今日も今日とて酒が必要だった。

酒と罪悪 

 酒は飲んでも飲まれるなとは、よく言ったものだが。それでもこの衝動をどうにか誤魔化すのに、酒というのは有効な手段だった。手放せない。このままアルコール依存症になりそうだな、なんてふわふわと漂う思考の隅で思ってから、そんなになるほど衝動の湧く日常など来るはずがない、と首を振った。来てたまるか。
「そろそろやめておかないと明日が辛いですよ」
そう言って横から酒を取り上げたのは太郎太刀である。
「うう、」
「最悪の場合は私たちで止めますから」
「おねがいします…」
 そんなやりとりにええーと口を尖らせたのは次郎太刀だ。その向こうではにっかり青江と石切丸が笑っている。いつもの光景。
「酒の勢い借りて行っちゃえば良いのに」
「いやですよ…。それに、お酒飲んでるのは行動力ゼロになるからっていうのもあるんですからね」
別に、酒に弱い訳ではない、と思う。しかしながらざるやらわくやらという訳でもないため、飲んだら飲んだ分だけの酔いというものはついてまわる。
「こうしていれば…うっかり襲ったりなんていう…そんなことは起きないんです………」
その場から動くのがめんどくさくなる、この場合においてはひどく役立つ自分の体質に、ここまで感謝の念を捧げたことはない。
 それを眺めていた次郎太刀が、ねえ、と声を上げた。
「前から思ってたんだけどさ。人間にとって劣情を抱くのって普通のことだろう?」
なんでそんなに駄目なことみたいに? と首を次郎太刀は首を傾げる。その純粋な疑問の形に応えるように、上げた目線は思ったよりもじっとりとしたものになった。
「だって、まず最初に思ったのか犯したい≠ネんですよ…」
わぁお、と楽しそうな声を上げたのはどうせにっかり青江だろう。彼は存外この辺りのうだうだを楽しんでいる。わりと面白いものが好きなんだよね、とは言っていたが自分がそのネタにされていると思うと微妙な顔にならざるを得ない。この酒宴に巻き込まれた切欠もにっかり青江だった。まぁ、今では抱え込んでいれば煮詰まりそうな感情を、上手く吐き出されてくれるので感謝してなくもないけれど。
「いい年の大人がですよ、突如天啓でもふってきたかのように犯したい≠チてなんですか。犯罪者予備軍ですか」
 もう四十手前なのに、と付け足してからまた机へと沈み込む。
「僕仮にも神職なのに神様に顔向け出来ないんですけど」
「だから最近朝のおまいりの時にやたら挙動不審なのかい?」
くすくす笑う石切丸の声に、そうですよお、と答えながら、意識が沈みかかるのを感じた。眠い。
「ああ、ほら、雪滑サン。寝るなら部屋行かないと」
「うう…」
「自分で飲んだんだから自分で歩きなよー?」
「はい…」
重たい意識を引き上げて、立ち上がる。このまま部屋についたらすぐに布団に倒れ込むだろう。出掛けに布団を敷いてきて良かった、と思った。
「お前たちもそろそろお開きにしてくださいね」
「はは、アタシたちは大丈夫よ。人間じゃないもの」
「それはそうですけど…」
「ほら付き添ってあげるから歩いて」
「ありがとうございます、青江」
まだまだ酒宴を続けるらしい彼らに苦笑を零しつつ、部屋を出る。
 廊下は静かで少し寒かったけれど、まるでそれは平和の具象のようで少し笑えた。



20150226

***

 主は俺に比べると小さいなあ、と、軽く言ってしまってから気を損ねはしないかと不安になった。
 岩融が何処だか良く分からないところから呼ばれ、初めて目というものを開けたその日。お前を召喚したと名乗った審神者の男は、そう大柄な方ではなかった。岩融に比べたら大抵の人間は小さいものではあるが、その人間の中でも決して大きな方だとは言えないだろうな、と思った。太刀、大太刀連中はともかく、打刀や脇差に紛れてしまうくらいの背。
「そうだな」
返って来た声に怒気を感じなくて、岩融はひっそりと胸を撫で下ろした。

