視線と責任 今日も、目が追う。 隣にいくことは、特に不審がられる要素もないものだろうけれど。それでもそれをしないのは、自分の中に渦巻くどんよりとしたお世辞にも褒められたものではないものの存在に、気付いているからだろうか。 穴の開くほど、ときっとその表現に間違いはないだろう。曝け出された項をじっと見つめる目のことに、気付いていないのは本人だけではないだろうか。時折、彼を囲む短刀たちがそっとこちらを伺っているのも分かってはいるが、それでも視線が吸い寄せられてしまうのだから仕方ない。唯一の救いは、ただ見ているだけに留まっていることだろうか。これに色でものっていたら、と思うともう資材倉庫に立てこもるしかない。短刀たちの教育に悪すぎる。まぁどうせ人間とは全く比べ物にならない歳をしているのだろうけれど。 わいわいと、今日も短刀たちに囲まれている姿を見ると、こうも歳をとっている自分が恨めしくなる。子供であったらあの場に混じれただろうか、いや、子供であったら審神者としての才を見出されたとしても、親が渋ったかもしれない。事実、時折実家から届くメールには遠くの親戚は政府の要請を断ったらしいと書かれていた。大家族の末っ子という立場で、それなりに甘やかされて大事にされてきた自覚はある。この歳で良かった、そう思ってもやはり、飛び込んでいく勇気はわかなかった。 飛び込んで行かずとも、と思う部分もある。歩み寄るだけで、と思う。その香りを吸い込んで、それだけできっと満たされるだろう。それをしないのは、その先が欲しくなることが怖いからかもしれなかった。 項をこれでもかというほど見つめている今でもいっぱいいっぱいなのに、 香りなんて知ってしまったら。 その項に、首筋に、耳に、唇に。触れたくなるに決まっている。どんな反応をするだろう、今だってそう考えないことはないのに、そうして一人、自己嫌悪に浸ることも多いのに、その欲求に火をつけるような真似は避けるべきだ。まだまだ今は戦の最中で、自分の時代へと逃げ帰ることは出来ないのだから。 それに、と思う。 自分の逃げ場のこともそうだが、ただ少し才能のあった人間を主として認め、忠誠を誓ってくれている彼の信頼を、裏切ってしまったら。 「岩融」 小さく呼んだはずなのに、その頭は振り返るのだ。 「呼んだか? 主」 笑う頬に、ぐっと耐えてなんでもない、と返す。 逃げることは許されない、そういう訳ではないけれど。二二〇五年、政府によって才を見出された、正しい過去を守り正しい未来へ導く任を背負った、審神者としての宿命である。 * 20150218 *** 雪と茶 雪が降っていた。元が刀である岩融には寒暖差というものはあまりよく分からないのだが、雪が降っているということは寒いのだろう。主であるこの男は雪の花を眺めるのが好きであるが、人間というものは存外弱い生き物だ。あまり寒さに晒しておくのはいい顔をされない (特に次郎太刀に)。 しかしこの人間はどうもぼんやりしているからか、それとも雪の花が好きであるからか、どちらかは分からなかったが、自分から寒いということは殆どない。 「主、」 だから、 「寒いな」 こちらから言ってやる必要がある。 雪舞う中で絡んだ視線は 一瞬でやわいものとなり、そのまま笑みを差し伸べられた。 「そうだな」 中へ入ろう、と方向転換をした背中に駆け寄る。 「付き合わせてすまなかった」 「大丈夫だ」 「中へ入ったら熱い茶をいれよう」 「おお、有難い」 きっと、岩融の不慣れな気配りなど、とうの昔にばれていた。 * 岩融が雪滑さんに寒いね、と言うと温かいお茶を淹れてくれました。 https://shindanmaker.com/405783 * 20150218 *** 肴と招待 ぼう、と廊下に突っ立っている男の視線が遠くなっているのに気付いて、にっかり青江は気配を消してそれに近付いた。 「雪滑くん」 驚いたのだろう、びくっと肩を跳ねさせてから、ああなんだ、青江ですか、と胸を撫で下ろす。時々不思議に思うのだが、彼の敬語の基準はどうなっているのだろう。種類によって使い分けている訳でも、見た目の年齢によって使い分けている訳でもなさそうだ。更に言うのならばその依代である刀の古さでもないようである。