君は美しいね、とその言葉の真意が何処にあったのか、今となっては分からない。 ただ一つ、にっかり青江に分かることがあるとすれば、それがどれだけ歪んでいても彼の愛だったのだと、そういうことだけだろう。 碧い天国 主にか R18G にっかり青江の主になった男は花を愛でる趣味があった。 「男の癖に、とよく言われたがね」 男は庭の整備をしながらそんなことを言う。 「趣味に性別は関係ないだろう」 「ああ、にっかりはそう言ってくれるか」 「それとも人間はそういうことは気にするのかな」 「気にするらしいね」 男の整備する庭はいつだって美しかった。彼に喚ばれた刀剣男士の多くはそう思っていると、にっかり青江は知っている。だからそう言ったのだけれども、男には真の意味で届いていないようだった。 「にっかり、」 それでも男は嬉しそうに笑うから、にっかり青江はそれで良いと思っていた。 「この世で一番美しい花は何なのか知っているか?」 「さぁ。僕は刀だからねえ…人間の価値観はよく分からないよ」 「簡単な話さ。美しいものから咲いたものが一番、美しいんだ」 ねえ、にっかり。 「君の耳に、種を入れても。良いかな?」 耳に種を入れたからと言って、何が変わる訳でもなかった。ただ少し、種を入れた方の耳が聞こえづらくなかったことと、男が毎晩にっかり青江の耳へと水を入れてくれるようになった、だけ。戦闘に影響は出なかった。それしきのことで影響が出るほど、肉の身体はやわいものではなかったらしい。不思議だなあ、と思いながらいつしかにっかり青江はその耳の中の種が芽吹く日を心待ちにするようになった。どんな花が咲くのだろう。男は何の種を入れたのか頑なに教えてくれなかったが、男の選ぶ花だ、間違いなどあるはずがないことは庭を見ていれば分かった。 そんな、ある日。戦場に出ていたにっかり青江は唐突に耳の中に痒みを感じて、思わず指を突っ込んでしまった。痒い部分まではなかなか指が届かなかったけれども、引き抜いた爪には昏い緑が挟まっていた。これはなんだろう、と思ってその日の報告がてら、男に聞いてみようと思った。 「どうして!!」 男の怒号と共に、にっかり青江の頬に痛みが走る。 「にっかり、お前は馬鹿なのか」 男は泣いていた。もういい大人だろうに、子供のように涙を流していた。それを見たにっかり青江は自らの頬の痛みなどどうでも良くなってしまった。 「ああ、芽が出てきていたのに…なんてことを…」 爪に挟まっていた昏い緑は芽だったらしい。惜しいことをしたな、とにっかり青江は思った。せっかく、芽を出したのに、それをにっかり青江は駄目にしてしまった。 それは、男に対する重大な裏切りだ。 大切な種を、にっかり青江に預けてくれたというのに。 にっかり青江はとても悲しい気持ちになった。自分に対して怒りすら抱いた。主である男の信頼を裏切ったことが悲しく、そしてどれだけ非道な行いなのか身にしみてわかった。 「主」 畳に額を擦りつけ、にっかり青江は懇願する。 「もう一度、僕にチャンスをください」 それからは些細なことにも気を配った。無意識のうちに芽を潰してしまわぬように、手を切り落として眠ることだってした。この身体はとても人間に近く出来ているが、死にさえしなければ手入れですべて治るのだ。資材を少々無駄遣いすることよりも、男の信頼を裏切る方が悲しい。 そんなふうに大切にしていると、種はにっかり青江の思いを受け取るかのごとくするすると成長していった。蔦が伸びる度に、にっかり青江の行動範囲は狭まっていった。日がな一日男の部屋で生活するようになっていたけれど、不思議と悲しいとは思わなかった。 悲しいのは、ようやく蕾を付けたこの花が咲かないことだ。 成長した蔦はくるり、とまるでにっかり青江の首を絞めるかのように巻き付いてきた。其処くらいしか場所がなかったのかもしれない。 「ああ、にっかり」 戦闘に出ることも禁じられたにっかり青江を忌避する刀剣男士は多く居た。 「美しいよ」 それでも男はただ、言葉を紡いでくれるから。 「君は美しい」 それだけで良い、とさえ思えてしまう。 「ねえ、にっかり」 色付いた蕾は、最早蕾ではなかった。 「花は咲いた」 ふわり、と綻んだ蕾は今、見事に花を咲かせていた。にっかり青江から生えてきたとは思えないほどに 美しい、碧い花だった。 「君のその美しさを永遠にするために、今、」 まるで睦言だ、と思う。彼はにっかり青江に触れてすらいないのに、まるで欲望をひとつ残らず飲み込んでいるみたいだ、と。 「君の首を、君で刈り取っても良いかい?」 熱に浮かされたような瞳が、にっかり青江を見上げている。にっかり青江は頷くよりも先に、自身を手にとって彼に渡す。 「どうぞ、主」 目を、閉じる。 「君の、思うままに」 美しいと、褒めてくれる彼のことが好きだった。だから、この結末はきっと、にっかり青江にとっても彼にとってもしあわせなものなのだ。 *** 20161019 |