大と小 

 この城を管理する審神者は元々が無口であるのか、出撃前の簡単な作戦会議以外では刀剣たちと話しているところもあまり見かけない。見かけたとしても、近侍(此処では持ち回りらしい)を務めている者たちとの場面ばかりだった。他の刀剣たちに聞いてみても、あの男は最初からああなのだと返って来るばかり。均一に、というのが苦手らしいがそれでも意見を言えば聞いてくれるし、苦手なりにも面子を入れ替え全体の練度を上げようと努力はしているし、過度な労働をさせる訳でもないから、と。
 そんなゆるいもので良いのか、と最初こそ思ったが、事実それで此処は回っているのだし、そういう人間もいるかと岩融も積極的に話しかけることをしなかった。練度を上げるために一軍に時折入るようになってから、やっとのことで彼がすらすらと喋れることを知ったくらいだ。
「小さい人間は嫌いか?」
岩融が黙っていると、ゆるりと男は首を傾げた。こんなふうに話を続けに来るのは珍しいな、と思う。別に無視をしたり会話を打ち切ったりするところは見たことはないが、必要事項以外を話すという印象もなかった。
「…いや、」
首を振る。
「人間なんて、皆俺より小さいものだからな」
 前の主に比べたら、と思う。どの人間も、岩融を使うには大きさが足りない。だからこそ、岩融の人としての身はこんなにも大きいのだろうけれど。
「俺は人間のことがそう嫌いではないぞ」
そう言ってからにっと笑えば、なんだか大きな話になったな、と男も微かに笑う。
 この笑みの分かりにくい男のことも、岩融はあまり嫌いではないと思った。



20150226

***

芳香と衝動 

 考え事をしながら廊下を歩いていたのが悪いとでも言うのか。
「おっと」
躓いた。
 ぼふん、と額辺りに衝撃。かたい。かたいが鉄だとかコンクリートだとかのかたさではなく、そもそもそんなものがこの微妙な時空間に存在している訳がないのだが―――木のかたさとも違う。というか、結構盛大に転けたはずなのに、そんなに痛くない。そういえば、誰かの声が聞こえた気がする。誰かというか、とても、良く、知っている。
「大丈夫か? 主」
ゆるゆると首に力を入れる。
 油をさすのを忘れたブリキの人形のような調子で顔を上げれば、予想通りの顔がそこにあった。
「…岩融」
認めた瞬間、身体中に充満する香り、かおり、かほり。駆け巡る衝動などないように、いつもの顔を作って体勢を立て直す。
「すまない」
「なんてことはない。しかし、主はもう少し食べるべきではないか? 人の身であることを考えても少し軽いように思える」
「…考えておく」
ではまた夕餉に、と去っていくのを見送った。
 そうして、その背中が角を曲がって見えなくなったところで、ばっとしゃがみ込む。
「………トイレ行きたい」
四十手前。青臭い若造のようなことをする羽目になるとは、思ってもいなかった。



20150226

***

 冬の匂いに、もう少ししたら雪が降るなと呟いた。独り言だったがそう小さな呟きだった訳ではなく、近くに刀剣男士も数名いたから拾われたのだろう。その話はまだ雪を見たことのない彼らの中で瞬く間に広がって、城中が雪を待つように冬曇りを見上げるようになっていた。