鶴丸国永には普通に話しかけるが、和泉守兼定に対しては敬語を使っているのをにっかり青江は知っている。 「何を見ていたんだい?」 庭先では、刀剣たちが人の身を楽しむかのように駆け回っていた。秋の盛り。中庭に植えられた木々が競い合うように色をつけている。 「今剣かな?」 「…ああ、そうです。出撃の際にはとても頼りがいのある子ですが、こうして見るとただの人間の子供のようで」 彼の近侍でもある刀剣の名を呟いてみれば、思ったよりも長い返事が返って来た。おや、と思う。はて、この人間はそんなによく喋る男だっただろうか。 審神者であるこの男の手元に下ってから一つの季節を過ごしたが、そう喋る方である印象はなかった。近侍の今剣や初期刀だったらしい加州清光とは時折話している姿を見かけるが、それも必要最低限といった様子だった。それでも不満が出ていないのであるから、別段困っていないだろうと思って、気にしていなかったが。 今もつい一人の名を呟いてはみたが、日常のあれそれを見るに全体をぼんやりと、と言った回答の方がしっくり来る気がする。ならば、何故、彼は頷いたのだろう。もしかして、本当に誰か一人を見つめていた? こちらの質問に動揺して、そのまま頷いてしまったのだとしたら。 もう一度男に目を向ける。またその目は遠くなっている。今剣、ではない。もっと高いところだ。そうなれば短刀たちは除外されるし、一軍面子で彼と良く接するであろう蛍丸も除外だろう。鶴丸国永かとも思ったが視線は彼の頭を通りすぎているようにも見える。では三日月宗近、とも思ったがやはり鶴丸国永同様、視線は更に高いところにある。 そんな、視線を。受けられるのは。 「岩融、かな?」 男は、答えない。じっと観察していなければ分からない程度に、ひくり、と頬が引きつって見えた。分かりづらかったが、肯定だろう。 「彼がどうかした?」 「何のことです?」 「君が熱心に見つめているから」 「…いえ、見つめてなど」 「残念。否定をするには少し遅かったね」 名前のようににっかりと笑ってみせると、男は落ち着かなそうに目玉を動かした。尤もらしい理由でも探しているのだろうか、そう思ったら急にこの男も人間なのだ、と思えた。今までだって分かってはいたが、実感として湧いてきた、そんな心地。 隠したい、感情なのだろうか。 「好きなのかい?」 「嫌いではないと思いますよ」 「ああ、もしかして抱かれたい、とか」 「………いや、そんなことは」 少し間が開いたものの、どうやら嘘はなさそうだ。ふむ、とにっかり青江は頷く。 「では、抱きたい=H」 今度こそ、わかりやすく肩が揺れた。それを見たにっかり青江ははああ、へええ、と楽しそうに呟きながら男を眺める。 「そ、そんなことはないデスヨ?」 「そうなのかい?」 「そ、ソウデス」 「の割りには声が裏返っているように聞こえるけれど?」 「そ、そんなワケ?」 「本当かな?」 「ほ、本当デス…」 こちらの問いかけに答える形であっても、こうも男が喋るのは珍しい。 元来無口なのであろうこの男は、こうして審神者として刀剣たちを管理しているものの、どうにもその距離が縮まっている心地はしなかった。此処にいる刀剣の中には前の主との思い出を引きずっているものも少なくないため、彼の付かず離れずのその態度は、大して問題として提起されてはいなかった。別に、刀剣たちを蔑ろにしている訳でもないし、過度な労働を強いている訳でもない。ならば距離の取り方くらい、好きにさせてもよかろうと、仮にも神の名を冠するものたちは思っていたようだ。 勿論、にっかり青江も同じような立場だった。だったが、これは。なかなかに面白そうな物件だ。このまま放置しておく手はない。 「毎晩、太郎太刀、次郎太刀、石切丸、僕で酒を飲んでいてね」 「知っていますが…って、毎晩?」 「それに君も招待しよう」 「ちょっと待って毎晩?」 「少し早いけれど、今日はもう始めてしまおう。さあ、そうと決まったら彼らを呼びに行くよ」 「ま、ちょ、待っ―――」 うだうだと煩い口を塞いで持ち上げた。こちとら毎日鍛えている身である。筋肉だるまならいざしらず、こんな少食でもやしのような人間の俵担ぎくらい、どうってことはない。 はなうたでも歌いそうな様子で歩き出す。夕餉は運んできてもらうようにあとで頼もう。