(ネリリしてキルルしてハララして、)そして、 薬+宗 かたり、と音がする。刀に感覚などあるわけがないと、そう思っていたけれど、こうしてひとの形をとったことで、今までぼんやりとしていただけのものたちがやたらと痛々しく突き刺さってくる。 「どなたです」 宗三左文字は静かに問うた。 中庭に面した縁側に腰掛けて、何をするでもなく夜空を眺めていた。空の高さというものも、この姿になってから初めて知ったものだった。そもそも刀のままであったときはそもそも、空を見上げようなんてまず思わなかった。けれども見ていたところで、この胸に浮かぶものが何なのか、まだよく分からずにいる。 「すまん、邪魔をするつもりはなかったんだが」 そう返された声には覚えがあった。 「薬研藤四郎ですか」 「おお、名前、覚えていてくれたのか」 隣、良いかと問われ、断る理由もないので頷く。 ぽすり、と隣に下りた音は軽く聞こえて、そういえば彼は短刀であったと思い出した。よく周りの面倒をみている姿を見ているから、大きな印象でもついていたのだろうか。 「何か悩み事か?」 「いえ………」 そう首を振ろうとして、何だか唇がくすぐったいような気持ちに襲われた。 何か、吐き出してしまいたような。 「…ただどうして、僕たちはこんな姿を得たのかと、思いまして」 違和感の宿る部分を軽く抑えながら呟いた言葉が、思っていたよりも冷たく聞こえた。刀なのだから当たり前だ、と思う反面、自嘲とは、きっとこのような色をしているのだろう、と思う。 「こんな、ひとのような姿を手にしなければ、僕はこんな感情など持ち得なかったでしょう」 自らの運命を呪うような、初めて持ったはずの身体はずっと昔から知っていたとでも言うように、どすぐろいものを産出してゆく。 「今までの主たちを疎ましく思うことも、こんなに現世を厭わしく思うこともなかったでしょうに」 「嫌なのか?」 「嫌ですよ。僕は刀であるはずなのに、この目に映るものたちがそれを否定して、自由の利かない感情たちが氾濫している。悲しいと、幸せになりたいと、そんなことを願うんです。僕は………」 喉が詰まるのは、 「叶わないのならせめて、」 声が震えるのは、 「ただの刀に戻りたい…」 一体どうして。 宗三左文字が顔を覆うと、黙って聞いていた薬研藤四郎はふむ、と頷いた。 「俺はこの姿が存外楽しいから、お前さんの気持ちを分かってやることは出来ないな」 そうだろう、と思う。他の刀たちにも、それぞれ過去があるだろうに、どうしてか彼らは笑うのだ。それが分からない。 「楽しいのですか」 「ああ」 「何故、と聞いてもよろしいですか」 だって、と囁いたその表情に、何処かで音が鳴った気がした。ぱちり、と。まるで欠けていた何かが埋まるような。 「こんなひとのような姿を手にしたから、俺はお前さんの美しさをこうして心に刻むことが出来るんだぜ?」 それだけでこの姿になった意味はあるさ、と笑う彼に。 ふるり、と震えたのが一体、寒さであったのかどうかすら、宗三左文字にはまだ分からない。 くしゅん、とくしゃみをしたら風邪引いちゃなんねえ、と手を引かれた。立ち上がる。明日も早い、睡眠は基本だからな、と先を行く彼が、つながっている手が、同じ刀の身であるはずなのに、妙にそれがあたたかく思えて、首を振った。 まるですっぽりと包み込まれるような、そんな心地さえしたので、首を振った。 * (かたちをえてこころをえてさみしさをおぎなって、) 「二十億光年の孤独」谷川俊太郎 201450218 20171102 改定 |