冬と道 

 呟きを溢したことを後悔したのは、その大きな身体にぶつかられた時のことだった。例にもれず雪はまだかと上を向いて歩いていた岩融。まぁこちらも書類を読みながら歩いていたのだからひとのことは言えないが、別に、岩融と接触するのが嫌な訳ではないけれど、折角抑えた諸々が爆発しそうになることを考えるとそうも言っていられない。もういっそ、本人にこう思っているから気を付けろと言った方が得策なのではないかとさえ思い始めてきた。話が逸れた。
「おお、すまん!  雪を待っていたら主が見えなかったのだ」
にこぉっ! とまるで邪な心の見えない笑顔を向けられてしまうと、文句を言う気にもなれない。
「…前を向いて歩けよ」
「そうだな。しかし…雪というのが楽しみでな」
 刀であった時分に見た記憶はあるが、人の身を得た今ではまた違うだろうと。彼の言い分にそれもそうだな、と頷くしかない。雪滑にだって、幼い頃は雪ではしゃいだ記憶はある。大人になるにつれてその他掃除の重責や事故の危険性に、そのわくわくは消えていったものだが。つい二百年前までは手作業での雪除去もありえたらしいことを考えると、すべて機械がやってくれる実家は歴史的に考えれば恵まれた方なのだと思う。思うがやはり面倒なものは面倒だ。機械の操作とか。
「主は雪を見たことがあるか?」
「ああ、あるよ」
「どんなだ?」
どんな。
 ざっくりとした言葉に首を捻る。
「白くて…冷たくて…」
それくらいは岩融も知っているだろう。きっと、今彼が求めているのは、そういうことじゃなくて。
 思い出す、幼少期。
「…ずっと、どこまでも光を反射して光っているから、果てなんてないように、見えたな」
白の世界はきらきらとしていて、まるで世界が洗われたようなそんな印象を抱いたのを覚えている。
「…どこまでも、か」
「ああ、どこまでも」
「主は、」
岩融はそこで一度、言葉を区切った。言葉を探しているというよりは迷っているような間で、ただ、心が決まるのを待ってやる。
「…主は、その世界に飛び込んで、どこまでも行こうと、そんなことを思ったのか?」
 こんな、声を。岩融も出すのだな、と少し瞠目した。不安に揺れる、とまではいかないが、いつもの声よりもずっと細い声。
「…いや」
少し考えて首を振ったのは、別にその声を気にかけた訳ではない。
「僕は一人で行動することが多かったし、小さい頃から妙に慎重派だったから。思わなかったな」
「そうか」
岩融が頷く。相槌はもう細くはない。
「でも、次の雪を見たら思うかもしれない」
「童心に返るというやつか?」
「そうだな」
笑みが零れる。
「けど、一人ではな。そんな無謀なことは、一人では出来ないだろう」
「それもそうだな」
岩融も笑って、それから手を取った。
「もしそんな無謀な子供が帰ってきたら…呼べ。もう一人の無謀な子供がはせ参じようぞ」
「それは心強いな」
 冬曇りを見上げる。雪の気配はまた、一段と濃くなっていた。



どこまでも行くよ
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20150308

***

宣戦布告と蝿 

 ざわざわと、胸の辺りが五月蝿い気がしていた。何度も何度も繰り返されるのは太郎太刀の言葉。
―――戴いても、よろしいですね?
 ぴたりと合わされた瞳はいつものように静かで、冗談などを言っているようには思えなかった。ならば、本気、だろうか。彼は、本気で、主である男のことを―――そこまで考えて首を振る。もしそうだとしても、岩融には関係のないことのはずだった。例え宣戦布告のような真似をされたのだとしても、岩融自身はあの男のことを主∴ネ上には思っていないのだから。そうだ、きっとそうなのだ。あの妙にとっつきにくい男の、ひどく薄い笑みをみて喜びを感じたことも、それが自分にも向けられるようになって嬉しかったことも、彼の名を美しいと感じることも、何度も呼びたいと願うことも、周りに助力を求めるのが下手なところを支えたいと思うのも、触れられて―――もっと、と思うことも。すべて、彼が岩融の主だからだ。
 そう、思うのに。
 ざわざわと、胸の辺りの五月蝿さは収まらない気がしていた。太郎太刀の静かな黒い瞳が、僅かずつではあるが、岩融を乱して行った。



乱す、瞳、僅かに
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20150308

***

 一週間も経たない内に。
 流石にため息を吐いた。

怪我と悪戯 

 岩融が初めて真剣発動をしてその素晴らしい筋肉を自慢するかのようにみせつけて来て、こちらがあわや、という事件から一週間も経っていなかった。いつものようにカンカン、と鐘がなってよっこらしょ、と腰を上げて、帰還した部隊を迎えに行ってまさかため息を吐く羽目になるとは思わなかった。しかも夜中の出撃で手伝い妖精は眠っているから、出来るだけ軽傷撤退にしろと出撃前に言い含めたはずだったが。今剣がむっすりしているのも仕方ないだろう。自分の言うことを何故聞かないのかと拗ねたくもなる。
 そんな今剣の頭を撫ぜて、他の面子にも労いの言葉を掛けて、そうしてもう一度ため息を吐いて岩融を手入れ部屋へと連れて行く。
 いつでも妖精が起きている訳ではない。審神者になった時に一通り手入れの仕方は教わっているし、今までも何度か自ら手入れを、ということはしてはいるが、やはり本職に任せた方が良いからと何度も何度も言ったはずだったが。まぁあまり言うとそもそも夜間出撃を命じた自分の責任になると思うので、これ以上は言わないけれど。
 別に、今すぐ治療しなければいけないということもないのではあるが、見てしまった以上このまま朝まで放っておくのもしのびなかった。