こんな早くから酒盛りをする口実はただ一つだ。 「みんな、良い肴が手に入ったよ」 担がれた俵が青くなったのは、気のせいである。 * 20150218 *** 怪我と特権 傷だらけだ、と思っているからか。手当て道具を握る手に力がこもる。壊してしまわないか、そんなことを思ってから人間用に作られた訳ではないのだから壊れる訳がないと、そんなことも思った。表情もかたくなっていることだろう。珍しく不安げな―――怯えていると言っても過言ではない表情を、岩融は湛えていた。 こんなになるまで、そう思うと言葉をかけ、安心させてやろうなんて気持ちも失せる。仄暗い、と言われてもそうだとしか言えない。子供の八つ当たりだ、そう言われたら少し迷ってから頷くだろう。そうだとしても、このぐらぐらわく怒りのようなものに背を向けられるほど、雪滑の人間は出来ていない。 「ッ」 消毒液が沁みたらしい。が、それも気にせず続ける。 「…主、」 「手当て中だ。黙っていろ」 「すまなかった」 「だから黙っていろと言った」 ガーゼを取り出して丁寧にはると、これで治療は終わりだとばかりに患部をびたん、と叩いてやった。悲鳴めいた声があがるがこれもまた気にしない。 「なにが」 ここで漸く、先ほどの謝罪への返答を投げた。岩融の方もすぐに気付いたらしい。 「…怪我をしたことだ」 「何故謝る」 「以前怪我をするなと言っていただろう」 覚えていたのか、とため息を吐くと覚えているに決まっていると返された。それ以上きくのも何だか違うように思えて、そうか、とだけ返す。 「すまなかった。次からもっと気をつける」 「…頼むな」 以前、言ったことを覚えているのなら、それに添えた理由も覚えているのだろう。心配だから、と。そう言ったのを覚えて、そして信じているのだろう。叩いて悪かった、と謝ると笑みが返される。 あの心配という言葉が、それとは裏腹な快感じみたものを封じ込めるために吐かれた言葉だと知ったら、この笑みは消えてしまうのだろうか。そんなことを思ったら、もう少し手当てをしていたくなった。 * 怯える、快感、裏腹に https://shindanmaker.com/a/253710 * 20150218 *** 武器と心 このように人間とそっくりな身体を持つことになったのは、人間の過去を、ひいては未来を、守るために戦うように、だった。それが、今では。 同じ布団で眠っているその人間の髪を撫でる。結えるほど長い訳でもないが、岩融よりもずっと長いその髪は、不思議な灰色をしていた。微妙に青みがかってみえるのは、光の加減か。岩融に人間のような形を与え、戦えと言ったその人間を、審神者と呼ばれる彼を、主を。 「まもりたい、なんてなぁ」 心の奥底に今も遺る前の主の、その気持ちがすこし、分かった気がした。 * 雪岩にぴったりの花はエンゼルランプ(あなたを守りたい)です。 https://shindanmaker.com/151727 * 20150218 *** 肴と思案 今日も今日とて酒である。此処のところ毎晩で大丈夫かねえ、というのは、自分たちの主への憂慮である。そう酒に弱い訳でもないが、あまり影響を受けない刀と違って彼は人間である。飲まなければやってられないというのもなんとなく察しはつくがしかし、飲み過ぎというのは身体に悪い。 そう思って次郎太刀は立ち上がると、兄の横で机にぺったり伸びている男の前から酒瓶と猪口を回収した。 「ああー姐さん、もう終わりですか」 「飲み過ぎだよ、雪滑サン」 明日もあるんだから、と言うとですよねえ、と伸ばした手を引っ込めてくれるのだから、酔っぱらいとしては扱いの楽な方ではあると思うが。 この男がこうも酒に溺れる時は大概、とある一人の刀剣と何かしらあった時である。酒に酔うと自制心というものが飛ぶ人間もいるようだが、この男は逆に一人では何も出来なくなるらしく、何もしたくない時に酒を飲むのだと、以前そう言っていた。 さて、今回は一体、何があったのか。 「抱き締められたんだよねえ」 言いたくないとばかりに机をごろごろ転がる男の代わりに答えたのは、にっかり青江だった。 「………青江、見ていたなら助けてくれれば良かったじゃないですか」 「悪いね。今晩の肴はこれかな、と思ったら。