったが。
「しかし本当に長くかかったねえ」
自覚に半年以上とは、と笑うのはにっかり青江である。半年以上、というとやはりこの気持ちは最初から恋情だったのだろうか、そして周りにはバレバレであったと。しんどい、ひたすらしんどい。穴があったら入りたい、そのまま埋まってしまいたい。
「で? なんで君は酒なんて飲んでいるんだい?」
「やっていられないからです…」
「自覚も済んだことだし、岩融に夜這いしに行かないのかい?」
「ぶっ飛びすぎなんですけど青江、なんで自覚の次に夜這いが来るんですか」
「だってもう、君の犯したい≠ニいう感情は正当な感情に肯定されただろう?」
何だか今すごいことを言われている気がする。別に恋情があるからと言って襲いかかって良いことにはならない。これだから仮にも神様は。
 そうもいかないでしょう、と空になった酒を置く。おかわりいるかい? と次郎太刀に聞かれて首を振った。明日も早い、そろそろやめておくべきだ。
「いろいろとあるんですよ…」
「いろいろ?」
にっかり青江が首を傾げる。
「ていうかまぁ、彼、刀とは言えああいう格好してるじゃないですか」
「ああいう格好?」
「僧侶」
「ああ…」
すごく納得した、という顔をされた。
「今休職中とは言え僕神主ですし。そんなありきたりなびーえるみたいな設定で手を出して良いものかと」
「あ、悩むところはそこなんだ?」
 今度は石切丸が首を傾げる。揃いも揃って何なんだ、と思う。一応ウン百歳とかのはずなのにそれが様になるからいけない。
「他に何処で悩むんですか」
「この流れだと宗教的に心苦しいとかかな」
「ああ…」
男は納得した、というように一つ頷いて顔をあげた。
「そもそも僕の時代の信仰というのは大分過去とは変わっていますし、………まあぶっちゃけて言えばそう強い信仰心を持った人間というのは少ないんですよね」
「へえ」
「そんな中で生きてきたので、正直そういう境界的なものはそんなに気にならないです。薄情ですけれども」
 そういうものなんだ、と言われてそういうものです、と返してさて、と立ち上がる。
「僕はそろそろ寝ますが、お前たちも遅くならないうちに寝てくださいね」
「はあい、言われなくても分かってるよ」
次郎太刀が快活に笑った。それに頷いて部屋を出る。
 月がきれいだった。この月を岩融にも見せたいと、そんなことを思った。