 しみるぞ、と前置きをしてきれいな水で傷口を洗っていく。消毒液の容器に入ったそれは消毒液ではなく、霊験あらたか水だ。実家のツテで持ってきたものだったが、手入れの際に役立つことが分かってからは使っている。審神者が直々に手入れをするということは、直接霊力(呼び方は恐らくたくさんあるだろうがとりあえず霊力)を注ぎ込むということだ。個人差はあるが、雪滑はそういう霊力を注ぎ込む行為が苦手だった。自分でやる時にこの傷口を洗う動作をしないと、本体は治っても身体の方が治らないということが起きたりするのだ。めんどくさい。ちなみに上手い人であれば腹パンでも注入が出来るらしい。羨ましい。とは言え読み取りと術という得意分野もあるので隣の芝かもしれない。これは審神者になる前の研修で分かった。成績表が見事なほどの偏りようだったのはいい思い出だ。
 宣言通りしみたのか、岩融は変な顔をしていた。あれだけ強そうに見える彼も、こうして傷に冷水がしみることに微妙な表情を呈すのかと思うと少し、気が紛れた。必死で冷静な表情を保っているものの、正直目の毒だった。審神者直々の手入れなんて普通は手伝い札を使った状態とほぼ同じなのに、注入が苦手な所為で手順を踏まなくてはならない。
「ん」
傷口を洗い終わって手を出すと、その手に薙刀が乗せられる。
 これが、岩融の本体。
 顕現している以上この世のものに影響を受ける訳で、その肉の身体はこうして怪我の様子を映してみせるけれど、この本体が傷付かない限り本来、その存在自体には何の影響もないのだ。しかし、今回此処まで傷だらけであるのを鑑みると、と光にかざして見ると、予想通りその刃もぼろぼろだった。この短時間でどうやったらここまでずたぼろに出来るのかと問いただしたいくらいである。もしかして、夜戦が苦手なのだろうか。
 機械に本体をセットし、必要と判断した資材を入れていく。必要資材の量も触れれば分かるのだから、読み取りが得意で良かったと思う。手入れをするのに失敗なんてやっていられない。少しでも力の通りを良くするため、冷却水は霊水で代用した。
「はじめるぞ」
「頼む」
本当ならば人の身の方も霊水に漬からせておきたいところだが、そんな無駄遣いは出来ないので我慢である。
 手を翳して手入れを始める。暗い部屋の中でぼう、と機械だけが光っていた。ゆっくり力を注ぎ込みながら、本体の方に触れたりして状態を確かめる。岩融は落ち着かないというように、もぞり、と身体を揺らせた。
「…ん、主。もう少し、その………豪快には出来ないか?」
 瞬間、かっと目が開いたのだと思う。岩融が今度は肩を揺らせた。
「何言ってるんだ。壊れかけておいてもっと強くとか馬鹿なのか」
それでなくても苦手な分野で神経を使っているというのに。ぶちぶち続けた言葉はちゃんと聞こえたかは分からないが、暗がりからすまぬ、と力ない返事が投げられた。
「四十手前のおっさんをこんな夜中に働かせるなよ」
「それは、主が出撃の命を下したからではないのか…?」
「なんか言ったか」
「なにも」
 沈黙。このまま黙ってくれればこちらも集中しやすいのにな、と思う。別に、岩融と喋るのが嫌だなんてことはないが、こんな暗い中で二人きり、しかも大分肌が見えている状態で、更には深夜で他は寝静まっている、なんて。お誂え向き過ぎて、頼むから今は黙って気配を消しててくれと願うばかりだ。
「…主は、若く見えるな」
「あ?」
どうやら話題転換を図るつもりらしい。そんなに黙っているのが嫌なのだろうか。
「いや、今四十手前と言っただろう。人間の年齢にそう詳しい訳ではないが、そのような歳には見えなくてな…」
「ああ、僕の時代では老いというのは強力な感染症として扱われているからな」
予防接種があってそれで幾らか抑止出来る、と呟くと同時に加減を間違えて、力が一気に流し込んでしまった。うわっと声が上がる。悪いことをしたな、と思う反面なんだか妙にその声が耳に残った。
 何だか。
「ん…ッ、あ、主…」
「…悪い。苦手なんだ、これ」
「そ、そうか…ならば、仕方あるまい」
妙に。
 もしかして、と脳裏に浮かんだ仮説をものすごい勢いで打ち払う。もう少しで手入れは終わるのだ。心頭滅却。
「…も、もう少しだから」
「ァ、ああ」
もしかして、本体に触れたり霊力を注入したりすると、人の身の方へと感覚が現れるのか、なんて。
「終わった!」
「お、おお! 終わったか! 礼を言う!」
「さ、審神者だからな!! これくらい!!」
普段の自分とキャラが大分変わっていることで、動揺の具合を察して欲しい。
 そっと本体を機械から外して、岩融へと渡す。
「…もっと、自分を大事にしろ」
「………努力しよう」
「よし。寝ろ!!」
「ああ! 寝る!!」
 その後何処へ走っていったかなんて言わせないで欲しい。