つい」 「ついじゃないですよ、ついじゃ………」 話にならない男は放っておいて、にっかり青江に目を向けると、仕方ないとばかりに話し出す。 簡単な話だった。それこそ三行ですみそうなくらい簡単な話だった。出撃において、すべての誉を取ったと嬉しそうに言った岩融を手放しで褒めたら、その勢いのままに他の刀剣たちもいる前で、ぎゅっと抱き締められたと、ただそれだけである。そんな簡単なことで此処まで酒を求めるこの男は、大層拗らせていると思う。 早い話が、この男は岩融に劣情を抱いているのだ。本人が頑なに恋愛感情はないとしているためそこにはふれないが、たった少しの接触であれやこれやどうしようもなくなるというのだから、本当のところなどお察しである。彼に嘘を吐いているつもりなどないのだろうから、そのままにしてあるだけで。 「もうこの際襲っちゃえばぁ?」 そんなことを口に出せるのは、この男ならば岩融を傷付けるような真似はしないと、分かっているからだ。 「姐さん…、見た目にそぐわずなかなかにエキサイティングなことを言いますね…」 「えきさいてぃんぐ?」 「見ている人を興奮、熱狂させる様、という意味です。つまり僕は今、姐さんの発言によって興奮しているんですよ」 「とてもそうは見えないけれどねえ」 確かに見えないね、と唱和したのは石切丸とにっかり青江だ。それに他人事だと思って、と尚も転がる男。 「もしかして刀だからって思ってるのかい? 大丈夫よ、人間と同じ形をしているんだからそれくらい出来るさ。ほら、宗三左文字を見てみなよ、アイツ絶対非処女だよ」 「やめてください生々しい」 やだやだと幼子のように首を振る男に、その隣の太郎太刀が追撃を掛ける。 「いっそのこと夜伽を、と命じてみたら良いのでは」 あれとて意味も分かるでしょうし、主命であれば断るようなことはしないでしょう、と言う太郎太刀に、何言うんですか太郎さん、と机に張り付く男が声を上げる。 「そんなこと出来る訳ないじゃないですか。今この次期に、うちのエースが使い物になったら困りますよ」 「それは確かに困るね」 「エースがいなくなるのはねえ」 「石切丸、さっきから同じようなことしか言ってないですが、酔ってます?」 「まだ大丈夫だけどそうだな、君を誂うために酔ったことにしておこうか」 「うわ…ひどい…御神刀のくせに………」 その様子を眺めながら、使い物にならなくなるくらい…? と思ったことを飲み込んでおける次郎太刀は、そう何百年もこの世に存在している訳ではないのだ。 * 20150218 *** 雪と花 その日、微妙な時空間にあるその城には、雪が降った。 見慣れたそれは雪滑にとっては寒い以外の何者でもなかったが、人の形を得た刀剣たちにとってはそうではなかったらしい。短刀たちなんかは喜んで駆けずり回っている。どうやら鶴丸国永や三日月宗近なんかは彼らの面倒を見つつ、一緒に楽しんでいるようだった。 そして、此処にも一人。 「主! 雪だ!!」 他の刀剣たちの騒ぎとは逆側。中庭に面する縁側で、白い息を吐きながらそれを見つめる。 「寒くないのか?」 舞う雪をものともせずに駆けまわるその姿に問えば、にかっと笑顔が返された。 「我らは人の形を得たとはいえ付喪神だからな」 寒暖には疎い、と付け足され、ああなるほど、と思った。 此処へ審神者としてやってきて一年。いろいろな時空が入り乱れるこの空間で、人間である雪滑は何度体調を崩したか知れない。対して刀剣たちは怪我こそすれ、病気はしないのだから流石鍛え方が違うな、と思っていたが。どうやら違ったらしい。 「刀だからだろうか、主よりも空気の温度の影響を受けやすい」 岩融が手を広げる。それから近付いて来たその手のひらには、 「だから、ほら、雪の花を持ってくることも出来る」 小さな、白い花が。 美しいだろう、と岩融は言う。同じものを、何度見たことか、思い出されるのはもう嫁に行ってしまった姉たちのことだった。きれいでしょう、すてきでしょう、可愛らしい声でそう囀る姉たちの手は、ひどく冷たくなっていた。 「知っているか主、これを人間は六花と呼ぶらしい」 差し出されている方とは逆の手を、そっと取る。 先ほど彼自身が言っていたように、刀だからだろうか。手袋の上からでも冷たいのがとてもよく分かる。 