貴方といたい 

 その目が、爛々と見たことのない光に染まっていく様を見ていた。視線の先のものなど、見なくても分かる。相手は希少度の高い刀剣男士を並べ立ててご満悦な様子だった。彼女の様子もきっと、それに目を輝かせる一人、として片付けてくれるだろう。だから、その勘違いが終わらない内に、踏み出す。
「だめだよ」
 後ろからそっと引き寄せれば、小さな身体は簡単に傾いた。目を覆う。
「青江ちゃん」
「だめ」
見えないよ、と笑う彼女に、見えなくしているんだよ、と返す。
「はは、青江ちゃんに言われたら仕方ないなあ」
「手を外しても見ないでくれる?」
「見ないでって、何それ。じゃあ青江ちゃんを見てて良い?」
「良いよ。演習だし、君の好きそうな戦い方をしてあげる」
「青江ちゃん、アタシの好きな戦い方とか知ってるの?」
「予想はつくよ」
仕方ないなあ、と少女が二回目の言葉を言った。それに自分を落ち着けるように息を吐いて、そうして手を外す。その下から出て来たくろぐろとした茫洋の瞳が、にっかり青江を映す。
「さて、さっさと終わらせようか」
いつになくやる気に満ち満ちた―――ように思える台詞に、周りの面々が首を傾げていた。
 じくり、と首筋に、後頭部に、背中に、刺さる視線を感じる。先ほどの爛々とした光はもう消えているのが、振り返らずとも分かる。自分が何を恐れているかなんて。
 誰に言われずとも分かっていた。



20150323

***

最近段々分かってきた 

 今日は元気がないな、とにっかり青江は思った。この鬼のような少女でも何か気にすることがあったのだな、と少し驚く。此処へ来てから少女は何が楽しいのがずっと笑いっぱなしで、よくもそんなに体力が続くなぁと思っていたところだ。
 それと同時に、少女にも人間らしい部分がちゃんと残っていることに何処か安心していた。あれが見えるのがにっかり青江だけだからか、告白を聞いたからか、自らが妖怪退治の刀とされているからか。どうにも、彼女のことが気にかかる。
「どうかしたのかい」
「何が?」
「浮かない顔をしている」
そう言えば少女は驚いたように目を見開いて、それから情けないああ〜という顔をした。そのまま書類を投げ出すと、にっかり青江の方に倒れてくる。
 少女はスキンシップを惜しまない。それはきっと、自分たちが刀剣であるからなのだろう。
「五虎退がさ、」
ひとの膝を枕にしたまま、少女は呻く。
「出撃から帰ってくると、泣くんだ」
そういえば、あの短刀は戦うことが苦手らしい。
「アタシにはそれが分からなくて。何も言えなくて、初めて考えたんだ。アタシは、何処かで間違えてしまっていたのかな、って」
 今度目を見開いたのはにっかり青江の方だった。彼女に、後悔なんて感情が、あるなんて。
「別にね、今までやってきたことがどうとか、ないんだけど。アタシがこんなんだから、五虎退に言葉を掛けてやれないのは、なんか…」
違うんだ、と少女は繰り返す。その姿は言葉が見つからなくて拗ねる子供のようで。そういえば彼女の時代では、彼女の年齢でもまだ子供なのだった、と思い出す。
「…僕には、君の過去を肯定することは出来ないけど」
だから、
「君がそういう道を歩んで来なかったら、きっと君は此処には来なかっただろうな、とは思うよ」
この言葉が。
 優しく響けば良い。



後悔をするように君に「どこかで間違えてしまっていたのかな」と言いました。
https://shindanmaker.com/123977



20150323

***

人畜無害の人材 

 書類仕事を終えたのか、城の掃除途中で顔を上げると少女は鶴丸国永と話していた。彼女の正体のことはにっかり青江と歌仙兼定しかしらないとは言え(そしてその片方は信じていないとは言え)、ああも普通≠ノしているのを見ると、肩のものなんてにっかり青江の見ている幻なんじゃないかとまで思えてくる。けれどもそれは現実であるし、彼女は彼女が言った通りに頭のおかしな殺人鬼であるのだし、人間だけれど人間ではないのだ。
 二人の話は終わったようだった。とんとん、と跳ねるようにしてこちらへやってくる鶴丸国永に思わず声を掛ける。
「鶴丸国永は主と仲が良いね」
「ああ」
返って来るのは笑み。裏のなさそうな、普通≠フ。だからこそ彼が純粋に、(主としてかは知らないが)彼女を慕っていることが分かる。
「サイコは俺が紅く染まると褒めてくれるからな」
綺麗だと。
 この白い鳥は戦場を駆け抜けて、紅く染まる。それを、彼女が褒める。なんだかそれにひどく納得が言ってしまって、頷いた。
「確かにね。君の戦う姿を見たら彼女は喜びそうだ」
「だろう? 女だてらにサイコは、戦いの醍醐味を良く分かっているよな」
あれで女とは勿体ない、そう囀る鶴丸国永にほっとしたのは。
 ふいに視線を感じて顔を上げる。その先にはやはり、少女がいた。手が振られる。それに振り返しながら、その目が初日に見たような形で弧を描いているのを見て、ああ、と思った。