20150308

***

観察と答案 

 次郎太刀は縁側に座ってぼんやりと畑を眺めていた。いや、正確には畑ではない。畑で動く、小さな二つの影を、眺めていた。
 この城には内番制度というものがある。馬当番、畑当番、手合わせの順で毎日当番を変えて回しているのだ。他にも料理当番、掃除当番、洗濯当番がある。先の三つは元々政府からのお達しだったらしいが、内番は仲間同士分かり合う機会も提供してくれるので、決して悪いものではなかったと次郎太刀はそう思っている。まぁ、時折仲の悪い者同士が一緒になってすったもんだ、ということもあるにはあるが。
 今日の畑当番は岩融と一期一振だった。しかし、一期一振は朝一番の出撃で重傷を負ってしまったため、今は手入れ部屋で休んでいる。その穴を埋めようと手を上げたのは、この城の主である審神者の男だった。基本ぼんやりしているように見えるこの男は、あまり刀剣たちと積極的に関わることはせず、一軍として出撃する前の作戦会議でないと喋っているのを見ることが出来ない、なんて様子だったのだが。
 最近ではその最初の頃の印象は思い出そうとしなければ思い出せない。にっかり青江が担いで連れて来た時はそりゃあ驚いたが、それが切欠でその男の人間らしさに触れられたし、前よりも喋るようになったと思うので良しとする。
 芋が取れたのだろう。掲げる男に、岩融も負けじと掲げる。何を子供みたいな、とは思うが、いつも酒を飲んで衝動を紛らわしたがる男を見ている身としては、こういう健全な触れ合いももっと増えて欲しいのが本音である。健全な触れ合いでも不健全そうな方向に持って行きかねない男のことは、ひとまず置いておいて。
 自分の思考に次郎太刀がふっと笑ったところで、畑の男が突然姿を消した。数秒置いてよろよろと立ち上がるのを見ると、どうやら転んだらしい。ああ、あすこの土は柔らかいから足を取られるんだよねえ、と自分が畑当番になった時のことを思い出す。打刀に混じる程度の背しかなく、彼らほどに力もない男となれば、あすこは歩きづらいだろう。
 そう思っている間にももう一度男は次郎太刀の視界から消えた。いくら汚れても良い作業着で内番に臨んでいるとは言え、あれではどろどろだろう。洗濯当番は誰だったろうか、きっとあれでは怒られるだろう。
 岩融はと言えば二度目転んでから起き上がらない男へと近付き、ひょい、と持ち上げていた。自分の時代では筋肉質な方だと平均以上だと自称する男だが、刀剣男士と比べたらなんというか、お粗末な身体である。多分短刀の方が筋肉がついている。未来の人間はあれよりもひょろいのだろうか。ひどく心配になる。とまぁ、そういう訳なので岩融にしたら軽いものだろう。次郎太刀もそういう心配はしていない。しかしながら予想通り、男にとっては重大問題だったようで今すぐ下ろせと喚いているようだった。
 男は、岩融と接触することに過敏になっている。
 それは男が岩融に対して劣情を抱いているからではあるのだが、さて。ただ好き放題したいだけの相手に、そこまで過敏になることがあるだろうか。言葉は違えどうっかりそんなことにでもなれば抱き潰してしまいそうだなどと、言うだろうか。
 あれは。
「あれは、もう、完全に恋に見えるけどねえ…」
本人がまだいろいろと悩んでいるのなら、次郎太刀に出来るのはその話を聞き、求められた言葉を言うことくらいだ。本人に変わって決断を下すのは、違う。
 一人で首を振って、もう一度畑に目を向ける。そこでは赤子のように男を持ち上げた岩融がくるくると回っていた。その微笑ましさに次郎太刀が笑みを漏らしたら、二人一緒に畑へ転んだ。