「………知っているよ」 黒の手袋の中で、白い花は際立って見えた。 「とても、よく、知っている」 美しいだろう、と岩融はもう一度言った。それには、ああ、と一言呟いて、少し背伸びをして頭を撫ぜた。 * 20150218 *** 理由と月 月を見ていた。もう少しで満月になる、そんな月がなんだか胸を騒つかせる。静かだ、と思った。遠く、中庭のししおどしの音がする。ちゃぷん、と跳ねたのは鯉だろうか。耳が良くなったな、と目を閉じる中で、誰かの足音を聞いていた。 「…主」 「岩融か」 瞼を押し上げれば愛しいひとの姿があった。 ひと、と呼んで良いものだろうか。彼らは姿形さえ人間のように顕現しているが、元はと言えば刀なのに。 「冷えるぞ」 「岩融だって。風呂から上がったばかりだろう?」 「俺は刀だから大丈夫だ」 「岩融が大丈夫なら僕も大丈夫だよ」 誤魔化すような返事を続けていると、岩融は眉を少し顰めて見せた。 「…主は人間であろう」 知っている。 「…大丈夫だ。風呂を上がってすぐということもないし、今は夏だから」 「しかし、」 「大丈夫だから」 岩融は尚も何か言おうとしたようだったが、思いつかなかったのか、それなら、と隣に腰を下ろした。 「…月を見ていたのか?」 「そうかもな」 「特に何をしていた訳でもないのだな」 強かになったな、と笑うとずりずり、と大きな身体が寄ってくる。何をするつもりだろう、とそのままにしていると、ぼてり、と肩に重みを感じた。 「………岩融?」 「なんだ」 「なんだって、こっちの台詞なんだけど」 「良いだろう、あてもない月見に付き合うのだからこれくらい」 語尾が揺れる感覚で、彼が結構な勇気を出してこの接触に挑んでいることが分かって笑う。 「…ねえ、岩融」 「なんだ、主よ」 「どうして?」 「どうして、とは」 静かな縁側に、二人の声だけが響いていく。 「どうして一緒にいてくれるんだ?」 「どうして、って…」 近付いた手をそっと重ねると、緊張が走った。びくりと揺れる、身体に触れる肩。まるで魔法でも解きに行くかのようなじれったさで、大きな手が握り返してくる。 「どうして………主よ」 揺れる、声。 「俺はその理由を、言っても良いのか?」 それで、充分だった。はは、と笑い声が漏れる。 「今夜は月が綺麗だなぁ」 「主ッ、俺は真面目にだな、」 「僕も真面目だよ」 触れ合ったところだけが、熱い。 「そうだな、歌仙にでも聞くと良いよ。あの子はそういうのが好きだろうから」 「歌仙兼定?」 「それを聞いたら、今度こそお前の理由を聞かせて」 さあ寝よう、身体が冷えてしまう。立ち上がると岩融はゆるゆると付いてきた。何も分かっていない顔で、ひよこのように。その表情がどう変わるのか、今度はちゃんと真正面から見たいと、そう思った。 * 岩融から雪滑さんへの愛の言葉 満月が近付く夜、静かに寄り添って「どうしてって、理由を言ってもいいの?」 https://shindanmaker.com/435977 * 20150218 *** 応援と期限 そういえば、と一軍の会議が終わったあとで、袖を引いたのは今も時折近侍を務める短剣だった。 「今剣」 その名を呼んでしゃがむと、内緒話でもするかのように顔を寄せてくる。何だろう、何か欲しいものでもあるのだろうか。初期からずっと一軍を率いているこの短刀が、思い出したように甘えてくるのを存外楽しんでいた。 「あるじさまは―――」 幼い、声が耳を擽る。 「あるじさまは岩融のことがすきなのですか?」 その質問に、目が見開いたのだろう。がっと襟辺りを掴まれて、そうなんですね! と喜色の声を上げられた。彼にとっては喜ばしいことらしい。蔑まれるよりは良いかもしれないが、とりあえずちょっと待て、と落ち着かそうとする。 確かに、雪滑は岩融に対して、劣情を抱いている。あの身体を組み敷き、好き勝手したいと思っている。しかし、それが恋情由来かと問われると、いや違うだろう、となるのが現状だ。よって、今剣の質問には本当は首を振るべきだったのだろう。いや別に、嫌いな訳ではないが。 けれども嬉しそうに目をきらきらさせる今剣に、今から首を振ったとしてもあらぬ誤解を受けるだけな気がして何も言えない。どうしたものかと頬を掻いていると、今剣はぴょんぴょんと跳ねながら笑った。 