20150323

***

こんな君に恋した私が悪いんですが 

 すうすうと、気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。寝るならちゃんと布団にいけと何度も言ったのに。ため息を吐く。これは、据え膳ということになるのだろうか。
 にっかり青江は馬鹿ではない。だから人の身を持ってしばらくしか経ってなくても、これが人間たちの間で何と呼ばれる感情なのかよく分かっている。そもそも心自体はもっと前からあったのだ。それと向き合うだけの時間は多くあった。
 その長い髪を掬ってみる。するすると指通りの良い髪は、誰か他の人間に褒められたのだろうか。それを思うと胸が苦しくなった。
 彼女のこれが、ただの無防備であったら。まだ良かったかもしれない。彼女の意識の範疇に入っていない、それだけならば。けれどもそうではない。にっかり青江は馬鹿ではない。
 彼女のこれが、愛玩動物やぬいぐるみにするようなものだと、分かってしまっている。
 甘えたい願望でもあるのか、物寂しいのか。彼女はこうして触れ合うことを望むけれど、それが何かにっかり青江に影響を及ぼすはずがないと、心から疑っていないのだ。ひどい話だな、と思う。思ってから、彼女を抱き上げる。布団に下ろすと、むにゃむにゃとその口元が動いた。あおえちゃん、と自分の名前が確認出来て、狡いな、と思った。



(あなたからはなれられない)



https://shindanmaker.com/392860



20150323

***

君の傍 

 膝貸して、と返事をする前に彼女は勝手にひとの膝を枕にする。
「…あのねぇ、」
「良いじゃない。青江ちゃんの膝、高さちょうどいいし」
アタシ枕高い方がすきなんだよね、と笑う少女に邪気はない。
 肩のものが嘲笑うように揺れた。そういえばこれも、最初の頃に比べたら減ったような気がする。それはにっかり青江の気のせいなのかもしれなかった。願望なのかも、しれなかった。
「別に、良いけどね」
「あれ、怒らないの?」
「他の刀剣にはやらせないんだろう?」
そう返せば少女はたのしそうに笑う。
「そうだよ、 青江ちゃんだけ」
とくべつだね―――そう笑う少女の頭を撫ぜる。
 きゃらきゃらとうつくしい笑い声が響いていった。いい天気だった。



https://shindanmaker.com/375517

***

だけど寂しいこともある 

 事件だよ、と彼女は言った。もしかしたら独り言だったかもしれない。とても小さなつぶやきだった、それでも聞こえたから返事をする。
「何が?」
「…今の状況がだよ」
返答に驚いたのか少し間は開いたが、そう返って来た。
「何で?」
「だって、アタシの人生の中でこんなに穏やかな時ってなかったんだよ」
 だからこれは事件だよ、と少女は言った。目を燦めかせて、それがとても嬉しいというように。普通は穏やかでない時の方が事件味はあるのでは、とは思ったけれども、そもそも彼女に普通≠ネんて似合わない言葉なのだ。



つぶやき、事件、人生
ライトレ

***

ふたりぼっち 

 夢だな、と思った。刀剣でも夢を見るのだな、と少し感心した。くるくると小さい子供の影が回っている。穏やかな場所だった。温室なのか屋根があり、赤い薔薇が所狭しと咲き誇っている。良い場所だな、と思った。彼女が喜びそうだ、と。
 赤がすきなんだ、とにっかり青江の目を見て言った彼女は、この場所を気に入りそうだ。
 けれどもこれはにっかり青江の夢だった。中には存在もあやふやな影がくるくると回っているだけで、彼女の姿はない。寂しいな、と思った。いつのまにかにっかり青江の世界は彼女で構成されていた。重要美術品がこのざまだ、と思う。こんな、一人に。心を占有されるなんて。
 起きたら彼女のために温室を作ろう、と思った。そうして赤い薔薇でいっぱいになったら彼女を呼ぼう。
 子供の影はまだ回っていた。