20150308

***

畑と力不足 

 農場に仮にも戦士を放るというのもなぁ、とそのマニュアルを見た時は思ったものだが。まぁマニュアルはマニュアルでしかないので、最悪自分一人がやっても、と思っていた。彼らは刀剣で、一応は神の名を冠するもので(たとえ実情が妖ものの類だとしても)、やはり畑仕事を任せるなんてちょっと、なんて思っていたのだ。そもそも田舎育ちの雪滑は実家に畑があったし、その手伝いもしていたから、そこそこ体力に自信はあったのだし。
 しかし、まぁ。
 腰に手をあてて戦士たちが働くのを見遣る。
「別に僕は怠惰の権化って訳じゃあないんだけどな…」
まじないが掛けられているその辺りの、植物や動物の成長速度を見る度に任せられるものがいて良かったとそう思うのだ。



戦士、農場、怠惰の
ライトレ



20150308

***

助言と間食 

 書類仕事が一段落つき、気分転換に何かつまもうと台所へ向かっている時のことだった。外の空気もついでに吸いたいと、縁側を通ったら外の様子が見えた。紫色をしたその背中に、朝見た内番の表を思い出す。そういえば、今日は畑仕事だったな、と足を止めた。寒くはないのだろうか。もう雪が降ろうかという季節だと言うのに、刀剣たちは大抵が薄着で見ているこちらが心配になる。
 畑は、遠くだ。遠ければ触れたり香りを感じたりと、そういうことはない。ただ穏やかな気持ちで彼を眺めていられる。
 しかし、その束の間の平穏はあっけなく破られた。
「今日も岩融の観察かい?」
突然背後から掛けられた声に、心臓が止まりそうなほど驚く。
「ッ、青江…」
「そんなに驚かなくても」
「驚きますよ…貴方たちの気配は読みづらいんですから」
「岩融に集中しすぎて気付かなかっただけじゃあないのかい?」
向けられた笑みはひどく上品で、面白いものは割合好きなんだよね、肴があった方が酒は美味しいよね、と人を俵のように担いで誘拐したものと同一とは思えなかった。
「…べつに、そういう訳じゃないです。ふと目に入ったので」
「見つめていた、と」
「違いますってば。寒そうだなと思っていただけです」
 少し怒ったような声を出してみせても、彼は微笑むだけだった。それが何だか見透かされているようで、落ち着かない。
「………そんなに僕は、彼を見ているのでしょうか」
「今更何を言ってるんだい? それとも本気で自覚がないのかい?」
ぽつり、こぼれ出た疑問はばっさりと斬られた。流石にっかり青江。伊達に幽霊灯籠まで斬ったという逸話持ちではない。
「どう、すべきなんでしょう」
「そうだねえ、君より長くは生きているけれど、僕は刀剣だからね」
 人間歴の方は君の方が先輩だろう、とそう言われれば確かに、と思ってしまう。人の身を持ち、心を持ち。そうして同じ場所に立てば分からなくなっていくその事実は、こうして彼らから提示されなければ忘れてしまう。
「まぁそれでも僕を頼ってくれるというのなら、そうだね、助言くらいはしてあげよう」
そうしてそっと、にっかり青江は両手を持ち上げた。親指と人差し指で作った輪に、もう片方の人差し指を通す。
「本能に従え」
思わず苦い顔になった。雪滑とてこの意味は知っている。誰だにっかり青江にこんな手振りを教えたのは。
「なんてね」
「…今の、冗談だったんです?」
「いや? 結構本気だったけど。こうでも言わないと君、ずっと此処で固まっているつもりだろう? おやつ食べに出て来たんじゃないのかい」
「そうですけど…」
「じゃあほら、行こう。今日は遠征組が美味しいおまんじゅうを買ってくるって、意気込んでいたからね」
 石切丸が太鼓判押していたから、期待出来るよ。背中を軽く押されて歩き出す。
「………本能、か」
「なんだい、覚悟が決まったのかい? 今夜にでも決行する? それなら僕、野次馬に行っても良いかな」
「決まってないですし決まるようなものではないですし決行しませんし、野次馬には来るな」
「はは、残念」
まったく、何処まで本気なのやら。一度小さくため息を吐いてから、頭をまんじゅうへと切り替えた。