「こくはくなさらないのですか?」 「えー…」 「岩融はいわなきゃわかりませんよ!」 「あー…」 それはなんとなく分かる―――ぼんやりとした返答にこてり、と首を傾げると、今剣は一つ頷いて、くるりと方向転換した。 「まてまてストップとまれまとまれ」 思わずその襟首を掴んで止める。ぐえ、と苦しそうな声がしたけれども気にしている余裕がない。 「何処へ行く」 「岩融のところです!」 「待って何で」 「あるじさまのおきもちをぼくがかわりにつたえにいくのです!」 幼子怖い。行動力怖い。いや彼だって自分より千も上の存在のはずだけれども。 「何、今剣は岩融と僕をくっつけたいの」 その問いに、今剣は振り返って、そうしてまた首をこてん、と傾げた。 「だって、すきなひとといっしょにいられることはこうふくでしょう? ひとも、かたなも、いつきえてしまうかわからないのですよ?」 詰まる。 彼の、言うことは、尤もだけれど。 「今剣の言うことも尤もだけど………、」 手を伸ばす。 「だからこそ何も言わないということもあるんだよ」 頭を撫ぜると、今剣は納得いかないというように頬を膨らませた。 「…すまない」 「…あやまることなど、なにもないでしょう」 ぼくこそ、ごめんなさい、と。小さな付喪神に謝罪の言葉を吐かせてしまったことが、ひどく胸を痛ませた。 * 20150226 *** 怪我と衝撃 カンカン、と城の門のところで鐘が鳴る。出撃していた部隊の帰還だ。 その音に千切られた集中に息を吐いて、持っていた筆を置く。伸びをすると肩がこっているのが分かった。そのまま回す。集中は途切れてしまったし、妙に身体は重いし、キリは良いことだし、ひとまず休憩にしようと、筆の墨を落とした。返って来た部隊を労ってから、まだ少し夕食まである時間を使えばこの仕事は片付くだろう。 階下へと降りていくと、刀剣たちがざわざわとしていた。何事だろう、と顔を出すと、今剣があるじさま! と駆けて来た。そのままどんっと飛び付かれる。 「うわっ? 何、どうした?」 たたらを踏む。今剣は人懐っこい性格だけれども、急に飛び付くような真似はしなかったはずだ。正直、刀剣たちと上手くはやっている方だとは思うが、そこまで懐かれた記憶はない。 今剣は絞り出すような声で、岩融が、と呟いた。岩融? と首を傾げる。今日の出撃は練度上げも兼ねて、未だ低練度である岩融を第一部隊に入れたものだったが、何か問題があっただろうか。 「ぼくの、せいです」 何がだ。付喪神たちを顕現させている関係で、その状態の大雑把な様子くらいは呼び出したこちらに伝わってくるが、今日は特に何も感じなかった。だから、重傷を追う羽目になったのだとか、破壊だとかということにはなっていないはずだったが。 顔を上げる。 「主、すまぬ。今剣は悪くない」 ぬっと視界に入ってきた巨体に、思わず目を見開いた。 「すごい…ぼろぼ…ろ………」 零した言葉に今剣がぎゅっと白衣の裾を握る。 「ぼくが、ぼくがたいちょうだったのに、てったいめいれいが、おくれて…」 それを聞いていて、やっと真剣発動か、と思い至った。正直ここまでぼろぼろになった刀剣は見たことがなかったので、すぐには思い付かなかった。 「主、本当に今剣は悪くないのだ。俺が指示を聞かずに飛び出してしまったからであって…、それに、こうは見えるが俺は平気だ!」 がはは、と笑い飛ばそうとする岩融から、目が離せない。反応がないことに気まずくなったのか、その笑い声も徐々に小さくなっていく。 「主?」 僅かに眉を下げて覗き込んできた岩融にはっとする。 「なんでもない。早く手入れ部屋行って来い」 今の時間ならば手伝い妖精がいるはずだ。ほら早く、と手入れ部屋のある方へと背中を押す。ついでにひっついている今剣の背中も、大丈夫だからと押す。そろそろ夕飯の時間だろう、と言えば手伝ってきます、と先ほどよりかは明るい声が返って来た。今剣が歩き出すと、岩融もこちらを気にしつつ歩き出す。 それに手を振って階段を上り、自室の襖をたしんと閉めてへなへなと座り込む。 「………なにあれやばい犯したい」 まだ残っているはずの仕事に、手を付けられそうな余裕は残っていなかった。 * 20150226 *** 20170502 まとめ |