https://shindanmaker.com/375517



20150410

***

敵かな味方かな 

 主である少女が起きてこないと、食事を済ませた刀剣たちで話になり、それなら、と近侍のにっかり青江が立ち上がるのはごく自然のことだった。主の部屋に立ち入るなど、普通許されることではない。それが年端もいかない少女であるのならば尚更。人ならざる彼らは意外にも人間の少女≠ナある彼らの主を、大切にしようという心掛けを忘れない。
 実はそんなこと、一切気にせずとも良いと知っているのはにっかり青江と歌仙兼定だけだったし、彼らは二人ともそれをわざわざ他の刀剣に言うつもりもなかった。そういう訳で周りからは近侍と初期刀のどちらか、というふうに推されるし、そうなれば近侍が腰を上げるのは別に可笑しいことではない。
 通い慣れた廊下を歩いて行く。静かな部屋。彼女が眠るとき、まるで死んだように静かに眠るのを知っているのはきっとこの城ではにっかり青江だけだ。
「入るよ」
一応声を掛けてから障子に手を掛ける。
 ぞんざいに敷かれた布団の上で、彼女は丸まっていた。どうやらまだ起きていないらしい。そんな格好でよく眠れるな、と思うほど丸まって、少女は死んだように眠っている。それに近付いて、すぐ横に膝をついた。朝から大きな声を出すのは、にっかり青江の趣味じゃない。
 こんな。
 無防備な姿を、何人も殺した少女が晒すなんて。ちぐはぐさに笑ってしまう。
「もう朝だよ」
声が届いたのか、少女が少しだけ身動ぎした。それを見てああ生きているな、と思う。
「起きないと朝食を食いっぱぐれるよ」
その言葉が効いたのか、うっすらその瞳が開かれた。ぼんやりとした光の中に、にっかり青江が映る。そして。
 がっと、髪を掴まれた。
「ねえ、なんでお前、人間みたいな顔してんの?」
地味に痛い。
「刀剣なんでしょ、もっとものらしくしててよ。殺されたいの?」
ぐるり、と最初の頃よりはずっと薄まったように視えるそれが威嚇をしてくる。彼女がそんな警告をすること自体―――と思うけれども、にっかり青江は口にしない。
「それは嫌だなあ」
そう笑ってから痛いよ、と言えば、ゆるゆるとその意識が覚醒へと向かう。
「………あおえ、ちゃん?」
 こどものような、拙い言い方で少女は少女へと戻る。
「ご、ごめんね、痛くなかった!?」
慌てて髪を放した彼女に笑いながら、にっかり青江は大丈夫だよ、と応える。それから、
「君は、僕のことを人間みたいだと思っているのかい?」
その問いに、少女は面白いように固まった。
 さて、彼女はどう答えるのだろう。
 さっきのあれは、彼女の無意識に根付く恐怖だ。彼女にとってその対象はいつだって人間で、その他のものが人間になることなんてなくて。一番に戸惑っているのは彼女で、にっかり青江は何故かそれが嬉しかった。何故、なんて。愚問だけれども。
「違う」
低い、声。
「だってお前は、刀剣だ」
「うん、そうだね」
「そうでしょ」
「変なこと聞いたね、起き上がれるかい?」
「…うん」
予想通りの答え。でも、彼女はもう、自分の中の無意識の部分に気付いた。これから、それがどう彼女に影響を与えるのか。
 だからそれまではそれが彼女の望みなら、それで良いと思った。



20150605

***

赤は人間の色 

 青江ちゃん、と呼ばれて振り返れば手が伸びて来て、許可も取らずににっかり青江の前髪をめくっていった。ふうん、こうなってるの、と一人で満足したように頷く少女―――主に、にっかり青江はため息を吐く。
「…何も言わずに人の髪をめくるのはどうなんだい」
「だめだった?」
「隠していたいものだってあるだろう」
にっかり青江としては正論を言ったつもりだった。少女は人間の形をしてはいるが、その来歴―――というべきなのだろうか、人生においてあまりに人間離れをしてしまっていて、どちらかと言えば人間に大切にされ続けたにっかり青江の方がよっぽど人間らしい。
 妖斬りの刀が鬼を人間にする―――そんな大それたことが出来るものかと、最初はおのれの考えに笑ったものだったけれども。
「青江ちゃんはその目、隠したかったの?」
純粋無垢。それをそのまま瞳に埋め込んだような色で少女は問う。
「なんで?」
「…あまり、見ていて気持ちの良い色ではないだろう」
赤。あか。それは血の色だ。不吉の象徴だ。にっかり青江の身体がどんな構造をしているのか、それは知ったことではなかったけれど、そもそも両の目の色が揃っていない時点で人間の見た目としては普通≠ナはないのだろう。普通≠ナないものを人間は恐れる。昔から、それだけは変わらない。
「そうかしら」
アタシはそうは思わないけれど、とまた少女の手はにっかり青江の前髪をめくる。
「だって、きれいじゃない」
 生きている色、と微笑まれて、ひどく艶やかに微笑まれて、にっかり青江はただ、言葉を失うしかなかった。