2015917

***

 積もった雪が眩しかった。庭は辺り一面の銀世界で、その中にも自然が息づいているのが分かって。実家の辺りとはまた違った光景に、息を吐いた。

花と歌 

 縁側に座って茶を飲んでいると、主、と声がする。振り返ると岩融が立っていた。どうやら今日の出撃は終わったらしい。
「今剣が中傷を負った故、手入れ部屋に行かせた」
「お疲れ様。悪いな、出迎えにも行かないで」
「先ほどまで眠っていたのだろう」
無理もない、と岩融は笑う。
 久々に今日は熱を出していた。別段身体が弱いという訳ではないが、此処が微妙な時空間である所為か寒暖差も激しいし、気を抜くとすぐに風邪をひくのだ。別に寒さに弱い訳ではない。生まれ育った場所は豪雪地帯なのだ、その中で飛び回って育ってきたのだ、そんな訳がない。しかし、どうにも急激な温度変化には弱いらしかった。
「寝ていなくて良いのか」
「ああ、熱は粗方引いたしな。ずっと寝ているのも落ち着かない」
縁側で茶を飲むくらいは許されても良いだろう、と返すと、身体が冷える前には部屋に戻れ、と返された。
 報告に来たのだろうが、と茶を啜る。岩融は一向に座る気配を見せなかった。ぼう、とその視線は庭に放られている。いつもの様子を鑑みるに、雪でも眺めているのだろうか。けれどもそれにしては妙に、憂いを帯びているようにも見えた。
 雪はまだ積もっている。何を憂うことがあるだろうか。しばらく見ていると、その口元が小さく動いた。
「今日は雪が降っていないから、六花を見られぬな…」
なるほど、と思う。
 どうやら彼は雪滑が思うよりもあの雪の花の存在が好きらしい。庭の雪は既に固まっていた。確かにこれでは見られない。なんとなく落ち着かない気分になりながら、こほん、と咳払いをする。
「それ、聞こうと思っていたんだが」
「何だ?」
「岩融は何故雪の、その…異称を知っているんだ?」
持っている端末で調べはしたが、彼の時代には既にその言葉が存在していたことくらいしか分からなかった。
 岩融というのは伝説に近い。
 既にその本体が喪われているものでも呼び出すことは可能ではあるが、そのすべてを知ることは出来ない。過去というのは書物や口伝のみで形成されていて、そこに心というのはあまり感じられない。未来を守るべく歴史を守る、そんな仕事をしている人間がこんなことを思うのは、きっと口に出せば心配させるだろうが―――なんていろいろ言ってはみたが、ただの言い訳である。結局のところ、ただ、岩融が六花≠ニ口にする度にいろいろと落ち着かないだけなのだ。そして、雪滑はその理由をまだ岩融に伝えられていない。言わねばならないことではないが、だからと言って黙っているのも違う気がする。
 なのでこの話を振って少し落ち着いてから、その話を切り出そうと思った。それだけだ。
「前の主がな、」
優しい声だな、と思った。岩融にとって彼は、今も大事な人間であるのだと、そういうことがよく分かる、声。
「破戒僧と言われているが、まぁそれでも、雅を理解する心というのは持っていてな。あれやこれやと彼の主と話しながら、よく歌を作っていたのだ」
それは意外だ、と思った。勿論創作もあるだろうが、その中の男は寺を追い出されたり塔を炎上させたり、乱暴な行動の方が目につく。
「それで、知っていた」
「…そう、なのか」
「…俺は、」
 優しい目がこちらを向いた。
「刀の時の記憶が、すべて明瞭という訳ではないが」
こんな表情(かお)も出来たのかと、そんなことを思う。
「俺についたあの小さな白い花の美しさを、忘れたことなどないのだ」
 その言葉に驚いたのやら気恥ずかしくなったやらで、結局その後の報告は殆ど頭に入って来なかった。勿論、最初に言おうとしていたことはすべて忘れた。



2015917

***

躊躇と敵 

 最早説明の必要もないかとは思うが酒を飲んでいる。
「手は出さないつもりかい?」
次郎太刀のそんな言葉にじろりと彼を見上げてから、はあ、と雪滑はため息を吐いた。
「だって仮にも育ててるようなものじゃないですか、もう子供のようなものじゃないですか、子供いたことないですけど」
向こうではそろそろ結婚でもして子供がいるくらいが普通≠ネのではあるが、末っ子なのもあるのか、あまり家族は早く結婚しろなどとは言わなかったし、特に雪滑自身も結婚したいと思うようなことは今までなかった。ので今までふらりふらりと、ここまで生きていたのだが。
「別に、最終的には君が決めること、だけれどね」
 見ていられない、というようににっかり青江が口を開く。
「誰かが彼を奪ってしまわないとは、限らないんだよ?」
「誰か…?」
誰か。雪滑はその言葉を繰り返す。そう、誰か、とにっかり青江が丁寧に返す。次郎太刀、太郎太刀、石切丸は二人のやりとりを、じっと見守っている。
「誰かって、歴史修正主義者、とか、です、か?」
「………は?」
三人分の声が、きれいに揃った。
「歴史修正主義者?」
「何故そうなったんでしょう…?」
「え、なんか話の振り方間違えたかな、僕」
「いやそんなことはないはずだけれど…」
ひそひそとした声は、当の本人には届かない。
「そう、ですよね。薙刀がいれば攻撃の幅だって広がるし、今までだって薙刀にはそこそこ苦労させられている訳だし…。敵方にいるのが、同じように岩融≠ゥら生まれたものとは断定は出来ないけれど、その可能性だってなきにしも…」
「いや、あの」
「少し、頭を冷やしてきます。それから寝ます。明日から…また、がんばらないと…」
「そ、そう…無理は、しないでね…」
にっかり青江の弁明も許されず、雪滑は立ち上がる。
 ふらふらと部屋を出て行くその後ろ姿を見て、
「賢いんだか、馬鹿なんだか」
次郎太刀は肩をすくめるしかなかった。



2015917

***




20170502 まとめ