本能に従え
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20150308

***

花と名前 

 今日も今日とて雪である。
 去年、この城にやってきた時も冬ではあったが、雪の時期はもう過ぎていたらしく、此処で雪を見るのは雪滑も初めてのことである。とは言え、実家のある辺りは雪が降るので、そう珍しい光景でもないのだが。
「主よ!」
刀剣たちにとっては違うらしい。
「今日も雪だ!」
 人の身を得て初めての雪だからかはしゃいでいる者が多い。
「六花は美しいな!」
岩融もまた、例外ではなかった。
 この間のように冷たくなった手で、何度も何度も雪の花を見せに来る。その様子が可愛らしくてつい、どうして雪の花の異名を知っていたのか、伝えるタイミングを逃していた。もし言ったら、彼はもう雪の花を、六花と呼ぶことはしなくなってしまうのではないか。そう思ったら、岩融の言葉に相槌を打つしか出来なかった。
 しかし、黙っているのもなんとなく心苦しい。どうしたものかと庭を駆け回る様子を眺めていたら、次郎太刀が通りがかった。
「今日もはしゃいでるねえ」
「ええ、楽しいようです」
「おお! 次郎太刀か! 見よ! 六花は美しいだろう!!」
ぴしり、と自分の身体が固まったのが分かった。
 また花を捕まえられたのだろう、駆け戻ってきた岩融が手を伸ばす。次郎太刀にも見せるのだろう。彼は頭が良い。だから、その手のひらに乗った小さな花を見れば、この妙なやりとりの意味をしっかりと汲み取って、そうして無駄なことは言わないでいてくれるだろう。黙っているのは心苦しいとは言ったが、それを他人に指摘されるというのはまた、違った意味でまずい。
 けれども、天は雪滑に味方しなかった。
「アンタたち付き合い始めたのかい?」
手のひらの花を認識する前に、次郎太刀が首を傾げる。
「付き合うとは…恋仲になるという意味の付き合うか?」
「そうだよ」
「主と、か?」
「そうだよ」
子供との問答のようなやりとりを前に、緊張した身体がじっと動きを潜めている。今岩融が主と言った時点で次郎太刀ならば分かってくれる―――はずだが、さて。
「いや、そんなことはないが…何故?」
僅かに傾げられた首。可愛らしいな、なんて思う余裕はもっと他の時に出て来て欲しい。
「だって、」
「まってく―――むぐっ」
 言いかけた口が塞がれる。太郎太刀だ。何処から出て来たのだろう、こんな大きななりをしているのに刀であるからか、彼らの気配を感じることは難しい。言葉がだめなら、と手を伸ばす。が、それも太郎太刀に防がれた。そのまま持ち上げられてしまえば、何をすることも叶わない。じたばたと足を暴れさせてみるが、何にもならないようだった。大太刀つよい。
 すぐ横でそんな不審な動きをしているにも関わらず、次郎太刀と岩融はただ向き合っている。静かだ。そうして、次郎太刀のよく響く声で悪事は暴かれる。
「雪滑サンの名前は六花だろう?」



20150308

***




20170502 まとめ