***

君の傍

 部屋の前まで来た時、青江ちゃん、と呼ばれた。用があって来たのでそれに返事をして、ふすまを開ける。もう夕飯だった。食事を忘れる彼女を呼びに行くことなんていつものことだったし、気配を消して近付いた訳でもないので彼女が呼ぶ前ににっかり青江に気付くことだって、そう珍しいことではない。
「…それは?」
ちょっと手が離せないから入って、と言う言葉通りにすれば、見たことのないものが彼女の手の中にあった。形式上問いはしたものの、本当は問わなくても、分かった。にっかり青江には一目で、それが何なのか分かった。
「ああ、これ、アタシの」
小ぶりの刃物。ナイフ、と言うのだろう。少女の小さな掌にもよく馴染むサイズで、きっと使いやすかったのだろうと思う。
「これで、ずっと人を殺して来たの」
 にっかり青江は答えない。頷きも、しない。
「アタシの、宝物…ううん、きっと、戦友だね」
戦友。その言葉を口の中でようく咀嚼だけして、それからやっと、口を開く。
「いつか―――」
ん? と言ったように顔を上げた彼女の、表情を見て。
「ううん、何でもないよ」
 その戦友が羨ましいなんて、きっと今の彼女に言っても通じないのだろうと、にっかり青江はちゃんと分かっていた。

***

貴方の箱庭、貴方の所有物(オモチャ)。 

*刀剣破壊ネタ

 その日、帰還した部隊からその話を聞いた少女は、まるで歳相応に、ただの人間のようにその場に崩れ落ちた。演技ではないことはにっかり青江が一番よく分かっていて、だからその肩を抱いて、泣き叫ぶ少女を落ち着かせようとした。
 出陣した時より、一振り欠けた部隊。部隊長であった五虎退から詳しい話を聞く間、少女は部屋にこもらせた。他の刀剣たちからすればいつも天真爛漫に笑っている少女がこんなにも取り乱しているのだ、主とした少女がそんな状態であれば、戸惑いだって生まれる。それをにっかり青江はよしとしなかった。近侍として、この城を任された身として、彼女が取り乱すのならばその代わりを務めなければならない。
「うん、分かった」
すべての話を聞いたあとで、にっかり青江はそう言った。
「ちゃんと、伝えておくから」
「あの…ッ」
五虎退が縋るような瞳を向けてくる。それを見て、こちらの方がよっぽど人間らしい、なんてにっかり青江は思う。
「主は、大丈夫、でしょうか…」
「ああ、大丈夫だよ」
あの子は強い子だ、とにっかり青江は五虎退の頭を撫でる。ふわり、とした毛。少女のものとは全然違う。
「今日は突然のことで心が追い付かなかっただけさ。賢い子だもの、ちゃんと五虎退に非はなかったって、分かってくれるよ」
だから大丈夫、と言うにっかり青江は、何一つ嘘など言ってはいなかった。

 失礼するよ、と入っていった部屋で彼女は敷きっぱなしの布団に突っ伏していた。
「生きてるかい?」
「青江ちゃん…」
「五虎退くんから話は聞いてきたよ。彼に非はない」
「別に、アタシだって五虎退が悪いなんて思ってないよ」
「うん、分かってるけど、五虎退くんは気にしているから」
「………そう、なんだ」
不思議だ、という顔を隠さない少女に、五虎退を呼んでもいいかと尋ねる。このまま長引かせるよりも、二人で泣いた方がきっとこの先良いだろう。何が彼女にとって良いのか、にっかり青江はいつだってそれを模索している。何をしたら―――彼女は人間に近付くのか。
「いいよ、五虎退を呼んで」
アタシも謝らなきゃ、と少女は笑う。涙に塗れた顔で。厚藤四郎を失った、それはその涙で間違いはなかったけれど、五虎退のものと交じり合わないことをにっかり青江は知っている。
 「主、ごめんなさい、厚くんを守れなくてごめんなさい…ッ」
「五虎退は悪くないよ。アタシこそ、取り乱してごめんね」
五虎退を抱き締めまた涙を流す少女に、彼女は何も分かっていないのだろうと、にっかり青江はそんなことを思った。
「あまりこするんじゃないよ」
二人とも、と頭を撫でて、美人が台無しだ、と蒸しタオルで目元を抑えてやれば、青江ちゃんもお世辞なんて言うのね、と笑われた。


20160328

***



20170617 改定