貴方を殺すのがどうか私でありますように へしさに へし切長谷部の主というのは実のところ望まぬ形で審神者になってしまった人間である。それはとても重大な秘密であるので知っているのは初期刀である蜂須賀虎徹と、初鍛刀である乱藤四郎、そして初期顕現組の小夜左文字、骨喰藤四郎、にっかり青江、へし切長谷部、だけだった。つまり最初期に第一部隊を務めた古株である。初期第一部隊の面々は七振り目が顕現される前に主と話し合って、その秘密をこれ以降口にしないと決めた。主もそれに頷いて、今後一切口にはしないと、どうしても話したくなった時はこの面々に相談することにすると、そう決めた。決めてくれた。主は年若い女であったし、このような事実を一人その胸に抱えているというのは刀剣男士であるへし切長谷部たちにとっても、なかなか苦しいものがあったから。 「長谷部」 そうへし切長谷部を呼ぶ主は、戦のない時代に生きてきたという割りには肝が座っていて、飲み込みも早ければ刀剣男士たちの前で涙を見せることもなかった。最初からそういう人間であったのか、それとも審神者になった経緯が主を変えたのか。審神者になる前の主を知らないへし切長谷部に、その判断は付けられなかったけれど。 「私はいつか死ぬの」 曇天の夜だった。主が審神者になることが決まった夜も、こんな日だったのだと聞いている。だからなのだろう、周りに誰もいないことを確認してへし切長谷部ははい、と答えた。それは弱音を吐いても良い、秘密を話しても良い、という合図。 「それは人間として見たら普通かもしれないけれど、きっと私の場合は違う。この戦争が終わるまで、それが私の生命の期限」 朗々とした声。迷いは微塵も見当たらない。 「だって私は、」 「何処へも帰ることが出来ないから?」 へし切長谷部の主は歴史改変を修正した際の影響で、本来であれば存在しない人間になってしまったのだと言う。元からいなかったのだからそりゃあ政府も困るよね、とあっけらかんと言われた日の衝撃をへし切長谷部は忘れない。主は政府に保護され暫く平和に暮らしていたものの、敵に目を付けられたそうだ。笑っちゃうよね、改変した影響で私が生まれちゃったのに、修正した影響で私が消えちゃったのに、更に改変したらまた私が戻るなんて、そんなの誰にも正しいなんて言えないじゃない、と。まさかこんな真っ向から冷静に拒否されるとは思っていなかった敵はひどく面食らい、その隙に政府の者が救援に来たそうだ。そこで、決断を迫られた。審神者になるか、それとも政府の厳重管理下で暮らすか。 どちらの、檻が良いのか。 政府の者とて難しい決断だっただろう、そこに処刑という選択肢がないのは世が平和だったからか、それとも別の理由があるのかは分からないが。そして、主は前者を選んだ。 「それが何だと言うのです」 それを知っているからへし切長谷部は返す。 「この本丸で審神者として戦う以上、戦死という可能性はついて回るでしょう。勿論、そんなこと俺たちがさせはしませんが。それでも可能性として、ゼロとは言い切れない。貴方は敵の甘言に乗って生き永らえることだって選べたはずです。ですが、貴方は首を振った。首を振って俺たちを顕現し、戦うことを選んだ。期限付きでも、戦って生きることを選んだのです」 期限が来る前に、自分が自分であれるうちに、華々しく散ることが出来るように。 「俺はそれを誇りに思います」 血の気が多い主だ。そうでなければ生き残れなかったからなのかもしれないけれど。 「貴方のような主に仕えることが出来て、心の底から幸せです」 へし切長谷部は心の底から笑う、何故ならばそれは本心だから。 しかしながらそれより更に奥の本音を見透かしたように、主は本体の手入れは自分でもちゃんとしておくんだよ、と笑った。 * 紫陽花を捧げ持ちつつ小さくて冷たい君の頭蓋を思う/二重夏時間 松野志保 |